微笑みの裏側
微笑みの裏側
★★★
穂唖絽はスマートフォンに収められた女子生徒の写真をタブレットパソコンに転送して、付属のお絵かきソフトで画像を加工してみる。輪郭をシャープにしてコントラストを調整すると、何となくでは有るが、女子生徒の表情が浮かんで見えた。
「見覚え有りますか、木欒子先生」
パソコンのモニターを覗き込む木欒子に対して藍澤は訪ねて見たが彼女の表情はあまり冴えた物では無かった。
「そうねぇ、何人か心当たりは有るけど、その中の誰かを特定しろと言われると、あまり自信は無いわね」
穂唖絽はそう呟いた木欒子の表情を見上げながら、決死の覚悟で盗撮してきた自分の行動は無駄に終わったのでは無いかと感じて、小さく溜息をついた。
「でも、おそらくこの三人の中の内の誰かで間違いないと思うわ」
木欒子はそう言うと抱えているファイルフォルダーからレポート用紙を取り出し、その三人のクラスと名前を書いて穂唖絽に手渡した。
「一年生が二人二年生が一人……ですか」
その用紙を藍澤も覗き込む。
「一年生は知りませんが二年生には心当たりが有ります」
「そう、同学年ですものね。顔位は見たことが有るかも知れないわね」
「それに、空席に向かって話し掛ける心当たりも」
藍澤の発言に穂唖絽はピクリと反応した。
「この子は演劇部に所属していて、ある意味主演女優クラスの人気を持っています。昨年、文化祭の出し物でデビューしてから人気に火が着いて、二年生以上の男子生徒には結構人気が有る様ですよ」
そう言う藍澤を見て木欒子がちょっと斜めな視線を彼に向かって送って見せたが彼は特に反論する事も無く顔色や表情を変えることは無かった。
「でも部長、それと空席に向かって話し掛ける事がどうして関係あるんですか?」
「そうだね。演技の練習をしていたとは考えられないだろうか」
穂唖絽の言葉が一瞬止まる。しかし、その後から反論が堰を切った様に口から零れ出て来た。
「演技の練習なら別に一年の教室で無くて良いんじゃぁ……」
「演劇部は個人の練習場所を規定していない。教室だろうが屋上だろうがグラウンドの真ん中だろうが、自分が気に入ったところならどこでも許可しているそうだ」
「でも、それを人に知られたからってあんなに怒らなくても」
「役者心理として影の努力はあまり知られたくない物なんじゃないかな」
「じゃぁ、なんで毎回同じ席に向かって話し掛けてるんですか?どの席だって良いじゃないですか」
「あの席はね……」
「あの席は?」
「彼女が一年の時に座ってた席だよ」
「……はぁ」
これが結論で良いのだろうか、確かに筋は通っていそうだが穂唖絽の心は何かに引っかかりまくって納得しようという気には全くなれなかった。むしろ、その二年生の生徒は除外して良いんじゃないかと思うくらいだ。だが、反論出来るだけの根拠も理屈も思いつかない。
それは、部室を出て帰宅途中の電車の中でも夕食中でも入浴中でも自室で勉強机に座り頬杖を着きながらタブレットパソコンのモニターをじっと眺めて居る時でも、解消される事は無かった。
★★★
彼女の名前は眞鍋美由紀まなべみゆき。昨日、藍澤が空席に向かって話し掛ける女子生徒の筆頭に上げた人物だった。穂唖絽は休み時間に彼女の顔を確かめる為に二年生の教室が入っている新校舎の二階を訪れて居た。同じ額園内ではあるが、学年の違う教室が入っている階に足を踏み入れるのは、些いささかか勇気が必要だった。歳が一つ違うだけで何だかオーラも違う様に感じられたからだ。
木欒子のメモによれば眞鍋美由紀の教室は二年二組、輪郭だけしか見てないとは言え髪が結構長いという特徴が有るのでぱっと見で見分ける自信は少しだけ有った。
穂唖絽は二年二組の教室の前に立っては見たが、何かイケない事をしている様な気がして妙に気が引け、中を覗いて見る勇気が出て来ない。そのまま暫くその場でおろおろしていると背後から急に声を掛けられた。
「何してるんだい、こんなところで」
驚いた穂唖絽はその場で飛び上がりそうになる。しかし、聞き覚えが有る声だったのでゆっくり振り返ると、そこには藍澤が立っていた。
「部、部長……びっくりするから突然声を掛けないで下さい」
穂唖絽は胸に手を当てながらそう言うと慌てて教室の前から立ち去ろうとした。だが藍澤は彼女の手を掴みここから帰そうとしない。
「確かめなくて言いのかい、眞鍋君の姿を?」
藍澤は穂唖絽がこの場に居る理由が分かっているらしく、立ち去ろうとした彼女の背中に手を掛けゆっくりと振り向かせる。
「いいかい、窓際の前列から三番目の席に座っている女子生徒、見えるかい?」
藍澤が言う女子生徒は、友人と思われる女子生徒二人と話しをしている。笑顔が素敵な純和風の美人、確かに舞台栄えしそうなその顔立ちは演劇部で主演を勤めるのには十分な要素を兼ね備えていると穂唖絽は思った。
「あれが、眞鍋さん……」
「そうだ、どう思う、庵住君」
そう言われて穂唖絽は真鍋の表情や会話する様子をじっと見詰めて、空席に話し掛ける女子生徒に対する印象と比較してみた。だが、違う。どうも印象が違う。空席に話し掛ける女子生徒はもっと表情がきつくて全体的に角の有る印象だったが、今見ている真鍋はそんな印象はまるで無い。もっとも、高校生レベルとは言え彼女は女優だ。演技で何とか出来るのかも知れないが……
「正直に言うと、違う様な気がします」
「そうだね、彼女は僕も違うと思う」
穂唖絽の否定に対して藍澤は間髪入れずに同意した。その返事の早さに、こいつ分かってて昨日あんな話をしたなと気が付いて思わずむっとしてみせる。要するに藍澤は穂唖絽がどんな行動をするか試して見ただけなのだ。一見、筋が通った藍澤の推理だったがそれは全部口から出任せ、空席に話し掛ける女子生徒は一年の二人の内のどちらかだと最初から感付いて居たのだ。お前の性で昨夜も寝不足になって、お肌の調子が良くない責任はちゃんと取ってくれるんだろうなと、穂唖絽は心の中で毒突いて見せた。
★★★
「絃は顔が広いよね」
「う~ん、そうねぇ46.5ヘクタール位かな」
「誰が東京ディズニーランドの面積の話をした、そうじゃなくて人脈が豊富だよねって言う事よ」
「ほぉ、流石小説家志望、東京ディズニーランドの面積を知っていたか。知識が広いね」
「だから、そうじゃなくてさ……」
何時もどおりの昼休、昼食しながらの会話、自分の質問に思い切りボケを返す絃の言動に穂唖絽は思わずぶち切れそうになるが、以外とそう言う性格の奴だと言う事は昔から知っている事なので、さらっと流してやろうと考えた。
「豊富かどうか良く分からないけど、少なくとも内に篭るあんたの性格以上の知人は居ると思ってる」
「……絃って、一言多いよね」
「ま、気にしなさんな。それで?」
「うん、実は、この二人の事、知らないかなぁって思って」
穂唖絽は木欒子から貰ったレポート用紙を絃に見せた。真鍋に関しては赤線二本でその名前を消して有る。
「
絃の返事に穂唖絽は肩を落として目を瞑り、俯きながらはぁっと溜息をついて見せた。
「随分な落胆具合ね。何、この二人?」
「ううん、何でも無い。忘れて」
「随分引っ掛かる会話の終わり方をするじゃない」
「いや、ホンとにさ。これは私の問題だから。今回は自分で何とかする」
落胆したまま話し続ける穂唖絽を上目遣いに見詰める絃の視線に気が付いて、瞑った目を開け視線を上げるとそこには絃の心配そうな表情が有った。
「あんた、そうやって、何時もの無限ループに陥らないでよ。立ち直らせるのが大変なんだから」
「うん、ありがとう。でもこれはどう考えても私だわ。関わっちゃった以上見過ごす訳にも行かなそうだし、うちの部長に試された事も腹が立つし」
そう行ってから穂唖絽は無理矢理にっこりと微笑んで見せた。
「大丈夫。何とかなるさ」
穂唖絽の態度を見た絃の心に一抹の不安が過よぎる。こう言う事を言い始めた穂唖絽には細心の注意が必要な事を彼女は実体験で知っていた。どんな事情かは良く分からないが部長に対して腹が立つと言う発言から、探偵倶楽部なんて教えたのは間違いなのではないかとも思った。そして穂唖絽がこれ以上不安な行動を取らない様に心の底から願った。
★★★
日曜日、母親に誘われた穂唖絽は郊外のショッピングモールを訪れていた。黙っていると何時までも部屋の中に閉じ篭り外に出ようとしない我が娘を見かねて無理矢理外に連れ出した様な格好だった。
広い敷地内には大きな駐車場とその片隅に小さな緑地が設けられている。季節は春、正に爛漫。母親は買い物が終わったらその緑地のベンチに座り、二人でソフトクリームでも食べようかと思っていたが、穂唖絽は無理矢理外に連れ出された事にあからさまに嫌そうな表情を見せていた。
「こう言う春らしい休日は外に出て深呼吸してみるものよ」
「私、インドア派なの。だから部屋の中でぬくぬくと過ごしたい。小説も書きたいしさ」
その返事を聞いた母親は口元に手を当てて、くすくすと笑い出した。
「それは穂唖絽らしい思いと言うか意見だけど、体を動かさない人間は脳が発達しないから発想も貧弱になるのよ。そんなんじゃ小説家になんて到底成れないわ」
穂唖絽は自分の横を溌剌とした表情で身振り手振りを加え嬉しそうに語る母親を見上げ、その姿が何と無く眩しくも見えたが少なくともそう言う発想に転換する事は絶対に無理だろうと感じていた。
普段から前向きで何事も面倒臭がらずに動き回る行動力を持つこの母からなんで私みたいに出不精な子供が生まれたのだろうかと穂唖絽は不思議に思った。が、これはおそらく父親の血を引いたのだ。
事実、この場に父親は居ない。たまの休日なんだからゆっくり休ませてくれいの一言でこの買い物には同行していない。そうで有れば合点がてんは行くが父親は置いて行かれたのに私はなんで無理矢理引っ張り出されたのだろうかと不思議に思い、それが思わず表情に出る。
「なんで私だけ引っ張り出されたのよって思ってるでしょ」
穂唖絽を見下ろす母は表情を見切った様にそう言った。そして、穂唖絽は大きく頷いて見せた。
「女一人で買い物してたらナンパされかねないでしょ。私が母親である事を世間に知らしめないと世の
臆面も無くそう言い切った母親は正に鈴が転がる様にコロコロと笑って見せたが穂唖絽は開いた口が塞がらずにこのまま日曜日が終わって月曜の朝になってもそのままだったらどうしようかと本気で考えた。
★★★
ショッピングモールの中は都心に店を構える有名店も支店を出していて、日曜日と言う状況も相俟って人手は極めて活況だった。だが、正直に言うと穂唖絽は人混みが嫌いだった。ごちゃごちゃした場所が苦手で未だに浦安に有る、某テーマパークに言った事が無い。そして、これから先も行きたいとも思わないし行く事は無いと確信に近い自信を持っていた。
逆に穂唖絽の母親はこう言う賑やかな場所が大好きで、車で出かけられる範囲で行われるイベントには足繁く通っている。
「取り合えず服とか靴とか見て回って、食料品は最後に買い出しましょう」
母親は穂唖絽の手を握り引き摺る様に連れ回す。そして春から夏物の衣料品を何点か購入して貰ったが荷物は自分持ちだから徐々に嵩張って行くにつれ、早く帰りたいと言う思いが増して行く。全てを済ませて車に荷物を積み込んで、緑地の木陰に有るベンチで二人並んでソフトクリームを舐め始める頃には真夏でも無いのに汗だくになり、強烈な疲労感で口を利くのも面倒な状態に陥っていた。
「どう、体動かすのは気持ちが良いでしょ?」
母親は元気だった。何をどうすればこんなに元気でいられるのかちょっと呆れながら俯き加減にソフトクリームを舐めていた。
「あら、大きなわんちゃんね~」
併設されたドッグランで走り回る大きな毛足の長い白い犬を見て母親が驚いた様にそう言った。
「ねぇ、穂唖絽。うちでも犬、飼って見ない?」
その問いに穂唖絽は即答する。
「私はどちらかと言うと猫が良い」
「あら、なんで?」
「自分で適当に遊んでるし、世話の手間も掛からなそうだから。それに、私を外に引っ張り出す理由にしたいんでしょ?散歩させる事を口実に」
「ふむ、さすが小説化志望。推理力は抜群ね」
「気が付かない方がどうかしてるわ」
ちょっと口を尖らせぎみに話す穂唖絽の表情を見て母親はさっきの様にコロコロと笑って見せた。
「でも、本気で良いと思わない、犬。特にあれみたいな大きい奴」
母親はドッグランを駆ける白い犬を羨ましそうに見詰めた。そしてベンチから立ち上がるとドッグランの方向に歩き出す。相変わらず思った事は直ぐに行動に移す母親だなと思いながら、穂唖絽はその様子にぼんやりと視線を送る。
母親はドッグランの柵に両肘を着き走り回る犬たちに向かって呼び寄せる様に手を振ったりしたが、残念ながら犬たちは母親には興味を示さず、仲間同士でじゃれ合うのに夢中だった。小型犬は大型犬に興味を示す傾向に有る様で、仕切りに白い犬を追い掛けては何かとちょっかいを出したがっていた。その後ろをゆっくりと追いかける少女が一人。
少女は薄い灰色地で胸の辺りに黄色の線が入ったパーカーにジーンズ姿。細身で肩甲骨辺りまで有る綺麗な黒髪に日本人特有の美しさを持つ顔立ちで、色白で
「
その少女は白い犬を『蘭』と呼んだ。蘭は良く
「こんにちは、とっても賢い犬ね」
ドッグランの入り口を出ようとした少女に穂唖絽の母親が親しげに声をかける。その声に少女は驚いた様な瞳を母親に向け、少し迷惑そうな表情と口調でこう答えた。
「……ええ、まぁ」
「なんて言う、犬種なの?」
「蘭ですか、蘭は『サモエド』と言う種類です」
「あら、聞いた事の無い犬種ね、どんなところに住んでいた犬なのかしら」
「そこまで詳しい事は、あの……」
眼鏡が手放せないの穂唖絽の視力で遠目に見ても、少女が迷惑そうな様子がありありと感じ取れたので堪らずベンチから立ち上がると母親の元に駆け寄った。
「お母さん……ねぇ、迷惑そうだからもう止めてよ」
穂唖絽にそう言われて母親は、少し引いている少女の表情に気が付いた。いくら相手が女性とは言え、見ず知らずの人物に突然話し掛けられれば警戒心も沸いてくる。ひょっとしたら不審人物の可能性が無いとも言えないから、少女は話を早く切り上げて、その場から立ち去りたかったのだ。
「ごめんなさい、引き止めてしまって」
穂唖絽は少女に向けてそう言うと、小さくお辞儀をして見せた。しかし少女は無言、ちらりと穂唖絽の表情に目線をやっただけで、若干冷たい印象を残し二人の元から立ち去った。
「ほら、嫌われたじゃない」
穂唖絽は母親を横目で睨みながら呟く様にそう言った。
「でも、素敵なわんちゃんだったし、あの子も綺麗だったわね」
母親は羨ましそうにそう言ったが穂唖絽はそう思わなかった。なぜなら母親の気配りの無さを取り敢えずでは有るが謝ったんだから、何もリアクションが無いのは如何な物かと考えたのだ。そう考えるとあの少女、性格は絶対にブスだと思った。
それに『母親のあの子も綺麗だったわね』の一言が妙に引っかかった。すると何かい、自分の娘はメガネザルとでも言いたいのかと。
★★★
昼休み、クラスメイトたちのざわめきを突き抜けて、絃の大笑いが教室に響く。
「随分充実した日曜日だったみたいね」
穂唖絽は自分の席に座って頬杖を付き、昨日の出来事を豪快に笑い飛ばした絃の表情を上目遣いに見詰め続けた。
「……他人と自分の娘を比較するような発言は、親であるなら止めて欲しいと思うんだけど」
「お母さんにそんな意図なんか無いわよ、ただ、その子があんまり印象的だったからつい口をついて出ちゃっただけよ。親は自分の子供が一番可愛いに決まってんじゃん」
穂唖絽は視線を落としてはぁっと小さく溜息をついた。
「そうだと良いけど」
「あら、お母さん不信になっちゃった?あんた思い込むとしつこいからね」
「そんな事、無いわよ」
ちょっと脹れた表情を作ると穂唖絽は突然席から立ち上がる、それを絃が視線で追いかける。
「おや、どちらへ?」
「お花を摘みに!」
「あらあら、無意味な自然破壊はいけないわ、SDG’sは大切よ」
「ヴぁかかてめぇ」
穂唖絽はそう言い捨てて、のたのたと教室を出て行った。残された絃は穂唖絽を視線で見送くると、小さく肩を竦めて見せた。
教室を出て歩き出した穂唖絽は視線を落とし若干猫背気味。視線を落としたまま歩き続ける穂唖絽は前方にあまり注意を払っていない。そして少し歩いたところで、ふと前方に人の気配を感じて視線を上げると、そこには女子生徒の姿。
ぶつかりそうな距離だったから穂唖絽は前方の女子生徒の逆側に向かって避けようとしたのだが、その女子生徒も同じ方向に避けて来た。それが何度か続く所謂『お見合い』状態。正しくは『連続回避本能』と呼ばれるのだそうだが、穂唖絽は何故かこの状態に陥りやすい。歩くのを止めればそれで解決するのだが、急に止まる運動神経を穂唖絽は持ち合わせていなかった。
そして、なんとかぶつかる前に二人とも少し距離を残して止まる事に成功し、そのままお互い見詰め合う。この瞬間が妙に気まずい。二人は少し頬を紅染め、お互いちょこんと一礼するとその場を立ち去ろうとした。その時、女子生徒のネームプレートに書かれた苗字が穂唖絽の目に入る。
「三木原……まさか、三木原香菜実……」
すれ違い座間、女子生徒の顔を穂唖絽は思わず見直した。女子生徒は肩の辺りまで伸ばした光沢の有る黒髪に少し太めではっきりとした眉に大きな瞳。どちらかというと洋風な顔立ちは全体的に穏やかな印象を与えた。
通り過ぎ遠ざかって行くその女子生徒の方に振り向き、改めてその様子を伺って穂唖絽は確信した。空席に向かって話し掛ける女子生徒は彼女では無いと。あの女子生徒はもっと印象が固く冷たい。そして、再び目的地に向き直り視線を上げて歩き出そうとした時、再び現れた別の女子生徒に突然呼び止められた。
「あら、あなた昨日の」
穂唖絽の目の前に現れたのは昨日、ショッピングモールのドッグランで母親が呼び止めた少女。見た目は綺麗だが性格はブスと断定した例の少女。彼女も自分と同じ高校に通う生徒だったのだ。穂唖絽は改めて自分の母親が迷惑を顧かえりみず引き止めてしまった事を謝ろうとして彼女に一歩近づき、胸に着けたネームプレートの苗字を読み取った瞬間、全身に鳥肌が立った。
「夏川、夏川……翔子…」
思わず口の中でそう呟いて、改めて彼女の顔を見詰めた。相変わらず無表情で冷たく硬い印象の女子生徒は自分の顔をきょとんと見詰める穂唖絽に訝しげな視線を浴びせ、露骨に嫌そうな顔をする。
「……い、いや、その、昨日は母が御迷惑をお掛けしてしまって、本当にも、も、申し訳有りませんでした」
叫ぶ様にそう言って、穂唖絽はバネ仕掛けの人形の様にぴょこんと一礼すると逃げる様にその場から立ち去った。これでハッキリした、空席に向かって話し掛ける女子生徒は今自分の目の前に現れた夏川翔子で有ると。
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