第9話 ルルの目的。

 ルルは背もたれの後ろに手をやって、浅くのけぞりかえる姿勢をとっている。一方で私はテッシュで目を覆いながら、じっとしていた。

 「落ち着いた?明梨。」

 ルルの優しい声に、私は頷きながら「ありがとう、ルル。」と応答した。

 私は、テッシュを目から離しデスクの上に置くと、長い髪を一度持ち上げて全部後ろに流した。

 「いやぁ、綺麗だ。明梨、とっても綺麗に育ったな。」

 ルルが私に見惚れるように、目を丸にしてジッと視線をこちらに向けている。私はびっくりして彼を見つめ返した。

 「私、綺麗かしら…。」

 「ああ、綺麗だとも。」私の問いに彼は即座に答える。

 「美人に産まれていたら、こんな風に見られていたのね。良い体験が出来たわ。」

 私の微笑みに、ルルも微笑んだ。

 「私ね、来世は美人で聡明な女の子として生まれ変わるの。そうしたら、人生はバラ色にかわるわ。中高生で甘酸っぱい初恋を経験して、大学に上がるとイケメンたちに囲まれて、社会に出たら金持ちイケメンと付き合って結婚する。

 前世では体験できなかった最高のカーニバルが私を待っているのよ!!孤独で寂しい人生なんてもう二度と味わうことないわ。」 

 私の希望に溢れた満開の笑みに、ルルは片膝をついて顔を支えながら嬉しそうな笑いを漏らした。

 私がしばらくの間妄想に浸っていると、ルルは真剣な表情を見せ、どのタイミングで切り出そうかと思惑する仕草をとった。私が彼の変化に気付き浮ついた状態から戻ってくると、彼は「話したいことがあるんだけどいいかな?」と言った。

 私は真剣な表情にかわる。ルルはデスクに目線を落とし、こう話し始めた。

 「転生試験満点だったでしょ?」

 私は予想外のワードに小さく吹き出してしまった。

 「転生試験満点は、俺らの策略だったんだよ。どこか変だとは思わなかったか?」

 彼の言葉に私の思考回路は一時的なショートを引き起こした。

 「明梨、落ち着け。今日はお前に作戦を伝えに来た。明梨も得する話だ。よく聞いてほしい。

 まず、明梨は転生試験の試験日程を一つ間違っていたんだよ。本来受けるはずの一つ前の試験を受けてしまったってことだ。係の人がよく注意を声を大にしているはずだったが、明梨は聞いてなかったんだね。

 明梨の座った席には既に微生物が座っていたんだけど、彼が受験票を床に落として偶然にもそのタイミングに明梨がやってきた。明梨は気付くことなく、そのまま試験はその微生物に解いてもらい、名前だけは明梨のものにしたってわけだ。じき不正に運営が気付いて、明梨は連れ戻されるだろうな。」

「うそ!替え玉受験させられたってこと?あなたのせいで私の転生が滅茶苦茶になったらどうするのよ。最悪。」

私はため息をついてそっぽを向くと、耳に残る嫌な舌打ちをした。

「そこで、明梨には俺たちに協力してほしい。もう後戻りはできないからな。」

「何すればいいの?」私はダルそうに取り敢えず訊いてみる。

 「下の世界に続く門を開けてほしい。俺たちは下界に降りて、普通に人間の生活を送るつもりだ。もちろん、明梨も来ないと上の人から痛い目にあわされるぞ。」

「痛い目ね〜。なるほど私を満点合格させたのは、ここに配属させるためだったのね。門番はよっぽどまともそうな人しかなれない気がするしね。どうしてルルたちは下の世界に行きたいの?」

 「ここの職員をやっていても全く徳がたまらないし、転生できないからだ。安心しろ、下の世界に行くと上の連中は手出しできない。しかも、過去の事例として、職員たちがストライキを起こして一斉に下界に降りたことがあるんだが、その時は全くお咎めがなかったそうだ。

 どうだ。明梨もその姿でまた人間に戻りたいだろ?どうせ、俺らに従わなくても、替え玉受験がバレて、またくだらない転生先を探す羽目になるんだぞ。」

 ルルはいつの間にか鋭い目つきにかわっていて、私は緊迫とした彼の雰囲気に圧倒されていた。ハッと我に返った私はポカンと開けていた口を閉じ、舌なめずりした。

 「本当にお咎めがないのよね?」

 「問題ない。安心しろ。」

 彼はそう言うと、懐から重ね折りした2枚の紙を取り出した。それらを広げて、デスクの上に並べる。

 「ここに作戦が書かれてある。今日から丁度7日後に実行予定だ。それまでにこの施設について探っといてほしい。もちろん、門の開け方もな。」

 ルルはそう言うと、並べた紙をまた重ね折りにした。小さくなったそれを私の膝の上に放り投げ、「しまっとけ」と命令口調で言った。

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