第十話 白百合の姫、刺客を尋問する
「待て! 殺すなら俺にしろ。
あんたらに矢を射ったのは俺だし、お妃さまの依頼を受けたのも俺だ。
弟は俺を背負っていただけであんたらに危害を加えちゃいない」
上半身はそういいながらヨタヨタと移動し、下半身の前に立った。
イェンコに切り裂かれた服の下から、妙に小さな足がのぞいている。
太さも長さも常人の半分ほどしかない。
「それで、お嬢さんどうするね」
イェンコが斧を振りかぶったまま言う。
「あら、私が決めていいの?」
「当然だ。こいつらはお嬢さんの敵で、お嬢さんの捕虜だ。
わしらはお嬢さんの判断に従うよ」
よかった。
彼らにはいくつか聞いておきたいことがあったのだ。
「じゃあ、好きにさせてもらうわね。
確認しておかなきゃいけないことがあるんだけど、答えてもらえるかしら?」
「わ、分かった。俺が答える。
だから弟のことは――」
「それはあなたの回答次第よ。
弟さんを大事に思うなら、正直に答えることね」
言いながら、私は新しく蔓を呼び寄せて上半身を縛った。
「イタタ……」
上半身が痛みに顔をしかめたが気にしない。
上腕に投げ斧が食い込んだままだけど、たいして出血もしていないようだしひとまず大丈夫だろう。
「まずは、名前から聞いておこうかしら」
さっきも名乗っていたような気がするけれど、戦闘のどさくさで忘れてしまった。
「俺の名は〈長腕〉のボノ。
見ての通り、強い腕を授かった魔法使いだ。
代わりに足はこの通りだ」
そういってボノは、腕とは対照的に短くて弱々しい足を動かして見せた。
「それから、こっちで逆さづりになっているのが弟のゴン。〈長脚〉と名乗ってる。
俺とは逆に、強い足を授かった代わりに、腕は短くて弱い。
ところで……弟を降ろしてやってくれないか」
おっと、すっかり忘れてた。
見ればゴンのほうは頭に血が上って顔が真っ赤になっている。
「いいけど、おとなしくしていてね?」
「た、たすかる……」
私が蔓を伸ばして地面に降ろすと、兄のほうがズリズリと這いよって心配そうに弟の顔を覗き込んだ。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ。兄者こそ大丈夫か?」
「ああ、問題ない。なんせ魔法の腕だからな」
実に仲睦まじい様子。私はこういうのにとても弱い。
私たち兄妹も、早くに両親を亡くして以来、こんな風にずっと助け合って生きてきたのだ。
尋問の最中だというのに微笑ましい気持ちになってしまう。
「あなた達、仲がいいのね」
声をかけられて彼らは私のことを思い出したらしい。
「ああ、まあ。
お互いにこんななりだからな。
俺は弓を引けても獲物は追えねえ。
弟は獲物は追えても弓を引けねえ。
一人で生きれば半人前にもなりゃしねえが、二人揃えば十人力だ」
「それは素敵なことね」
これはお世辞ではない。心の底からそう思ったのだ。
さて、尋問を再開しようかしら。
「お義姉さまからの使いだと言っていたわね?
貴方達はどうやって私の居場所を知ったの?」
「お妃様から使いが来て、姫さんが〈闇夜の森〉に逃げたから連れ戻すようにと言われたんだ」
「使いって、黒い肌の?」
「そうだ。ファラとかいう、いつもお妃様と一緒にいる女だ」
なるほど。
ファラが来たならお義姉さまの指示というのは本当だろう。
王妃付きの侍女は他にも何人かいるが、彼女たちはいずれも宮廷の奥方衆の息がかかった人たちだ。
だけどファラだけは違う。
私にミレアがいるように、お義姉さまにはファラがいる。
「それはいつ?」
「一昨日の昼過頃だ。
大きな鹿がとれたんで城下町に皮を売りにいったら、お使いが来て」
ということは、私が逃げ出した翌朝にはもう所在がばれていたことになる。
さすがはお義姉さまだ。
だけどどこから漏れたのだろう?
ミレアがひどい目に遭っていなければいいんだけど。
「でも、それにしては到着が早すぎない?
どうやってここまで来たの?」
「弟は足が速い。
二日もあればここまで来るのに十分だ。
だが、さすがに無理をさせすぎたらしい」
これについては予想通り。
それにしても危なかった。
ゴンが十分に休憩をとっていたら勝てなかったかもしれない。
「じゃあ、どうやって森の中で私を見つけたの?
これも、お義姉さまから居場所を聞いていたのかしら?」
これが一番の心配事だった。
お義姉さまの魔法が具体的にどのようなモノかは誰も――おそらくはお兄様とファラを除いて――知らない。
もしお義姉さまが私の詳細な所在を把握する力を持っているのなら、次の刺客もすぐに送られてくるだろう。
そうなればもうドワーフたちとは一緒にいられない。
「いいや、こっちは偶然だ。
獣が大騒ぎしているのが聞こえたから様子を見に来たら、猪が妙な罠にかかっていやがった。
これが噂に聞く〈白百合の魔女〉の魔法だろうと踏んで待ち伏せしていたら、思った通りあんたらが姿を現した。
まあ、そっちのチ――屈強な方々が一緒だったのは予想外だったが」
つまり見つかったのは私の落ち度だったらしい。
考えてみればあんな罠、私がここにいると宣伝している様なものだ。
だけど、これはこれで少しばかり困ったことになる。
もし、お義姉さまが魔法か何かでこちらの所在を把握しているのなら彼らは解放してしまって構わない。
既に情報が筒抜けならば、彼らを帰したところで何も変わらないからだ。
だけど、そうでないなら彼らを解放するのは大きなリスクになる。
私と遭遇した地点や、ドワーフたちと一緒にいたという情報を彼らが持ち帰ってしまうのだ。
かといって戦闘中ならいざしらず、こうしていったん捕らえた後に無抵抗な人を殺すのも気が引ける。
そんなことは戦争中ですらしたことがない。
あんなふうに兄弟仲の良さを見せつけられた後ではなおさらだ。
私は決断を引き延ばすため、雑談に興じることにした。
「お義姉さまとはどこで知り合ったの?」
「森の宴だ」
「森の宴?」
「姫さんは知らないだろうが、俺たち魔法使いは時々森の奥に集まって情報を交換するんだ。
どこそこに太陽教の宣教師が現れたとか、領主の何某が力のある者を密かに求めているとか、そういうのだ。
特に太陽教はな。この国はまだいいが、場合によっちゃもっと東に逃げなきゃならん。
それはまあともかく、どこで聞きつけたかお妃様も数年前からその集会に姿を見せるようになってな。
そこで知り合った」
まあ、お義姉さまったら!
私に内緒でそんな楽しそうな集会に出ていたなんて。
「それにしてもあなた達もたいがいよね。
最初の一矢で私を仕留めておけば、こんな目には遭わなかったのに」
「気軽に言ってくれるがな。
憎くもないのに簡単に人を殺せるものか」
「そんなんでよく暗殺者なんてやってられるわね」
私が呆れながらそう言うと彼はブンブンと首を横に振った。
「暗殺者だなんてとんでもねえ!
俺たちゃただの狩人だ」
「あら、そうなの?」
「そうだよ。悪いか。
熊やら狼やらならたくさん仕留めてきたが、あいにくと人殺しだけは一度もしたことがねえ。
今回だって、姫さんを連れ帰るよう頼まれただけだ」
なるほど。
「それは覚悟が足りてなかったわね。
どうせ『無傷で』とは言われてなかったんでしょ?」
「……確かに『手段を選ばず、なにがなんでも連れ帰れ』と言われた」
「だったら、殺せと言われたのと同じじゃない。
この私が素直に帰るわけないんだから」
「だ、だからよお。
最初にああやって脅かせば言うこと聞いてくれると……」
なんだ、やっぱり『降参したふりをしてやっつける』が正解だったんじゃない。
「まあいいわ。それであなた達、この後はどうするの?
私に解放されたとして、まさか手ぶらでお義姉さまのところに戻るつもり?」
「そりゃあ、そうするしかねえが……」
せっかくだから、少し脅かしてみようかしら?
「無理ね。
そんなことしてみなさい。殺されるわよ」
「え……」
「当然じゃない。
自覚はなかったみたいだけど王族暗殺の片棒を担いだのよ?
ただの狩りとはわけが違うの。
やっぱりダメでしたなんて、そんなの通るわけないでしょう。
逃げたところで、お義姉さまは草の根わけてもあなたたちを探し出すでしょうね」
そう言われて彼らの顔が一層暗くなった。
「そこでモノは相談なんだけれど……私のお願いを聞いてくれるなら、一つお土産を持たせてあげる」
「土産?」
私は腰に下げていたナイフを引き抜いた。
「な、なにをするんだ!?」
「こうするのよ」
私は髪を後ろで束ねると、手にしたナイフでぶっつりと切った。
ふう、すっきり。
少し惜しい気もするけど、森で暮らすなら長い髪は邪魔になることのほうが多い。
そのうち切ろうと思っていた所なのでちょうどよかった。
「これをお義姉さまのところに届けてちょうだい。
全身を連れ帰れとは言われてないんでしょ?
だったら髪だけ連れ帰ってもいいじゃない。
首だけ持ち帰るのと似たようなものよ」
「いや、首と髪とじゃ全然違うだろ」
「細かい男ね。
だったら、猪の心臓もつけてあげる。
ほら最初にあなたが射ち抜いたあの猪、覚えてるでしょ?
セットにすれば、お義姉さまもきっと満足してくれるんじゃないかしら」
「待て待て、まさかお妃様を騙そうっていうのか?」
「騙すなんて人聞きが悪いわね。
お義姉さまが、私の髪と猪の心臓を見て勝手に勘違いするだけよ」
「いや、姫さん、さすがにそれは無理だろう!
お妃様の神眼は嘘を見抜くって話だ。
とてもじゃないが、そんな危険なマネは――」
私はボノを蔓でぎゅっと締め上げた。
それから苦しそうに表情をゆがませた彼の耳元に、そっとささやく。
「だったらここで死ぬ?
あなたが先か、弟さんが先かぐらいなら選ばせてあげるわよ?」
「わ、わかった……必ず、届ける……。
だから弟だけは……!」
それを聞いて蔓を苦しくない程度に緩める。
「そう言ってもらえてうれしいわ。
なにも馬鹿正直にお義姉さまの前に出なくたっていいのよ。
お城の衛士に『お妃様からの依頼の品だ』とかなんとかいって押し付けちゃえばそれでおしまい。
ああ、取次はファラを指名してね。そうすれば必ずお義姉さまのところに届くわ。
ほら、簡単でしょ?」
ボノが化け物でも見るような目でこちらを見上げている。
たまにこういう目で私を見る人がいるのよね。
魔法を使えない人たちならともかく、同じ魔法使いにまでこんな風にみられるのは心外だけど。
*
武器を取り上げた上で猪の解体を手伝わせた後、ボノとゴンの二人を森の縁まで連れて行った。
森から去っていく彼らの背を見送りながら、イェンコが言った。
「これでよかったのかね、お嬢さん?
どうせ荷物なんぞ捨てて逃げちまうだろうに」
「いいわ。ダメで元々だもの」
ああやって脅しつけておけばもうお義姉さまの前に顔を出しはしないだろう。
それで十分目的は達成できる。
彼らが荷物を放って逃げ出せば、お義姉さまは何も知らずに彼らの報告を待ち続けることになる。
お兄様が帰ってくるまでの時間稼ぎと思えばそのほうが好都合なぐらいだ。
そんなことよりも、彼らを殺さずに済む口実が見つかったことに私はホッとしていた。
*
バラした猪肉を持参していたずだ袋に詰めると、私たちは意気揚々と帰還の途に就いた。
目方でいえば普通の倍はあるだろう大猪の肉を担いで、イェンコはホクホク顔だ。
「これなら五日は肉に困らんだろうて。
今日明日の分だけ取りおいて残りは塩漬けにでもしようかの。
お嬢さん、何か希望の食べ方はあるかね?」
「それなら、この間のシチューがまた食べたいわね」
おなかがペコペコだったのもあるだろうけど、あのシチューは本当に美味しかったのだ。
おかげで食べ過ぎて、泥棒として捕まる羽目になったけど。
「あれなら、肉が塩に漬かるのを待ってからのほうがいいんじゃないかのう。
おい、ディケルフ。おまえさんはなにかあるかね」
「じゃあ、香草蒸しなんてどうです?」
「そういえばさっきヨモギが生えとったな。
だが、少し季節外れかのう……」
「ヨモギぐらい私の魔法で若くできるわよ」
「そりゃええ。
本当にお嬢さんの魔法は便利だの。
じゃあ、肉を置いたら取りに戻ろうか」
そんな話をしながら小屋につくと、今日はイェラナイフたちが先に帰ってきていた。
遠目にも彼らがどこか浮ついているのが見て取れる。
なにかいいことでもあったのだろうか?
イェンコと一緒に今日の出来事を報告しに行く。
「隊長、いい報せと悪い報せがあるんだが……」
イェラナイフがイェンコの袋から突き出た猪の爪にチラリと目をやって、ニヤリと笑う。
「いい報せはまあ、聞くまでもないな」
そういったあと、彼は私の短くなった髪を見て少し顔をしかめた。
「しかし、リリー。その髪はどうした。
悪い知らせと関係があるのか?」
髪、そんなに変だったかしら?
あとでイェンコにでも頼んで整えてもらわないと。
「ええ、そうよ」
「じゃあ、悪い報せを聞かせてもらおうか」
「お義姉さまが刺客を送ってきたの。
なんとか撃退できたけど」
イェラナイフの眉間の皴が深くなる。
「ずいぶん早いな」
「彼らの話を聞く限りだと、お義姉さまは私が逃げた次の朝にはこの森にいることを突き止めていたみたい」
私はイェラナイフに詳しい状況を話して聞かせた。
ディケルフの機転でどうにか刺客を捕らえたこと。
刺客は暗殺者としては全くの素人だったこと。
私の所在について、この森にいるという以上の詳しい情報は持っていないらしいこと。
私の死を偽装するため、髪と猪の心臓を持たせて送り返したこと。
「フム」
彼は腕を組んだまま、難しい顔で言った。
「まずは無事で何より。
しかし、偽装がうまくいく見込みはほとんどなさそうだな」
「迷惑をかけてごめんなさい。
出ていけというならおとなしく従うわ」
私はなるべくしおらしく見えるようにしながら言った。
「今更だな。
その程度のリスクは最初から織り込み済みだ。
だがまあ、ちょうどよかろう」
「ちょうどいい?
私宛の追手が何か役に立つの?」
「そうじゃない」
イェラナイフがニヤリと笑う。
「こちらも探し物――遺跡を見つけたのだ。
今後は遺跡を中心に活動することになる。
だから拠点をそちらに移そうと思っていたところでな。
あそこなら、追手に見つかることもまずないはずだ」
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