第二十話 白百合の姫、決闘を挑む
「なに、簡単な話だ」
話は少し遡って、あの晩のことだ。
どうやってホルニア軍をやっつけるかの作戦会議の席上で、イェラナイフは自信満々に言ったものだった。
「我々にはケィルフがいる。
人間の軍勢ごとき、巨大な石人形を突っ込ませれてやればそれで片が付く。
むろん、石人形も無敵じゃない。
巨石人形ともなれば稼働時間は短いし、同時に動かせる数も限度がある。
だが、初見の連中にあれへの知識や対策なんぞあるはずもない。
一気に敵中枢まで突進して指揮官を踏みつぶしてやれば、雑兵どもはあっという間に潰走するさ」
「却下よ」
私は彼の申し出を丁重に辞退した。
「あまり人死にを出したくないの。
特に、指揮官級の大物貴族に死なれるのは困るわ」
イェラナイフが怪訝な顔をした。
「どういうことだ?」
首をかしげる彼に私は説明した。
「マノアとホルニアじゃ国としての体力に圧倒的な差があるの。
本気を出させたら、いずれ私たちは磨り潰されてしまう。
たとえ貴方たちがいたとしてもね。
だから、できるだけ早く講和に持ち込みたいの。
でも大物貴族や王族を殺してしまえばそれも難しくなるわ」
「なるほど。理屈はわかった」
イェラナイフがそう言いながらもひどく驚いた様子なのが気にかかった。
私は何かおかしなことを言っただろうか?
「どうしたの?」
「あ、ああ。
少し意外に思っただけだ」
「意外? なにが?」
「お前さんが、思っていたよりまっとうな王族の考え方をしていたもんでな。それで」
ひどく失礼なことを言われているような気がするけど、今はそれを脇に置いておくことにしよう。
彼の言うことも半分は当たっている。
これはお兄様の受け売りで、私の考えたことではないのだ。
「それでどう?
できるかしら?」
「石人形にやらせるわけにはいかなくなったな。
複数体の石人形にそんな細かい制御をきかせるのは無理だ。
他の手段が必要だろう。
だがまあ、不可能とは言わんよ。
言わないが難易度は上がるしリスクも増える」
頼もしい答えだ。
「じゃあ、一つ案があるの」
「ほう」
「決闘よ」
イェラナイフが眉間にしわを寄せた。
「説明を求める」
「敵の指揮官は、おそらく第三王子のカリウスよ」
彼は巨大なホルニア王国の東部国境地帯の貴族たちのまとめ役を任されている。
これまでの〈闇夜の森〉への侵攻は大概彼ら東部諸侯の要請によるもので、当然の流れとしてその総大将にはカリウスが据えられていた。
今回の侵攻部隊だって、森での戦いに慣れた東部諸侯の軍勢が割り当てられているだろう。
とすれば、指揮官だっていつも通りカリウスが配されているに違いない。
「ふむ。それでそいつが指揮官だとどうなるんだ?」
「あいつは太陽教の熱心な信徒で、その上、騎士道かぶれよ。
私から決闘を挑まれたら絶対に断らないし、それに関しての約束も必ず守る」
「本当か?」
「ええ、ホルニア王は信用できないけれど、あいつは大丈夫。
決闘に関しては、だけどね。
そして、私はあいつとの決闘に負けたことがない。
決闘にさえ持ち込めれば私たちの勝ちよ。
余計な犠牲を出すこともなく、確実に奴らを追い払えるわ」
まあ少なくとも、これまではそうだった。
ここ最近の森での戦いは、私を王子の前に送り込めるか否かで勝敗が決まっていたといっても過言じゃない。
「決闘は構わんが、どうしてもお前が出ないとダメか?
イェルフの方が確実だと思うが」
イェルフは〈はがね山〉でも五本の指に入る戦士だったという。
イェラナイフにしてみれば当然の疑問だろう。
「彼の腕前を疑うわけじゃないけれど、私が出た方が確実でしょうね。
ホルニアの目的は貴方たちだから、さすがのカリウスも戦いは避けようとするはずよ。
決闘を断られる可能性がある。
でも私は魔女だから。
カリウスの信じる神様は、邪悪な魔女は必ず討つべしと教えている。
だから、私から戦いを挑まれればあいつは必ず応じる」
「なるほど。では、残る問題はどうやって決闘に持ち込むかだけ、というわけか」
「そうよ。
ホルニアの連中もバカではないから、王子の周辺は当然厳重に固めている。
できれば、周りにいる側近たちも排除したいわね。
彼らはカリウスが決闘をしようとすると全力で止めに入ってくるから。
何とかならないかしら?」
私がそういうと、イェラナイフはいつもの人の悪い笑みを浮かべた。
「それなら話は簡単だ。
俺たちが道を塞いで、大将に用があると呼び出してやればいい。
奴らの目的は俺たちとの交易なのだから否とは言うまい。
それで、奴を軍勢の中心から最先頭、まさに目の前に引っ張り出せる。
あとは石人形を使って周りの連中を弾き飛ばしてやれば出来上がりだ。
乱戦中ならともかく、不意打ちで標的がはっきりとわかっているならそれぐらい何とかなる」
こうして方針は決まった。
待ち伏せに最適な場所を選定し、樹木ハンマーと石人形のための岩を配置した。
普段であれば目立って罠には使いづらい樹木ハンマーだけど、ディケルフの手にかかれば何の違和感もなく森に溶け込んでしまう。
それから万が一私たちが負けた場合に備えてマノア側の村に顔を出し、城への使いを出させた。
あえて狼煙を使わなかったのは、ホルニア側に煙を見られて警戒されないためだ。
そして、現在。
すべては計画通りに進んだ。
決闘が始まる。
*
大きな石人形が私たち二人をぐるりと取り囲んで、即席の闘技場を作り上げた。
その円陣の向こう側では、ホルニア兵たちがおっかなびっくり武器を構えて遠巻きに石人形たちを取り囲んでいる。
ドワーフ達も今は背後にいて様子はわからないが、同じように外から見守ってくれているはずだ。
私は円陣の内側に生えていたツタ草に魔力を送り込んで制御下に置いた。
「それじゃあ、準備はいいかしら?」
「来い!」
カリウスが、盾の背後に身を隠すように構えながら叫び返してきた。
おかしい。いつもと様子が違う。
もちろん、戦いに臆すような男では元からないけれど、今日はいつも以上に自信満々だ。
なにか奥の手を隠し持っているらしい。
性格的に卑怯な策略の類ではないはずだけど、それでは一体何なのかと聞かれるとさっぱりわからない。
まあいい。こういう時は先手を取っていくしかない。
いつものように彼を絡め捕るべく、私は制御下にあるツタをカリウスに向けてまっすぐに伸ばした。
それを迎え撃つべくカリウスが動く。
手にした剣が木漏れ日を弾いて光の軌跡を描く。
でも無駄だ。私のツタは普通の剣では斬れない。
その時、ドケナフが背後で叫んだ。
「気をつけろ、嬢ちゃん!
その剣は霊鋼で出来ている!」
えっ? と思う間もなく、彼に向けて伸ばしていたツタが斬り払われた。
カリウスがまっすぐにこちらへ突っ込んでくる。
マズイ。
とっさに彼の足元の草を操り、小さな輪を作る。
敵もさるもの。幾度もの決闘で使い古した手に引っかかるはずもなく、ひょいと躱された。
しかしそれによってわずかにバランスを崩したのに合わせ、私は体をひねる。
カリウスの剣はそれに追随できず、私はかろうじて剣先をかわした。
カリウスが振り返るよりも先に、さっきとは違うツタを私自身の体に絡ませ、一気に引く。
ひとまず距離をとれたので一息つく。
カリウスが自慢げにこちらを剣で指しながら言う。
「驚いたか!
これぞドワーフの宝剣よ!
貴様の魔法に対抗するために手に入れたのだ!」
かわいそうに。そんなものを買ったらいかに大国ホルニアの王子といえどしばらくは借金まみれだろう。
下手したら一生利息をむしられ続けるんじゃないかしら?
とはいえ腹立たしい話だ。偽物をつかまされていればよかったのに。
隠していた樹木ハンマーを起動。だけど、カリウスは持ち前の反射神経でハンマーを切り裂き、無効化する。
元来、弱い男ではない。
『剣聖、剣を選ばず』とは言うけれど、それは常識的な範囲の話だ。
文字通りに何でも斬れる剣となれば話はまったく変わってくる。
私は円陣の外に新たなツタを伸ばし、そこらへんに転がっていた騎士から剣を奪う。
都合四本。私が同時に複雑な操作ができる上限だ。
これより増えるとツタと頭がこんがらがってしまう。
それをカリウスの前後左右に展開させ、同時に襲わせる。
だけど彼は右側のツタを素早く斬り払うと同時に、盾に身を隠しながら左に飛んだ。
その勢いで剣を弾き飛ばすと、クルリと身をひるがえして残る二本の剣を薙ぎ払った。
それなりに上等な鋼でできていたはずの騎士の剣の刃が、ドワーフの宝剣にあっさりと斬り飛ばされた。
先端を切り飛ばされたツタを動かして落ちた剣を拾わせようとしたが反応がない。
どうやらあの剣に斬られたツタは動かせなくなってしまうらしい。実に厄介。
目くらましに柄だけになった剣を投げつけて、私は新たなツタに魔力を吹き込で上空に退避。
そうして上に視線を引き付けて、再度樹木ハンマーで奇襲。その隙に着地。
下に降りたのはいつまでも上にいると決闘が成立しなくなってしまうからだ。
カリウスはこともなげにハンマーを躱すと、再びこちらに突進してきた。
マズイ。
彼の視界に入らないよう自分の背後からツタを伸ばし、タイミングを合わせて体を後ろに引っ張る。
振りぬかれた切っ先をかろうじて回避。
それを見たカリウスがやるじゃないかと言いたげに口元をゆがめた。
早くもネタが割れてしまったらしい。もう同じ手は通用しないだろう。
カリウスが盾を構えながら再度距離を詰めてくる。
彼を絡め捕ろうと四方八方からツタを伸ばすがことごとく躱され、弾かれ、刈り取られていく。
相応しい武器を手にしたとたん、こうも厄介になるなんて。
それらに混ぜてもう一発樹木ハンマーをぶつけてみたが、それも切り裂かれた。
カリウスの突進は止まらず、とうとう剣の間合いに入る。
万事休す。
だが彼は剣ではなく、体当たりをするように盾でもってこちらを殴りつけてきた。
彼自身の体重に甲冑を加えた質量に、突進の勢いがそのまま乗った一撃を食らって私は吹き飛ばされた。
地面に背中を打ち付けて、そのまま体が跳ねる。
周囲で歓声が上がった。
背に受けた衝撃のせいかうまく呼吸ができない。
視界もかすんでいる。
それでも、このままこうしていれば死は確実だ。
どうにか上半身を起こし、周囲を確認。
カリウスはすでに目の前にいた。
油断なくこちらに切っ先を向けて身構えている。
「何のつもりよ」
殺そうと思えば、殺せたはずだ。
私があいつの立場ならそうする。私と違って、あいつにはこちらを生かしておく理由はない。
カリウスは剣を構えたまま口を開いた。
「魔女よ。降服するがいい」
こいつは一体何を言っているんだろうか?
「降服してどうなるっていうのよ。
どうせ魔女は火あぶりでしょう」
「一度だけ、見逃してやる。
負けを認めてこの森から立ち去れ」
「どういう風の吹き回し?
魔女は貴方たちの不倶戴天の敵じゃなかったかしら?」
「いかにも貴様らは我らが神の敵だ。
太陽の信徒として、貴様を生かしておくことはできない。
だが――」
カリウスはそこで言葉を区切り、ひどく辛そうに顔を歪めた。
どうやら彼なりに何かの葛藤があるらしい。
「だが、騎士としての俺はお前に恩義がある。
お前は俺を殺せる立場にあり、そうすべきであったにもかかわらず、俺に慈悲をかけた。
ならば俺も、せめて一度はそうするべきだろう」
貴方を生かしたのは、それがこちらにとって一番都合が良かったからだ、と言いかけたがどうにかそれを飲み込んだ。
カリウスは見当違いの相手に感謝している。
彼が本当に感謝すべきはお兄様だろう。
「恩に感じるというのなら、このバカげた戦をやめて今すぐ国に帰りなさいな」
カリウスの顔が再びゆがんだ。
今にも泣きだしそうだった。
まったくこれだから。
これだからこいつのことは完全には嫌いになれないのだ。
「そうはいかん。俺は務めを果たさねばならんのだ。
マノアは滅びる。ならばその決着は俺がつける」
「そう……」
私は、カリウスを刺激しないようにゆっくりと立ち上がった。
宝剣の剣先は、油断なく私の心臓に向けられている。
「さあ、わかったのならさっさと立ち去れ。
見逃すのは一度だけだ。
二度と俺と出会わぬよう、できるだけ遠くにいくがいい」
「ありがとう。お気遣い感謝するわ。
その前に、一言だけ言わせてもらっていいかしら?」
数歩下がって剣の間合いから抜け出すと、私はできるだけ可憐な笑みを浮かべて見せた。
「聞こう」
王子がうなずくのを確認して、私はゆっくりと口を開いた――
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