第三十三話 白百合の姫、武器を得る
お義姉さまを地上に送り届けた後、私たちはさっそく地龍迎撃の準備を開始した。
といっても、今の時点でできることはたいして多くない。
せいぜい、落とし穴の予定地点の建物を壊して整地しておく程度。
それだって前のように簡単にはいかない。
使える魔力の絶対量が足りないせいだ。
なにしろ、以前の遺跡では巨大な霊気結晶がむき出しになっていて、遺跡全体に無尽蔵の魔力を放出し続けていた。
ところがここでは霊気結晶は反射板――魔力を通さない金属製の板であるらしい――で覆われてしまっている。
地上よりは多少魔力も濃厚で暮らす分には快適だけれど、さすがにいくらでも魔法が使えるとまではいかない。
「まずは霊気を供給できるようにしないとな」
イェラナイフはそう言って、霊気結晶が据えられた円錐型の台座の階段を登り始めた。
ほとんど塔と言っても差し支えないその台座に上ると、遺跡全体が見渡せるようになった。
お皿を二枚張り合わせたような円盤状の空間に廃墟がひしめいていて、遺跡の中心から放射状に太い道が何本か伸びている。
なるほどイェラナイフが言っていた通りだ。
基本的な構造は前の遺跡とほとんど変わらない。
違いといえば、青白いランタンが点々と灯って全体が淡く照らし出されている点と、あとは規模ぐらいだろうか?
この遺跡は前と比べると、直径にして半分ほどしかない。
イェラナイフが霊結晶を覆う構造物の根元に屈みこんで何やら調べ始めた。
「前のに比べると、ずいぶん小さいわね」
私が都市を見下ろしながらそう言うと、彼は振り返りもせずに答えた。
「これでもでかい方だ。
俺たちの王国が掌握している霊気結晶は全部で七基あるが、ここよりも大きいのは二つしかない。
一番大きいのは〈はがね山〉だが、それだってここより二回り大きい程度だからな。
あの遺跡が異常すぎたんだ」
「ふ~ん」
「だがまあ、ここだって中々のものだろう。
地上人の都市で、これだけの夜景が拝めるところはそうはないはずだぞ」
それはまったく彼の言う通りだった。
確かに都市の規模だけで言えばマノアの城下町の方が大きい。
それでも、夜間にこれだけの明かりが灯ることはまずなかった。
燃料の油代や薪代がもったいないからだ。
そして他の都市でも事情は同じはずだ。
「確かにすごいわね。
とくに、最初の光が広がっていくところなんてすごく素敵だった」
「そうだろうとも」
「だけど、私はお城から見下ろす城下町の夜景のほうが好きだわ。
ここの灯りは少し寂しいもの。
でも、街の灯りはたとえ数が少なくても、たくさんの人が暮らしてる気配が感じられるから」
「なるほどな。お前さんらしい」
私は振り返って塔の上に鎮座する長球形の構造物を見上げた。
その根元では、イェラナイフが湾曲した板を組み合わせたうちの一枚にツルハシを差し込んでウンウンと唸っている。
どうやら、板を無理やりはがしてその隙間から魔力を得ようということらしい。
しかし、反射板とやらはずいぶん強固に固定されているらしく、ミシミシと音を立てるばかりで頑として剥がれようとはない。
「手伝うわ」
私はそう声をかけてツルハシに手を添えようとした途端、バキンッという音とともに反射板が一枚はじけ飛んだ。
同時にイェラナイフが派手に尻もちをつく。
「だ、大丈夫?」
「イタタ……ああ……なんとかな。
それよりもどうだ。光の方は」
彼の指さす方に目をやると、人一人が立って歩けるぐらいの隙間から青白い光が煌煌と漏れ出している。
「試してみるわね」
私は隙間の前に立つと、ゆっくりと門を『ひらい』た。
「……前の遺跡lに比べるとずいぶん物足りないわね」
「やはりか……」
「ねえ、中を覗いてもいいかしら?」
「構わんが気をつけろ。
特に結晶の真下にある水晶の周りはな。
そこに光が集中するように反射板が配置されているんだ。
近づけば急激に霊気の密度が上がるはずだ」
「分かったわ」
イェラナイフの忠告に従い、『ひらき』加減を慎重に調整しながら中に足を踏み入れる。
彼の言う通り、真ん中に近づくほど魔力の密度が濃くなっていく。
これなら何とかなりそうだけど――そう思いかけたところで、魔力の動きに違和感を覚えた。
言葉にはし辛いけれど、なんだか外側からの圧力で自分の中の魔力がかき乱されているような感じだ。
魔力の流れを正常に認識、あるいはコントロールすることができない。
「おい、大丈夫か?」
どうにか魔力の感覚を取り戻そうと四苦八苦していると、イェラナイフが心配そうに隙間からのぞき込んできた。
「大丈夫。だけど、この中にいたら魔法が使えないかも」
「ふむ。異常を感じたならとりあえず出てこい。
こっちが気が気じゃない」
イェラナイフに促されて私は外にでた。
途端にいつも通りの感覚が戻ってくる。
今のは一体何だったのかしら?
「魔法が使えないと言っていたが、どういうことだ?」
「私にもよくわからないの。
なんだか、魔法の力が四方八方からかき混ぜられるみたいな感じがして……」
「なるほどな。
そのあたりの感覚的なところは俺にはよくわからん。
ケィルフならわかるかもしれないが……」
イェラナイフはウウムと唸った。
彼の言う通り、ケィルフならこの感覚を理解してくれるだろう。
だけど、ケィルフだってこの感覚をうまく言葉にできるとは思えない。
「ひとまず、そこから出れば魔法は使えるんだな?」
「えぇ。でも魔力の方は少し心ともないわね」
イェラナイフの眉間にしわが寄った。
「……何とかなりそうか?」
「単純に抑え込むだけなら、多分大丈夫。
でも……光の触手が出てくれば分からないわね。
あれに対抗するのにはとんでもなく魔力を食うから……」
あの触手でツタに傷をつけられると、まるで霊鋼に切られたかのように魔法が失われてしまうのだ。
それに対抗するには、さらに魔力を注ぎ込んで修復する必要があり、最後には魔力のぶつけ合いとでもいうべき消耗戦に陥るのだ。
「それについては、断言はできないが問題はないはずだ。
あの遺跡の戦いでは、奴もお前同様ほとんど無尽蔵の霊気を受け取ることができた。
だが、ここでは霊気を補充できるのはこちら側だけだ。
時間はお前に味方する。
奴が体内にため込んでいる霊気を消耗しきるまで抑え込めれば、お前の勝ちだ」
なるほど。理屈はわかる。
問題は――
「それで、あいつはどれぐらいの力をためておけるの?」
何しろあの図体だ。
私の体よりもずっとたくさんの魔力を溜めておけるんじゃなないかしら。
イェラナイフは頭を横に振った。
「わからん」
「でしょうね」
結局のところ、なるようにしかならないのだ。
*
数日たって、ディケルフたちが到着した。
お義姉さまが集めてくれた人足たちと一緒に大急ぎで落とし穴の掘削を開始する。
人手が増えたからと言って前よりも作業が楽になるわけじゃない。
何しろ、私もケィルフも使える魔力が前に比べれば大きく減っている。
人手が増えた分でちょうど差し引きゼロといったところだ。
大まかな作戦は前回とほとんど変わらない。
落とし穴に落とし、ツタで拘束。
しかる後に眼を潰す。
違いといえば、最後の攻撃に私もツタと霊鋼の杭で参加することぐらい。
文字にすればたったの一文。だけど大きな違いだ。
魔力は減ったのに、私の役割は増えている。
それでも他に妙案が浮かばない以上はどうしようもないのだ。
日々が、戦いの準備に淡々と費やされていく。
イェルフは今も心が死んだままだ。
日に何度か、その口に少しずつ水分を含ませることでかろうじて生き永らえている。
イェラナイフは、そんな彼の居場所を霊気結晶の台座の上に定めた。
そこからなら戦いのすべてを見守ることができるだろうから。
作業はおおむね順調に進んでいたが、一つだけ気がかりなことがあった。
私の杭を作るために森の遺跡に残っていたドケナフ達がなかなか姿を現さないのだ。
不安になった私はイェラナイフに聞いてみた。
「ねえ、様子を見に行かなくて大丈夫かしら?」
「何がだ?」
「ドケナフ達よ。
もしかして、ここに来る途中に何か問題でも起きたんじゃ……」
森とお城との間には危険がいっぱいだ。
盗賊や獣、それから私は見たことがないけれど妖怪やお化け、そんな連中に襲われていないとも限らない。
「ドケナフもイェンコも立派な一人前の男たちだ。
戦士として十分な心得がある。
城から差し向けられた護衛もいる。
盗賊や獣など何の脅威にもなるまい」
「だ、だけど、他にもこう……落盤とか、色々……」
なにしろ、地龍のおかげであのあたりの岩盤はめちゃくちゃになっているはずだ、
何かが突然崩れて彼らが下敷きになってしまったとしても不思議はない。
イェラナイフは落ち着き払った様子で、私を諭すように答える。
「懸念はもっともだが、だからと言って様子を見に行ったところでどうなるわけでもあるまい。
とすれば、無駄と分かっていることのために貴重な人手を割くことはできん。
俺たちにできることは、彼らが無事だと信じることだけだ」
彼の言うことはいちいちもっともで、返す言葉がなかった。
だからと言ってそれで私の不安が軽くなるわけでもない。
「……まったく、二人とも何をしているのかしら?」
私が苛立ち紛れに呟くと、イェラナイフは眉間をもみながらため息をついた。
「大方、興が乗っちまってるんだろう。
目的を忘れて自分の興味や理想を追求しちまうんだ。
ドケナフ――というか、あいつに限らずうちの職人連中にはそういうところがある」
「ああ……」
彼らとの付き合いの短い私にも心当たりがあった。
イェンコは味見をしだすと完璧に仕上がるまで止まらないし、ディケルフは罠の威力を追求するあまり獲物を木っ端みじんに粉砕してしまっていた。
「〈山〉にいるならそれでもかまわんが、こういう時には実に厄介だ。
どうにか期限前に正気を取り戻してくれればいいんだが」
私たちはもう一度、二人そろってため息をついた。
*
結局、彼らが到着したのは地龍が地底遺跡を揺らし始めてからだった。
ギリギリもいいところだ。正直なところ、私は諦めかけていたのだ。
「よお! どうやら間に合ったようだな!」
上機嫌でそう叫ぶドケナフに、私は感情に任せて怒鳴り返した。
「遅いじゃない! いったい何をしていたの!」
「わしは散々とめたんじゃがのう」
と、しょげきったイェンコが申し訳なさそうに言う。
ところがドケナフは一向に悪びれた様子を見せない。
「悪い悪い。
どうしても作りたい物ができちまってな」
「そんなの戦いが終わってからにすればいいでしょ!」
「まあそう言うなって。
それだけの仕事はしてきたつもりだ」
そう言って、彼は肩に担いでいた金属製の棒を三本、抱えるように差し出してきた。
先端に覆いがついているが、これは私用の杭に違いない。
差し出されはしたものの、多分、重すぎて私には持てないだろう。
そもそも三本では数が足りない。
私は杭を四本作ってくれと頼んだはずだ。
私は彼が背負っている、もう一本の長い包みに目をやった。
「で、その長いのは何?」
「槍だ」
答える彼の声は。それまでと違ってひどく真剣だった。
「イェルフはどこにいる?
案内してくれ」
「……こっちよ。時間がないから、急いでね」
地龍が遺跡を揺らす中、転ばぬよう慎重に台座の階段を上る。
イェルフは台座の上、戦場全体を見下ろすことができる位置に、上半身を立てかけるようにして座らされていた。
ドケナフは彼の前に片膝をつくと、背にしていた槍を下ろし、イェルフに向けて捧げ持った。
「我が戦友にして、我らが英雄よ。
汝に我が槍を捧げん。
どうか、我らの戦いを見守りたまえ」
そう言って、彼は槍を保護していた包みを取り払った。
見事な出来栄えの槍だった。
柄から穂先に至るまで、全てが一つながりの霊鋼でできている。
あのナイフと同じように一切の装飾が省かれ、ただ一つの目的のために研ぎ澄まされていた。
否。
よく見ると穂先の根元に小さな刻印が施されている。
「ねえ、その印は何?」
「これは、イェルフの魂の印だ。
俺たちは生まれた時、名前と一緒に印を一つ賜るんだ。
遥かな祖先から現在、そして未来にいたるまで、一つとして同じ印はない。
墓には名前ではなく、この印だけが刻まれる」
イェルフの視線は、相変わらず虚空に注がれていて、この見事な槍を前にしても何の反応も示していない。
ドケナフはこちらに視線を向けて、少しだけさみしげに笑った。
「なあ、嬢ちゃん。俺は思ったんだ。
嬢ちゃんがこの槍で戦えば、あいつも一緒に戦ったことになるんじゃないかってな」
悪くないアイディアだった。
「……しょうがないわね。使ってあげる」
私は杭のために用意していたツタを手元まで伸ばすと槍を受取った。
全金属製の槍からは魔法を経由してもなお、ズシリとした重さが伝わってきた。
ズドン、と背後でひときわ大きな振動が起きた。
私たちのやり取りを見守っていたイェラナイフが口を開く。
「そろそろ来るぞ。
さあ配置に着け!」
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