7stake 運命の日 〜終わりの始まり〜
水上静留の件が無事に片付き、厄介ごとがなくなってからしばらくが経った。
僕は花守くん、キドケンさん、ユウシの四人でつるむことが多くなったが、キドケンさんやユウシはそれぞれの用事や別の案件などで忙しくしていることもあり、必ずしも四人でいるというわけではない。
後で聞いた話なのだが、ユウシはどうやら族のヘッドをやっているだけでなく、更には野球賭博の仲介屋(つまり
だからあのようなクジラと呼ばれるほどの大負けを繰り返していても、しょっちゅうバカラ屋に来ることが出来ていたのだ。
そしてキドケンさんは実は、日本最大級のパチンコパチスロ攻略軍団『
皆それぞれに別の稼ぎ方を持っていたので、四人全員の暇が合うことはそう多くはない。
そんな中でも、僕と花守くんの二人は相変わらず一緒にいない日などなく、日々バカラでしっかり荒稼ぎを続けていた。
「プレイヤーメイクナイン。プレイヤーナチュラルウィン!」
ディーラーが威勢良く、ゲームの結果を知らせる。
「ナイスキャッチ!」
そう言いながら渡す大量のチップを、僕と花守くんは受け取る。
「いやぁー! 今日は僕、ツイてるっすね!」
「ほんとですね、さすがはベルさんですよ! 今日はやはりベルさんに乗って正解でしたね」
僕らは極力こういう時、ワザと喜ぶ。
このプレイヤーナチュラルナインはわかり切っていた結果であり、なるべくしてなったこの大勝ではあるが、これを決して当たり前とは思わないように常々留意している。
などといって格好をつけているが、実際嬉しいのは間違いない。
『シーカーズベット』も100%成功する技ではないので、やはり成功した結果を確認すれば安堵するのは本当だからだ。
とはいえ、『シーカーズベット』の精度は非常に高まり、それに加えて僕と花守くんでメインとサブを日ごとに交代しながらやっているのだから、その成功率は以前より格段に上がっていた。
前まで、花守くんがソロでやっていた頃でも成功率はやはり八割後半くらいだったらしい。それが僕ら二人になってから今のところ失敗はしていない。
暫定100%の成功率なのは、やはり二人で補い合っているからだろう。
毎晩毎晩バカラを行ない、ガッツリ稼ぎ、それが終われば飲み屋とキャバクラで散財。たまに欲しいものがあれば値段にいとめをつけずポンと購入。
そんな夢のような日々が一ヶ月、二ヶ月と続いていた。
そんな風に遊び呆けてばかりいてもお金はじわじわと貯まる一方で、気付けば貯金はいつの間にか数百万にまで膨らんでいた。
何もしていない、わけではないが仕事として得る対価としては破格であり、雀荘の経営も安定していたので実に順風満帆と言えた。
「……ねぇ花守くん。将来って、なんか夢とかそんなんあったりするんすか?」
ある日、飲み屋で僕は酒の勢いに任せ、そんな青春時代によくあるようなセリフをはいてみた。
「実はボク、夢があるにはあるんですよ。ボクはね、ギャンブルにずっと携わっていたい、という想いがあるんです。だからいつかは、ギャンブルを提供する側になりたいんですよね」
「へえぇ。ってことは、僕みたいな雀荘の経営とか?」
「ちょっと違いますかね。いつかこの日本も合法カジノができるでしょうし、噂じゃインターネットを使ったオンラインカジノ、ってものも流行り始めてるらしいです。そういうのを斡旋したり、紹介したりする仕事も悪くないかな、なんて考えてました」
そんなものがあるのか、と僕は驚いたが、この時の話は実はさほど覚えておらず、そんな話をしていたな、くらいの記憶にしか留まらなかった。
これが将来の僕にまで影響を及ぼしているなどとは、当時の僕にはまさか知る由もない。
「ベルさんは何かあるんですか?」
「そーっすねぇ……麻雀のプロ資格が欲しいんすけど、とりあえず今は可能な限りバカラで金を貯めるっすね。まず金さえあればだいたいなんでもできますし、何事も他者より行動選択における制限が広くなりますから」
「ふふふ、それは間違いないです。ベルさんは何事も驚異的な学習力です。『シーカーズベット』を覚える速度なんて、まさに狂気と言えるレベルでしたね」
大きな目標など、特にはなかった。
ただ日々が順調に過ぎて行き、お金を稼ぐなんてことは、こんなにも簡単なことだったんだと思っていた。
あと数年、これでしっかり頑張り、適当に数千万から数億くらい稼いだら、気ままな自営業でもやるのも悪くないか、などとくだらない妄想くらいはしていた。
なんなら僕、花守くん、キドケンさん、ユウシの四人で何か事業を始めてみるのも面白いかもしれない。
そこでは普通の会社みたいなしがらみなんて何もなく、自分たちの自分たちによる自分たちだけの、自由な世界。
そんなのも夢ではないな、と考えたりもした。
最近では、たまに街中で会う元会社仲間や学生時代の同級生とかをついつい『憐れんでしまう』くらいだ。
一度、こんなことがあった。
街中で「あ、ベルくん久しぶり」と大学時代の友達に声を掛けられた。
今は何をしてるのかと聞かれたので、経営者と副業をしていると答えた。
そいつは僕に対して「大変そうだね、安定する?」と、何故か
だから僕はそれに対してこう返した。
「いやぁ大変やわ。もっと楽に年収が億いくと思っとったんやけど、たったの数千万程度しか稼げてなくて。お前はどうなん? やっぱええ企業勤めとるからガッツリ稼ぐんやろなぁ」
僕がそう言うと、そいつは言葉を濁した。
畳み掛けるように僕が煽り返すと、そいつは逃げるようにいなくなった。
ざまあみろ社畜が。と、内心で大笑いしてやった。僕も社畜だったからこそよくわかる。
とにかくこの世界はどこに行っても、安定していない職種の人間を見下す傾向がある。
そんな馬鹿にはカウンターを返すのが僕のある種の礼儀だった。でも実際に年収が億にいくのも満更遠い夢ではなさそうだなと本気で思っていた。
そのうち同窓会にでも出たら、誰も乗っていなさそうな高級車で出席し、ブラックカードやプラチナカードでもチラつかせて「おう、今日のメンバーいくらでも好きなもん奢ってやる」みたいな金持ちアピールでもしてやるか、などと考えたりもしていた。
ガキの淡い妄想だ。
たかが数ヶ月、小金持ちになってしまったがゆえの。
だが、自分の大きさを測り違えてしまっていたことに気付かされるのは、まだもう少し先の話だ。
とにかく今はこの楽しすぎる毎日が永遠に続くのではないか、と思っていた。
その日が訪れるまでは――。
●○●○●
その日。
その日は、一日の始まりから最悪だった。
夏が近いというのに、昼を過ぎても妙に肌寒く、雨が降りしきっていた。
遅い朝食を取り、食後のコーヒーでも飲もうかと思いケトルを手に取った時、ケトルの取手が突然壊れて中身のコーヒーを全てぶちまけた。
熱湯のコーヒーが足に掛かり、軽く火傷をした。
おまけにお気に入りのカーペットまで台無しにしてガッカリしているところで、テレビの占いがたまたま目に入る。
『……座のあなた。ごめんなさいー、今日はアンラッキー。何をやってもうまくいかない日。特に頭を使う作業は失敗だらけ。無理しないで大人しくしているのが良さそう』
……運勢はあろうことか最低。
『でも大丈夫! ラッキーなことも! そんなあなたを支えてくれる友人を信じてい……』
ブツン、とテレビを乱暴に消す。
くだらない。占いなんて信じたこともないし、これからも信じることなんてない。こんなのはただの作り物だ。嘘っぱちだ。
「アホくさ……」
とぼやきつつ、若干イライラしながらも、溢してしまったコーヒーなどを片付けたのち、いつもの通り雀荘に顔を出す。
雀荘に着くと今度は、バイトの一人が突然今日で辞めたい、と僕に言ってきた。
従業員はそんなに余裕を持たせていないので、なんとか代わりを見つけるまで少し待ってくれないかと頼むが、いやだの一点張りで、結局その子は辞めてしまった。
仕方なくその日は僕が急遽シフトに入ることにした。
まぁ多少の睡眠時間を削れば、夜のバカラには行けるし、バイトの代わりが見つかるまでは飲み屋で過ごす時間を少し削るか、などと考えていた。
それにしてもついていない。
今晩のバカラもあまり良い結果にはならないかも、などと少し不安を持つが、すぐに気を取り直す。
僕と花守くんがやっているのは運否天賦のギャンブルではない。例え、今日だけ良い結果が出なかったとしても、それを積み重ね毎日のトータルで見れば大きなプラスになるのはもうわかりきっている。
何も不安になることなどない。
この安寧の日々が脅かされるなんて事態はないはずだ。
水上静留もあれから完全に大人しくなっている。
何を不安に思うことがある。
ナーバスになるな。
そう自分に言い聞かす。
夜の時間のバイトはきちんと仕事に来てくれたので、僕はホッと胸を撫で下ろし、あとはバイトに店を任せ、花守くんとの待ち合わせ場所であるいつもの喫茶店『リノ』に向かう。
今日はキドケンさんもユウシも来れないと言っていたので、また花守くんと二人でバカラだ。
先に喫茶店に着いた僕は、アイスコーヒーを飲みながらタバコを吹かしつつ、相方を待つ。
気分は上々とは言いがたいうえ、寝不足だ。
でもしっかりしなくては。
シーカーのメインとサブは、日々交代で行なっている。
今日は僕がメインシーカーの日だ。
外さないように気合を入れなくては……。
●○●○●
花守くんはきちんと時間通りに喫茶店に着き、合流した僕らは、いつものようにバカラ屋へと向かった。
いつものように小汚いエレベーターに乗り、厳重なセキュリティを超え、店に入る。
バカラテーブルに着席する頃には、僕の今日あった不安などすっかり忘れていた。
「さ、ベルさん今日も頑張りましょう」
「そっすね、今日も運が良ければええなぁ!」
僕は白々しくディーラーたちに聞こえるようにそう言った。
自分に対し、鼓舞するためにも。
そして、始まる。
終わりの始まりが。
●○●○●
ワンシューターを終え、シューター二回目のゲームが進んでいき、そろそろシーカーズベットを発動させるタイミングの少し手前まで来た時。
シーカーを行なった僕は、花守くんに小声で確認を取った。
「……クイーンからのキング、4、6と来て、プレイヤーが三枚目条件となりカードを引いて、8が来るから、プレイヤー2、バンカー6でバンカーの勝ち確定でオッケーっすよね?」
ディーラーの目を盗み会話ができる隙がある時は、こんな感じでメインシーカーとサブシーカーの結果確認を取る。
そしていつもなら、今日のこの日までは必ずどちらも「うん、それで間違いない」の返答だったはずなのだ。
それが――。
「ん? いや違いますよベルさん。クイーンの前に一枚不明カード挟んでるので、暫定になりますが、バンカーは4、プレイヤーは不明カードプラス6なので、プレイヤー好条件の優勢ハンドですよ?」
この日。
これまで崩れることのなかった二人の意見、ついに初めてズレた。
僕がシーカーズベットを覚えたての頃、ミスったのとはわけが違う。
しっかり使いこなし、その技量を花守くんも認め、そしてこの数ヶ月、意見がそぐわないなんてことはただの一度もなかった。それが。
(え……僕と花守くんのシーカーに違いが……?)
嫌な汗が背中をつたう。
こんなことは初めてだった。
しかし困った。大事な局面だからといって、悠長に相談している暇など当然ない。あと数秒もすればディーラーにベットを締め切られてしまう。
要約するとこうだ。
まず見えているカードは五枚。
Q、K、4、6、8だ。
そしてここまでの僕のシーカーが正確ならば、この見えているままクイーンから始まるので、確実にバンカーの勝ちとなる。
しかし花守くんの場合は、クイーンの前に更にもう一枚だけ見えていないカードがある、という。
そうなると結果は全く違う。
不明、Q、K、4、6、8だ。
花守くんのシーカーが正確なら、不明カードにより結果は大きく変わるが、確定ではないにしろプレイヤーがかなり優勢な状況になる。
簡潔にまとめると、僕のシーカーならバンカー必勝。
花守くんのシーカーならプレイヤー約八割ほどで勝利する優勢。
もし、こんな風に意見が割れてしまった場合のことも事前に話し合っていて、そう言う時は二人とも賭けずに様子見をしようと決めてはいた。
しかしソレはあくまで口約束。
僕はこの時、自分の中では冷静に分析していて、二人の見解を即座にまとめて考えてみた。
今の状況はバンカー必勝か、プレイヤー優勢かの二択なわけだ。
それならば必勝に賭けるのが筋なのでは……と、理屈で解釈しようとした。
そんな風に考えているとベットの締切が迫る。
どうするか、と僕たちは硬直したが、結果。
「「っえ!?」」
二人は顔を見合わせた。
僕はバンカーに。
花守くんはプレイヤーにオールインでベットしていたのだ。
僕も花守くんも、約束を守らなかった。
お互いに自分のシーカーに自信を持っていた。
持ちすぎた結果だ。
「ノーモアベット!」
ディーラーが賭けを締め切り、そして。
そして運命のゲームが始まった――。
●○●○●
プレイヤー、バンカー、プレイヤー、バンカーと交互に計四回のカードが配られる。
この勝負のゆくえはたった一枚のカード。
プレイヤー側に配られた一番最初のカードのみだ。
それがクイーンであれば、僕のシーカーが当たっていることとなる。
だが、僕たちユーザーが行なうバカラ名物の絞り(スクイーズ)は、プレイヤーとバンカーに配られたそれぞれの『二枚目のカード』だ。
今回も僕と花守くんはオールインしているので、それぞれのベットオーナーは僕と花守くんになる。
プレイヤーのベットオーナーである花守くんにプレイヤー側の二枚目のカードが、そしてバンカーのベットオーナーである僕はバンカー側の二枚目のカードがそれぞれ配られる……と思いきや、
「プレイヤーは配らず、ディーラーさんがオープンしちゃってください」
と花守くんは絞りを拒否し、カードのオープンをディーラーに委ねた。
それはきっと、彼の中で自分の結果は揺るがないと思っているからなのだろう。つまり絞りなど無意味だと僕へ暗に伝えているのだ。
そんな花守くんの態度にムッとした僕は、逆にディーラーへと、
「バンカーの二枚目はください」
と、絞りをするためにカードを要求する。
この時点で奇妙な展開となった。
本来ならば、ディーラー側に残されたバンカーとプレイヤーのそれぞれ一枚目のカードを「フェイスカードオープン」と言って開かれ、二枚目のカードをそれぞれのベットオーナーが絞る。
しかし今回は、プレイヤー側のベットオーナーが絞りを拒否し、バンカー側の僕だけが絞りを要求したので、僕のカードを一番最初に開くこととなったのだ。(花守くんのように二枚目をディーラーに委ねた場合、ディーラーよりも先にベットオーナーがカードを開くのが優先になるルールのため)
このカードは間違いなく6だ。
僕には絶対の自信があった。
このカードは見えているカードの四枚目に配られたカード。つまり、6であるに違いないのだ。
僕はそう思いつつ、わざとゆっくり慎重にカードを絞る。
そして見えてきたカードの上部。
そこにはダイヤの足が二本窺えた。
「足ありッ!」
僕は煽る様に言った。
そう、このカードは僕のシーカー通り6であるに違いないのだ。6なら足が二本あって当然。
そして次に横からめくった時の模様が縦に三つ、つまりスリーサイドであるはずなのだ、
続けてカードを横向きにして、またゆっくりゆっくりとカードを開いていく。
今日のメインシーカーはこの僕だ。
前までの不安定な素人じゃない。自信もあった。
だから、このわざとらしい絞りは、カジノ側を欺くための演技ではない。
花守くんへのあてつけの煽りだ。
いくら僕の方がシーカーズベットにおける後輩とはいえ、今日のメインシーカーはこの僕だ。
メインシーカーの席の隣がサブシーカーなのだが、シーカーの精度は明らかにメインシーカーの方が高い。(カードがはっきり見えるため)
そのメインシーカーの僕を信じずにあくまで自分の見たものだけを信じた花守くんに、僕は苛つきを覚えたのだ。
どうして僕を信じてくれなかったのか、と。
だからこの結果で花守くんがオールインを外して、僕に頭を下げてくれるのを期待した。
そして開いていくカードの横側。
この結果を見て凍りついたのは――。
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