第五話 白百合の姫、ドワーフたちの名乗りを聞く

 お義姉さまは私の憧れだ。

 すらりとした長い手足、尊大さと紙一重の強い意志、高い知性、そして日の光をものともしない黒い肌。

 どれもこれも、私にはない素晴らしい美点だ。

 しかも、お義姉さまは魔女でありながら魔法を使わない。

 少なくとも、その力を目にはっきりと分かる形で行使したことはない。

 私は魔法の力を使ってようやくある種の敬意と畏れを勝ち取ったが、お義姉さまはそんなものなしでも畏敬の念を向けられる。

 これがいかに凄いことかは、同じ魔女である私が一番よく知っている。


 そんな風にお義姉さまの素晴らしさを力説したら、ますます変な目で見られた。


「どうにもわからん。

 そこまでお妃様を敬愛しているなら、どうしていたずらなんかしたんだ」


「……い、色々と不幸な行き違いがあったのよ」


 そう言うのが精いっぱいだった。


 初めて出会ったとき、私はまだお義姉さまの素晴らしさに気づいていなかったのだ。

 それどころか、当時の私にとってはお兄様との間に割り込んできたいけ好かない女でしかなかった。

 それで宮廷の奥方たちに煽られてイタズラを仕掛けてしまった。


 当然、お義姉さまには嫌われる。

 魅力に気付いたころにはもう手遅れだった。


 謝って許してもらえる時期はとっくに過ぎており、関係修復は既に困難。

 お義姉さまはもはや私に話しかけてはくださらなかったし、こちらから近づこうにもファラにさりげなくブロックされてしまう始末。

 これまで私がしてきた仕打ちを考えれば、彼女が私を警戒するのは当然だろう。


 誰かに仲介を頼もうにも、宮廷の奥方たちは隙あらば対立を煽ろうとしてくる。

 今思えば、彼女たちは私のことを嫁いびりの道具ぐらいにしか思っていなかったのだ。

 自分たちでは手が出せないから、私をけしかけたにちがいない。


 お兄様はいつも忙しそうで、奥向きの厄介事を相談するのはためらわれた。

 何度も叱られた後でのことなので、今更頼みづらいというつまらない意地もある。


 そんなこんなで事態は八方塞がり。

 それでもお義姉さまと関わりを持とうとすれば新たにイタズラを仕掛ける他はなく、仕掛ければますます関係が悪化する。

 そしてとうとう、今回の破局に至った。


 もっとも、こんな事情を話したところで何の言い訳にもならないだろう。

 私の愚かさの自白でしかない。


 黙り込んだ私を見て、リーダー格は大きなため息をついた。

 

「……善良とはいいがたい。が、かといって嘘をつける性格でもなさそうだ」


 これが、彼が私に下した評価らしい。


「先の戦いについては、確かに我々にも落ち度がなかったとは言えん。

 そしてなにより、お前の力は確かに役に立つ。

 俺たちに協力するなら、ここでしばらく匿ってやろう」


 ひとまず酒樽と交換に送り返されることはなくなったようで、私は胸をなでおろす。


「それって、食料の調達や家事をしろってこと?」


「それもあるがそれだけじゃない。

 俺たちは地龍を討伐するためこの地にやってきた。

 お前も共に戦ってもらう。

 それが条件だ」


 あら面白そう。

 お伽噺の中で、私たち魔女はどちらかというと竜と同じく討たれる側だ。

 それが竜を討伐する側に回れるなんて、滅多にない機会じゃないかしら?


「ま、待てよ隊長。

 こんな子供を戦わせるなんて、そりゃあんまりだ!」


 鷲鼻が割って入ってきた。

 しかしリーダー格は取り合わない。


「たった一人で、俺たちを相手に立ち回ったあの力と胆力。

 十分戦力になるだろう。

 たとえ子供に見えようが、地上人としては成人しているのだから何の問題もない」


 あの親切な太っちょも心配そうな顔で私にアドバイスしてくれる。


「なあ、お嬢さん、悪いことは言わない。

 隊長は本気でお前さんを戦わせようとしとる。

 大人しくお仕置き棒を受けて、さっさとここを立ち去ったがいい。

 なに、心配はいらない。ちゃんと手加減はするから、命までは取られんよ」


 そういえば、最初はそういう話だったわね。

 周りはと見回せば、他のドワーフたちも同意見らしい。

 リーダー格だけがじっと私に厳しい視線を注いでいる、


「ねえ、地龍ってどんな奴なの?」


「地中奥深くを彷徨う巨大な龍だ。

 固い鱗に覆われ、六つの魔眼と六つの命を持っている。

 霊力を喰らって成長するため、古代人が遺した霊気結晶を求めて地の底を這いまわっているのだ。

 その性はいたって凶悪で、記録に残る限りでも三つの要塞が奴に滅ぼされたという。

 事実、我らが〈はがね山〉の要塞が襲われた折には、三百人の専業戦士に加えて、

 六百人もの一人前の男たち、さらには先代国王陛下までもが命を落とした」


 目が六個? 命も六個? いったいどんな感じなのかしら?

 リーダー格はこともなげに言うけれど、私にはさっぱりわからない。

 ともかく、王様が戦死したぐらいなんだからよほどの激戦だったのだろう。


「つまり、とんでもなく強くて悪い奴ってこと?」


「そうだ」


 あってた。とりあえず、悪事に加担させられるわけではないみたい。


「どうしてあなたはそんな危ない奴をわざわざ追いかけてるの?

 逃げたなら放っておけばいいじゃない」


「我ら〈はがね山〉の誇りの問題だ。

 かろうじて山を守り切ったとはいえ、奴を取り逃がしたのもまた事実。

 王の仇も討てぬとあっては、我ら〈はがね山〉戦士団の名折れとなろう。

 そこで新たな山の王、イェッテレルカ十三世は地龍討伐をこの俺にお命じになられたというわけだ」


 なるほど。

 よくわからないけど、そういうものなのだろう。

 お城でも決闘騒ぎで血が流れるのはさほど珍しい出来事ではなかった。

 男たちにとって、誇りとは命よりも重要なものらしい。


「それで、討伐隊の他の兵士たちはどこにいるの?」


「これで全員だ」


「え?」


 私は部屋の中のドワーフたちを見回した。

 何度数えても七人しかいない。


「これで?」


「ああ」


 地龍の追討は、彼らの一族の誇りをかけた事業ではなかったかしら?

 随分と小さな誇りもあったものだ。


 私の考えが顔に出てしまったのか、リーダー格が言い訳らしきものをごにょごにょと口にする。


「……無論、陛下とてこれが討伐に十分な兵力と考えておられるわけではない。

 しかしながら、我らが要塞が被った被害は甚大で、防衛力も労働力も不足している。

 そのような中で出せる限りの兵を出してくれたのだ」


「勝算はあるの?

 私の聞き間違いでなければ、最初の戦いではもっと大勢の兵士で挑んでも仕留められなかったみたいだけど」


「当然だ。

 そもそも、数がいればどうにかなる相手でもない。

 重要なのは戦い方だ。

 そのために少ないとはいえ最良の人材を連れてきた。

 だが……」


 そこまで言って、彼はどういうわけか私の前に両手両膝をついて、獣のように屈みこんだ。


「……それでも、決して勝率が高くないのもまた事実。

 だが、貴女の力があれば随分と勝ち目が増えるはず。

 だからこうして伏してお願い申し上げる。

 どうか、我らに力を貸していただきたい」


 そうして、そのまま彼は床に額を擦り付けた。

 その得体のしれない動作に私は戸惑った。

 周りのドワーフたちに目をやれば、彼らは悲痛な面持ちで私に視線を向けている。

 どうも、これがドワーフたちの最上級の哀願の仕草であるらしかった。

 私が何をしたわけでもないのに、いつの間にか立場が逆転している。

 答えはもうとっくに出ていたのだけれど、この優位を楽しむために私はわざと間を空けて、それから余裕たっぷりに言った。


「そこまでされたら断れないわね。

 いいわ、手伝ってあげる」


「本当か!」


 リーダー格がバッと顔を上げる。

 その額には血がにじんでいた。


「だけど、その前に叶えて欲しいお願いがあるんだけど」


「なんでも言ってくれ。

 可能な限り応じよう」


「早くこの縄を解いてくださらない?」


 長話の果てに、乙女の危機が迫っていた。



 縄を解いてもらい、諸々を済ませた後に私は改めてドワーフたちと向き合った。

 リーダー格が一歩前に出て、私に向けて一礼する。

 その仕草は私たちのそれとは少し違ったけれど、彼の厳つい外見に似合わず優雅でよどみがない。


「まずは自己紹介をさせてもらおうか。

 俺の名はイェラナイフ。

 この討伐隊の長として皆を束ねる役目を負っている。

 〈はがね山〉の王イェッテレルカ十三世の命を受け、地龍を討伐すべくこの地へやってきた」


 そう言って、また一礼。


「続いて」


 と言って、隣にいた酔っぱらいを視線で示す。


「こいつはイェルフ。戦士だ。

 またの名を〈酔っ払い〉。

 酒ばかり飲んでいたせいで、盾の壁から放り出された」


 ひどい二つ名だ。あまりにもストレートすぎる。

 イェルフは大きなゲップをしてから一礼。

 だけどその仕草は不思議と洗練されている。

 酔ってさえいなければ案外紳士なのかもしれない。


「こいつはディケルフ。罠技師だ。

 またの名を〈挽肉製造機〉」


 これまたひどい二つ名。

 誰のことかと思ったら、意外にもあの知的な雰囲気を漂わせた眼鏡のドワーフだった。


「あんまり危険な罠ばかり作りたがるものだから、工房から出入り禁止をくらっている」


 なるほど。

 いや、なるほどじゃない。

 まともそうに見えて、とんだ危険人物だった。


「それから、こいつがイェンコ。調理と食料の管理を担当している。

 またの名を〈泥棒豚〉。

 どうしてもつまみ食いがやめられず、厨房をたたき出された」


 これはあの親切な太っちょのことだ。

 いい人そうではあるけれど、食料の管理を任せるにはあまりに不安なプロフィールだ。


「こっちはドケナフ。鍛冶師だ。

 またの名を〈ヤボ金槌〉。

 独創的な美的センスの持ち主だ」


 鷲鼻が不満気に鼻を鳴らした。

 どうやら彼はこの評価に納得がいっていないようだ。


「こいつがケイルフ。

 壷いっぱいの蜂蜜につられてついてきた」


 イェラナイフがそう言いながら肩をたたいたのは、あの何も考えていなさそうなドワーフだった。

 どうやら、彼はイェラナイフに騙されてここに連れてこられたらしい。

 もっとも騙されたことにすら気付いていないみたいだけど。


「そして最後にネウラフ。攻城技師だ。

 またの名を〈王冠落とし〉。

 国王陛下に大弩を撃ち込んだ前科の持ち主だ」


 最後の一人、いやに目つきの鋭い神経質そうなドワーフがこれに抗議する。


「冤罪だ。俺が撃ったのはリンゴだ」


「陛下の頭の上の、な」


 詳しく聞いてみたところ、即位の宴会の際に余興と称して国王陛下の頭にリンゴを乗せ、それを攻城戦用の大弩で撃ち抜いたらしい。

 冤罪でもなんでもなかった。

 カンカンになった王様は、即座に彼を逮捕させると裁判抜きで投獄したのだとか。

 当然だろう。むしろ優しい部類なんじゃないかしら?


 それにしても、だ。


「なんというか……よくもまあ、これだけ問題児ばかり集めたものね」


 私がそう言うと、〈ヤボ金槌〉のドケナフがまたご自慢の鷲鼻を不満げにならした。


「言いたいことがあるなら言いなさいよ」


「いや……お前さんがそれを言うのかと思ってな。

 どう見ても一番の問題児はお前だろう」


 ドケナフの意見に、ドワーフたちがうんうんと頷いている。


「な、なに言ってるのよ。

 どう見たって私が一番まともよ!」


「だがなあ、イタズラのし過ぎで城を追い出された姫様なんざ、俺は初めて見たぞ。

 見たどころかそんな話はお伽噺ですら聞いたことがねえ」


「追い出されてなんていないわ。

 私が自分で出てきたのよ!」


「それは城にいられなくなったからだろう。

 だったらおんなじこった。

 俺たちだって、自分の足で地上に上ったんだ」


「なんなら、俺たちは山に戻ることだってできるぞ。

 まあ、冷や飯食らう羽目にはなるけどな。

 だが務めを果たした後なら、英雄として大歓迎されるはずさ」


 酔っ払いのイェルフが追い打ちをかけてくる。

 私が反論しようとしたところに、イェラナイフが割って入ってきた。


「お前ら落ち着け。

 確かにどいつもこいつも、脛に傷を持つ身ではあるがな。

 それでも、俺は地龍を討ち果たすために必要な、最良のメンバーを選んだつもりだ。

 多少の欠点があったとて、それぞれの領分において一流の人材であることは俺が保証する。

 無論、リリー嬢もその一人だ。

 彼女も、俺たちも、今や目的を共有する仲間だ。

 我々は今や『一つ穴の兄弟』なのだ。

 だから、つまらないことでいがみ合うんじゃない」


 一つ穴の兄弟……。

 多分、地下に穴を掘って暮らしている彼ら特有の言い回しなのだろうけど、地上の人間にとっては違う意味にとられかねないと教えてあげるべきだろうか?


「まあ、隊長にそう言われちゃあしょうがねえな……。

 すまなかったな嬢ちゃん。もう文句は言わんよ。

 仲直りをしよう」


 ドケナフが、そう言いながらきまり悪そうに手を差し出してきた。

 何年も、ひょっとしたら何十年も金槌を握ってきたであろうその手は、見るからにゴツゴツしていた。


「こちらこそ、ごめんなさい」


 私がその手を取ると、ドケナフがニッと笑った。


「ありがとう、嬢ちゃん。

 これからは俺たちは兄弟だ。よろしく頼むぜ」


 ゴツイ手で痛い位に握りしめられるのかと思ったら、その手つきは思いのほか優しく、温かだった。

 まあ、『一つ穴の兄弟』はさておいて。

 家族以外の仲間を持てたのはこれが初めてで、私はなんだか嬉しくなった。

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