第47話 悩める若者に導きを

 山賊達との戦争から帰還した翌日、スノウはホッファの屋敷にあるバルコニーの椅子に座り寛いでいた。

 スノウにとっては大切な時間、命懸けの戦いから生還し、生きていることを実感する時間。


 昨日はゆっくりと休養を取り、身体を洗った。

 こびりついた血液を落とし、新しい服と装備を新調。

 その後はのんびりと時間をかけて剣を研いだ。


 今、仲間は近くにいない。

 レナードは町長に報告、他はそれぞれ散歩なりなんなりしているのだろう。

 ここでの用は済んだ。

 明日の朝には砦へ帰還する予定。


 優雅なひと時にも思えるが、そういうわけでもない。

 ぼうっとここから見える町の人々をを見ているが、脳裏には自然と昨日のことが。

 激戦の記憶をなぞり、身体が疼く。

 もう少し経ったら、中庭で鍛錬でもしようかと考える。


 そんなことを考えていると来客あり。

 ホッファだ。

 こちらを警戒させないようにわざと足音を鳴らすのは彼の良い所。


 「どうですか?お身体の方は」

 「大丈夫だ」

 「ふふふ。昨日は凄い格好で帰って来られましたからな」


 彼が言っているのは昨日町へ帰ってきた時のこと。

 スノウ達は全身から血の匂いを漂わせ、特にスノウは散々な格好。

 町に入ると嫌でも注目を浴びた。

 人々は彼らから発せられる不可視の重圧を本能で感じ取り、距離をおく。

 スノウ達に向けられる視線は恐ろしいものを見る目。

 それがスノウの心に少し、しこりを残す。


 「俺のこと、化け物だってさ……」


 スノウがポツリと独白。

 ホッファはその横顔を静かに見つめる。

 慈しみと、敬いの視線で。


 「あなたが化け物なのかは預かり知らぬことですが、人は理解できないものを恐れるものです」


 目の前の男は驚くべき戦士ではあるが、まだ成熟した大人ではない。

 人の身には有り余る力を持ちながら、自らと常人との間にある力の差に戸惑いを感じている。

 無理もない。彼は一年も経たない間に常人が一生をかけても足りないほどの死地を経験し、急激に成長を遂げているのだから。

 肉体の成長に精神が追いつかず、先日の戦いでようやくそれが表に出てきたのだろうか。


 ホッファはこの悩める若者が、今まさに人生の岐路にたっているのではないか、と思案した。

 彼の助けになるのなら、自分が教えられることをしよう、と決心。


 「あなたのその力のこと、どこまでわかっておられますか?」


 ホッファの問いに少し考え込む。

 彼の言う力とは魔力のことだろう。

 人を化け物と言わしめる存在まで変貌させる、神秘の力。


 「力を、高める……」


 スノウはそこまで続けて答えに窮する。

 間違ってはいないはずだが、どこかうまく言うことができない。

 この人間が魔力と呼ぶ力はあまりにも底がしれなさ過ぎた。


 「過去、魔力の謎を解き明かそうと、それはもうたくさんの人間が研究を重ねてきました。しかし研究は難航を極めた……。それも当然です、彼らには魔力の存在を認識できないのですから……」


 それはそうだろう。

 存在を知覚できないものを調べるのは途方もなく難しい。

 しかし人間の知識欲の凄まじさもまた、馬鹿にはできない。

 どんな手を使ってでも解明しようと努力を積み重ねる、だからこそ人間はここまで文明を築いてきた。


 「そこで彼らは人間の限界を超えた力を持つ者を探すことにしました。しかしそれほどの人物はそうそういません。必然的に危険な場所を探すことになり、さらに多くの人が命を落とした」


 「多くの犠牲の末に分かったことは迷界の影響がある範囲で生活していると魔力を得られることがある、ということ。研究者達はいよいよ魔力の研究ができると喜び、迷界の近くに拠点を構えた」


 「ところが、またしても壁にぶつかりました。彼らは魔力を得ることができなかった。まだ知らない条件があったのです。更なる研究の末、どうやら肉体を用いて戦う戦士は魔力を得られやすいという傾向にあるということがわかりました。これに役立ったのが魔道具の存在ですな。反応させることができれば魔力がある証拠になる」


 魔道具本来の力は出せないだろうが、反応はするようだ。


 「研究を進歩させたのは一握りの学者。彼らは皆魔力を得て、知覚できた者。非常に稀な者たちです。しかし、同時に狂ってもいた……」


 スノウは思い当たる一人、ブランドンを思い出す。

 彼は確かに狂っている。

 逆に言えばあそこまでならないと魔力を得ることができなかったのかもしれない。


 「そんな彼らも研究に頓挫します。彼らは学者であって戦士ではない。安全なところにいるようでは限界があったのです」


 ブランドンと砦の関係。

 ブランドンは砦の戦士からより強力な素材を与えられることで更なる高みに至った。

 本人だけでは限界があった。

 身近な例を思い出すと理解が進む。


 「偉大な研究者たちは悲惨な最期を迎えます。自殺や暗殺、行方不明……。ここは歴史の闇ですな」


 「そんなこんなで今日まで至る……。こんなところです」


 人と魔力の歴史、外では魔法学と言われている。

 犠牲の割にはあまりにも分かったことが少ない。

 人の支配が及ばぬ場所、迷界だからこそそうなった。


 スノウが幼い頃、魔法学を学ぼうと本を読んだが、その神秘性、超常性を述べているだけで何もわからなかった。

 本の筆者も何も知らなかったのだろう。

 ただ伝え聞いたことを書いていただけ。


 一般人にとって魔法とは昔話や遠い世界の出来事。

 身近なものではない。


 「さて、歴史を語ったところで私の話を少ししましょう」


 話を区切って次の話へ。


 「なぜ私がわざわざ自ら砦に赴くのか、わかりますか?」


 問いの意味をよく考える。

 少なからず思っていたこと。

 

 「責任、とか……?でも部下に任せてもいい気はしていた」

 「そういうわけにもいきません。特殊な商品ですからね」


 魔物の素材や人間も運ぶ。

 一度の往来で途方もない大金がかかっていることだろう。


 「だが危険だ。あんたの立場を狙う奴は多いだろう?」

 「その通り。けれどもそうならない、そうしない理由がございます。複雑な事情です」


 山賊との約定の件もあったし、色々と複雑そうだ。

 スノウには少し苦手な話。

 

 「私が死ねば町は衰退します。商品が入って来なくなりますからね。それに私を殺めたとしてもその席に座れるわけではないのです」


 シアは彼以外と取引するつもりはないということ。

 信頼、だろうか。

 いや、彼はそんな男ではない。

 全て計算し尽くすような男だ。何か意味があるに違いない。


 「砦との商売には条件がございます。一番大事なのがシア様のお眼鏡に叶うこと。そして魔力を所持していること。この二つを満たせる商人は非常に少ない。それに仮に私が死んだとしても代わりはいます。私どもも手広くやっているので人材は豊富ですよ」


 やはりシアの存在が大きい。

 この体制を作り上げたのも彼だ。

 強大な権力を感じる。


 「ここで疑問に立ち返ります。なぜ、私が行く必要があるのか、とね」


 それでも疑問は残る。

 彼は大きな組織の長。

 わざわざ危険を冒さなくてもいいのではないか。


 「魔力を失わないため、これが答えです。私の魔力は非常に少ない。半年もすれば消えてしまうでしょう。そうならないために砦へ足を運ぶ必要があるのです」

 「……?……どういうことだ?」


 魔力を、失う……?

 そんなこと想像もしたことがなかった。

 今では己の身体の一部とさえ思っている。


 「魔力というのは得たからといって安心はできません。失われるものなのです」

 「そうなのか……」

 「この力は、この神秘の力は堕落した人間を好みません。常に前に進もうとする者のみに力を与えてくれるのです」


 つまり魔力は迷界の影響を受けなければなくなる、ということ。

 なぜなのかは知る由もない。

 外の世界では存在できないのか、周辺から取り込めなくなるからか。

 無尽蔵な力ではなく有限なもの。

 当然と言えば当然だが。


 「皮肉な話だな。大金を稼いでいるのに楽できないなんて」

 「自分で選んだことですから」


 そう言ってにっこりと微笑むホッファ。

 その笑顔に彼の歩んできた道のりと、強さを見た。


 ホッファは商人であると同時に、戦士でもあったのだ。


 「もしあなたが化け物と言われるのが嫌になって、人に戻りたいと願うのなら戦うことをやめればいい。力は徐々に失われ、やがて人間に戻れる」


 示される一つの道。

 これまで歩んできた道に比べれば、あまりにも平坦な道。


 「ただ、その力はとてつもなく価値のあるもの。誰もが持てるものではなく、選ばれた人間のみが持てる、私が想像もつかないような試練を乗り越えた者だけが持てる力。それを心しておいて下さい」


 天国と地獄、普通なら天国に行くことを選ぶ。

 だがホッファは地獄にいけと言う。


 恐ろしい事だ、俺に死ねと言っているようなもの。


 「あなたはそんな力を持っている。どうかそれを忘れないで」


 戦うことをやめる、そうすれば元に戻れる。

 平穏な日常への誘惑がスノウを襲った。

 だがその誘惑は逆効果。


 戻れるわけがない。

 あの頃にはもう戻れない。

 父と過ごした穏やかな日々。

 孤児の俺に惜しみなく愛を注いでくれた。


 だが父は死んだ。

 もう生き返ることはない。

 失われたものは返ってこない。


 平穏な日常はもう二度と戻ることはない。


 とっくにわかっていた。

 戦い続けることが、今のスノウを生き長らえさせているのだ。



 帰ろう、自分がいるべき場所、戻るべき場所へ。

 外の世界では異物な存在だが、あそこでは違う。

 全てを平等に受け入れる、そんな場所。

 まさに「楽園」だろう。


 スノウは無性に砦へ帰りたくなった。



 男が一人、部屋の前に立ち扉を軽く叩く。

 中から返事があり、レナードは扉を開けて中に入った。


 大きな部屋、間取りはシアの執務室とどこか似ている。

 違うのは壁や床が木材でできていること。

 暖かみのある部屋。


 ここはウィリアにおける町長の邸宅。


 「ようアレン。終わったぜ」

 「ありがとう」


 そう答えるウィリアの町長、アレンは白い肌に艶のある黒髪、優しげな顔。

 荒事に向いているような人物には見えない。

 

 「ついでだから気にするな」


 対するレナードはいつも通りの態度。

 彼は相手が誰であろうが態度を変えることはない。


 「ふふ。随分入れ込んでいるね」


 今回の主な目的は新人の育成のため。

 レナードがここまで人のためにやるのは非常に珍しい。


 「まあ、ちょっとばかし陰気な奴だが、見込みはあるんでな。……俺が死んだらそいつに後を任せるわ」

 「そんなことは言わないでくれ。それにその若者の方が先に命を落とす場合だってあるだろう?」


 命の保証はない。

 彼らはいつだって命懸けで生きている。


 「……そうだな。そればっかりはしょうがない」


 そう言うレナード。

 だが彼にはスノウがそう簡単に死ぬとは思えなかった。

 スノウは不思議とそんなことを感じさせる男。


 「……会ってみたいね、その新人に」


 アレンはレナードがそこまで気にかける男に興味が湧いた。


 「いいぞ。どうせ暇を持て余してるだろうしな」

 「私のことは言ってるのか?」

 「いや?」

 「なら閣下のことは?」

 「さあ?」


 アレンは大きくため息を吐く。

 彼らが知っておいた方がいい大切な情報。


 「そうか……。お前はそういう奴だよな。しょうがない、私が説明しよう」


 そう言って二人で部屋を出る。

 シアこそが辺境伯その人であり王族である、ということを伝えるために。

 そして彼を取り巻く複雑な事情を。


 二人が去った後の部屋には、ただ静寂だけが残っていた。

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