第二十二話 白百合の姫、闘う


 啖呵を切って戦闘再開。

 これでもう後には引けなくなった。


 周囲に使えるツタは片手で数えられる程。事前に用意した樹木ハンマーは使い切った。

 新しく作ったところで、カリウスはそんな見え見えの罠にかかるような間抜けではもちろんない。


 勝算なんてない。ただの破れかぶれだ。


 それでも、家族を見捨てて逃げ出すなんてありえなかった。

 森から出て次の戦闘に備えたところで、森の外では私が振るえる力は大きく減る。

 まして平原での野戦となれば、私の戦力なんて十人力がいいところだろう。

 私が、私の力で彼らを退けられる可能性があるのは、今この場をおいて他にないのだ。


 ツタの無駄遣いはできない。

 カリウスの鋭い斬り込みをギリギリで躱しながら隙を窺う。

 しかし、彼とてこちらの手口はよく知っている。

 そう簡単に隙を見せてはくれなかった。

 私は少しずつ円陣の端へと追い込まれていく。

 そしていよいよ下がる場所がなくなりかけたその時。


「これを使え!」


 背後からの声と共に何かが光を反射しながら闘技場の中に投げ込まれ、音もたてずに地面に突き刺さった。

 とっさにそれに向けてツタを伸ばす。

 こちらの意図を察したカリウスが伸ばしたツタに斬りつけてきたが、僅かにこちらが早かった。

 宝剣の斬撃を躱しつつ、地面にから引き抜いた何かを手元に引き寄せる。


 それはドケナフのナイフだった。

 ツタを斬り損ねたカリウスが、返す刃を私目掛けて振り下ろしてくる。


 ツタを操ってその軌跡にナイフを差し入れる。

 火花が散り、同じ霊鋼の刃が王子の剣を受け止めた。


 カリウスが驚愕の表情を浮かべて後ろに飛び退った。

 チャンスだ!

 一気にツタを伸ばしてカリウスを追撃する。

 カリウスは盾を前に出してその突きを受け止めたが、しかしドケナフ自慢のナイフは何の抵抗もなく盾を貫き、柄まで埋まった。

 私はそのままナイフを押し下げ、持ち手目掛けて斬りおろす。

 その刃が持ち手に到達する前にカリウスは盾を手放し、さらに後ろに跳んだ。


 距離が確保できたことでこちらは気持ちに余裕が出てきた。

 対するカリウスの顔には焦りが浮かんでいる。

 攻守逆転だ。


 ツタを操り、カリウス目掛けて連続で突きを入れる。

 鋼の鎧も易々と貫く刃を前に、カリウスは防戦一方だ。


 その隙に、彼の背後で静かにもう一本のツタを這わせる。

 カリウスはこちらの攻撃をさばくのに精いっぱいで、背後のツタにはまったく気づいていない。

 背後のツタが十分に近づいたところで、ナイフのツタをカリウスに向けて強引に突っ込ませる。


 カリウスはこちらの雑な動きを見逃さず、ナイフのツタを横なぎに斬り払う。

 こちらはその動きに合わせて背後のツタを伸ばし、彼の利き腕を絡め捕った。


「しまった!」


 カリウスが驚愕の声を上げた。

 それでも彼は手首を使ってツタを斬ろうとしたが、絡めたツタでもってその手首を固定して阻止。

 そのまま彼の体を持ち上げて宙づりにする。


 カリウスが右手を開いて剣を落とした。

 諦めたのかしら、と思いきや彼の目はこちらをキッと見据えたままだ。

 おっと危ない。

 左手がその剣を受取る前に、ツタを絡ませて動きを止める。

 地に落ちたドワーフの宝剣は柄まで土に埋まった。


「まだ続ける?」


 カリウスの目からようやく闘志が消えた。


「……参った。降服する」


 項垂れているカリウスを地面に降ろし、ツタをほどいた。


「お、おい。もう降ろしちまって大丈夫なのか?」


 背後から仲間の声がかかる。

 私は振り返って答えた。


「大丈夫よ。

 彼は絶対に約束を守るから」


 円陣のでは、大勢のホルニア兵が弓を手に決闘の行く末を見守っていた。

 カリウスがその気になれば、命令一つで私をハリネズミにすることだってできたのだ。

 これまで幾度も繰り返されてきた決闘だってそうだった。

 でも、彼がそんなやり方で決闘の結果を覆したことは一度もない。


 カリウスはゆっくりとした動作で地面に突き刺さった剣を引き抜くと、私の前に跪いた。

 それから、慎重に剣の切っ先に持ち替えて柄をこちらに差し出す。


「その剣は貴殿が持っていなさい」


 私は作法通りに彼に帯剣を許した。

 カリウスが「かたじけない」と言って剣を鞘に戻そうとしたその時、思わぬところから横やりが入った。


「ま、待て! その前にその剣を俺に見せてくれ!」


 声を上げたのはドケナフだった。

 随分と必死な様子だ。鍛冶師としてこの剣に興味があるらしい。


「いいかしら?」


「あ、ああ、それは構わないが……」


 私が問うと、カリウスは躊躇いながらもドワーフの鍛冶師に宝剣を差し出した。

 ドケナフは王子の前に片膝をつくと、それを押戴くように受け取った。


「こ、こりゃあ見事だ……」


 宝剣の切っ先から柄まで眺めまわしていたドケナフが感嘆の声を漏らす。

 いつの間にか円陣の中に入り込んでいたイェラナイフとイェルフも、興味深そうにドケナフの背後から首を伸ばして覗き込んでいた。


「さて、こいつは見覚えがあるぞ」


 そう言いながらイェルフが首をひねった。


「だがどこで見たのかはさっぱり思い出せん」


 イェラナイフがそれに答えて言う。


「おそらくこいつは〈ヴフンの宝剣〉だろう。

 宝物殿の図録で見たことがある。

 今から五百年ほど前にゴブリンとの大会戦の最中に喪われていたはずだ。

 よもやこんなところでお目にかかろうとは」


 どうやら、ドワーフたちの剣がゴブリンに奪われ、流れ流れてこんなところにまでたどり着いたらしい。

 何とも奇遇なこともあるものだ。


 ドケナフが興奮した様子でこちらに視線を向けて言った。


「な、なあ嬢ちゃん。決闘に勝ったんだろう?

 こいつを戦利品としてもらい受けるわけにはいかんか?」


「ダメよ」


 私は却下した。


「それは決闘の条件に入っていないもの。

 取り上げるわけにはいかないわ」


 しょんぼりするドケナフを尻目に、イェラナイフが口を挟んできた。


「だが、この剣はお前にとって最大の脅威になるだろう。

 敵の手に戻してしまってもいいのか?」


「それでもよ。

 こいつとの決闘は私たちの命綱だもの。

 だから決闘にかかわる約束事は、私も絶対に守る。

 こいつがこれまでそうしてきたようにね」


 それに、負けた上に剣までなくし、後には莫大な借金だけが残るなんてカリウスがあまりにも不憫だ。


「剣への対策はまあ、次までに考えておくわ」


 正直なところ、何も思いつきそうにないけれど。


「お前がそう言うのなら何も言うまい。

 おい、ドケナフ。さっさとその剣を返してやれ」


 イェラナイフに促されて、ドケナフは名残惜しそうに剣を返した。

 カリウスは今度こそ剣を鞘に納めると、駆け寄ってきた老騎士に向き直って言った。


「聞いての通りだ。全軍に撤退を指示しろ。

 それから、国王陛下に急ぎ伝令を。

 事の次第を報告せねばならん」


「し、しかし、殿下――」


「皆まで言うな。

 だが、もううんざりなんだ。

 これ以上俺を悩ませないでくれ」


「お気持ちはわかります。

 ですが、此度の戦は――」


「黙れ!」


 カリウスは再度老騎士の言葉を遮った。


「これはドワーフたちの温情でもあるのだぞ!

 あれを見てみろ!」


 そう言ってカリウスは、私たちを取り囲んでいる巨石人形を指した。


「お前はあれに勝てるのか?

 無論、我らが総力を挙げて挑めば勝てないこともないだろう。

 だが、そのためにどれだけの損害が出る?

 残余の兵の士気は維持できるのか?

 最初から我らに勝ち目などなかったのだ。

 これ以上恥をさらすな!」


 老騎士は聳え立つ石人形を見上げて、ゆっくりとため息をついた。

 それから肩を落とすと「仰せのままに」と言って、主の命令を伝えるべく兵士たちの方へ去っていった。


 まもなくしてブオーという角笛の間の抜けた音が森に響き渡り、ホルニアの軍勢はぞろぞろと森の街道を引き返していく。

 カリウスは先ほどの老騎士とともに最後まで残っていたが、最後尾の兵たちが十分に離れるのを見届けた後、こちらに向き直って言った。


「〈茨の魔女〉よ。礼を言う」


「いいのよ。貴方を生かしておいたのだってこちらの都合なんだから。

 ホルニア人でちゃんと約束を守るのなんて貴方だけなんだもの」


「いや、そういう意味では……まあいい、好意からの発言と受け取っておこう。

 さらばだ」


 別れを告げる彼の顔つきはひどくさっぱりしていた。

 いったい何があったのかしら?

 負けた奴にあんな顔をされると少しばかり癪に障る。


「そんなこと言わずに何度でもいらっしゃい。次に勝つのもやっぱり私だから」


 カリウスは私の憎まれ口に苦笑いを浮かべたが、何も言い返すことなく白馬にまたがると、こちらに背を向けてから手を振った。

 その時、私はふと気になることを思い出し、立ち去ろうとする彼の背に声をかけた。


「あ、ちょっと待って。

 聞きたいことがあるんだけれど」


「なんだ」


 カリウスが馬の足を止めて振り返った。


「貴方、なんで私が死んだなんて思っていたの?」


 私の問いにカリウスは顔をしかめた。


「陛下が――いや、父上がお前に向けて刺客を放ったのだ」


「あぁ!

 あれ、貴方たちの仕業だったのね」


「そうだ。おい、何をそんなに喜んでるんだ?」


 顔に出てしまっていたらしい。

 カリウスは不思議そうに首をかしげている。


「貴方には関係のない話よ」


 ともあれ嬉しい知らせだ。どうやら、お義姉さまが私を殺そうとしていたわけではなかったらしい。

 だけど妙な話だ。


「でも、刺客なら私が一人残らず返り討ちにしてやったわ。

 なんで私が死んだなんて思いこんでたの?」


 あの黒ずくめの男たちは、オッターがヘマをしたんでなければ今頃地下牢か墓場かのどちらかにいるはずだ。

 成功報告なんてもちろんできるはずがない。


「詳しくは知らん。

 だが、父上はそちらの城にいる内通者から確度の高い情報を得たと言っていた」


 どうやらお城では私は死んだことになっているらしい。

 ということは〈長腕〉は約束通りあの荷物を届けてくれたのだろう。

 カリウスが自嘲するようにつづけた。


「だが、どうやら父は偽情報を掴まされていたらしいな。

 てっきり、そちらの策にかかったのだとばかり思っていたのだが」


「知らないわよ。

 そんな嘘をついたところで、こっちには何の得もないんだし」


 私はしらばっくれた。


「もっともだ」


 カリウスはそう言って首をひねりながら去っていった。


 カリウス達が立ち去ってすぐ、ケィルフがよろよろとイェラナイフのそばに寄ってきた。

 見ればもう息も絶え絶えの様子だ。


「ナ、ナイフ……もういい?」


「おっと、すまんな。もういいぞ」


 イェラナイフの答えを聞いた途端、ケィルフはその場にへたり込んだ。

 同時に石人形たちが音を立てて崩れる。


「ふう。

 それにしても危ないところだったな」


「ええ、本当に。

 まさかあいつがあんな凄い剣を手に入れてるなんて、思ってもみなかったわ。

 ドケナフがこれを貸してくれなかったら、間違いなく負けていたわね」


 私は手元のナイフに目を落とす。

 その刃は、鋼の剣を易々と切り裂いたあの宝剣の斬撃を受けてなお、傷一つついていなかった。


「それもあるがな。俺が言いたいのはこっちの話だ」


 イェラナイフが石人形だった岩塊の山を見ながら言った。


「ケィルフが思った以上に消耗していた。

 石人形を全力で暴れさせた場合、霊気を使い果たしていたかもしれん。

 リリーに賭けて正解だったな」


 なるほど。

 魔法の力は、時間の経過や月光浴である程度回復させることができるけれど、いずれにせよ大きく消耗した後では回復までに時間がかかる。

 ことによっては地龍の到着までに掘削作業が間に合わなくなる可能性もあるのだ。


「……迷惑かけちゃったみたいね。ごめんなさい」


「構わんさ。前にも言ったように、この戦いは俺たちの都合でもある。

 まあ、どうしても気になるっていうんなら報酬の前払いとでも思っておくがいい。

 いずれ地龍がきたならば、お前さんにも命を張ってもらうわけだからな」


「任せてちょうだい。きっと損はさせないわ」


 私の頼もしい答えに満足したのか、イェラナイフはニッといつもの人の悪い笑みを浮かべた。


「ああ、期待しているぞ」


 そして皆の方に向き直って言った。


「それじゃあ凱旋といこうか。

 戻ったら酒樽を開けよう! 勝利の宴だ!」

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