12stake 旅立ちの友

「プレイヤーメイクファイブ! バンカーメイクナイン! バンカーナチュラルウィン!」


 ディーラーの言葉を聞き、


「「よし!」」


 と、僕らは声を揃える。


 僕と花守くんはいつものバカラ屋『モンテカルロ』にて、今日もバカラを打っていた。


 今もメインの大勝負を終えたところである。


「ふう……。今日はこの辺にして帰りましょうか」


「そうっすね」


 花守くんの言葉に僕は頷き、今日も無事バカラでの稼ぎを終えて店を出る。


「さて、ベルさん今日はこれからどうします?」


「もちろんまずはビールっすわ!」


 僕は最近バカラを仕事だと思ってやっている。


 なのでまさにひと仕事を終えた後は、とりあえずビール、がいつもの日課となっていた。


「ではちょっと遠出して、東の方へ行きません? 美味いラーメン屋さん見つけたんで」


「お、いいっすね!」


 僕らはそんな風に浮かれながらエレベーターに乗り、雑居ビルを出て、少し道なりに歩き進めたその時。


「おいッ!!」


 と、強い口調で僕の肩を背後から強く掴む者が現れた。


 喧嘩でも売られたか?


 と、僕は面倒臭そうな顔で振り返ると、


「ベルくん! すぐにユウシくんの実家に行くんやッ!」


 鬼の形相で血相を変えた森田さんが、そこには立っていたのだった――。




        ●○●○●




 ユウシを探している謎の男の事を、僕が仲間たちにメールで連絡したあの日。


 皆にはそれとなくユウシに関する情報を集めておいて欲しいと頼んでおいた。


 それから数日経った今日まで、特に進展はなかった。


 それが――。


「な、なんやねん……。一体どういう事やねん……」


 僕は今、森田さんに言われるがまま、花守くんとふたりで真夜中の繁華街を走り抜けている。


「森田さんの言葉の意味はわかりませんが、きっとユウシさんの実家に行けば何もかもわかるはずです!」


 共に走る花守くんがそう言った。


 僕らが目指しているのはユウシの実家だ。


 バカラ屋を出てすぐ、森田さんに言われた言葉。


 それは、


「ユウシくんの実家に行け。今ならまだ会える」


 という内容だった。


 それはどういう事かと森田さんに尋ねてみるも、説明している時間が無いから急げと言われてしまったのである。


 今ならまだ会える、という言葉の意味が非常に気にかかる。


 逆を返せばもうそれ以降は二度と会えない、という意味にもなりうる。


「ユウシ……ッ!」


 僕は良くない意味で高鳴る鼓動を抑えられずに、がむしゃらに真夜中のアスファルトを駆け抜けて行くのだった。




        ●○●○●




「はあッ……はあッ……。つ、着いた、けど……」


 僕は肩で息をしながら呟く。


 ユウシの実家は二階建ての大きな一軒家だ。


 その一階は個人居酒屋を経営しており、それを営んでいるのはユウシの父と母である。


 ただ、ユウシの居酒屋は割と早くに店を閉めてしまうので、当然家屋はシャッターで閉められ、窓も真っ暗だった。


「ベルさんこっち。裏の勝手口に回ってみましょう」


 花守くんの誘導通り、僕はそちらに着いていく。


 裏の勝手口へは外部から見られない様に背の高い垣根と、更に大きな樹木などで覆われていて、月明かりすらも遮るので更に視界は悪くなった。


 それでもなんとかゆっくりと勝手口の扉付近まで近づく事は出来た。


「……鍵は開いてへんな」


 僕は勝手口に手を掛けるも、動かないドアノブをガチャガチャ、っと確認したその瞬間。


「……ベルさんか!?」


 扉の中から声がした。


「ユウシ? ユウシか!? そこにおるんやな!?」


 僕は久々に聞いたユウシの声に、思わず舞い上がる。


「しーッ! ベルさん、静かに!」


 扉の中のユウシからそう嗜められてしまう。


 だが間違いなくユウシの声だ。


「ベルさん、周辺に怪しい奴らはおらんかったっすか?」


 ユウシのその問い掛けに僕はもう一度辺りを見回し、花守くん以外誰もいない事を告げる。


「……わかったベルさん、花守くん。今開けるから、すぐ中に入ってくれ!」


 カチャン、と勝手口の扉の鍵が解錠された音がした。


「さぁ、早く」


 そして開かれた扉からユウシが顔を半分だけ覗かせ、僕らを手招きする。


 僕と花守くんは言われた通り素早く中へと入り込んだ。


「とりあえずこっちへ」


 ユウシは家の中の明かりを点けようとはせず、小さな懐中電灯を片手に足元だけを照らして僕らを案内してくれた。


 そしてきしむ階段の音にすら注意するかの様にゆっくりと静かにユウシの部屋がある二階へと通された。

 

 ユウシの部屋についても彼は明かりは点けようとはせず、懐中電灯をテーブルに起き、僕らにその辺に座ってくれと指示する。


「……とりあえず無事でよかった、ユウシ」


「本当にお久しぶりです、ユウシさん」


 この明らかに普通ではない状況とはいえ、僕と花守くんはひとまず彼の身が無事だった事に安堵していた。


「ああ……。ベルさんと花守くんも元気そうで何よりだ……」


 そう言って自身のベッドに腰掛けたユウシの顔は懐中電灯の小さな明かりのせいか、妙にやつれて見えた。


「ベルさん、花守くん。時間が無いから簡単に成り行きを説明する」


 僕らは黙ってコクン、と頷いた。


「……俺は今、大変な奴らに追われとんねん。下手をすれば殺されかねんのや」


「「こ、殺される!?」」


 僕と花守くんは思わず声を上げてしまう。


「しーッ! この家は外壁が薄いねん。声が外に漏れるから、静かに」


 ユウシの注意に僕らは反省して頷く。


「……話せば長くなるんやけど、これが今生の別れになるかもしれへん。ベルさんらにはえらい世話になった。せやから最後に俺がしでしちまった事、身に起きている事、これからの事、その全てを話しておこうと思う」


 ユウシはそう言って語ってくれた。自分の身に何が起こっているのかを――。


 彼の両親はここで居酒屋を営んでいる。


 その関係もあって、ヤクザ絡みの人間もそれなりに出入りしていた。


 もちろんそれは客であったり、ケツモチであったりと色々な繋がりである。


 ユウシは元々実家の居酒屋の仕事を手伝ったりする事もあり、店の常連客とはほとんど顔馴染みだった。


 ある日、とあるひとりの常連客の提案で、他の常連客たちとユウシの間で野球賭博を始める事に決まった。


 両親はあまり乗り気ではなかったが、ユウシが全部取り仕切ると言って半ば強引に反対を押し切った。


 その提案をしてきたとある常連客とは、近隣のやや規模の小さめなヤクザ組の若頭だったのだが、その事はこの時、ユウシも知らなかったらしい。


 とにかくそのヤクザの若頭に野球賭博を勧められたユウシはひと通りの説明を受けた。


 若頭が言うにはユウシはただの金の管理をしてもらい、それらをキッチリこなしてもらえれば一定額の報酬を渡すと言われており、ユウシにとってこれは得しかないと言われ、ユウシ自身もそう思ったので安易に引き受けた。


 基本的には客からの賭け金をまずユウシがまとめ、それらの金を一時的にユウシが管理し、勝った客には支払いを、負けた客の金は一時預かりとし、月末にその集計金を若頭に渡す手筈になっていた。


 だが、その帳簿などほとんどがノートの走り書きみたいな物で、しっかりとした覚書おぼえがきがあるわけでもない。


 始めの頃はユウシもキッチリとその野球賭博の金のやりとりを行なっていたのだが、月末にその若頭に金の差分を渡す際、その若頭は特に細かく確認する事もなくただ現金をさっと持っていくだけであった事に気がつくと、ユウシの中で悪知恵が働いた。


 それはみ行為(委託を受けた者がその金を自分の物にしてしまう事)である。


 とにかく金の管理を任されていたユウシには、いかようにも金をちょろまかす事が出来た。


 ある程度若頭に渡す金がしっかりと出来ていればまずバレる事はないと安易に考えていた。


 しかし数ヶ月前。


 運の傾きによって客たちが異様に勝ちすぎてしまった時期が訪れた。


 客から集めた金があれば本来支払う事が出来たのだが、生憎ユウシはそれを使い込みすぎてしまった。


 客に支払いが出来なくなった理由をなんとか誤魔化していたが、当然客の中にはヤクザ者もいる。


 支払いが出来ないのはおかしいと勘づいたヤクザ者のひとりから、野球賭博を持ちかけた若頭へとすぐその報告が行った。


 若頭はユウシの元へ詰め寄ったが、ユウシは親戚に大病を患っている人がいて、その人に金を使わざるを得なかった。今後二度とそんな事はしないから許してほしい、と嘘の謝罪し、その若頭もユウシの言葉をとりあえずは信じた。


 だが、その若頭に、


「間違っても呑み行為でギャンブルなんか打つんじゃねえぞ」


 と強く釘を刺されてしまい、この頃からユウシは僕らとバカラ屋に行くのを控えたのだと言う。


 だがユウシは、一度やってしまった事をまた起こしてしまう。


 再び呑み行為を行なってしまったのだ。


 バカラでの大勝ちが忘れられなかったのである。


 しかし地元だと誰かに見られてしまうかもしれないと考えたユウシは、少し離れた土地でバカラをひとりで打ってしまった。


 当然、ユウシだけで勝てるはずもなく、以前の様にどんどんと負債が膨らむ。


 更にはそういう時に限って、やたらと賭博客たちが勝ってしまい、ユウシはますます支払いに追われてしまった。


 そしてついに支払いが滞りすぎた為、常連客が怒り始めた。


 そのぐらいからユウシは姿を眩ましたのである。


 なるべく日が明るいうちは外に出ず、深夜にファミレスで隠れる様に食事を摂ったり、適当なビジネスホテルなどを転々としたりしていた。(この時に、花守くんと森田さんに出会ったそうだ)


 一方、野球賭博を斡旋してきた若頭の舎弟たちは組のメンツを潰されたと憤り、ユウシを血眼になって探し始めた。


 携帯電話もヤクザ関係の人らか、支払いに関する催促の電話ばかりだったので、実家にほとんどおきざりにしていたそうだ。


 ユウシは少し前に一度だけ、今日の様にこっそりと実家に戻ってきた時、両親に深く謝罪し、ヤクザ者たちが何かしてくるかもしれないから気をつけてくれと告げた。


 そして今日、実家の様子に異常がないかを確認しに来たついでに、最後の別れを告げに戻ってきたところだったのだと言う。


「……幸いやったんは、若頭が俺の両親がいるこの実家には何もせんでいてくれた事や」


 ユウシは実にすまなそうな表情でそう言った。


 その若頭も自分が蒔いた種である事は重々承知であり、下手に実家で騒ぎを起こして警察沙汰にされては厄介だと考えたのかもしれない。


 とにかく追われているのはユウシひとりだけだと今日確認出来たので、彼は今からこの地を旅立つところなのであった。


「ほんでな、今日ここに来る途中に偶然森田さんにうたんや。俺は事の経緯を簡単に話して、もしベルさんらに連絡が取れたなら俺の事は忘れてくれって伝えといてほしいって頼んだんやけど……はは、どうやら森田さんはベルさんらをわざわざウチに案内したみたいやな」


 ユウシは小さく笑った。


 この言い方だと、どうやら僕たちに何も告げずに彼はこの街から消えるつもりだったのだろう。


 僕はその言葉を聞いて、とても悲しくなってしまった。


「ユウシ……! 僕に……僕らに何か出来る事はないんか!?」


「そうですよ! ある程度ならボクやってお金も工面します!」


 僕と花守くんのその言葉にユウシは再び苦笑いをして、首を横に振った。


「……無理や。いくらベルさんと花守くんでも、俺が払わなアカン金額は色んなもんひっくるめて一千万近い。どうにもならんやろ」


 一千万、という金額を聞いて正直僕と花守くんは一瞬押し黙ってしまう。


「それにな、どっちにしたって俺はベルさんや花守くんらから金を貰おうなんてこれっぽっちも思わんよ。確かに俺は自分勝手に呑み行為をやってしもたけど、その責任を仲間に押し付けるなんて考えられへんわ」


「僕も花守くんも押し付けるなんて思ってへん! 仲間が困っとったら、助けたいっちゅーだけや!」 


「……ありがとなベルさん、花守くん。でもな、もうええんや。俺は決めたんやわ。この街から無事出られたら新たな場所でいちからやり直すってな」


「ユウシ……」


「ユウシさん……」


 彼の言葉には、もはや決して揺るがぬ決意みたいなものが表れている事を察する。


「ベルさんと花守くんにゃあホンマに世話になった。バカラでえらい美味しい思いさせてもろたし、それだけやない。ベルさんらと過ごしたこの数ヶ月、めちゃめちゃオモロかったで。人生で最高の日々やった……」


 ユウシは感極まってしまったのか、その瞳に涙を浮かべている。


「最後にベルさんと花守くんがまたこうやって仲良うしてる事がわかって、俺は充分満足や。やっぱあんたらふたりは、最高のコンビなんやからな」


 ユウシは僕らに世話になったと言ったが、逆だ。


 僕らの方こそ、仲違いを解消させてもらったり、返しきれない大恩を貰っている。


 その思いは花守くんも同じだったようだ。


「……ユウシさん。どこへ行くつもりなんですか?」


 花守くんが尋ねる。


「せやな……ひとまず関西にはおれへんからな。都内にいる知人のツテを色々当たってみるつもりや」


「もし、それで落ち着いたらボクたちに必ず連絡をくださいね。ボクたち、ずっと待ってますから」


 花守くんの言葉に僕も頷く。


「ユウシ、せめてこれを」


 僕は財布を取り出して、中に入っていたお札の現金ありったけを掴みユウシへと渡す。


「な、なんやコレ!? いらんいらん、ベルさんそんなん受け取れんって」


「さっきバカラ屋で勝ったばかりだったのがよかった。少なくとも十万以上はあるやろ。これぐらいはさせてほしい」


「いや、ホンマにええよベルさん!」


「……僕の方こそユウシには助けられてばかりやった。その恩返しってほどやないけど、このぐらいはさせてほしいんや」


 僕は強引にユウシへと現金を手渡すと、花守くんも同様に財布を取り出す。


「ボクのも役立ててください。同じく十数万円くらいはあります」


「ちょ! 花守くんまで、ええって、ホンマに!」


 頑なに拒否するユウシだったが、僕らもそこは譲らなかった。


「ユウシが受け取らないんやったら、この金はこの部屋に捨ておくだけや」


 僕がそこまで言ってようやくユウシは渋々と僕らの金を受け取ってくれた。


「……ったく、ホンマにふたりは頑固なやっちゃな」


 ユウシは呆れながらも、


「でも、でも、ありがとうな……。実際は移動資金も心許無くて、どないしよか悩んどったんや……。こんな……こんな俺なんかの、為に……っく……」


 頭を下げて涙をこぼした。


 僕らもそんなユウシの涙に釣られ、瞳を潤ませてしまう。


「ユウシ! 僕らはいつまでもダチやで! それだけは忘れたらアカンぞ!」


 僕らはそう言って、肩を組んで男泣きしたのだった――。




        ●○●○●




 夜が明けてしまうと追手に見つかるリスクが高くなるという事で、日が昇る前にユウシは旅立った。


 僕らは彼を見送り、それぞれ帰宅した。


 そして翌日。


 僕が夢の中でユウシや花守くんたちと馬鹿騒ぎしていた頃の思い出に浸っていると。


 ピリリリリッ! と携帯電話が騒ぐ。


 結局朝方まで起きていたので、気づけば昼過ぎになっていた。


 眠気まなこを擦りながら、現実へと呼び戻す携帯電話へ手を伸ばす。


 着信者は不明。電話番号だけが載っている。


「……ふぁい? どちらさまー?」


「あ、ベルさん! 大変です!」


 そう電話越しで叫ぶのは花守くんの声だった。


「ん? 花守くん、どしたんすか?」


「今すぐボクが言う所に来てください! 最低限の金品や着替えなどの荷物をバッグなどに持って! あ、それとベルさんのお店の事はバイトにしばらく任せてしまう様に伝えてください!」


「え……? な、なんや? 何があったんすか?」


「説明は後でします! 早く!」


 花守くんはそう言うと、自分がいるビジネスホテルの場所を僕に告げて、ガチャンっと電話を切ってしまった。




 これから起こる事などまるで想像だにせず、ただ僕はわけもわからないまま、言われる通りに荷物をまとめて店をバイトたちに任し、家を出たのだった――。





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