第6話 凍てつく女

 ふかふかのカーペットに意識を集中させて紛らわせるが、目の前の女の発するオーラが嫌に緊張を促す。足を組み尊大な態度で座る彼女がこの国の主、オルディラ皇帝。名をヨルガ。氷の女帝とは言ったものだ、鋭い眼光に流氷のように美しく流れる長髪、黒一色の装いに映える紅眼が冷気を発しているようだ。

 「その方、ハイガミと言ったか。コカトリスを単騎制圧とは勇猛だな。」

 微笑みが透明な空気に色を与える。玉座までの道、横には一列に兵士が跪いている中、面を上げるのは迅とアリアのみ。ここは謁見の間、オルディラ城内。


 目を輝かせた衛兵に連れられ街を歩く、活気づいた雰囲気の中にどこか暗い影が差し、民たちの顔はいつ訪れるか分からない怪物の襲来に怯えている。

 オルの神山を背に建つオルディラ城は、絢爛な装飾の一切を欠いた荘厳な造りで佇んでいる。城門をくぐると、敷地内には御伽噺に想像する庭園など一切存在せず、整頓された打ち物に軍器の数々は、城いうよりは巨大な軍事基地のような外観をしている。

 「大人しくしててくださいね、ジン。」

 体を軽く昇り耳の下で囁くアリア、重い左肩に擽ったい耳に肩を払う。任せとけ、と言う決め顔が鼻に付く。案内された玉座の間、扉はこの先に進むなと言わんばかりに固く閉ざされている。

 開かれた先、敷かれたカーペットが迎える。鉄に身を包んだ兵士が頭を下げる。壇上の座具に足を組み座る女性、あれが例の氷の女帝か。彼女の顔には上からかかる天蓋の影が差す。壇の下、皇帝の前に跪く。

 「顔を上げよ。」

 透き通る彼女の声、場は冒頭に戻る。

 

 王座を断つ彼女はゆっくりと壇上から降りると、ジンを立たせた。後ろに手を組みジン周りを歩きながら、じろじろと観察する。コツコツと鳴らせる靴音が、どうしてか感じてしまう緊張を高めた。

 「貴様、丸腰か?暗器を持つようには見えない...まさか素手で怪鳥をねじ伏せた、なんて冗談は言うまいな。」

 含むように笑う皇帝が王座へと戻る。別に誤魔化すことも出来る、しかし彼女の目がそれをさせない。

 「おれ、いや私に獲物は必要ね、いや無いです...」

 不適切な言葉を使うや否や、いちいち隣でアリアが爪を立てる。その様子を見た皇帝が高笑いを上げた。

 「はぁ、いやぁすまない。ふふ、よく飼いならされているなぁハイガミよ...じっくり話がしたい、皆のもの下がれ!」

 何か心外なことを言われたが、気にしないでおこう。彼女は控えていた兵士達を下がらせると、足を組みなおした。玉座の間に残るのは二人と一匹。

 「さて、楽にしてくれ。敬語など不要だ旅人よ。」

 先ほどまでとは一変し、皇帝は姿勢を崩して迅に向かう。王たる姿としての彼女はまるで刀のように鋭く冷たい刃のようで、誰も近づけようとしない雰囲気を纏っていたが、今一人の女性として相対する皇帝は眩むほどの色香を放ち、見るものを魅了する魔性を持っている。

 「助かるよ。ですますは性に合わねぇんだ。」

 どっかりとその場に胡坐をかき、息を吐く。ここへ連れてこられた目的を聞くため、迅は皇帝に話を促した。

 「ふふ。粗野な男だ、嫌いじゃあ無いぞ...それでお前をここへ呼んだのは他でもないコカトリスの群れ、この国に二度と立ち入らぬように撃退あるいは討伐だ。」

 話は既に知っているだろう、と皇帝が問う。二週間前、オルディラの都を襲った怪鳥の群れ。迅が討伐したのははぐれた一匹に過ぎないのだ。単体でさえ苦戦し、重症を負った相手が複数体では劣勢を強いられるのは間違いない。それに、二度と立ち入らないようにとは、もはや選択肢は一つ。

 「なんだ、怖気たか戦士よ。」

 皇帝は挑発するように残念がる。蝶々しい様子が鼻に付くが、実際戦って勝てる確率はとても低い。それが分かっているアリアは難しい表情で、迅も黙って考え込んでいる。

 静かな空気が流れる室内で、ふいに迅が顔を上げる。真顔で皇帝を見つめた彼が口を開いた。

 「報酬によるなぁ。」

 その一言にぶるりと体が震える。まるで自分が負けることなど、考えていない。事の重大さを分かっていないのか、それとも分かっていながら自分を信じて疑わないのか。いや、そんなことすらこの男の頭には無いのだろう。無意識に口角が上がる。

 「蛮勇、では無いな。安心しろ、最大限の支援、協力は惜しまないことを約束しよう。」

 この国の運命をこの男に、そんな重い願いなど知る由もないこの男に託すが正解なのか、それとも間違いなのか。そんなことはどうでもいい。君主としてはあるまじき、これは賭けなのだ。氷の女帝ヨルガはどうしようもなくギャンブラーなのだから。

 

 作戦会議が進んで行く、この戦い重要なの空中を制することができるかという事。一方的に上空からの攻撃を受けてはひとたまりもない。しかしここは軍師国家、強国の名のもと、据え置き式大型弩砲に投石器などの兵器に、練達の兵士や軍器の数は潤沢に揃っている。軍議が進むそんな折、皇帝がふと疑問に思ったことに声を上げる。

 「今更だが...コカトリスは普段から群れをつくって暮らすのか?」

 しかし、迅に分かるはずもなくアリアを見る。彼女もハッとした様子で首を横に振った。

 「やはりそうなのか、いやなにおかしいと感じてはいたのだ。単体でさえ強力な地からを持つ怪物が、大人しく群れを成して暮らすのかと。群れには必ず長がいる。しかしそんな様子は無かった...」

 この街をコカトリスの群れが襲った時の事を思い出す、野生の獣が群れを成すことの恐ろしさとは、統率力を持ち、獲物を全員で追い詰めるところにある。しかし、あの時の襲撃、コカトリスを何とか撃退出来たのは一体一体を囲み、兵士たちが群れとなって狩る側に回れたからだ。

 明らかな急造で模倣の集団。統率者のいない烏合の衆。今になって出てくる恐ろしい可能性に背筋が冷たくなった。

 「誰かが裏にいる、そう言いたいんだな?」

 コカトリスを操り、都を襲わせたものがいる。それはたとえコカトリスの群れを討伐したとしても、この国の転覆を企む首謀者がいる限り平穏が戻ることは無いということを示している。これがもし他国による進撃であるのなら、戦争開始は免れない。

 「ふふふ、舐めた真似をしてくれる。総力戦だ、どんな敵が相手であろうと私に刃を向けたこと、地獄で後悔させてやる。」

 不適に笑い、宣言する。邪悪な笑顔は、皇帝が見方であって良かった心底思わせてくれるものだった。軍議は夜中も続いた、敵がいつ来ても良いようにと準備が着々と進められ、場は整った。

 オルディラの都へきて一週間、再び絶望が風に乗ってやってきた。


 


 

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