第四話 白百合の姫、自己紹介をする

 私はロープでグルグル巻きにされた上、例の背の低い椅子に括り付けられてしまった。

 その私を、七人の屈強な――ただし背丈は平均して、小柄な私よりもさらに頭一つ分は低い――男たちが、到底友好的とは言えない目つきで取り囲んでいる。

 見た目から察するに、彼らは山の中に洞窟を掘って住んでいるというドワーフ族だろう。

 私もミレアのおとぎ話で聞いたことがあるだけだけれど、この体格、あの膂力、そしてもじゃもじゃの髭。

 おそらく間違いない。


 しかし、おかしい。

 私は降伏するにあたって、貴人に相応しい名誉ある扱いを要求したはずだ。

 なのにこの有様。いったいこれのどこが名誉ある扱いだというのか。


 不安になった私は彼らに訊ねてみることにした。


「ねえ、私は貴人に相応しい名誉ある扱いを要求したはずですけど」


 するとドワーフにしてはひょろりと背の高い、リーダー格らしき男が腕を組んだまま答えた。


「何が貴人だ。

 盗人にはこれで十分だろう」


 よかった。

 至極もっともな答えが返ってきたので私はほっと一息ついた。

 もしこれが、独自の文化に基づく彼らなりの高貴なもてなしであったなら、彼らの親切に期待するのは難しくなる。

 交渉だってまともにできるか分からない。

 でも、ひとまずそのような事態は避けられたらしい。


 思考の流れに余程の大きな違いがあるのでない限り、どんな相手であれ話し合いで解決することは不可能ではない、とお兄様はいつも言っていた。


 もっとも私はその言葉を疑っている。

 話し合いで解決できるというなら、お兄様は北の蛮族を抑えるのに、わざわざ大勢の騎士を引き連れていなくてもよかったはずだ。

 この森を戦場に私が戦う必要だってなかった。

 大体そのお兄様からして交渉よりは戦のほうが得意なお方だ。

 おおかたお父様からの受け売りだろう。


 とはいえ、そんな疑いも今はそっと脇へ寄せておかなければならない。

 最早戦うことができない以上、あの言葉だけが一縷の希望なのだ。


「それで地上人のお嬢さん。こんなところで何をしていたのかね」


 ひと際太ったドワーフが私にそう訊ねた。

 多分一行の中では一番の年かさだろう。

 他の男たちが飢えた眼つき――文字通りの意味だ――で睨みつけてくる中、彼だけは若干の好意をその態度に滲ませてくれている。


「なにが『お嬢さん』だ!

 俺たちの昼飯を半分以上食っちまったんだぞ!

 おまけに精霊憑きでひどく凶暴だ。生かしとく必要はねえ!

 すぐにでも吊るすべきだ!」


 そう叫んだのは、隣の赤ら顔のドワーフだ。

 どうも酔っぱらっているらしく、さっきから酒臭い息を吐いている。

 槍を担いでいて筋骨隆々。これは戦いを生業にしている男の顔だ。

 そういう連中については私も少しばかりなじみがある。


「まあまあ、そういいなさんな。

 みてみろ、まだ髭も生えてない子供じゃないか」


 そういって太ったドワーフが赤ら顔を宥めると、今度は立派な鷲鼻のドワーフが口を挟んできた。

 これまたたくましい体つきをしているものの、こちらはどちらかというと職人風。


「だからと言って無罪放免とはいかんだろう。

 飯泥棒ならお仕置き棒十発あたりが相場だな」


 お仕置き棒とは、今彼が手にしているゴツゴツとしたぶっとい棍棒のことだろうか?

 とても人間用には見えない。熊を叩き殺すにはちょうどいいかもしれないけれど。


「壁を壊された分、五発追加な」


 と、これは酔っぱらいのドワーフ。

 追加も何も、三発もあれば私のようなか弱い乙女がぺしゃんこになるのに十分だ。

 魔法が使えるからって体が丈夫になるわけではない。


「彼女を叩いたところで鍋の中身は戻ってきませんよ。

 そんなことより、私たちのご飯をどうするかが問題です」


 これは眼鏡をかけた賢そうなドワーフの発言。

 その見た目にたがわぬ理性的な提言に私は嬉しくなった。


「今朝の狩りも空振りだったしなあ。

 もう肉がないぞ」


 こちらはひどく鋭い眼をしたドワーフ。

 全身から陰気な気配を漂わせている。


「おで、はらへった。

 こいつ、くう」


「ダメだ。腹を壊すぞ」


 ぼんやりとした顔のドワーフがとんでもないことを言い出したのを、リーダー格のドワーフが妙ちきりんな理由で宥めている。

 まずい。話が妙な方向に流れ始めている。

 万が一、誰かが「いや、人間は無毒だ」などと言い出したら一大事だ。

 私は慌てて彼らの会話に割り込んだ。


「ちょ、ちょっと待って!

 食べ物ならちゃんと代わりのモノを返すから!

 だから酷いことはしないで!」


「なに言ってやがる。

 お前の持ち物は既に調べたが、食べ物なんてひとっ欠片も入ってなかったぞ。

 手前で持ってねえものをいったいどうやって返すってんだ」


 鷲鼻のドワーフは私を信じてはくれないらしい。

 でもまあ、それは仕方がない。

 やって見せるのが一番だ。


「もちろんあてはあるわ。

 小屋の外に山リンゴの木があったでしょ。

 戸を開けて、その木が見えるようにしてくださらない?」


 私がそういうと、鷲鼻が抗議の声を上げた。


「騙そうたってそうはいくか!

 リンゴの季節はまだ先だろうが。

 地底暮らしだってそれぐらいのことは知ってらあ。

 おい、隊長。

 こいつはやっぱり信用ならねえぞ」


「お、おい待て。

 子供をぶん殴ったって腹は膨れんよ。

 食い物をくれるっていうんなら、まずは試してみよう。な?」


 太ったドワーフが宥めても、鷲鼻は納得していない様子だ。

 隊長と呼ばれたドワーフは両者の言い分を聞き流した後、フンと小さく鼻を鳴らした。


「まあ、他ならぬ精霊憑きの言うことだ。

 何ができるのか見てやろうじゃないか。

 おい、イェルフ、槍をきちっと突きつけとけ。

 イェンコ、戸を開けるのはお前だ。

 残りは盾を出せ。油断するな」


 ドワーフ達はリーダー格の指示に従い、それぞれの配置についた。

 太ったドワーフが戸に手をかけながらリーダー格に確認する。


「よし、開けるぞ」


 リーダー格が頷いて見せると同時に、彼はエイやと戸を開けてすぐにその場に伏せた。

 もちろん何も起こるはずがない。

 小屋の外には平和な森と、山リンゴの木が一本みえるっきりだ。


「どうした、何もないぞ」


「これからやるのよ。

 いい、見てなさい?」


 正直しんどいのだけれど仕方がない。

 私は木に向かって呼びかけた後、念じる。

 すると、パッと花が咲いた。

 咲いた花はすぐに散り、見る見るうちに小ぶりな山リンゴの実が鈴生りに実っていく。


「ほう、これはこれは」


 ドワーフたちが驚きに目を見張っている。

 そうでしょうとも。さあ、もっと私を讃えてもいいのよ?


「リンゴ! リンゴだ!」


 何も考えていなさそうなドワーフが小屋から飛び出していく。


「ひゃー! すっぱい! でもうまい!」


 喜んでもらえたようで何より。


「でもなあ、俺はやっぱり肉が喰いたいよ」


 これは、さっきの鷲鼻のドワーフ。

 どうやらリンゴだけではご不満の様子。でも問題はない。


「さすがにお肉はすぐに用意できないけど、狩りのお手伝いならできるわよ?」


 私は隣の部屋から鉢植えのツタを伸ばして、フヨフヨと揺らして見せた。


「……それで狩りができるのか?」


「私の前に追い立ててくれさえすれば、鹿でも猪でも何だって捕まえて見せるわ。

 なんなら簡単な罠だって作れるし」


 罠と聞いてなぜか眼鏡のドワーフが目を輝かせる。


「魔法で罠も作れるのですか!

 それならば、私の罠と組み合わせれば素晴らしいものになるかもしれませんね!」


「ところで嬢ちゃん。

 アンタ、植物なら何でもあれができるのか?」


 先ほどの鋭い目のドワーフがずいと前に出てきた。


「あ、あれって山リンゴのこと?」


「そうだ」


 見開かれた目に謎の圧力を感じ、私はたじろいだ。


「も、もちろんよ」


「じゃあ、樹自体を伸ばすこともできるか?

 ズズイっとひたすらまっすぐに!」


「ま、まあそれぐらいなら。

 大きな樹ならそれだけたくさんの力を使うことにはなるけど……」


「太さも均等に?」


「え、えぇ……できるわよ……」


「ふむ、そうか。ふむ……」


 それきり彼は黙り込んでしまった。

 さっきの勢いはいったい何だったんだろうか?


「そ、それで皆さん? モノは相談なんだけど……」


 全員の注目が私に戻ってくる。

 いや、一人だけはまだリンゴに夢中だ。


「しばらくの間、私をここで一緒に住まわせてもらえないかしら?

 見ての通り、私は役に立つわよ」


 全員の視線が、今度はリーダー格のドワーフに移った。

 彼は腕を組んだまま、天井を見上げる。

 そのまま考えることしばし。


「……お前の言う通り、役に立ちそうではある」


 そして私に視線を戻して続ける。


「だが、素性も知れぬ者を仲間に引き入れるのはあまりに危険が大きい。

 まずは名乗られよ。話はそれからだ」


「その前に、このロープを解いてくれない?」


 そろそろこの姿勢もつらくなってきた。


「ダメだ。まだ信用できない」


 ダメか。まあ初手のコミュニケーションがこちらの先制攻撃だったんだからしかたがない。

 私は縛られたまま、できるだけ背筋を伸ばした。

 姿勢は重要だ。実際の人柄がどうであれ、背筋を伸ばし堂々と胸を張って見せればそれだけでずいぶんと真っ当な人間らしく見えるものなのだ。


「私はマノアの先王ジルケノの娘リリー。マノア王ジリノスの妹。〈白百合の魔女〉にして、王城の西塔を領するうら若き乙女、またの名を〈白百合姫〉と申すものでございます。どうかお見知りおきを」


 本来であればここで優雅にお辞儀をして見せるのだけど、この有様なので仕方がない。

 首だけをこくんと下げてお辞儀に代えた。


「ほう、お嬢さんは王族だったのかね。

 どうりでどうりで」


 太っちょが感心したように言うと、鷲鼻がそれに噛みついた。


「待て待て。王家のお姫様がどうしてこんなところに一人でいるんだよ。

 どう考えてもおかしいだろう」


「む、確かに言われてみれば妙な話だな」


「それだってちゃんと事情があるのよ!」


「どんな事情があるってんだ」


 私はここに至るまでのいきさつを涙ながらに語って聞かせた。


 お義姉さまに子供が生まれたこと……それが待望の世継ぎだったこと……それで宮廷の風向きが変わったこと……お義姉さまが暗殺者(本格派)を送り込んできたこと……お城を抜け出して、どうにかこの森まで逃げてきたこと……食料も寝る場所もなかったこと……ようやく見つけたこの小屋で、あまりにもおいしそうな匂いがしたこと……せめてお詫びとお礼を言おうと皆さんを待っていたこと……だけど疲れ果てていたので、どうしても起きていられなかったこと……ところが、目を覚ましたら武器を持った男の人たちに囲まれていたこと……それでとっさに攻撃してしまったこと……


 そんな私の話を聞くうちに、鷲鼻がグスグスと鼻をすすりはじめた。


「そうか……ずいぶん苦労したんだな……!

 疑って悪かった!」


 ちょろい。


「だが、もう安心だ! ここで俺たちと一緒に暮らすといい。

 たとえ追手が来ても、きっと守ってやるからな。

 なあ、隊長!」


「待て、ドケナフ。

 決めるにはまだ早い。

 もう少し話を聞いてからだ」


 リーダー格のドワーフが腕を組んで私を睨みつけながら言った。


「なんだ、この嬢ちゃんが嘘をついてるっていうのか」


「そうは言わんさ。

 嘘つきを見分けるのは俺の得意技だ。

 今のところ嘘は言っている様子はない。

 だが、すべてを話してくれたわけでもなさそうだ」


 リーダー格のドワーフにそう言われて、鷲鼻は眉間にしわを寄せた。


「嘘をついてないなら十分だろう。

 こんな小さなお嬢ちゃんが命を狙われてるっていうんだ。

 見捨てるわけにゃいかねえよ」


 そういえば先ほどから随分と子ども扱いされているけど、私はいくつぐらいだと思われているんだろう?

 都合がよさそうだから訂正はしないけど。


「まずはそこだな。

 地上の民は我々よりずいぶん早く成人すると聞く。

 その上女には髭が生えないそうじゃないか。

 立ち居振る舞いといい、案外年よりかもしれん。

 実際のところ、お前は今いくつなんだ」


 さて、どう答えようかしら?

 本当に嘘を見抜けるかは知らないけれど、こんな些細なことで心証を悪くするのは得策ではない。

 だから正直に答えることにした。


「……十六。冬に成人の儀を終えたところよ」


「なんとなんと。

 俺らでいうと三十を過ぎたぐらいか?

 とてもそうは見えないが……」


「森に入る前に出会った爺さんはもっと大きかったぞ」


「おい、ナイフ。

 こいつ嘘ついてるんじゃないか?」


 ドワーフたちが口々に好き勝手なことをいうが、リーダー格のドワーフは動じなかった。


「いや、嘘はついていない。

 ついて得になる嘘でもないだろうしな」


 彼がそう断言すると、他のドワーフたちはそれ以上何も言わなかった。

 ずいぶんと信用されているらしい。


「それで、お前のお義姉さまとやらはどうしてお前を殺そうとしたんだ?」


 答えにくい質問が来てしまった。


「え、えっとぉ……」


「そこは関係ねえんじゃねえか?

 王族ともなりゃ、そらいろいろあるさ。

 権力争いに巻き込まれた哀れな女は守ってやらにゃ。

 それが正しい道ってもんだろう」


 私が言いよどんでいると鷲鼻が助け舟を出してくれた。

 案外いい人だ。


「そうはいってもな、こちらだってリスクを負うことになる。

 俺たちにもやるべきことがあるんだ。

 大義だけでもしっかりしてなきゃやってられん。

 それにこいつが罪人だったなら、地上の者に引き渡すのがまさに正道だろう」


「なるほどな、それもそうだ」


 だけど彼はあっさり言いくるめられてしまった。

 多分、良くも悪くも根が単純なんだろう。


 リーダー格はこちらに向き直って改めて言った。


「それで、いったいどうして命を狙われている?」


 彼の厳しい視線がまっすぐに私を射抜く。

 嘘は通じそうにない。

 理屈ではなく直観がそう告げてくる。

 そして、悪い直観というのはたいてい外れない。

 ここは正直の一手だ。


「その、ええっとぉ……いたずらを少々……」


「どんなだ」


「その、フクロの実を加工して、お義姉さまのクッションの下に置いたり……」


 フクロの実は、このあたりでよく採れる野草の一種だ。

 秋ごろに手のひらほど実をつけ、種を抜いて乾燥させるとまるで革袋のように使える。


「するとどうなるんだ」


「座った時に、おならみたいな音が鳴るわ」


 魔法で大きく育てたフクロの実に笛草をうまいこと組み合わせて私はそれを作り上げたのだ。

 ちなみに犯人は一瞬でばれた。

 あんなに大きなフクロの実を作れるのは私だけだからだ。

 私の答えを聞いてドワーフたちが一斉に豪快な笑い声をあげた。


「ガッハッハ! 他愛ないイタズラじゃないか。

 お義姉さまとやらはずいぶん肝っ玉の小さい女なんだな」


 酔っ払いがそういうのを聞いて、私は少しだけカチンときた。

 コイツにいったいお義姉さまの何がわかるというのか。

 それでつい言い足してしまった。


「……それを婚姻の儀の席に仕掛けました」


 ドワーフたちの笑い声が止まった。

 彼らはあんぐりと口を開けたまま、信じられないという目で私を見つめている。


「マジでか」


「……はい」


 気まずい沈黙が場を支配する。

 そんな空気を押しのけるようにリーダー格が口を開いた。


「それだけじゃなかろう。

 聞く限りでは、それはずいぶんと前の出来事のはずだ。

 まだ他にもあるなら聞かせてもらおうか」


「濃縮したニガ草の汁をお義姉さまの飲み物に混ぜました」


 ほんの一滴でも舌が痺れる特濃ニガ草汁入りの飲み物を飲んだお義姉さまは毒を盛られたと勘違いし、それはもう大変な騒ぎになった。

 ちなみにこれも一瞬でばれた。

 あれほど苦い汁を作り出せるのは私の魔法をおいてほかにないからだ。

 苦いだけで毒じゃないと言い訳したら、それを身をもって証明させられる羽目になった。

 残りを一気飲み。

 残りといってもお義姉さまは一口しか飲んでいないので、ほとんど全部だ。

 お兄様はこういう時とても厳しい。


 リーダー格がこめかみをもみながらさらに聞く。


「それで、他には」


 リーダー格がそういうたびに私の罪状が積みあがっていく。

 ドワーフたちの視線が完全に怪物を見るそれに変わっていた。


「もういい。十分だ」


 私の罪状が両手両足の指でも足りなくなったあたりでリーダー格は尋問を打ち切った。

 これっぽっちでは、私とお義姉さまの五年間を語りつくすには到底足りないのだけど。


 彼は私に向かって厳かに判決を告げた。


「お前の義姉君あねぎみは大変寛大で忍耐強いお方だ。

 尊敬に値する人物である。

 おとなしく城に戻って裁きを受けろ」


「ま、待って! それじゃ私殺されちゃうわ!」


 なぜなら、お義姉さまはすでに本気だから。

 裁きも何もお義姉さまはとっくに内心で判決を下しているのだ。


「身から出た錆だろうが。

 だいたいお前みたいな奴、手元に置いておくだけでも危険だ。

 イタズラで殺されてはかなわん」


「失礼ね! 私だってお義姉さま以外にはあんなことしないわよ!」


 少なくとも、お義姉さまが来てからは他の人にはしていない。

 まあ……多少の例外はあるけれど。


 そんなやり取りを革袋から何か――多分酒だろう――を飲みながら見ていた酔っ払いが口を挟んできた。


「構うこたねえ。

 このまま城まで担いでいって、お妃さまに突き出しちまおうぜ。

 そうすりゃ、褒美に酒の一樽ぐらいはくれるかもしれないじゃないか」


 冗談じゃない。酒の一樽ぽっちと引き換えに殺されてたまるものですか。


「私はそんなに安くないし、お義姉さまだってケチじゃないわ。

 お城で一番おいしいお酒を荷車に山積みで所望したって通るわよ!」


 私は言ってすぐに自分の失態に気づいた。

 さっきまで冗談めかしていた酔っ払いの目が、真剣なものに変わっている。

 今の彼は本当に私を酒樽と交換しかねない。


「馬鹿かお前は」


 その様子を見ていたリーダー格が呆れたように言う。

 反論できなかった。


「それじゃあ最後に一つだけ聞こうか。

 どうしてお前はお妃さまにあんな酷いことをしたんだ?」


「そ、それは……」


 一番聞かれたくなかった質問だ。

 適当な嘘をついてごまかしてしまおうかとも思ったが、リーダー格の厳しい眼がまっすぐに私を見据えている。

 目を逸らしてしまえば嘘を口にすることもできたかもしれないけれど、私はどうしてもそうすることができなかった。

 彼の目が、お父様のそれによく似ているような気がしたからだ。

 もちろんそんなわけはない。

 私の幼い記憶に残るお父様の目はもっとずっと優しかった。

 もっとよくこの目を見つめれば、あの優しさを見つけることができるのだろうか?


「その……とても言いにくいんだけど……」


「無理にとは言わん。

 だが、これはお前に許された最後の釈明の機会だ。

 よく考えて発言するように」


 私は意を決して、それを口にする。


「お、お義姉さまのことが……その……大好き、だったから……」


 私に向けられたドワーフたちの視線が、形容しがたいものに変わっていた。

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