第4話 緑炎の怪鳥

 揺らぐ炎が闇に灯る。数時間歩き続け、日もすっかり落ちた草原は明かりなしではとても進めそうにはない。

 焚火を囲み座る迅とアリアは一つ大きな問題を抱えていた。

 「腹が減った...」

 火を消すほどに大きな音が鳴る。これまで襲ってきた敵は屍鬼のみ、食べれるような動物が居れば良かったのだが。野生の勘か、理性ある獣は全て迅の凶暴なオーラに怯えて近寄って来ない。

 「寝てしまうのが一番です。休まなければジンの身体が持ちません。」

 アリアが心配するのは身体の持ち主である仁の方。彼がひどい眠気を抱えるのは、深夜に迅が身体を酷使するからだ。その時の記憶がない仁にとって理由不明の睡魔というものは肉体だけではなく、精神にも悪い影響を及ぼす。

 「これは俺の身体だ、それに俺が出て来てる間の記憶は消してやってる。」

 いかにも押し付けの慈悲であるが、仕方ない。全ての権限を持つのは迅の方だ。本来の主であるのは仁であるはずなのに。アリアはせっかくの機会に聞いてみようと口を開くが、突如吹いた強い風が炎を消す。星明りのみが大地を照らす、静かな夜にこれ以上の話は無粋だろうと感じた彼女は静かに目を閉じた。

 

 ふみふみ

 顔を踏みつける、柔らかな可愛い足はジンの顔に跡をつける。

 ふみふみ

 いつまでも起きない生意気な小坊主に、ちょっとした憂さ晴らしの意を込める。

 「起きて下さい。そろそろ進み始めないと今日中に街に着きませんよ。」

 アリアの声に大きな伸びで返すジンは寝ぼけ目を擦る。

 「どうせなら美少女に起こしてもらいたかったよ...」

 頭痛がするのか、頭を押さえ起き上がる。アリアはそんなジンの仕草に僅かな違和感を覚える。昨日感じていた凶暴性の一切が鳴りを潜め、代わりに穏やかな雰囲気を纏っている。どうやら人格が戻ったようだ。

 「はぁ、寝てる間にあんなことが起こってたとはな...」

 それにどうやら記憶を受け継いでいるようだ。昨夜あんなに押し付けがましく語っていたのに、結局記憶を消さなかったのか。それに急に消えた迅の意識、絶対優位を持つ彼の人格はどこへ行ったのだろう。

 深夜だけとはいえ、半年以上の記憶が一気に流れ込んだのだ。頭痛に苦しむのも無理はない。

 少しの休憩と眠気覚ましの運動後、街への歩みを再開する。仁はまだ少し残る頭痛にこめかみを抑えるが、昨日より従順についてくる分道行くのが楽で仕方ない。


 やっとの思いで村を見つけた時には、既に日が高く昇ってしまった。帝国オルディラが領土の果ての村、数十の民家が立ち並ぶ小さな村落であり、自給自足の暮らしを享受している。そんな長閑な村、だったはずだが。

 キィィェェエエエエエエ!!!

 眼前に広がるのは蹂躙。家はたった一つを残して崩れ落ち、家畜の全てが殺されている。食べられた形跡が無いことから、それはまるで子供が玩具を散らすが如き惨状で、心の底から凍るような叫びは仁の身体を震わせた。

 「なんだよ、あれ...」

 仁の怯え声は破壊音にかき消された。最後に残った家が崩れ落ち、姿を現したのは飛竜のような翼を持った怪物。金切声で叫ぶそれは竜とは違い、鋭く大きい嘴をカチカチとならして威嚇した。翼を大きく広げた怪物は耳をつんざく絶叫で大気を震わせ、聞く者に絶望を強制する。

 「コカトリス!?何故こんなところに...」

 全身の毛を逆立てたアリアが驚愕に眉をひそめる。飛竜と似た体格ではあるが、翼には羽がびっしりと生え、竜というよりは鳥の特徴を多く含んでいるその怪鳥はこちらを向くと、切れ長の目をさらに細めた。

 「え、何それ怖いんですけどぉうおあ!!」

 人間の頭はあろうかという大きさの岩礫が飛来する。仁の言葉を遮った塊が後ろ手に弾けた。

 「一旦逃げましょう!!」

 一時撤退、引くも戦略だ。キィキィとこちらを嘲笑するようなコカトリスに背を向け全力疾走する。しかしどうやら追って来ないようで、首をきょろきょろとさせて佇んで居る。

 数十m程離れただろうか、突然ジンが足を止める。何をいきなり、叫んだアリアだが彼が放つ雰囲気にブレーキを踏んだ。

 「敵前逃亡なんてだせぇことしてんじゃねぇぞ、こら!」

 戒めか、胸を叩くと袖を捲る。数時間ぶりに感じる剥き出しの野生が、今はどこか安心さを与える。

 「やっとですか...」

 アリアは横に並び顔を見上げる、そこには、離れた怪鳥を挑発的に見つめる迅の姿が。相手も急な異変を感じ取ったのか、先ほどの余裕な表情を消して前かがみに臨戦態勢を取り始める。

 ドンッ

 音に合わせて抉られた地面から土煙が舞い、つい一瞬前まであった迅の姿がもう既に村の入り口まで切迫している。

 「でかい鶏だなぁ死を悟って卵でも産みやがれ!」

 高らかに笑う迅の背中は傲岸不遜な魔王のようで、邪悪さは相対する怪物と負けてない。

 キィィャャヤヤヤ!!!

 間近の咆哮で大地が震動する、しかし先ほどとは違い目の前の人間は叫ぶだけでは倒せない。コカトリスは大きな翼を振り切ると強力な風を起こす、崩壊した村の残骸が暴風に乗り大きな礫となって迅を襲う。

 しかし、コカトリスが翼で薙ぐ直前、空高く跳躍した迅は大きな嘴目掛けて急降下した。

 ドゴォォ!!!

 地面がひび割れコカトリスの頭がめり込んだ。埋まった頭を抜き出そうと必死にはばたく胴体を思い切り蹴りつけて吹き飛ばす。あの巨体を足ひとつで蹴り上げるなど人間業ではない。瓦礫の山に座り沈黙するアリアは冷や汗で背中を不快にした。あれが敵では無くて良かったと心底感じる。

 「頭かち割ったと思ったんだがなぁ...」

 しかし当の本人は不満そうに首を傾げる、コカトリスの自慢の嘴には大きな罅が入り、抉れた胴体からは血が流れ出しているというのにも拘わらずだ。

 グェエ!!グェェエエ!!

 コカトリスは、横転した小鳥が身体を起こすようにバタバタと蠢いて一面に体液を撒き散らしている。地面に伏せられた顔面を見下ろすように立った迅を見上げる目は、未だ闘争心を失っていない。

 ゴオオオォォ!!という音とともに吐いた緑の炎が迅を襲う。ただの揺らぎかと両手で受け止めるが、それは明確な質料を持っていて岩のように固い緑炎の球が身体を押し飛ばす。高温が身を焦がし、充分に身体をふっ飛ばしたところで花火のように弾けた。

 両腕の焼け、吐き気を催すような焦げた臭いが充満する。右腕の皮がベロンと剥け、ところどころ見える肉は程よくミディアムに焼きあがる。

 「く、はは!いてぇじゃあねえか鳥類風情が、もろに喰らっちまったぜ。」

 傷口を見ると、ジュクジュクと焼け焦げたところから緑色の煙が上がる。

「ジン!コカトリスは猛毒を持っています!!急いで解毒を!!」

 慌てて駆け寄ったアリアが解毒の魔法を唱える。黄色い光に包まれた迅の体内から毒素が霧となって消えていく。危ないところだった、小型の魔物を一瞬で気絶させるほどの強力な毒は、体内に回った場合常人の命を刈り取るのに五分とかからない。

 アリアは続けて回復の魔法をかけようとするが、迅は傷だらけの身体でコカトリスの近くに戻ってしまった。すぐに解毒したとはいえ直撃したはず、普通なら立つのもやっとのはずなのにあの男はやや上機嫌な顔で這いつくばるコカトリスを見下した。

 「鼬の最後っ屁ってやつか、お前が最初から空にいたら堪らなかっただろうよ。」

 激戦を繰り広げた相手への慈悲であろうか、既に絶命の淵に立つ怪鳥の首を一思いに切り落とした。

 実際、コカトリスの最大の強みは長時間滞空することができるという点。怯えた仁に油断し余裕を見せなければ、空から毒の炎が降り注いだだろう。それは最初から迅が相手をしていれば苦戦を強いられたことを示している。

 

 オルディラの女帝には良い手土産が出来た。迅は、これまでの戦闘に未だ唖然とするアリアに向けコカトリスの首を掲げ、高らかに笑った。

 

 

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