14stake 夢の終わり

 任侠、と仰々しく達筆に書かれた掛け軸。


 えぐいほどに紫色の光沢で燦然さんぜんと彩られた室内。


 どう見ても非合法な刀や拳銃の数々。


 そしてそれらを取り扱うであろう、強面で身体の隅から隅まで描かれた紋をチラつかせた屈強なおとこたち。


 そんな彼らの前で僕らはただただ何も出来ずにさえずる小鳥。


 ひとりの男が鞘から抜き出した日本刀をギラつかせ、ケジメを取れと言い、僕らの小指を強引に固定する。


 ああ、これでついに僕らの人生も終わりなのだ……。


「……とでも思っとったんかいな! だぁーはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」


 ……って言う僕の想像した実に恐ろしい極道話とは全くの見当違いで。


「ひー! ひー! ベ、ベルちゃん、花守ちゃん! あんたら怯えすぎやで!?」


 そう、この人の言う通り全ては僕ら……いや、僕の勝手な想像に過ぎなかった。


 いや、だって普通思うでしょ?


 ヤクザたちに指名手配されるように追われ、そして深夜にチンピラ風の男たちに取り囲まれて、挙句の果てには両手を縛られて黒塗りのベンツですよ?


 誰がどう考えてもその状況の行き着く先は、冒頭に述べた僕の想像になるはずだ。絶対。


「いや、まあな? ホンマに俺らがメンツ潰されたらそんぐらいせぇへんとは言わへんけどな?」


 だが、現実は小説よりも奇なりってヤツで。


「いや、でもホンマに助かりました。柿沼さん」


 花守くんですら若干笑顔を引きつらせてお礼を述べる。


「でも柿沼さん、本当に人が悪いっすよ! ほんならもっとちゃんとした迎え方ってのがあるんやないすかね!?」


 しかし僕は腹の虫が治らない。


 なんせチンピラ風の男たち三人には手を縛られて蹴飛ばされる様に車に乗せられているのだから。


「……えろう、すんませんっした! まさか坊ちゃんのお知り合いの方だったとはつゆ知らず。おめぇらも頭下げんかい!」


「「すんませんっした!!」」


 先程、僕と花守くんをとっ捕まえたチンピラ風の男たちは、本当にすまなさそうに頭を深々と下げた。


「はっはっはっは! ホンマにえらい目にうたなぁ?」


「笑い事やないすわ! 僕はホンマに殺されるかもぐらいに思っとったんすからね!?」


「くくく……。いやぁ、悪い悪い」


 と、まだ笑いを堪え切れない柿沼さんは、ちっとも悪いと思っている様には見えない。


 全く、本当に人が悪い。


 だが、しかし救われたのは事実だ。


「ま、もう安心せえ。麻野のヤツらも俺から話は通っとるからな」


 この柿沼さんとユウシに僕と花守くんは救われたのである。


 と言っても元凶はユウシなのだが……。


 とにもかくにも、このコントみたいな現実の答え合わせは至ってシンプルな話だ――。




        ●○●○●




 ――僕らを捕まえに来たチンピラ風の男たちはユウシが金を呑んだ『麻野組』関連の者ではなく柿沼さんの組の若手連中であった。


 と言うのも、実は柿沼さんのもとに先日、ユウシが訪れてこう言ったそうだ。


「もしも俺のせいでベルさんと花守くんに何かあったら、彼らは全く関係ないという事で筋を通して欲しい」


 と。


 ユウシは当然手ぶらではなく、柿沼さんへ手元の現金半分ほどの十数万円を手渡してこのお願いの謝礼とした。


 おそらくそのお金はあの時僕らが上げたものかもしれないと、ふと思った。


 そして柿沼さんは全ての事情をユウシ本人から聞き、ユウシの想いをしっかり汲み取ってくれた。


 柿沼さんの親父さんは、ここら一帯ではかなり大きな組の組長であり、分裂して出来たばかりの『麻野組』より遥かに大きな力を持っている。


 その柿沼さん本人はあえて自分の組の若頭等の役職にはつかず、あくまで組長の息子、つまり坊ちゃんという立ち位置で割と好き勝手にしているのだが、それでも親父さんの権力が非常に強い為、当然柿沼さんの言葉もこの界隈では大きな意味と影響力を誇る。


 なので『麻野組』の若頭の方に直接柿沼さんが出向き、今回の件について僕と花守くんの事情を話し、納得してもらったそうだとか。


 そしてその旨を僕らに伝えるべく、柿沼さんは森田さんを伝言役にした。


 柿沼さんは森田さんとはとても仲が良く(後で聞いたところによると、森田さんの店のケツモチも柿沼さんの組の所なのだそうだ)、この件を森田さんに伝え、僕たちに「もう大丈夫だ」と連絡して欲しいと頼んだのだ。


 森田さんはその事を僕らに電話で伝えようとしたのだが、ちょうど出先で、更に偶然携帯のバッテリーを切らしたのだとか。


 それを今、目の前にいる柿沼さんから聞いて、僕らはすっかり拍子抜けしてしまった。


「しっかし森田ちゃんも肝心なとこでアホやのう。女のとこにでも遊び歩いとるんやろな。ま、おかげでベルちゃんらの狼狽ろうばいっぷりが加速して、オモロい事になっとったけどな。だっはっはっは!」


 と、柿沼さんは言ったが、正直笑い事ではない。


 僕らは本当に森田さんが『麻野組』にやられてしまったのではないかと気が気ではなかったのだ。


 ちなみに僕らを連れてきたチンピラ風の男たち、つまり柿沼さんのところの若い衆である彼らが僕らに対して何故あれほど高圧的だったのかというと、単なる誤解だ。


 『麻野組』の野球賭博の金を呑んだユウシは当然許されるものではなく、そしてその男を匿って街から逃した僕と花守くんも共犯者であるというのは『麻野組』の中で広まり、実は僕らは懸賞金までかけられていたそうだ。


 その手の話は当然、下っ端の若い衆には横展開されやすい。


 『麻野組』の若い衆は懸賞金目当てに、更に人脈を広げようと柿沼さんの組の若い衆にもこの話を流していた。


 僕らを拉致したチンピラたちはこの話を聞いていた者たちだったわけだ。


 ただこの話は下っ端しか知らされていない。


 柿沼さん本人は僕らが懸賞金までかけられているという話は知らず、単純に自分の組の若い者に、


「鐘築と花守という者たちが今ミカドというビジネスホテルにいるから、自分の前に連れて来い」


 と、命じただけなのである。


 つまり柿沼さんはユウシから依頼された件を真っ当し、僕らは無罪放免になったという事を話す為にただ自分の前に連れてきてくれ、って言ったつもりだった、らしい。


 だが懸賞金の話だけしか知らない若い衆は、野球賭博の金を呑んでヤクザたちのメンツを潰したガキを捕らえて来い! と、聞こえてしまったという話なだけだった。


「せやから余計にリアルだったんすよ! この人ら、本気で僕らを力づくで拉致しようとしてはりましたもん!」


 僕はチンピラ風の男たちを指差して思わず声をあげる。


「くくく! せやからベルちゃん、悪かったっちゅーとるやろ?」


 そう言う柿沼さんはまだ笑いを堪えられずにいた。


「まあまあベルさん。とにかく無事ボクたちへの疑いが晴れて良かったやないですか」


 いまだ腹の虫が治らない僕を諭す様に、花守くんが苦笑いしながら僕の肩を叩く。


「それにしても森田ちゃん、アイツもタイミングが悪いんや。こんな夜中に携帯の電源なんか切らしよってからに。……ま、そのあとすぐに慌てて俺んところに森田ちゃんから電話が来たからええけどな」


 そう、森田さんは僕と会話中に携帯電話の電源が落ちてしまった後、出先だった為、慌てて近くの公衆電話を探した。


 そしてそれは幸い割と早く見つかったのだが、生憎森田さんは柿沼さんの組の番号しか覚えていなかったので、森田さんは柿沼さんに僕らの居場所を伝え、そして柿沼さんに依頼された事をそのまま本人に返す、という形になったわけだ。(これが余計に事を複雑にしていると言える)


 とにもかくにも、これにてまさしく一件落着というわけだ。


「ま、これでまたベルちゃんらも気兼ねなくこの界隈でシノギができるのう!」


 柿沼さんはそう言ってニカっと笑った。


 だがしかし、気兼ねなく、と言われた僕にはどうしてもひとつだけ気にかかる事があった。


 それは。


「……柿沼さん。真面目な話、ユウシはどうなるんすか?」


「ん? どうにもならんやろ? 俺は知らんよ?」


「その……柿沼さんの力でユウシも助けてやる事はできないんすかね?」


「んー、そりゃあもう『麻野』の連中とユウシちゃんの間の話やからな」


「柿沼さん。僕らは柿沼さんに救われてえらい感謝してます。それで……ユウシは僕らの大事な仲間なんです。せやからその、ユウシの事も少しうまい事、話をつけてもらうとかは出来へんのですか?」


 僕はこの地から追われる様に逃げたユウシの事をどうしても救いたかった。


 彼は散々に僕らを助けてくれた。


 その恩を返したかったのだ。


「ベルちゃん」


 柿沼さんが笑顔で僕の前へと少し歩み寄って、ポンっと軽く肩を叩く。


 やはりこの柿沼さんなら、きっと何か良い解決策を提案してくれるのではないか。


 僕はそう思い、口元を綻ばせた時。


「あんま舐めた事、言い過ぎとったらアカンで?」


 柿沼さんは笑顔のまま、僕の目を見据えてそう言った。


「確かにユウシちゃんはベルちゃんらのダチかもしれへんし、俺の所にも謝礼金まで渡しに来て、ベルちゃんらを救ってくれと頼んだ。俺はそこまでは筋が通っとるから引き受けただけや」


 柿沼さんの声色が少し低くなる。


「けどな? ユウシちゃんはちゃうで。アイツがやった事は完全にタブーや。俺ら極道もんの金に手をつけるなんざ、トーシロがやっちゃあならねぇ。俺らはな、金どうこうやない。メンツやプライドで生きとるんや。それを族のカシラだかなんだか知らねえが、トーシロと変わんねえクソガキがやっちまったんや。わかるか、ベルちゃん?」


 僕は固唾を飲んで、柿沼さんの言葉に聞き入った。


「これは俺の力どうこう言う話やないんよ。そういう問題やない。この話を解決するにゃあユウシちゃん本人しか出来へんのや」


 確かにその通りである。


 今回の事件の発端はどう見ても悪いのはユウシだ。それをどうにかしてくれと頼むのは、さすがに無理がある。


 だが、そんな事は僕だって百も承知だ。


 しかしこの柿沼さんなら僕たちの為になんとかしてくれるかもしれないと僕は思ったのだ。


 しかし。


「……ベルちゃん。俺ぁな? おめぇさんの事は好きやで。けど、おめぇさんが俺に対してユウシちゃんと同じ様な事をしたら、俺は容赦なくおめぇさんを殺す。俺らがいるんはそういう世界や言うこと、よぉくわかっといてや」


 僕は言葉が出なかった。


 いつも朗らかに笑う柿沼さんの笑顔が、怖かったのである。


 そして僕は気付かされた。


 僕ら柿沼さんに救われたんじゃない。


 ただ筋を通してもらっただけであるという事に。


「……な? そういうわけや。ま、もうふたりは帰りや。夜が明けちまうで?」


 気づけば柿沼さんの事務所の窓の外には、朝焼けが見え始めている。


 僕は最後に柿沼さんの、いや、アングラの恐ろしさの断片を味わって、そして長い夜は終わったのだった。




        ●○●○●




 逃亡生活を終え、花守くんは久方ぶりに自宅のアパートへと戻った。


 僕は雀荘の事が気になり、そのまま自分のアパートには帰らず、すぐに雀荘へと駆け込んだ。


 店内は全く変化なく、バイトたちもしっかり店を回してくれていた様でひと安心する。


 雀荘のビル内にある住み込みバイトたち用のシャワールームを借りて、体だけはサッパリさせ、雀荘の中でコーヒーを入れて一服したところで、ようやく眠気がやってきた。


「……ふあ。ようやくいつもの日常が帰ってきたんやなぁ」


 僕はしみじみと自分の周りを見回す。


 変わらない客層。


 いつも通りの店内。


 少しずつ喧騒の増す表通りの繁華街。


 まさに平和が帰ってきたのである。


「アカン……本格的に眠いわ……」


 ここ一週間から昨晩までの逃亡劇で張り詰めていた糸が切れ、その反動が今頃やってきたようだ。


 雀荘の仕事はバイトたちに任せ、僕はバックヤードで少し仮眠を取る事にした。




        ●○●○●




 僕はそこで夢を見た。


 麻雀を打ちながら、キャバのお姉ちゃんらに囲まれて酒を片手に、バカラを打つ。


 と、まあなんとも自分の楽しみどころだけを掻き集めた様な幼稚な夢だ。


 しかしそこでは僕、花守くん、キドケンさん、ユウシの四人に加え、森田さん、柿沼さん、美作さん、それとついでに広山もいて、皆で笑い合って馬鹿騒ぎしているのだ。


 やりたい事だけをやって、つるみたい仲間だけとつるんで、更についでに金も稼ぎながら毎日遊んで過ごす。


 そんな日々が何日も、何週間も、何ヶ月も、何年も続き、僕はなんの根拠も無くこんな日々がずっと続いていくんだと勝手に思い込んでいた。


「……んん、寝過ぎたか」


 ふとした拍子に目が覚め、夢は終わった。


 時計に目をやると、すでに時刻は夜の二十三時を回ろうとしている。


 相当長く居眠りをしていたようだ。


「店はまた任せきりにして、久々に行くかあ」


 しばらくバカラをやれていなかったので、僕はまた勘を取り戻す為にも、またバカラ屋『モンテカルロ』へ行く事にする。


 もちろん花守くん、キドケンさんにメールをして、行くかどうかを確認してみた。


 しかし花守くんは流石に疲れすぎて寝ている為か返事はなく、キドケンさんは今晩は婚約者とデートだとの事だった。


 それなら僕ひとりで行くかと支度を整える。


 それにこの時間帯にバカラ屋に行けば森田さんや柿沼さん、他数名の知り合いに会う事もかなり多いし、そこで誰かに会えばどうせバカラの後に飲みに行くだろう。


 さあ、夢の続きをしよう。


 僕の夢はまだ終わらない。


 バカラで楽しく稼ぎ、麻雀でも楽しく稼ぎ続け、そしていつまでも皆と笑って過ごすのだ。




        ●○●○●




 闇カジノ『モンテカルロ』に着いて辺りを見回す。


 今日は妙に人が多い気がする。


 あまり見慣れない人や初めて見る顔の人もチラホラ見受けるのである。


「んー……今日は休日やったかな? カレンダー見てへんからようわからんな」


 などと呟きつつ店内をゆっくり歩き、僕はいつものバカラテーブルを目指す。

 

 遠目で見て、ちょうどシューターの終わりの方くらいか。これは良いタイミングで席につけそうだ。


 『シーカーズベット』の進化系技術『EXエクストラベット』を実行する為におあつらえ向きの端っこの席もしっかり空いている事を確認し、そこへ僕が着席しようと手を伸ばしたその時。


「なあ、おめぇさんもしかして……」


 と言いながら僕の肩を背後から掴む者がいた。


 誰だ? と思いつつ振り返ると、


「ほれ! やっぱりそうや!」


 僕の顔を見て、そう声を荒げる初老の男。


 見覚えはあるがその場では誰だかすぐに思い出せずにいると、


「おめぇ、こんなとこで何やっとんねん!? 敬坊たかぼう!?」


 敬坊、という呼び名で呼ばれてようやく僕は思い出す。


「ま、まさか……」


 僕の本名、敬史たかふみの名の方で呼ばれるのは実に久方ぶりだった。


 そしてそれを坊付けで呼ぶのは限られた人しかいない。


「ふ、深田ふかださん!?」


「やっぱ敬坊やったか! おめぇ、こんなとこで何しとんのや!? 店はどないしとんねん!?」


「い、いや、ちゃんとやってはりますよ! 売り上げもしっかり親父には報告しとりますし……」


「どアホ! おめぇの親父がギャンブルが大嫌ぇなのはおめぇもよく知っとるやろが!!」


 この深田さん、という五十代の初老の男は、僕の父の関係者だ。


 僕の父は様々な事業を手広く手がけており、その下請け業者の土建屋の社長さんがこの深田さんであった。


「ふ、深田さんやって、こんな場所におるやないですか!」


 僕は思わず同じ穴のムジナだと言わんばかりに言い返す。


「ど阿呆! ワシゃ付き合いのあるお得意さんの接待でくっついてきとるだけや! 今日はこの辺り一帯で大きな事業の会合があって、投資家やら財閥やらのお偉いさんたちが遊び来とるんや!」


 今日は見たことのない金持ちそうな人らをたくさん見受けるのは、そういう事かと僕は納得した。


「んな事はどうでもええ! 敬坊、すぐこの店から出えや! わかったな!?」


「わ、わかりましたよ……」


 僕は深田さんの圧に押され、渋々バカラテーブルから離れる。


「ええか!? 金輪際二度とこんな店に来るんやないで!」


 まるで親に叱られている子供の様に、僕は縮こまってしまう。


 この深田さんという方は古くから僕の親父と深い交友があり、僕の実家にも度々訪れていた。


 たまに会う度に僕のことを可愛がってくれていたのだが、事あるごとに「ギャンブルだけはするな」、「ギャンブルは身を滅ぼす」と、僕の親父と共に口うるさく言いしつけられてきた。


 詳しい話は知らないが、どうやら僕の父とこの深田さんはギャンブル絡みの何かでその昔、大変な失敗があったらしい。


 だからこそ僕の親父は僕が運否天賦な生き方だけはしないようにと、育てられてきたのである。


 しかしこんな場所でまさか深田さんに出会うとは夢にも思わない。


 一番見られたくない人に見られてしまったのである。


「そ、その、深田さん。どうかこの事は親父には言わんといてもらえんですかね……」


 僕がそう言うと、


「そんなわけに行くか! 敬坊、おめえの事はきっちり話とく! 覚悟しときや!」


 すっかり深田さんはお冠の様子で、僕の言葉など聞く耳持たなそうだった。


 僕はこれ以上ここで深田さんと問答をしても無意味だと思い、この日はバカラをせずに店をあとにしたのだった。




        ●○●○●




 ――その数日後。


 花守くんやキドケンさんを喫茶店『リノ』に呼び出して、僕はバカラ屋であった深田さんとの件をふたりに話した。


 とりあえず僕の父は非常に怖い。


 大の大人である僕が言うのも何だが、とてつもなく恐ろしい人なのである。


 深田さんからはほぼ間違いなく親父に連絡は行くだろうし、確実にこっぴどく叱られると日々怯えていた。


 ひとまずまた父の関係者が、僕がバカラ屋に来てないか探りを入れている可能性を考え、しばらくの間はほとぼりが冷めるまでバカラ屋に行かないでおくと花守くんたちには告げ、僕は肩を落としながら雀荘に戻った。


「はあ。まーたバカラはおあずけやな……」


 僕はガッカリとしながら、とりあえずしばらくは雀荘の方の仕事に精を出すかと考えを切り替えたのだった。




        ●○●○●




 更に数日が経ったある日。


 僕は自宅のアパートで久々に朝早くに目覚め、たまには早めに雀荘に顔を出しておくかと思い、外着に着替える。


 そして車で仕事場の雀荘に向かう。


 朝の繁華街付近はとても人が少ない。


 空気も澄んでいる。


 たまにはバカラから離れ、健康的に過ごすのも悪くはないか、などと思いながら僕の雀荘に辿り着いた時。


「なんや……!?」


 僕の雀荘があるテナントビルが妙に騒がしい。


 大きな荷物を持った人がやたらと出入りしているのである。


 何事かと僕は慌てて車を停め、自分の雀荘へと駆け込む。


 そして僕は呆然とした。


「な……な……っ!?」


 あるはずの雀卓が。


 僕が飾ったモビールが。


 雀荘の看板が。


 その何もかもが消えてしまっていた。


 ただあるのはいくつものダンボール箱だけ。



 まるで、引っ越し当日の様な状況になってしまっていたのである。



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