第21話

 先頭の女性は、歩みを止めずにそのまま私の方まで歩いてくる。

 私はそんな彼女を瞬きもせずにじっと見つめていた。実のところ、深々と被せられている帽子の向こう側から感じとれるミステリアスさを、楽しんでいる部分があった。しかし、時折恐怖がそれを上回ることもあり、妙な気分になった。

 女性は、私の半径10m以内に入ると、帽子を脱いでそれを指でつまんだまま腕を下にだらんと下ろした。顔が見れると思ったが、丁度タイミングよく羊の群れが私の前を横切って妨害された。群れが過ぎると、女性の姿は消えていた。

 私は無意識に立ち上がり、彼女を探し始める。広場に満遍なく目線を向かせるも、彼女の姿は確認できなかった。意気消沈してまたその場に座り込むと、ルルはまだかな、と思いながら、片肘を地面についてそこに顔をのせた。30秒くらいでルルが戻ってきた。

 「明梨ちゃん、お待たせ。お母さんと会えた?」

 私はルルの声がする方へ目を向けた。ルルを見てすぐに彼の後ろに立っている女性に焦点があった。さっきの帽子を深々と被っていた女性だ。今は、左手で帽子を持っている。

 「あれ、そのルルの後ろに立っている女の人は?」

 ルルは笑いながら、後ろを振り返った。

 「ああー、こちら俺らのボスのカスタードさん。脱出作戦の総指揮官だよ。」

 女性は、ルルの前に出て私に手を差し出す。

 「カスタードです。あなたが明梨さんね、ルルからお話は聞いているわ。門所の職員になって、下見調査を行ってくれてたんですってね。感謝するわ。」

 私は、カスタードさんの手をオドオドと握る。お互いの手がガッチリ合わさると、私はその流れでカスタードさんの目を見た。鼻は控えめで、目は大きく鋭い、眉尻がクルッと下にカーブしている。帽子で気付きにくかったが、間違いなくオーラのある女性だ。

 「あはっ、あ、明梨です。私も参加されていただきます。よろしくお願いします。」

 「あら、緊張されていらっしゃるのね。大丈夫よ。」そう言うと、カスタードさんは、帽子を頭にのせて、その手で私の肩をさすった。

 私と彼女は手を離した。

 「今日は、言ってたと思うんだけど、明梨ちゃんのお母さんがこちらにくる日なんだ。」ルルの言葉に、カスタードさんは自身の口を手で覆った。

 「あら〜、そうだったわね。」目をパチパチさせながら、そう言う。彼女の目が若干涙目になった。多分、良い人なんだろう。

 「ああ、カスタードさん泣かないで下さい。泣いたら、僕や明梨ちゃんまで…。」

 ルルが両手で顔を覆う仕草をとった。続けて、さっきの様子からじゃ想像出来ない元気な声がカスタードさんの口から出た。

 「そうだ!明梨ちゃんにオススメ服屋があるのよ。どうせ再開するなら、可愛い格好で会いたいでしょ?」

 しんみりとしたさっきまでの雰囲気が一変した。ルルは演技だったかのように両手を下げて平気な顔を見せた。カスタードさんはニコニコしながら、私の手をひいた。

 


 

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