9stake 忍び寄る不穏

「な? ほんのちょっとでええねん!」


 いつものバカラ屋こと闇カジノ店『モンテカルロ』内、バーカウンターの一角。


 そこで両の手を合わせ、下手したてな態度で僕にそう頼んでくるのは広山ひろやまという少々厄介な問題児だ。


 問題児、とは言ったがこの広山という男は僕よりも歳上で、パッと見た感じは三十代前半の森田さんと近い世代のように見受けられる。


 だがその器量は、キャバクラ店を上手く回し営業利益をしっかり上げている森田さんとは打って変わって、実に底が浅い。


「たったの一万円でええねん! 都合つけたってな? な!? 頼むわベルくん、な!?」


 こうやって僕にしつこく金の無心をしてくるほどに、この広山という男はギャンブルが下手くそなのだ。


 バカラ、ブラックジャック、ルーレットと彼はなんでも遊ぶが、そのどれでも大負けばかりを繰り返してはすぐに誰かに金を借りる。


「はぁ……。ねぇ広山さん、金貸しに借りるのは駄目なんすか?」


 僕は呆れ気味にそう言った。


 闇カジノ店内では『金貸し』と呼ばれる人がいる。その『金貸し』に頼めば最低金額千円から、最大数百万円まで即座にその場で現金にて金を貸してくれる。


 もちろんそこは通常では考えられないほどの高利子ではあるが、皆、闇カジノ内で一発逆転を狙うが為に、借りに来る者は後を絶たないのである。


 で、この広山という男の場合はというと。


「あんなぁ、そんなもん、とっくやっちゅーねん。借りれたら借りてるっちゅーねん」


 すでにこの闇カジノ店内でリミットまで『金貸し』から金を借り切ってしまっているのである。


 実は僕も広山が限界まで『金貸し』から金を借り切っていることは承知していた。


 彼はいつもギャンブルで負けに負けて、『金貸し』に何度も金を借りている姿を僕は幾度となく見てきたからである。


 更にタチが悪いのは、この広山という男は『金貸し』に金が借りれなくなった日から、闇カジノ店内にいる客たちから金をせびる様になったのだ。


 それを知っていたからこそ、僕はこの男にはあまり近づかない様にしていたのだが、ついに今日、僕のところへとやって来てしまったのである。


「ベルくん、あんたの噂はよう聞いとるで。雀荘経営しながらバカラでも偉い稼いどるっちゅーのも。金はしこたまあるんやろ? だったら一万円くらいええやろ? なあ!?」


 僕は困り果てていたが、こんな男に一度でも金なんか貸した日には、その後も毎日小判鮫の様にしつこく付き纏われるに決まっている。


 だから僕はなんとかこの場を乗り切ろうと思っていたのだが、今日は特に運がなかった。


(……くっそ。コイツ、今日を狙ってわざわざ僕んところ来てるんやな)


 僕は内心でそう悪態をつく。


 今日はこの闇カジノに僕は仲間たちとは来ておらず、ひとりでバカラをしに来ていたのだ。


 いつもの仲間、ユウシとキドケンさんは今回一緒にいなかったのである。


 もちろんカジノの大先輩だった花守くんもいない。


(こういう時、花守くんやったらどないしたんやろな……)




        ●○●○●




 ――花守くんの噂話を森田さんから教えてもらってから、更に二週間近くが経とうとしていた。


 僕は結局、頑なに彼へと連絡はせず、一日、二日と日が過ぎて行く中、森田さんが僕の雀荘へ来るたびに花守くんの新たな噂などの情報を尋ねてみたものの、特に新情報は得られなかった。


 最近ふと思ったのは、花守くんは実は僕らの為に姿を消したのではないかということ。


 森田さんの噂話通りであるなら、彼は今も誰かとコンビで荒稼ぎをしてはカジノから出禁を繰り返している。


 それをもし、地元のこの繁華街でやってしまえば、花守くんとつるんでいた僕たちにも迷惑が掛かるかもしれない、と気を使ってくれたのではないか、と。


 そう考えると花守くんを唆しているその相方が何者なのかは知らないが、温厚な花守くんを利用しているのかもしれない。


 そう思えば思うほど、やはり花守くんに連絡をすべきだろうか、と頭を悩ませていた。


 そんなとある日。


「悪いなあベルさん。今日も俺はやめとくわ」


 最近、ユウシの付き合いが悪くなってきたのである。


 ユウシこと加山勇志は関西最大級の族であるシャドウジャックズのヘッドを務める他、野球賭博の仲介なども請け負ったりと色々多忙なのは僕も知っていたが、それにしてもここ最近は妙に付き合いが悪いのだ。


 花守くんと決別してから、僕はユウシとキドケンさんの三人(たまに柿沼さんも混ざってプラス一人)でよくつるんでいた。


 元々彼らには彼らのシノギもある為、毎日というほどではないが、それでも僕のバカラに付き合う方が彼らにとっても金になるので、三日に一回はほぼ必ず喫茶店『リノ』で集まっていた。


 だが、この一週間ほど、ユウシが一緒にバカラをしないのである。


 付き合いが悪いとは言ってもバカラだけにおいてだ。


 喫茶店『リノ』には集まって、僕やキドケンさん、たまに柿沼さんも混ざってそこでとりとめもない話に花を咲かせたりなどはしていたが、いざバカラ屋へ行こうとすると「自分は用があるから」と言って、そこから付いて来ないのだ。


 だが、きっとユウシにも何か色々あるのだろうと思い、僕もキドケンさんも特にユウシを詮索する様な真似はしなかった。


 そして今日。


 そんな感じで今日もユウシはバカラ屋に来なかったのだが、今日に限ってはキドケンさんも自分のシノギ関係で夜に時間がないからと言っていた為、仕方なく僕はひとりでバカラ屋に来た。


 店内に足を踏み入れた瞬間、嫌な予感がした。


「はあ!? なんでやねん! なんでそこで8から捲られんねんて! おかしいやろ、今のは!?」


 そんな怒号が響いていたからだ。


 その声の主が広山だと僕はすぐに察した。何故なら彼は負けが込んで来ると、自然と声が大きくなるからである。


 これは厄介な奴がいるなと僕は思った。


 広山も毎日バカラ屋にいるわけではないが、結構な頻度で見かける。


 彼も僕らの存在には気づいていたが、ユウシのガタイが良く、おまけにシャドウジャックズのヘッドだという噂がすでに広まっており、店内でユウシが関係している仲間に声を掛けて来ようとする者はあまりいなかった。


 しかしここ最近、ユウシと一緒に来てない事を悟られたうえ、今日は僕がひとりだったところを目をつけられてしまったのが運のツキだった。


「あんた、確かベルくん言うんやったっけ。なんか偉い景気がええんやてよう聞いとるで」


 そんな風にいきなり絡まれたのである。


「俺ぁ広山っちゅーもんや。前々からちょくちょくあんたらのことは見とったで」


「あ、はぁ……」


 僕があからさまに怪訝な表情で返事をすると、


「なぁベルくん。単刀直入に頼むわ。同じ博打うち同士、今日はちぃっとだけ、俺を助けてくれへんかな? ゼニを貸して欲しいんやわ」


 広山はストレートにそう告げてきた。


「今まで見てきて俺ぁようわかるで。あんたは博打うちの天才や。あんたにとっちゃ、俺なんかにゼニを貸すんなんか造作も無いこっちゃ。いや、あんたなら俺に貸したゼニが倍になって返ってくる見通しすらあるやろ? せやで! 俺にゼニを貸したらあんたに倍返ししたるっちゅーこっちゃ! あんたほどの才能がありゃあ俺の言ってる事がどんなにうまい話か、わかるよな!?」


 ――そしてそれから矢継ぎ早に僕へと金の無心が始まったのである。



        ●○●○●




 それから僕がああだこうだと話をはぐらかしてみるも、この広山という男は一向に折れない。


「せやからなんべんも言うとるやろ? 俺ぁ嘘だけはつかんのをポリシーにしとんのや。俺に貸したら倍にして返したる。せやからたったの一万でええねん! 今日のところは俺を助けると思って頼むわ! な? な?」


 ずっとこの調子である。


 僕はほとほと困り果て、もういっそのことあげてしまうつもりで一万円を貸さないとこの場は収まりそうもないか、と思い始めたその時。


「おーい! ベルくん!」


 闇カジノ店内の入り口付近から僕の方へと手を振りながら声を掛けてくる者が現れた。


「え? 森田さん!?」


 僕は目を丸くして彼を見る。


 この繁華街で大人気のキャバクラ店の店長をし、僕の雀荘の常連客でもある森田さんは、賭け麻雀をするのが大の好物だ。


 しかし森田さんは闇カジノにはあまり来ることはなかった。


 彼はこの闇カジノ『モンテカルロ』に友人の紹介で二、三度来たことがあったらしいのだが、自分にはどうもカジノのギャンブルは向かないと言って、森田さんはそれ以降あまり闇カジノに来ることはなかったのである。


 というのもバカラを打って熱くなり、大敗を喫してしまったのが原因だからだ。


 と、彼本人がついこの前の麻雀卓で僕に話していたのを覚えている。


「いやぁ、モンテカルロひっさしぶりやなあ。相変わらずここは雰囲気のええ店やな」


 森田さんはいかついガタイとは裏腹に、満面の笑みで僕の元へと近寄りながらそう言った。


「どうしたんすか? 森田さんがこんなところに来るんは珍しいんやないですか?」


「なぁに、たまにゃあ気分転換で遊びに来ただけや。それにベルくんもおるだろなぁと思ってな。どや、今日も相変わらず調子はええんかいな?」


 森田さんにそう聞かれたが、僕は今日まだバカラをプレイしていない。


 何故なら、広山に付き纏われてしまっていたからである。


「実は……、ん、あれ?」


 そんな風に僕らが会話をしていると、先程までしつこく金をせびりに来ていたはずの広山の姿がいつの間にか消えていた。


「ん、ベルくんどうしたんや?」


 僕がキョロキョロと辺りを見回しても広山の姿は見受けられない。


「あー……いえ、なんでもないっす」


 ひとまずいなくなってくれてホッとした。


 おそらくユウシに代わって似たような、これまたいかついガタイをした森田さんが僕の元へやって来たことに恐れをなしたのかもしれない。


「ほんならな、今日はベルくんさえ良けりゃ俺も一緒にバカラ、乗っからせてもろてもええかな? 恥ずかしながら、俺ひとりでカジノやると、どうにも勝てる気がせえへんくてなぁ……」


 森田さんが照れ臭そうにそうお願いしてきたので、


「何水臭いこと言ってんすか。もちろん全然オッケーっすよ!」


 僕は快くその提案を受けると、


「おお、ほんまかあ! おおきに!」


 と、森田さんが顔面をくしゃっと歪ませて再び満面の笑みで僕へと微笑んだ。


 内心、ありがたいのは僕の方だったし打算的ではあるが、森田さんとは麻雀以外でも仲良くしておいて損はないと思っていたので、バカラで勝たせてあげることでお互いにウィンウィンの関係になれるだろうと考えたのだった。




        ●○●○●




 花守くんとの決別、そして失踪からおよそ三ヶ月が経とうとしていた。


 最近僕が抱えている悩みの種はいくつかあるが、その中でも非常に不愉快なのが例の金欠野郎の広山である。


 初めてバカラ屋で僕に金を借りに来た時は、運良く森田さんに救われて助かったが、それ以降もバカラ屋で広山と遭遇するたびに彼から金をせびられていた。


 このことを僕はユウシとキドケンさんに相談したところ、


「ベルさんは優しそうな顔立ちしているし、物腰も基本柔らかいから、舐められとるんですね」


 と、ふたりから言われた。


 なので少し強気な態度で断れば良いとアドバイスされたので、僕はあの日以降、広山が金をせびりに来るたびに、かなり強い物言いで追い返す様にしていた。


 そうしている内に広山は僕に金を借りに来ようとはしなくなった。


 だがしかし、それからは執拗な嫌がらせが始まったのである。


 キドケンさんや柿沼さん、または森田さんらが一緒にいる時は特に何もされないのだが、僕がひとりでバカラ屋にいると、必ず何かしらの嫌がらせをしてくるのだ。


 僕がバカラテーブルの席に着こうとすれば、わざと強引にその席を奪い取るように着席してみたり、僕が持っていた飲み物をわざとぶつかってきて床にぶちまけさせたり、意味もなく近くに寄ってきては肩を強くドンっとぶつけてきたり。


 と、それはもう幼稚な嫌がらせをしてくるのである。


 ただそれだけならまだ僕も黙って我慢していたのだが、最近見過ごせない行為をされ始めてきた。


 それが。


「あー! まーたこの店にイカサマ野郎がやってきよったんか! イカサマ使って勝って、何がオモロイんやろなぁ? ちゅーか、この店はイカサマ野郎とグルなんやろかなぁ!?」


 などと、わざとらしくデカい声で僕のことを指差して煽る様な真似をしてきたのである。


 さすがにこれには店内のカジノ側の人間たちも見過ごせなかったのか、黒服の男たちが広山に対して静かにしろと注意をしていたのだが、そのとばっちりは当然僕の方にも飛んできた。


 黒服のカジノ側の人に、


「お前もあまり目立つ様なら、今度から出入り禁止にするぞ」


 と脅されたのである。


 元より僕は花守くんと組んでいた頃から、店側には若干マークされている。


 いくら勝ちすぎない様にしているとはいえ、カジノ側だって能無しではない。


 僕や花守くんが妙にバカラが強いことなど察している。


 しかし以前から花守くんが色々手を打っていた、店内でのコミュニケーションを良好に保ち、クジラのお客さんとは仲良くし、勝ちも五万円程度で抑える様にする。という行為を徹底していたので、店側としても僕らの存在を黙認していたような形だったと言えた。(当然僕らが何をやっているかなども気づいていない)


 だからこそ、僕はバカラで金を稼がせてもらっていたのだ。


 しかしそれが広山のおかげで、パーになってしまうかもしれないのだ。


 仮にこのバカラ屋『モンテカルロ』が出禁になったとしても他のバカラ屋に行けば良いのだが、僕が知っているバカラ屋はせいぜい数店舗くらいしかないし、店に寄ってはハウスルールの違いもある。それに何より、これほど慣れ親しんだ『モンテカルロ』を出禁にされるのは正直辛い。


 ゆえに、広山の凶行はなんとかしなければいけないと考えているのである。


 一番理想的なのは広山が『モンテカルロ』から出禁になってしまえば良いのだが、この前カジノの人間に注意されてからは少し慎重になったようで、最近では更に狡猾になりつつある。


 というのも、店内で僕の悪い噂を他の客たちに仄めかしているようなのだ。


 他の客たちも広山の言うことをそれほど真に受けてはいないが、それでも根も葉もない噂をばら撒かれるのはとても気分が悪いし、それがキッカケで本当に僕が出禁にされても困る。


 なので、とにかく広山をどうにかしなければならないのだ。


「……けったくそ悪い奴やなぁ。ホンマに」


 僕はタバコを吹かしながら、自分の雀荘内でひとりぼやく。


 今は夕刻。


 いつもならそろそろ店をバイトに任せ、出掛ける準備をして喫茶店『リノ』で軽く食事をしてから今晩もバカラをしに『モンテカルロ』へと向かうのだが、広山の件のせいで行くのが憚られているのだ。


 実際、ここ数日はひとりの時はバカラ屋に行っていない。広山と遭遇するのが厄介だからである。


 ただ救いがあるとすれば、最近は何故かアレ以来、雀荘の常連客である森田さんがバカラ屋に一緒に行きたがってくれるので、森田さんが居てくれる日は非常に助かっているのだが、今日は森田さんからの連絡はなかった。


「……ん?」


 そんな時、不意に僕の携帯電話が音を鳴らした。


 発信者を見ると、それはユウシからであった。


「もしもし、ユウシ久しぶりやな! どうした?」


「うぃーす、ベルさん。いやあ、たまには遊びたいなぁ思たんよ。せやからこれから『リノ』で落ち合わん?」


「お、ユウシも久々にバカラやる気になったんか?」


「んー……まあ。とりあえず『リノ』で待ってるんで。んじゃ」


 そう言って、ユウシは電話を切った。


 実のところ最近はほとんどユウシとは会えていなかった。


 ちょっと前からユウシはバカラ屋だけ行かなかったので、僕とキドケンさんのふたりでバカラ屋に行くことが多くなっていたが、最近では喫茶店『リノ』にも顔を出さなくなっていたので、ユウシとは一週間以上も会っていなかったのである。


 広山もユウシがいる時には僕に変なちょっかい出して来ないだろうし、今晩は久々にユウシに美味しい思いをさせてやるかと意気込んで僕は身支度を整えるのだった。




        ●○●○●




「ちょっと早く着きすぎたか」


 喫茶店『リノ』に到着したが、まだユウシの姿はなかった。


 僕は先に店内に入り、冷コー(アイスコーヒー)だけ頼んで、いつもの席に腰掛ける。


 今日は元よりキドケンさんもシノギの都合でバカラをやりには来ない予定だったので、広山のことを考えるとユウシが来てくれるのは正直ありがたい。


 ……と、思っていたのだが。


「お、ベルさん早いっすね! ちっす!」


 カランカランと小気味良い音を鳴らし喫茶店のドアを開き、そう言って喫茶店内に入ってきたのはユウシではなく、キドケンさんであった。


「あれ? キドケンさん、今日は来られないんじゃなかったんでしたっけ?」


「うん、せやったんやけど、どうしてもユウシさんが私にも来てほしい言いはるもんですから」


 ユウシは僕だけじゃなくキドケンさんも呼び出していたのか。


「なにやらユウシさん、いつにも増して真面目な声色で、今日だけは絶対来てほしい! って言いはりましたんで、しゃーないから今日は無理くり都合つけてきました。その様子やと、ベルさんも何も知らんようっすね?」


 僕はそれを聞き、怪訝な表情で頷く。


「ま、ユウシさんが来たらわかりますね。とりあえず私も冷コーもらおかな。お姉さん、私もこの方と同じ冷コーひとつくださいな」


 キドケンさんはそう言って、相変わらず派手な見た目とは裏腹に丁寧な口調と態度で喫茶店『リノ』の女性店員さんにコーヒーを注文した。


「キドケンさん、今日のシノギは穴開けてしもてホンマに良かったんすか?」


 彼の本業でもあるパチンコ、パチスロこそが彼の本懐だ。彼が属している『梁山泊』では本気でパチンコパチスロのみで生計を立てることを謳い文句にしているくらい、凄腕の集団である。


 つまりキドケンさんのシノギとはまさに生活そのものをかけているのだから、安易に穴を開けるわけにはいかない。

 

「今日はリーダーにも許可もらったんで大丈夫っすよ。それよりユウシさん、一体なんやって言うんすかね?」


 僕も全く理由がわからない。


 シノギの予定があるキドケンさんまで呼び出すだなんて、ただバカラをまた一緒にやりたいっていうだけの用事ではなさそうだ。


 僕とキドケンさんがそうこう話していると、再びカランカランと小気味良い喫茶店のドアが開かれる音がした。


「お、いたいた。やぁベルくん。それにお友達のキドケンくんやったかな」


 僕らの方を見て気さくに手を振りながら近づいてきたのは、今度こそユウシ、……ではなく。


「も、森田さん? なんでここに?」


 キャバクラ店長かつ僕の雀荘の常連さんでもある森田さんだった。


「あー……えっとなぁ、ちょい待ってな。もうすぐ皆揃うから、それから話すわ。お姉ちゃん、俺にも冷コーちょうだい」


 森田さんは店員さんに僕らと同じ物を要求して、僕らの席に座った。


「ベルさん、こちらの方は……?」


 キドケンさんが不思議そうな顔で僕に尋ねる。


 森田さんの口ぶりからすると、どうやら森田さんはキドケンさんのことを知っているが、キドケンさんは森田さんを知らないようだ。


「えっと、こちらの人は森田さんって言って、僕のお店の常連さんなんすよ」


 僕の簡単な紹介に、


「ども、森田って言います。キドケンくんのことは簡単に聞いとるよ。よろしくなあ。とりあえずふたりとも、詳しい話はもうちょい待っててな?」


 森田さんはニカっと笑ってキドケンさんに握手を求めた。


 それにしても森田さんは一体誰からキドケンさんのことを聞いたと言うのだろうか。


 この一連の流れからするとユウシから聞いているとしか思えないが、そもそもユウシが森田さんと顔見知りだったかどうかも僕は知らない。


 一体何がどうなっているんだろうか。


 状況をいまいち飲み込めない僕とキドケンさんだったが、ひとまず森田さんの言う通り、ユウシがやってくるのを大人しく待つことにした。


 ――そしてそれから数分後。


 カランカラン、とまたも喫茶店のドアが開かれ、そして少し顔を伏せながら僕らの方へとやってくる人物が現れる。


 それはまさかの人物であった。


「「なっ……!?」」


 僕とキドケンさんのふたりで同時に口を開く。


 僕らは当然ユウシが現れるのだと思っていたのだが、そこに現れたのはユウシではなく。


「こ、これはどういうことっすか? 森田さん!? なんで彼がここに……!?」


 僕は驚きのあまり、森田さんへと尋ねる。


「うん。まぁ話すとちぃっと長いんやけど、それについては彼本人から直接聞いた方がええやろ」


 森田さんは冷コーを飲みながら、タバコに火をつけて落ち着いた口調でそう言った。


 僕はその場に現れた『彼』の顔を見直した。


 なんて声を掛ければ良いのか、僕が戸惑っていると、


「……お久しぶりです、ベルさん。キドケンさん」




 最初に口を開いたのは『彼』こと、花守くんの方であった。


 


 

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