13stake 逃亡劇
――まさか自分がこんな目に合うなんて、これっぽっちも想像する事なんてなかった。
「おい! そっちの裏路地は入り組んどるからしらみつぶしに探せ! 必ずとっ捕まえるんや!」
「「ヘイッ!!」」
そんな、輩たちの怒号が響く。
僕はそれをビジネスホテルの一室、その窓の隙間から眺めていた。
こんなドラマみたいな事が現実に起こりうるのか。
コレは夢なんじゃないか。
「……行ったみたいですね」
花守くんが呟く。
「しばらくはこのホテルでやり過ごしましょう。とにかく僕らは今ここから動いちゃダメです」
花守くんの言葉にコレはやはり現実なのだと突きつけられる。
一体何故、僕らは追われる様な状況になってしまったのだろうか……。
●○●○●
――花守くんに呼ばれ、荷物をまとめた僕がビジネスホテルに着くと、すぐに彼がホテルの中から出てきて手早く僕を自分の部屋に案内してくれた。
彼はホテル内の部屋に入ると、まず自分の携帯電話を家に置いてきてしまった為、ホテルから電話を掛けたのだと説明した。
今朝方の事。
ユウシを見送った後、花守くんは自宅に戻る途中で数人の男たちとすれ違った。
その男たちの会話の端に『ユウシ』という言葉が聞こえたので、花守くんはすぐに彼らがヤクザ絡みの者たちだと悟る。
なるべく怪しまれない様に早足で自宅に向かおうとした花守くんだったが、少し歩いたところで花守くんを背後から追いかけてくる男たちに気づく。
そいつらが「ユウシの仲間だ!」と言って走り迫って来たので花守くんは慌てて逃げ帰った。
なんとか追手を撒いて自宅のアパートに着いた花守くんは、充電が残り少なかった携帯電話を充電器に差して、とりあえずシャワーでも浴びようとしたその時。
玄関の戸ををドンドンと叩く音と「開けろッ!」という声が響く。
このままでは不味いと思い慌てた花守くんは、貴重品だけ持って、ベランダの窓から脱出し、なんとか身を隠しながらこのビジネスホテルまで逃げて来たそうだ。
「携帯電話を充電器に差しっぱなしのまま忘れてきてしまったのは失敗でしたが、ベルさんの電話番号は暗記してたので良かったです」
花守くんの話では、その追手の奴らはこのように言っていたそうだ。
「加山勇志を逃した仲間ふたりを必ず捕まえろ」
つまりこの言葉から察するに、僕と花守くんが昨晩ユウシを逃がす手引きをしたものだと思われているらしいと言う事だ。
「ユウシさんを見送る時、誰かに見られていたんでしょうね」
「おそらくそうっすね……。コレ、僕ら捕まったらどうなるんすかね?」
「さあ……。ただ相手はヤクザ者ですから、あまり良い感じにはならなそうですよね……」
花守くんの言う通り相手はヤクザ者だ。
一体何をしでかして来るかわかったものではない。
「……僕は家族が近くにいないのでおそらく平気だと思うんすけど、花守くんの方は大丈夫ですかね? ご家族の方に押しかけて来たりとか」
僕の親達は幸いこの地より少し離れた土地で暮らしている為、おそらくすぐに何かされる様な事はないだろうが、花守くんの家族事情までは聞いた事がない。
「ボクの家族もここよりもっと西方の遠い地に住んでいるので、多分平気だと思います」
どうやら花守くんもひとり暮らしである為、特に問題はなさそうであった。
気に掛かるとすれば僕の雀荘の方か。
ただあの雀荘は父の名義を借りて経営している。そういう所まで調べられたら、あまりうまくないなと思った。
どちらにせよ今は何をどうすれば良いのか、皆目見当もつかない。
「とにかく今はここで身を潜めているしかありませんね……」
「確かにそうっすけど、いつまでもこのままってわけにもいかないっすよね。なんとかして解決の糸口を探さないと……」
ヤクザたちは僕らがユウシを逃したと言っている。
下手をすると僕らも共犯で金を呑んでいたと思われているのだろうか。
もしそうならば、僕らはユウシの言っていた一千万近い金を肩代わりして払えと脅されるのだろうか。
それに相手はヤクザだ。正規の法に則った金銭消費貸借とはワケが違う。
どんな返済額を要求されるか想像もつかないし、果たして金だけで問題を片付けられるかも定かではない。
ケジメをつけさせる、という名目でどんな目に合わされるか、想像するだけで身震いがする。
「……けど、ホンマにどないしたらええんや」
考えれば考えるほど、僕は暗い未来ばかりを想像して肩を落とす。
と、その時。
リリリリーン、とホテル室内取り付けの固定電話が音を鳴らす。
僕はそれに手を伸ばし、受話器を取った。
「……はい」
「あ、こちらフロントにございます。407号室の田中さまですね?」
「え? 田中……?」
と、僕が疑問そうに言うと小声で花守くんが「ボクの偽名です」と教えてくれた。
「……あ、ああ、はいはい田中です。どうしました?」
「田中さまの知人だと仰る方がフロント玄関口においでになられております。田中さまを呼んでほしいと仰っておりますが……」
僕は受話器の送話口部を手で抑え、その事を小声で花守くんに話す。
「怪しいですね……。相手の名前と身なりを尋ねてみてください」
僕は花守くんの言う通り、フロント係に名前と身なりを確認してみる。
「はい、お名前は
「ッ!!」
ピーンと来た。おそらくキドケンさんだ。
僕はその名と特徴を花守くんに伝える。
「僕らは出ない方が良いので、部屋に呼びましょう!」
花守くんの提案に頷き、僕はフロントにその木戸さんをこの部屋の前まで案内して欲しいと告げた。
フロントは「かしこまりました」と言って、電話を切った。
「キドケンさん、なんで僕らがここにいる事をわかったんすかね?」
「さあ……。ホテルに入るところを見ていたのかもしれませんね」
僕らがそんな事を話していると、間もなくしてコンコンっと部屋の扉がノックされた。
僕は扉に備え付けられている覗き窓から外を伺う。
そこにいたのはやはりキドケンさんだ。
僕と花守くんは互いに頷き、扉の施錠を解いて彼を部屋へと招き入れる。
「やはりキドケンさんでしたか!」
「こんなところまで来て驚いたっすよ! 一体どうしたんすか?」
花守くんと僕がそう尋ねると、
「ベルさん、花守さん! はあー……とりあえずおふたりが無事でよかったっすわ……」
キドケンさんはひたいにかいた汗を拭いながら、室内のベッドに腰掛けた。
「いや、ビックリしましたわ。今日の午前中の事っすけどね? 私が行きつけのパチンコホールの換金所の傍で柄の悪い連中がベルさんと花守さんの事を話してたのを聞いたんすよ……」
キドケンさんの話では、ユウシと僕と花守くんの三人はとある組の金を不正して盗んだ仲間の一味だという事になっており、その柄の悪い連中は僕らを指名手配しているそうなのだとか。
そんな馬鹿な、と思ったキドケンさんは僕らの事を気にかけ、まず花守くんの携帯電話に電話を掛けたが当然繋がらず。
その後すぐに僕の方にも電話を掛けようとしたところ、偶然小路地に入って行く僕の姿を見かけ、後を追いかけたのだそうだ。
「花守さんは前々から偽名を使う時、毎回田中っちゅーんで、すぐにわかりましたよ」
とキドケンさんは言った。
「……とりあえず見られていたのがキドケンさんだけで良かったですね。さっきまでこの辺りもヤクザ者が彷徨いていましたから」
花守くんの言う通りだ。
おそらく僕と花守くんの顔は割れてしまっている。つまり見つかれば即アウトだ。
「ひとまず事情を教えてくれないっすか?」
僕らはキドケンさんの質問にわかったと頷き、ユウシの事を含めこれまでの事情を説明した――。
「……という事です、キドケンさん」
「なんや……そんな大変な事があったんすか……」
「そんなわけでボク達はここで身を潜めているんですが、身動きが取れずに困っていました」
「……うん、なるほど! そんなら私の出番っちゅーことっすね!」
キドケンさんはドンっと拳で胸を叩く素振りを見せる。
「その話の流れなら、私は面が割れていない。私がベルさんと花守さんの足になりますわ!」
キドケンさんの提案は非常にありがたい。
だが、無関係のキドケンさんまでも巻き込んでしまっていいのだろうか。
と、僕が悩んでいると、
「気にせんでください。こう見えて私、知人に探偵業まがいの事をやってる奴もおるんすわ。そいつや私のコネとか使って色々な情報集めや、ベルさんらの食糧などの物資の運搬を請負ますわ!」
まるで僕がやりたい事を見透かす様に、キドケンさんはそう言ってくれたのである。
「うーん……」
それでも僕が悩んでいると、
「ベルさん、ここはキドケンさんを頼りましょう。ボクたちだけでは解決する事は難しそうです」
花守くんがそう言った。
確かに今ここで悩んでいても仕方がないのは事実だ。
「……わかりました。ほんならキドケンさん、よろしく頼んます!」
僕と花守くんは頭を下げる。
「なぁに、持ちつ持たれつっすよ!」
キドケンさんの言葉に僕ら正直助けられていた。
お先真っ暗だったこの状況に僅かながら光が差し込んだかのようであった。
「けど、いつまでも同じところに潜んでいるのはリスクが高いっす。今日はふたり共ここで過ごしたら、深夜にでも寝床を変えといてください。そんで、日ごとに場所を移しましょ。それとベルさんだけは携帯、無くさんでくださいね? 私と連絡取れなくなっちゃうっすから!」
こうして僕と花守くんの逃亡、潜伏生活が始まったのである。
●○●○●
――そんなこんなでヤクザたちから追われる身になって、一週間近い時が経つ。
僕と花守くんはキドケンさんの提案通り、日ごとに宿を変えては深夜に街中を移動する、という行為を繰り返していた。
今朝のキドケンさんからの情報によれば、相変わらずユウシを追っているヤクザ者共は僕と花守くんを血眼になって探し回っているそうだ。
ちなみに僕の雀荘の方を確認してみたところ、やはり何度か怪しげな男たちが僕の居場所を尋ねて来たらしいが、僕は今、遠方へ長期旅行に行ってしまっていて行方は知らないと誤魔化してもらっており、店の方もなんとかバイトたちに切り盛りしてもらっている。(バイト代は相当にはずむという約束も添えて)
雀荘を荒らしたりまではされていない様で、ヤクザ者共もひと昔前とは違い、僕の想像以上に無茶苦茶な事まではしないでくれているのが救いだった。
だが、僕らはその組の者らに指名手配中なのは変わりない。
キドケンさんの話では、その組とは某巨大組織『麻野組』から分裂したばかりの小さな組らしいが、詳しい事まではわからかったとの事。
どちらにせよ彼らは
ユウシが捕まらなければ、僕らで落とし前をつけに来るのは自明の理だ。
「……とはいえ、こんなビクビクしながら街中を彷徨く生活はまっぴらやわ」
深夜の街中で僕はひとりごちる。
今は花守くんと共に寝床の移動中であった。
次の目的地であるビジネスホテルへ行く道中、花守くんが腹痛を訴え公園の便所に寄る事になり、僕はその便所の物陰に隠れていた。
「しっかし、深夜の公園っちゅーのはホンマに恐ろしいところやな……。今にもあの銅像なんか動き出しそうやもん」
僕は木々の隙間から街灯に照らされて薄らと見える、公園のシンボルらしき奇妙な像を遠目で見ながらぼやく。
花守くん、便所長いな。妙なもんでも食って腹壊してしまったかな?
と、僕がそんな事をぼんやり思っていると。
「……ん?」
ブー! ブー! っと僕の携帯電話がバイブレーションで何かの通知をしてきた。
キドケンさんからの連絡か? と思い携帯電話を開くと、その着信の相手はなんと森田さんであった。
森田さんたちには一応簡単にキドケンさんから僕らの状況を伝えてもらっている。それらを知った上での連絡。
これは何かあると思い僕は電話を取った。
「……もしもし、森田さんこんな夜中にどないしたんすか?」
「ああ、よかった、出てくれたわベルくん。いやな、キドケンくんから話は聞いとったからおそらく今も移動中やろな思てな」
「はい、そっすよ。今は『ミカド』って名前のビジホに行く途中なんすよ。ただ、まだ外なんであんましゃべられへんのですが……」
「うんうん、それなんやけどな? も……」
と、森田さんがそこまで言った瞬間。
――ブツン!
と、電話が切れてしまった。
「森田さん? 森田さん!? ちょ、もしもし!?」
突然切れてしまった通話に僕は思わず声を荒げるも、受話口からはツーツーという電子音しかすでに聞こえない。
僕は唖然としてしまった。
それからすぐに森田さんに電話を掛け直してみるも、何度掛けても一向に繋がらない。
森田さんは僕に一体何を伝えようとしていたのか。
こんな深夜にわざわざ電話をくれるなんてただごとではないはずだ。
何か大切な事を伝える為に、僕に電話を掛けてくれた。
しかしそれを何者かに悟られてしまい……?
そう考えた瞬間、僕は身震いをした。
森田さんの身に何かあったのかもしれない。
「ふう、お待たせしましたベルさん。昨日食べた辛いカップ麺でお腹やられてしもたみたいで……って、どうしたんですか? 怖い顔して」
便所から腹を押さえて苦笑いしながら出てきた花守くんは、僕の形相を見て目を丸くした。
「は、花守くん……い、今、実は……」
僕は唇を震わせて森田さんからの電話の事を伝える。
「……って言ったところで電話が切れてしもたんすわ」
「ふぅ、む……。森田さんは一体何を伝えようとしたんでしょう……」
花守くんも眉間に眉を寄せる。
「とにかく早く次の宿へ急ぎましょう。そしてそこでキドケンさんに連絡して、森田さんの状況を調べてもらいましょう!」
花守くんのその言葉に頷き、僕らは再び闇夜の中を走り抜けていくのだった。
●○●○●
「見えたっすよ花守くん。今日の宿『ミカド』っす!」
僕が指差す。
今回の所はかなり寂れた感じの古臭いホテルだが、今はそんな贅沢を言っている場合ではない。
とにかく一刻も早くホテルに入り、森田さんの安否を調べてもらう為にも早急にキドケンさんに連絡を取らなくては。
僕らは互いに早足でホテルに入ろうとし、エントランスのガラス張りのドアに手を掛け、中に入ろうとした矢先。
「おい! てめぇらッ!!」
背後から聞き覚えのない怒声が闇夜に響き渡る。
僕らはそれに驚き振り返ると、
「やっぱりや! てめぇら顔写真で見た通り、鐘築と花守やな!? やっと見つけたわ!」
見たことのないチンピラ風の格好をした屈強そうな男が数人、そこには立っていた。
ついに僕らは見つかってしまったのである。
「く、くそ! なんで僕らの居場所がバレたんや……ッ!?」
「ええ、何かがおかしいです! こんなにあっさりと見つかるはずがないのに……」
僕と花守くんは冷や汗を流しながら、チンピラ風の男たちを
「さんざん逃げ回ってたみてぇだが、年貢の納めどきや!」
数人のチンピラ風の者たちがジリジリと僕らに詰め寄る。
僕らは周囲を見渡し逃げる隙を窺うが、ここは狭い路地裏の通りで、相手は僕らを逃すまいと逃げ場のない様に取り囲んでいる。
どう見てもコイツらをかわして逃げ切る余裕はなさそうだ。
「あ? なんやてめぇら? この期に及んでまだ逃げようや言うんか!?」
ひとりのチンピラ風の男が声を荒げる。
「……ぼ、僕らが何をしたっちゅーんや! こんな事、おかしいやろ!?」
僕は微かな抵抗とわかりつつと対話を試みる。
「おかしな事あるかい! てめぇらを連れて来いって命令なんや。俺たちゃそれに従うだけやからな。せやからさっさと黙って捕まってくれや!」
やはり抵抗は無意味のようだ。
こうなればイチかバチか。僕と花守くんで可能な限りやれるだけ戦うしかないか……!?
僕はそう思い、身構える。
「いや、ベルさん」
しかし僕の握った拳に手のひらを乗せて、花守くんは顔を横に振った。
「……ここはもう大人しく捕まりましょう」
「あ、諦めるんすか!? こんな奴らに捕まったら、僕らどんな目に合わされるか……!」
「……ここで物理的に戦ったところでボクらに勝ち目なんてないでしょう。むしろここで大怪我なんかをするより、この先で訪れるであろうチャンスを待ちましょう! きっと……きっと何か、打開策があるはずです」
「そ、そんな……本気で言ってんすか!? こんなところで捕まってしもたら、もう取り返しがつかなくなるかもしれへんやないっすか!?」
「いや……必ず何かあるはずです。彼らもまずはボクらを連れて行くと言うてます。上の
花守くんは険しい顔でギリギリっと奥歯を噛み締めそう言った。
そんな彼を見て冷静さを失いかけていた僕も我に帰る。
そうだ、こんなところでチンピラたちと戦ったところでどうなる?
勝ち目なんて万にひとつもない。仮に運良く隙を見て逃げられたとしても、その先どうなる?
むしろ余計にこじれて状況は悪化するかもしれない。
「……わかったっす」
結果、僕は花守くんの言う通り、抵抗はしない事に決めた。
「観念しやがったか。ホンマにこんな夜中に手間取らせよって……一応てめぇら逃げねぇ様に、その両手縛らせてもらうで!」
そう言われると僕ら両手を後ろに組まされ、麻のロープでキツく締め上げられた。
「オラ、こっちや! 車があるからそれに乗れ!」
こうして僕らは手首を拘束されたまま、黒塗りのベンツに蹴飛ばされる様に乗せられ、そして深夜の街で恐ろしい人たちの元へと連れ去られてしまうのだった。
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