第46話 我が輝きを見よ
スノウが相対する大男、ダズの間合いに入るとすぐにナタが襲ってくる。
風が唸り声を上げ目の前を通過。
力強い攻撃。だが力に任せた大振りというわけでもない。
敵の体勢は崩れておらず、誘いのような気がした。
その後も右から、左からと仕掛けようとするが、容易には懐に入らない。
軽く刃を鳴らす程度の接触に留める。
敵は何かを狙っている。
直感が警鐘を鳴らす。
スノウは危険を察知していた。
大男のダズは小手調べに攻撃するが、始めに抱いていた認識を素早く改める。
目の前の相手から発せられる圧力は歴戦の戦士のように大きい。
動作の一つ一つが恐ろしいほどの殺気を漂わせ、こちらの思考を読んでくるよう。
間合いギリギリのところで避けて見せた時には瞬きもせずに眼前の刃を見送った。
恐るべき集中力と胆力。
並大抵の戦士ではない。
駆け引きの中で隙を見せて誘ってみたが、乗ってこない。
こちらの意図を正確に読み切ろうとしている。
観察眼に優れ、頭も使えるとなれば厄介な相手。
ダズは目の前の男の実力を認めた。
お互い敵の力量を測る攻防。
だが状況はダズに有利。
スノウは前に出ざるおえないと思考。
長引けば長引くほどタイラーに逃げられる可能性も上がる。
剣を両手に握り、裂帛の気合いと共に斬り上げる。
「ハッ!!」
「ヌゥンッ!!」
お互いの刃が音を立てて衝突。
押し切れない。
拮抗する力。
弾けるように離れ再び攻撃、今度は正面から。
鍔迫り合いの形。
お互いの鼻息が聞こえる距離。
歯を食いしばり、互いの目が合う。
体格の差でダズが上から押さえるが、スノウも引かない。
膠着の間に二人の思考が加速。
如何にして敵を倒すか。
両者共に下がることはしない。
漢故の意地なのかもしれない。
ダズが仕掛ける。
力の拮抗を横に流し、タックル。
右腕に装着した籠手を相手にぶつける。
「グゥッ!!」
スノウは思わず後退させられる。
ダズの籠手の外側にある棘が刺さったからだった。
長い棘ではないが、ダメージはある。
後退したスノウに更に仕掛けるダズ。
上段からの全力攻撃。
体勢が整わないスノウは防御するしかない。
衝撃。
しかし思っていたよりは小さい。
そこにダズの右手。
顔面を殴られる。
「ッッ!!」
視界が動転し、倒れるスノウ。
やられた、と理解する。
ダズの上段からの攻撃はフェイント。
本命は籠手での殴り。
敵も全力は出せなかったにしろ、籠手で殴られるのは脅威。
なんと野蛮で恐ろしい攻撃だろうか。
鼻が折れたかもしれない。
血が混じった涙が顔を伝う。
転がって立ち上がるもダズは更に迫る。
敵に息もつかせない怒涛の攻撃。
容赦のない、本気の殺し合い。
スノウの視界は未だ歪むが、敵を見る。
直感に従って身体を動かす。
敵のナタが空を切る音。
紙一重での回避。
そこから流れるように次の攻撃が。
身体を屈めて回避。
スノウの髪が散る。
そこから飛び上がって懐に入ろうとするスノウ。
「ぬぅおおおお!!」
そうはさせまいと力を振り絞るダズ。
迎撃の姿勢。
ここだ、とスノウは奥の手を使う。
魔力による強化された斬撃。
勝負を決める一撃。
三度目の衝突。
硬いものが砕けるような音。
ダズのナタは刀身半ばから砕けた。
互いの手が届く距離の両者。
スノウはチャンスとばかりにとどめを刺しにかかる。
しかし止められる剣。
スノウが目を見開いて驚く。
剣を止めたのはダズの籠手。
剣身を掴んで離さない。
押しても引いても動かず、互いの唸り声が響く。
スノウは剣を手放すべきか否か思考。
ダズは離さないだろう。
こちらが手放したとして、敵に使われると厄介。
ならばどうするか。
スノウは決断。剣を手放す。
そしてそのままこちらから殴りかかった。
「ガァッ!」
ダズも負けじと剣を手放しこちらに掴みかかる。
互いにもつれながら倒れ、殴り合い。
美しさのかけらもない泥試合。
反則のない格闘戦。
顔を引っ掻き、目を抉ろうとするが、どちらもそうさせまいと必死。
両手が塞がり、距離を取ろうと起き上がりそうになるが、どちらも相手を蹴ろうとするので再び倒れ、ようやく二人が離れる。
「「ハァッ……ハァッ……」」
起き上がる両者。
未だ闘志は衰えていない。
獣のような雄叫びを上げ、再び殴り合いが始まる。
砦での生活において、喧嘩は日常茶飯事。
初めて喧嘩した時はハイネにこっぴどくやられたのがいい思い出。
あれから名前も知らないようなやつと何度も喧嘩した。
今ではスノウもそこそこの実力になった。
殴って、蹴る。
単純だが、意外と難しい。
理想とは違う、泥臭い戦い。
ボクシングや格闘技のようなものにはならない。
ルールもなく、止めるものもいない。
二人は殺し合いをしているのだ。
自然と体がぶつかり合う形に。
ダズの籠手が厄介だ。
この場において一番の凶器。
防御した腕の骨にヒビが入ったのがわかる。
口から血を流しながらも、籠手の一撃だけはなんとか最小限の被害に止めていた。
これ以上の致命傷をもらわないためにも接近戦は必要なことだった。
ダズもそれをわかっているのか右腕の攻撃を狙う。
押し付けたいが、籠手を引き剥がされたくない。
慎重にチャンスを伺う。
大きなアドバンテージを失いたくなかった。
ダズはもう一つの奥の手を使う。
「へっ」
腰から取り出したのは小さな短剣
人ひとり殺すには十分な凶器。
逆手に持って見せつけるように揺らす。
右手の籠手に左手の短剣。
スノウもそれを見て腰に手をやるが、何もない。
「チッ、肝心なところでっ!!」
大きく舌打ち。
乱戦で使い果たしていた。
剣はダズの後方にある。
絶体絶命の状況。
ダズはニヤリと笑い、短剣で牽制してくる。
振り回すのではなく、拳の延長。
隙を見せずに敵を追い詰める。
スノウは怯む様子を見せず、挑みかかる。
傷つくのを厭わない接近。
ダズの短剣が皮膚を切り刻み、刺してくる。
スノウは動じない。
致命傷だけを避けて一瞬を待つ。
ダズは短剣では決めきれないと見て籠手で攻撃。
防戦一方の弱った敵、決め所と確信。
敵を掴み、刃を急所に刺そうとした。
籠手が伸びてきた瞬間、スノウは勝負に出る。
ダズの脇の下を潜り背後に回る。
一瞬の出来事。
「ッ!クソッ!!」
ダズは短剣を持った手で振り向いて攻撃。
その手をスノウは抑え、ダズの身体が浮く勢いで押し倒す。
倒れた両者。
スノウが上を取った形。
動かない両者、いや動けない両者。
スノウとダズの間には一本の短剣。
ダズの手にある短剣の刃は自身の胸元に向いていた。
スノウが、それを押し込まんと力を入れ、ダズがそれを必死に抑えている。
歯を剥いて全ての力を注ぎ込む二人。
カッと見開いた目で睨み合う。
ダズの目にはスノウの瞳が燃えるように光って見えた。
それは燃える町の輝きか、スノウ自身の輝きか。
拮抗する力。
スノウにはダズの力の秘密がわかっていた。
ダズは意図的に魔力を使うことはできないが、無意識のうちに使っている。
魔力を感知することのできるスノウにはわかることだった。
殺せ!!殺せ!!
「くうぅぅぅっ……」
スノウの魂が叫ぶ。
全体重をかけ、更に力を振り絞る。
刃の先端がダズの方に動くが、押し切れない。
あと一押しが足りない。
スノウは押す。何度も押す。
死ね!死んでくれ!とばかりに。
そして片手で思い切り叩く。何度も何度も。
歪む均衡、上下する切っ先。
徐々に、徐々に切っ先はダズに入り込む。
均衡は崩れ、少しずつ、刃が埋まっていく。
「や、やめろ……」
ダズの力が抜けていく。
籠手を嵌めた手が、力なくスノウを押しのける。
スノウはそれを無視し、何度も何度も叩いて押し込む。
深く、より奥に。
ダズの息が途切れるまで。
相手が死んだのを見届けると、その横に倒れるように転がるスノウ。
息荒く、空を見つめる。
やがて起き上がり、顔を拭い、剣を拾う。
まだやり残したことがある。
それを果たすためにフラフラと森の中へ歩いて行った。
*
タイラーは一人森の中を駆ける。
といっても彼はもう若くはなく、運動することもなくなって久しい。
体力も底を尽き、重たい箱を抱えたままでは速度は出なかった。
「ふう……ふう……。ウッッ!!」
運悪く木の根に足が引っかかり転けてしまう。
悪態をつきながら必死に箱から溢れた宝石をかき集める。
しかしそこで見たくはなかったものが目に入り、停止。
視線の先にはスノウがいた。
「やめろっ!来るなっ!俺を誰だと思ってるっ!!」
タイラーの悲鳴に近い叫びに反応を見せず、ユラユラと幽霊のように歩み寄ってくるスノウ。
「なんなんだ……。何なんだっ!!お前は!!」
タイラーの目には燃えるような髪と目をしたスノウがいた。
異様な光景に震えるタイラー。
「ッ!この化け物があっ!!」
腰の短剣を抜き、歯向かうタイラー。
だが刃は空を切り、代わりに激痛が彼を襲う。
「ぐわああああ!!!!」
短剣と共に彼の指が落ちた。
スノウに斬り落とされたのだった。
うめき声と悲鳴をあげ尻をついて後ずさるタイラー。
そして再び見る、スノウの姿を、スノウの輝きを。
始めはその輝きを町の火の光と思ったが、そうではない。
この光はこの男自身が発している光。
人間に似て非なる者の姿。
「お、お前は、何者なんだ……」
口をついて出た疑問。
いや、そもそも人間なのか。
違う、こいつは俺たちとは違う生き物。
頭の中で自問自答した時に、ふと思い浮かぶ事。
誰だったか、そんなことを言っていた奴がいたような……。
そして疑問がストンと胸に落ちる。
疑問が解消され、納得のいく答えが見つかる。
ああ、俺たちが相手にしていたのは人間ではなかったのか……。
俺たちには始めから勝ち目なんてなかったんだ……。
スノウはタイラーに無言で近づき、手に持った抜き身の剣を胸に突き入れる。
ゆっくりと、正確に心臓を狙って。
こちらを凝視するタイラー。
刃が刺さった時、身体が膨らみ、空気が抜けていくように沈んでいく。
最後に小さく息を吐き、タイラーは死んだ。
戦争は終わったのだ。
スノウは最後の敵が死んだのを見届けると、森の中に消えていった。
もう彼が振り返ることはなかった。
*
森の中から出てくる男が一人。
スノウはようやく森を出た。
すでに陽は上り、中天にある。
帰りの森の中での戦闘はなかった。
森のあちこちから血の臭いや死体があったことから他の仲間の仕業だろう。
約束の集合場所である岩場に近づくと、レナードの姿が見えた。
こちらに気がつくと他の三人も姿を現す。
少し遅れたはずだが、どうやら待っていてくれたようだ。
「遅かったな。苦戦したか?」
ゆっくりとした歩みで近づくと、早速お出迎えの言葉が。
「スノウのことだからどうせしつこく付き合わせたんでしょ」
「ガッハッハ。敵さんには少し同情しちまうな!!」
「ンフフ」
散々な良い様に返事をする気力も湧かない。
無視して通り過ぎる。
「満足したか?」
すれ違いざまにレナードがボソリと聞いてくる。
そんなわけがない。
厳しい戦い、命懸けの戦いだった。
死んでもおかしくなかった。
こんなことは頭のおかしな奴がすることだ。
「疲れた」
スノウはポツリとそれだけ言って帰路につく。
レナードはニヤリと笑う。
「おーし。俺たちも帰るとするか!!」
彼は見た。
言葉とは裏腹にスノウの横顔は満足げな表情をしていたのを。
しかしそれを指摘することはせず、レナードは仲間と共にウィリアの町へ帰っていく。
歴史には決して残ることのない戦争はこうして幕を閉じた。
しかし山賊達の記憶には恐ろしい砦の戦士の記憶が刻み込まれる。
砦の戦士に手を出すな。
彼らは突然やってきて、我らを滅さんとする暴虐の化身。
砦の戦士に抵抗は無意味。
彼らの通った後には屍と炎のみが残る。
忘れるな、大火の記憶。
語り継げ、死者の記憶。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます