5stake 技巧の会得・愚行の代償

「プレイヤーナチュラルウィン!」


 ディーラーの告知と共に、プレイヤー側に賭けていた人たちのチップが倍になって払い戻され、バンカー側にベットしていたチップが回収されていく。


「……うーん」


 そして僕のチップも、回収される側にあった。


「……あかんかった、か」


 失ったチップは大したことはない。ミニマムベットでしか張っていないからだ。


 問題はそうではなく。


「……今のナチュラルナインは、バンカーウィン」


 に、なると思っていたのに、現実はこのザマだったことに嘆いていた。


 四枚のカードは、プレイヤーピクチャー、バンカーナイン、プレイヤースリー、バンカーピクチャー、と言うように配られて、プレイヤー3対バンカー9でバンカーの完勝。


 というのが僕の考える予想。しかし結果はそうではなく。


「そういうのハズ、だったんやけどなぁ」


 こんなことでは、まだ駄目だ。


 シーカーズベットを完全に会得し、花守くんを救い、そして僕が高みを目指すにはまだ――。




        ●○●○●




 花守くんからシーカーズベットを覚えないか、と誘われた、あの日。


 僕は二つ返事でそれに頷くと共に、彼へとその理由を問い質した。


「水上静留はまたボクについて調べてる、ということは間違いなくボクが頻繁に出入りするカジノにも目をつけてきます。ボクがバカラで妙に勝っているのを彼女に見られるのは、あまりうまくないんです。そこでベルさんにシーカーズベットを覚えてもらって、ボクの方が実はただのツレ、という感じにもっていきたいんです」


 と、答えた。


 僕としては理由はなんであれ、彼の最大の技を伝授してもらえるのは願ってもない話だ。


 しかも本来なら、このシーカーズベットという技術は、それを教わるために、技の開発者へ百万円を支払う必要があるのだという。それを今回は花守くんがうまく話を通してくれるそうだ。


 しかし逆を返せばそのくらい厄介な女、とも言える。


 とにかくこんなチャンスはないと踏んだ僕は、水上静留を欺くためにも、シーカーズベットを覚える決意をした。


 ただ、花守くんだけの決定で勝手に技術を教えることはルール違反とのことで、その話の翌日、僕はその開発者に謁見する手筈となった。


「ここが花守くんが言うてたダーツアンドビリヤードバーやな」


 花守くんに指定された場所はここ。繁華街の路地裏にある、小さなバー。ここでその技の開発者と会う手筈になっている。


 しかし入り口には、『close』の看板が掛けられ、店内の窓のカーテンは閉められており、明かりも灯っていない。


「……入ってええん、かな?」


 僕は木製扉のコック式のドアノブに手を掛ける。


 カチャリ、と小さな音を立てて扉はすんなりと開いた。


「どーもー、失礼しまーす……」


 恐る恐る、中を覗き見るようにゆっくりと中へ入る。


「いらっしゃいベルさん! 待ってましたよ」


 店内は外からではわからなかったが、小さな明かりが灯されていた。そして、入り口すぐ近くの椅子に腰掛けていた花守くんが、声を掛けてきてくれた。


「ああ、よかった。店、間違えてしもたかと思いましたよ」

「ははは。この店は人払いする時は、いつもこんな感じだと説明しておけばよかったですね」


 店内を見回すと、外から見るよりも想像以上に中は広い。小洒落た洋風な雰囲気で飾られた壁面に、たくさんのボトルが並ぶバーカウンター。壁際にはハードダーツとソフトダーツの両方が並んでいる。


「ベルさん、こっちへ」


 バーカウンターには誰もおらず、僕が謁見すべき人はどこかなと思うや否や、花守くんがそう言って僕を店内の更に奥へと案内する。


 奥にも更に部屋があり、そちらに入るといくつかのビリヤード台が並んでいた。


 一番奥のビリヤード台付近にある、テーブルとセットになっているソファーに誰かが腰掛けているのが窺える。


「お待たせしました、木村さん。ベルさんが来ましたよ」


 そのソファーに腰掛けている人物へと向かって、木村、と花守くんは呼んだ。


「お、来たか。初めましてベルさん。話は聞いとります、僕が木村です。よろしくです」


 物凄い精度、そして秘匿性の高い技術であるために、高額な支払いが必要と言われているシーカーズベットの開発者は、一体どんな装いなのだろうか、と緊張していたのだが、想像とは全くかけ離れていた。


「は、初めまして、木村さん。よろしくです」


 僕は少し萎縮しつつ、簡単に会釈をして挨拶を交わす。


「シーカー、覚えたいそうですね。お金の件は花守くんに聞いていますか?」


 そんな風に僕へと問いかける木村さんの第一印象は、とても若い、ということ。


 年齢で言えば僕らと同じくらいかもしれない。驚くような凄い技を開発、考案するような人だったので、もっと歳を召している人だと勝手に想像していた。


『おう、小僧。よう来たな、まぁ座れや』


 みたいな口調でふんぞり返る、裏社会の首領のようなイメージとはかけ離れ、シックで大人びたスーツとオシャレなネクタイを華麗に着こなし、初対面の僕へ敬語を使う木村さんの雰囲気は、それまでの僕の不安を一蹴させる。


「あ、木村さん。お金のことなんですが、それについてはボクから」


 僕と木村さんの会話に入ってきた花守くんがそう言うと、彼の傍に近寄り、なにやらヒソヒソと耳打ちしている。


 お金の件は僕もあまり詳しく聞いていない。花守くんは一体どうするつもりなのだろうか。


「……なるほど、ふむ。そういうことなら僕にもあとで麻雀のご教授、お願いしますね」


「え、えーと?」


 木村さんの言葉に困惑する僕へ、花守くんが答える。


「実は木村さんもボクと同じで、麻雀が弱いんです。ベルさんへ技を教える情報料の見返りに、麻雀を木村さんにも指導してもらう、というのはいかがでしょうか?」


「え? そ、そんなことでええんですか?」


 百万円で売るような極秘の秘技を、その程度の交換条件でいいのか、と僕の方が申し訳ない気持ちでいっぱいだが、僕としてもその方がありがたい。


「ただし!」


 僕の言葉に対し、食い気味に木村さんが声をあげた。


「ベルさん、あなたの麻雀の技術や知識が、僕の開発したシーカーズベットに対し、あまりにも不釣り合いなほどお粗末だった場合、やはり技術の提供料としてお金を貰い受けます。そういう条件付きでよければ伝授を許可しますが、よろしいですか?」


 木村さんは僕の目を真っ直ぐに見据えて、そう問いただしてきた。


「ぼ、僕の麻雀の技術がどの程度優れているかなんて、僕自身には測りかねますが、可能な限り丁寧にご教授させていただくつもりではあります。それでよろしければ……」


 ジッと僕の目を見てくる木村さんの圧に、少々怖気付きながらも、僕は彼からの視線に目を逸らさずに答えを返す。


「……うん、わかりました。じゃああとは花守くんに任せます」


 木村さんは僕の言葉に納得したのか、ニコっと表情を崩した。


「僕はこれから野暮用があるんでね。あとのことは花守くんに一任します。ベルさん、頑張ってシーカーズベット、体得してくださいね。あ、店は電気だけ消しておけばそれでいいです。金目の物はないんで。それでは」


 木村さんはそう言い残すと、慌ただしく足早にお店から出て行ってしまった。


「……アレはまた女の子のところですねぇ」


 花守くんが呟くように言いつつ、小さく笑った。


 大事な技を教えるのにあたいするかどうか、見定めようと僕に会ったかと思えば、大人びた格好をし丁寧な口調で少し会話したのち、店をほったらかして女のところへ駆け出す。そんな彼への印象は、裏社会のボス、という恐ろしげなイメージから一転、今は破天荒なお兄ちゃん、という感じになっていた。


「まあ、とりあえず木村さんの許可が出ましたし、シーカーズベットについてイチからお教えしますね」


「あ、はい。お願いします」


 なにはともあれ、これで花守くんらの秘技を伝授してもらえるのだ。僕の内心はワクワクする期待感でいっぱいだ。


「ここでやります」


 花守くんが指差したところは、ビリヤードテーブルのすぐ隣。バカラ用テーブルとそれ用の椅子、トランプ用シューターボックス、そしてチップが綺麗に並べられているのが目に入った。いつも通うバカラ屋のセット一式がそこに用意されていた。


「ではベルさん。真ん中の椅子に座ってください」


 僕は花守くんに言われるがまま、バカラテーブル中央にある椅子に腰掛ける。


「ボクがディーラー役をやりながら、まずはシーカーズベットの全貌を解説しますね」


 ついに待ちわびたこの日が来た。


 一体どんなカラクリなんだろうか。果たしてこの僕に理解できるだろうか。


 そして、水上静留を欺き、花守くんへの恩返しに報いれるだろうか。


「では始めましょうか」




        ●○●○●




 ――およそ小一時間ほどが経った。


 シーカーズベットの正体を花守くんが懇切丁寧に解説し終えると、彼はふぅっと一息ついてコーラを飲み始めた。


「……どうですか、ベルさん?」


「うん、素直に凄い、っすわ……」


 全てを見せてもらい、理解した。そしてまず感嘆させられた。こんな凄いことを思いつく奴がいるんだな、ということに。木村さんという人は天才なんだろう。こういう普通の人間なら気づかないようなところに目を向けられる人は、漏れなく天才だと僕は思う。


 そして本当にこの技は優れている。ディーラーの隙をついて、本来なら注視するはずもないタイミングでカードをよく見て覚え、その組み合わせが分かった時、どの場面でベットすればいいのかまで、全てがわかるのだ。


 シーカーズベットは一言で言えば『イカサマ』だ。


 要はディーラーが次シューター準備の為に行なうシャッフリング時を利用し、何番目にどのカードが出るということを目で見て単純に覚えるのだ。デッキのシャッフリングにはある一定の癖がある。それを利用するのだ。


 また、その洞察に加え、カットカードを差し込むところをこちらでコントロールすることにより、更にカードを重ねて暗記する量を増やす。麻雀で例えるなら、どの牌がどこで出てくるかを把握するための『積み込み』に非常に近い。


 これらを行なうとワンシューターの中でたったの一部分だけだが、『三枚~四枚ほどのカードが連続して、どのタイミングでどう出てくるか』が、わかる。そこをデッキの厚みから枚数を逆算しシーカー探し出すするのである。


 これがどれだけ凄いことなのか、バカラというゲームを覚えたからこそ理解できる。


「……えげつない技っすわ。これなら花守くんがオールインするのも頷ける……いや、オールインしない手がない。そしてなるほど、たまに外すのはわざとではなく、こういうことだったんすね」


 バカラというのはプレイヤーとバンカーにそれぞれ配られる四枚のカードの合計値次第で、戦況が決まる。その数値次第では三枚目条件になることもしばしばあるが、しかしこの最初に配られる四枚のカードがわかっていれば、三枚目条件を加味してもどちらが優勢なのかわかりやすくなる。


 たったの一部分だけでも三枚~四枚のカードがどう出るかわかれば、そこに全力でベットすればいいだけだ。


 一番単純なのは、ナチュラルで決まるパターン。


 例えばシーカーの結果、四枚のカードが見えたとし、その四枚のカードが仮に、2、5、キング、4、と連続で出るのがわかったとする。バカラはプレイヤー、バンカーと交互にカードを配って行くので、この四枚が配られた結果は、プレイヤー合計2、バンカー合計9となってバンカーナインのナチュラルウィンとなる。このパターンなら勝率は100%ということだ。


 ナチュラルで決まらないパターンだったとしても、カードの合計値が多い方が有利なのは誰でもわかる簡単な事だ。その時も有利なハンドの方に全力でベットすれば良い。


 しかしナチュラルウィンじゃない場合、運が悪ければ三枚目条件で負けてしまうこともある。実際そうなって負けてしまうことはこの一か月の間に幾度かあった。カラクリを理解している花守くんからすれば、負けてしまうのも仕方がないと理解しているからいいが、中身を全く知らない僕は負けてしまった時、そりゃもう気が気ではなかった。


 だが、返って、これがよかったのだと花守くんは言う。


「バカラ屋も商売ですからね。異様に毎回勝ちまくる客には当然疑惑を持ちます。しかしボクらはたまにオールインで負けるでしょ。それがね、良い感じでカムフラージュになるんですよ」


 カジノ側もイカサマには特に警戒している。なので異様に勝ちすぎる客は出入り禁止になったりすることもある。しかし僕らはオールインした時、たまに本当に負けてしまう。その理由がカジノ側にはわからないので、僕らのことは『ただ運の良い客』ぐらいで見られているわけだ。


 けれどトータルで見た時、明らかに勝率は八割を超えている。負ける日があったとしても、勝つ日がほとんどなのだから当然資金は右肩上がりに増えていく。


 技の精度、信頼性、そして勝つバランス。その全てが奇跡のバランスで上手く噛みあって生まれた、まさに神業とも言えるのが、この『シーカーズ・ベット』なのだ。


「花守くんと一緒に賭けて、初めて負けた時は本当に焦ったっすけどね」


「すいません、理由を話せなかったので……。ベルさんとしては怖かったですよね。でも、それでもよくボクを見限らずについてきてくれたと思いました」


 本当に偶然だけで勝っていたのなら僕もすぐに見限っただろうが、僕とてそこまで節穴ではない。花守くんが勝つべくして勝っているのは、一緒にバカラ屋に行くようになって数日で理解していた。だからこそ、彼についてきたのだから。


「さて、ベルさん。シーカーをマスターするには繰り返し鍛錬が必要です。ただ見るだけじゃなくカットカードの挿入やカードの枚数、厚みを判断できる能力が必要ですからね」


 そう、シーカーズベットの精度をあげるには、実際にカードを使って練習するほかない。花守くんが言いたいことはすぐに理解した。


「うん、わかってるっすよ。明日から早速トランプを大量に買ってきて練習開始します」


「あ、それと注意事項がいくつかあります」


 花守くんが追加で教えてくれた注意事項とは、秘匿ルールみたいなものだ。


 シーカーズベットを他人に漏らしてはならない。


 技を使用する時も不審な態度にならない。


 店や客とは円満な関係性でいること。


 ひとつの店で一日に勝って良い金額は五万円程度までにする。


 カジノ側としても不審な客や、勝ちがすぎる客などは迷惑以外の何者でもない。そんな客はすぐに出入り禁止にされてしまう。ただそれだけならまだしも、そこからシーカーズベットという技にまで警戒されてしまえば、今後対策されてしまい稼ぎ場がなくなってしまうからだ。


 木村さんをトップとするこのシーカーズベットを使う者たちはこのルールを絶対とし、守ることが義務付けられている、というわけだ。


「わかりました、花守くん。その辺はきっちり守りますよ」


「あ、ベルさん。それと最後にひとつだけ……」




        ●○●○●




 ――花守くんよりシーカーズベットを伝授してもらってから、三日ほどが過ぎた日。


 技を伝授してもらったということは、つまり木村さんの一派に属することとなる。僕はあの日より、木村一門の仲間となったわけだ。


 と言っても、集まって何かをしたり、何かを上納したりする、ということは一切ない。そもそも木村さんという人が自由奔放なスタイルらしく、本人が束縛を嫌うため、皆ルールさえ守れば自由に行動していい、という感じだったからだ。


 代償に僕は、木村さんと花守くんへ徹底的に麻雀のいろはを教えなければならないのだが、それは僕がシーカーズベットをきっちり出来るようになってからで良いと言ってくれたので、それに甘えて今は毎日暇があればシーカーズベットの練習ばかりしている。


 やはり優れた技巧なだけに、それ相応の難易度はある。僕は何事も器用な方だし、一時期はプロマジシャンに憧れ様々なカードマジックを嗜んでいたが、それでも技を修得するには多少の時間を要した。


 三日目ほどで、ようやくカードの厚みを見て、およそ何枚くらい掴んでいるのかをかなりの精度でわかるようにはなってきた。


 そこで僕は――。


「プレイヤーナチュラルウィン!」


 無情にも、ディーラーは僕の思惑の真逆の言葉を放つ。


「……今のはバンカーナチュラルやないんかい」


 予測したシーカーがハズレ、僕は一人小さくごちる。


 どうやら一枚だけ見逃していたようだ。たったの一枚だが、その一枚の見逃しが、致命的なミスとなる。


 こんな精度ではオールインするであろう本番ではまだまだ使えない。


「……いや、でも今のは惜しかった。だいたいあっとったし、次はいけるはずや」


 そう、自分の技の精度を試したくなったのだ。


 そこで僕は単身、いつも花守くんらと行く所とは違うバカラ屋で、バカラをプレイしていた。


 しかし実はこれは、やってはならないことでもあった。


 なぜなら、花守くんに言われた最後のルール。それは『シーカーズベットを高精度なレベルで扱えるようになるまでバカラ屋に行くのは禁止』であったからだ。


 その判断は花守くんがしてくれる、とのことだった。


 しかし花守くんと二人で練習する時間だけでは飽き足らず、僕は今日初めてそのルールを破り、一人バカラ屋に来て身につけたばかりの技をテストしていた。もちろん、彼らといつも行く『モンテカルロ』ではない、別のお店だ。


 花守くん、キドケンさんと三人でつるんでよく行くバカラ屋はほとんどが『モンテカルロ』なのだが、定期的に別のバカラ屋へ行くこともあった。毎日同じ場所に行きすぎるのも良くないとのことで、花守くんがいくつかのバカラ屋の場所を教えてくれたのだ。


 そして今の自分のシーカーズベットの力量をテストしに来てみたというわけだ。が、やはり実践はまるで違うというのを身に染みて理解させられていた。


 ディーラーのカード捌きは、流麗かつ迅速な所作だ。決してこちらに合わせてゆっくり丁寧になどやってくれない。それを追うようにカードを見抜くのは当然、容易ではない。


「……でも、実践をやらなあかんねん」


 何事もそうだ。


 何事も練習だけでの成長では、ある程度までしか伸び代が望めない。いざ本番で生きてくるのは経験値の差。これだけは間違いないと思っている。


 そして何より、お金を賭けているか否か、という差もでかい。お金を賭けていると、それによる緊張感によって、ミスを誘発しやすくなるのが人間の性だ。それを克服するには、一回でも二回でも多く、実践を積み重ねることが重要だ。


「だからこそ、こうやって少額でもお金を賭けた状態でやらな、意味がないねん……」


 このシューターを終え、またデッキのシャッフルタイムに入ったディーラーのカード捌きから視線を逸らさずに、僕は一人小さく呟く。


 僕は一刻も早く花守くんとの差を埋めたかった。


 水上静留という厄介者から彼を救いたいという思いの反面、彼に対するライバル心のようなものも芽生え始めていたのだ。


 彼に出来て、僕に出来ないはずがない。


 その気持ちが強くなってしまったからこそ、僕は今こうして一人、掟を破りバカラ屋に来ている。


(……よし、見えとる)


 ディーラーのシャッフルカットもバッチリ見極めた。あとはカットカードを差し込むだけだ。


「どなたかカットをお願い致します」


 ディーラーのその呼び掛けに、僕はすぐさま手をあげる。


「はい、僕やります」


 この店でも相変わらず、カットカード挿入をやりたがる客などいない。


「ではお願いしますね」


 ディーラーが笑顔でカットカードを僕に手渡す。


 僕はシーカーで見極めた絶妙な位置へ、慎重にカットカードを差し込む。


 ……問題ない、はずだ。


 ディーラーはそれを確認すると、カットカードにて分割されたデッキの後ろと前を入れ替えし、デッキをシューターにセットする。


 さぁ、これで準備は整った。


 今度のシーカーは自信があった。

 

 一度目のシーカーは一枚見損じていたが為に、勝敗が全く真逆になってしまった。しかし一度目のシーカーは僕もバカラ屋で技を試すのはこれが初めてということもあり、予想以上に緊張していたせいに違いない。


 だが今度は見切った。見切れたはずだ。


 あとはその時、そのタイミングが訪れるまで、またミニマムベットで適当に賭けていくことにする。


 今回見えたカードは四枚。


 デッキスタートの今から『137枚目のところ』から、四枚のカードが連続で見えている。そこまではカードの残数を漏らさずチェックしなければならない。余計なことに意識を回している暇などとてもない。


 自然と顔がこわばってしまう。


 だがしかし、花守くんはこれを常時何事もないかのようにプレイしていたのだから、やはり凄い技量と素晴らしいポーカーフェイスだと言わざるを得ない。


 まだ花守くんほどのレベルにはなれなくとも、せめてシーカーの精度は上げておきたい。


 そして本番二回目の今。


 今回のシーカーは一度目の時よりも、遥かに自信があった。


 現在わかっているこれから出るカードは四枚。それらは連続して、クイーン、2、8、4、だ。あとはそこまでの展開次第でそれらのカードがどう活きてくるかだ。


「プレイヤーメイクシックス、バンカーセブン。バンカーウィン!」


 そしてある程度ゲームが進み、バンカーが連続で勝利し始めたこの一戦。


(ここや!)


 今最後にデッキから現れたカードはダイヤのセブン。それによってバンカーが勝ったのだが、大事なのはそれではない。


(このダイヤのセブン。ここが枚数的に137枚目や)


 そう、このあとからがシーカーで見抜いたカードの連続。つまり、クイーン、2、8、4のはずだ。


 幸い綺麗に四枚のカードが連続して出ることがわかった。


(次の勝負、もらったで!)


 この段階で次の勝率は僕の中で100%になった。


 何度も言うが、カードはプレイヤー、バンカーと交互に配られる。つまり、プレイヤー一枚目にクイーンのカード、バンカー一枚目に2のカード、プレイヤー二枚目に8のカード、バンカー二枚目に4のカードが出る事がこれで確定した。


 これが意味するところは、三枚目条件発生なしのパターン。そう、プレイヤーエイトのナチュラルウィンが確定しているということだ。


(よっしゃ、最高の流れや。僕の読みが正しければ次はプレイヤーエイトのナチュラルウィン)


「ベットしてください」


 ディーラーが笑顔で僕らに言った。


 今日は僕のシーカーのテストで来た。一回目は一枚見損じたせいで外したが、今回のシーカーは本当に自信があった。確実に見えていた。


 だから?


 そう、だから僕は。


「……ここで、勝負だ!」


 残りの手持ちのチップ全てをプレイヤーに張った。


 チップのオールインは、僕のシーカーだけで行なうにはまだかなり怖い。が、だからこそやらなければ駄目なんだ。


 ここでキッチリ勝って、この怖さを克服しなければならない。ようやく僕のシーカーズベットはスタートラインに立つんだ。


「お、にいちゃん男やねぇ! プレイヤーにオールか!」


「え? あ、はい」


 誰だ……?


 突如、同テーブルにいた見知らぬおじさんに声を掛けられる。


「でもなぁ、お前さんさっきから不調やったし、俺はお前の逆いっとこ!」


「……は、はあ?」


 意味がわからない。


 このおっさんは誰なんだ?


 突然声を掛けてきて、僕の逆に賭けると言い出した。そんなのいちいち僕に言わずに勝手にすればいいのに。


 ただそれだけならまだしも、このおっさんはバンカーサイドに自身のチップをオールインした。


(なんやコイツ。僕に喧嘩売ってんのか?)


 どう見てもそうとしか思えない態度とチップの賭け方に苛つきを覚えるが、こんな道端の石ころ同然のおっさんになどかまけている暇などない。


 僕は運否天賦でバカラをしているんじゃないんだ。


 確固たる根拠に基づいてのオールイン。それを不調だという言葉で僕の逆を行くお前なぞ、破滅が相応わしい。


 そんな風に心の中で、このおっさんを鼻で笑った。


「ノーモアベット!」


 チリン、とベット締切の合図をディーラーがする。


 さぁ、これが本当の勝負だ。


 と言っても、僕の勝利は確実なはずだ。僕のシーカーに間違えがなければ、最初のカードはクイーンから始まるはずだ。


 そしていよいよ、ディーラーがデッキからカードを取り始めた。


 プレイヤー、バンカー、と言いながら四枚のカードを交互に裏向きで配る。


「フェイスカードオープン」


 ディーラーがそれぞれの一枚目のカードを開く。


 プレイヤーはクイーン。


 バンカーは2。


 ……になる、はずだった。


「プレイヤーキング。バンカークイーンから」


 なん……だと。


「かー! ええ勝負やな。さぁにいちゃん! お互い絞ろうや!」


 見知らぬおっさんはやけに嬉しそうに、僕にそう言ってくるが、もはや僕の耳には何も聞こえていなかった。


 絞りなど、なんの意味もない。


 この結果が意味するところはただの一つしかないのだから。


 プレイヤーのベットオーナーである僕と、バンカーのベットオーナーである見知らぬおっさんに二枚目のカードが配られる。


 本来ならそれを絞って場を沸き立たせる。のだが。


「……プレイヤー、オープンしちゃってください」


 僕は力無く言った。


 このカードはわかりきっている。数字の2だ。


「プレイヤー、トゥー」


 予測通りプレイヤーの二枚目は、数字の2が開かれた。


 つまり……。


「足ありや!」


 おっさんが妙に上機嫌に騒いでいる。


 その後も楽しそうにカードの横っツラを絞りながら開いて「スリーサイドやぁ!」などと叫んでいたが、もはやわかりきっている結果だった。


 バンカーの二枚目は8。


 そう、僕はまた一枚見損じていたのだ。キングのカードの分を見損じた。


 一度目ならず、二回目も全く同じ過ちで失敗した。


 しかも今度はオールインして。


「プレイヤートゥー。バンカーエイトでバンカーナチュラルウィン!」


 僕のチップは無情にも回収され尽くし、そしておっさんは大量のチップを受け取った。


「……」


 完全な敗北だ。僕の浅はかな技でオールインした結果がコレだ。


 僕は無言で席を立って、その場を去ろうとした。


「おう、にいちゃん。ごっそさん!」


 そんな僕を嘲笑うかのように、見知らぬおっさんは嬉しそうにそう言ってきた。


 正直、頭に血が昇りすぎて思わず手が出そうになったが、そこはなんとか理性で抑え込む。


 こんなところで事件なんかを起こしたら元も子もない。


「……よかったっすね」


 僕はかろうじて絞り出したその言葉を吐き捨てながら、席を立つ。


「バカラ覚えたての付け焼き刃なうちは、色々とほどほどにしときやぁ」


 そんなおっさんの煽りセリフなど、一瞥もくれずに足速で店から出て行ったのだった。




        ●○●○●




 辺りが暗くなり始めた午後の六時頃。


 花守くんが待っている、木村さんらの拠点であるバーへと帰る道を、とぼとぼとうなだれて歩く。


 今夜もまた花守くんとシーカーを練習しなければならないからだ。


 ギャンブルで痛い目にあったことは、麻雀で幾度か体験はしたが、その日に賭けたお金を全額負けたのはこの日が初めてだった。


 何故、僕は一人で、花守くんに言われたルールすら守らずに勝手に突っ走って、そして大敗しているのだろう。


 こんなみじめな思いをしたのは、久しぶりだ。


 サラリーマン時代、クズみたいな上司にペコペコしていた自分の苦い思い出が蘇る。


 その時は、誰も手を差し伸べてはくれなかった。だから僕は自分の意思でその仕事から決別した。


 だけど今回はそうもいかない。こんなことで挫けている場合ではないのだ。


 しかし想像以上にダメージが大きかった。


 ルールを破ったこと、オールインして負けたことの二つが重なり、花守くんのところへ行くのが憚られた。


「……今日は、帰るかな」


 やる気が出ない。


 たまには早く帰って、一人でのんびり酒でも飲んで寝よう。


 そう思った矢先だった。


 ピリリっと携帯が鳴った。着信名は花守くんだ。


「……もしもし」


 ついでだから、今日は体調が悪いと言って帰ろうと思った。


「あ、ベルさん。まだ少し集合時間まで早いんですけど、至急、木村さんのバーに来てもらえますか? ちょっと話したいことがあるんですよ」


 僕が言う前に先手を打たれてしまった。


「いや、花守くん。今日は……」


「ベルさん、絶対に来てくださいね」


 ぷつっと通話が切れた。


 花守くんにしては珍しく語気が強い。一体なんだと言うのだろうか。


 しかし帰ると言うタイミングを逃してしまった。


 仕方がない、やはり今日も行くとしよう。


 気は乗らないが……。



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