第3話

 私服に着替え、母にマリエの家に泊まると言って家を出た。おばあちゃんがついこの間、認知症で施設に入ってしまったし、両親とも深夜勤務なので夜中に抜け出しても気が付かれることはない。よく遊びに行くのでうちの両親に怪しまれることもない、天使に会いに行くにはちょうどいいだろう。扉を叩くと部屋着のマリエが出てきた。

「アキラ遅かったね」

「泊まりの準備してたから」

「大きい荷物持って家出してるみたい」と笑う。

行きたいとだだをこねたのはマリエなのに全く。

急いで支度するから待っててと言い残し部屋へと消えた。

クラスで可憐な乙女とほめられている姿とはかけ離れた、擦り切れたジャージが散乱する洗面所。荷物がはんらんしているリビングを爪先立ちで突っ切り、奥から軽く片付けておく。飲みかけのペットボトルを集め終わると、先ほどとは別人の綺麗な少女が現れた。

「お待たせ。部屋片付けてくれたんだいつもありがとうね」

「いや別に、気になっただけだから」

アキラは少し恥ずかしそうに鼻の頭をかくと背を向けつぶやく。

「そろそろ天使の祠に行こうか」とそそくさと立ち上がる。

褒められるのが苦手なのは小さい頃からずっとだ。

「そうだね。もう行こうか」

深夜一時半。学校に向けて出発した。母から借りた自転車の後ろにマリエを乗せ、深海みたいな坂道を下る。落ちないようにしっかり掴まってねとは言ったけれど、この距離はさすがに緊張する。背中から抱きしめられているようで運転に集中できない。うなじに息がかかる。釣り上げられた魚みたいに暴れる心臓の音が、マリエに聞こえてしまわないようにとゆっくり深呼吸した。

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