第44話 炎の中で戦士達は踊る
スノウとの戦いで山賊頭目の一人、フレドは逃走の末焼死。
しかしまだ終わりではない。
新手の存在、頭目タイラーの刺客、ベルク兄弟がスノウの前に立ちはだかる。
フレドとは違い強敵の予感を感じさせる相手に、スノウは気を引き締める。
辺りは夜だというのに、炎がまるで昼間のように周囲を照らす。
ベルク兄弟はすでに抜き身の剣を持っている。
すらりとした長身と平均的な体格の二人。
剣はどちらも曲刀。
刀というよりはシミターに近い。
力より技で戦うタイプだと予測する。
体内に魔力を持っていることから、迷界での経験もあるのか。
いずれにしろ厄介な相手。
「こんな所にこれほどの奴がいるとはな……」
「兄者、気を付けろ。手負いの獣ほど厄介と言う」
撫でるような声音。
会話から察するに長身の方が弟で背の低い方が兄のようだ。
「ああ。最初から全力で行こう」
お互いに構え、こちらに迫る。
半身を合わせ、鏡合わせのように見える。
それぞれ利き手が違うようだ。
スノウは警戒して間合いを意識。
ベルク兄弟は交互に攻撃を仕掛けてくる。
息のあった阿吽の呼吸。
こちらが出る隙がない。
直感的に間合いを把握。
眼前に迫った斬撃を剣で受ける。
火花が散り、風が額を撫でた。
一度目の攻防。
ベルク兄弟は一瞬押して、素早く身を引く。
様子見程度の攻撃。
「奇妙な奴だ。素人のようでそうではない。目がいいな」
「兄者、当てた感じ力では押しきれん。正面から受けない方がいい」
たった一度の攻防でそう分析。
この兄弟はそれなりに場数を踏んでいる。
スノウにもわかったことがある。
この兄弟、かなりの人間を殺している。
血を感じさせる殺人剣。
敵を殺すことに特化した剣術。
戦いが長引くことはない。
次で決めてくると予想。
ならばこちらも覚悟を決める。
示し合わせたかのように同時に前へ。
スノウは受けに回れば不利と見てより速く前に出る。
それに対しベルク兄弟は二手に分かれた。
左右からの攻撃。
言葉を発するまでもなく見せた驚くべき連携。
最初の攻撃は罠。
こちらが本命の攻撃だったか。
左右からくる攻撃は上と横からの斬撃。
一方を防げばもう一方はもらってしまう。
別角度からのいやらしい攻撃。
回避不可能の必殺の連携。
刹那の思考。
前に出ろ。押せ、押すんだ。
スノウは自らの心に従い前へ。
狙いは長身の弟。
弟の斬撃を押しながら片方を集中的に攻撃。
「こっ、こいつっ!!」
兄は動揺しながらも当然スノウに追撃。
敵に背を向ける自殺行為。
考えられない行動。
まるで片方だけでも殺すというような気迫。
スノウは背後からの斬撃を前に出ることによって距離を稼ぐ。
それにより兄の斬撃はスノウの背中を浅く斬るに留まった。
背中が焼けるように熱い。
今はまだ痛みはない。
そんなことはどうだっていい。
スノウは弟を集中的に攻める。前に前に、ひたすら攻める。
身体を左右に振りながらの前進。
決して逃さないと、追い詰めるような攻勢。
敵に合流をさせないという意味もある。
兄弟の連携、これがもっともさせてはいけないこと。
とにかく剣を振って後退させる。
弟は必死で猛攻を防ぐ。
敵の背後をとっている兄に期待する防衛。
守りきれればこちらの勝利は絶対。
だが兄の攻撃はことごとく避けられていた。
スノウはまるで背中に目があるかのように背後からの攻撃を避ける。
前進し、左右に動くことでなんとか致命傷を避ける。
これを実現させているのが魔力の存在。
スノウのものではなく敵の魔力、これが仇になった。
敵の魔力を感じることによって攻撃を予測し回避。
身に宿しただけの魔力と、それを扱うことの出来る者の差。
「なっ、何故だ!!」
「兄者!!まだかっ!!」
なぜ当たらない?
敵からすればそう思うのも無理はない。
しかしそれは彼らには一生わからぬこと。
スノウは前方の弟の剣をそれまでにない力で跳ね上げ、顔を上げ頭上で剣を振り回す。
片手だというのにそれは凄まじく速かった。
振り回した剣は背後からの攻撃を弾く。
瞠目するベルク兄だったが、これは偶然ではない。
スノウの人間を超越した感覚がこれを可能とした。
スノウはそのまま前を攻撃。
首を狙った横からの斬撃は吸い込まれるようにベルク弟の首を切断。
さらに後ろへ振り向き斬り返し。
背後にいる兄の体勢が戻る前に攻撃。
返しの斬撃は首の切断には至らなかったが、半ばまで埋まっていた。
「ゴフッ……。おど……うどよ……」
最後まで弟を案じながら倒れる。
ベルク兄は首のない弟の死体を見ながら死んだ。
僅かな間の攻防。だが使用したエネルギーはとてつもなく多い。
スノウは堰を切ったように呼吸する。
背中が今更ながら痛み出す。
「ぐぅっ……、うぅ……」
危ない戦い。あそこで片方を集中狙いしたのは賭けだった。
こちらの動きに対処されれば自分が負ける可能性も大いにあった。
俺は……まだ、弱い。
これだけの敵を倒したとしても慢心してはいけない。
レナードなら、もっと簡単にやってのけたはずだ。
自分の目標とする男を思い浮かべ、歩を前に進める。
まだ山賊との戦争は終わったわけではない。
スノウの魂は未だ燃え続けている。
燃える町の中、出口に向かって進むスノウ。
足取りは重いが、気力は十分。
前方に人影を察知。
今度は一名、魔力持ち。おそらく次なる刺客。
「来たな。待ってたぜ」
そう言うのは槍を持った黒髪の男。
槍の先端は十字。
歳は若そうだが、身体は成熟している。
筋肉の付いたバランスのいい身体。
山賊らしくはない。実戦的な服装から見て雇われた傭兵だろうか。
挑戦的な目つきでこちらを見ている。
「雑魚ばかりで退屈していたんだ。楽しませてくれよ?」
言い終わると同時に槍を構え勝負を挑んでくる。
身体を動かしたくてたまらない様子。
自分に自信があり、好戦的なタイプのようだ。
もちろん受けてたつスノウ。
敵を目の前に疲れは吹き飛び、力が漲る。
構えもせず前進、敵の間合いを図るべく迫る。
「シッ」
素早く伸びてくる槍。
思ったよりも伸びてきた。
避けるために身体が傾ぐ。
スノウは懐に入り込もうとするが、十字の刃が邪魔をする。
恐ろしい速度で手元へと引かれる十字槍がスノウを襲う。
それを地面に横っ飛びすることによって回避。
距離をとって低い体勢を維持し、再び攻撃に出る。
槍使いは懐に入られるのを嫌う。
そしてスノウはそれを狙う。
だが入れない。
目の前の槍使いはそれをさせない。
まず距離の取り方が抜群にうまい。
踊るようなステップで逃げ回る。
そして槍。
この使い方が恐ろしいほど速く、巧みだ。
意思を持った道具のように縦横無尽に暴れる。
何度も柄を掴もうとしたが、それをさせない。
しっかりと両手で持つだけではなく、時にはクルクルと回し、かと思えば鋭い石突による打撃でこちらの勢いを削いでくる。
天性の感覚。
マナに抱いた感覚と似たものを感じた。
強い。いい意味で傭兵らしくない。
自分の実力を試すために修羅の道を歩む類の男か。
血生臭い戦い方ではなく、武芸者気質を感じた。
「強えな、あんた」
スノウがこの男を分析していると、戦いの最中にも関わらず話しかけてきた。
「名前はなんて言うんだ?」
その問いにスノウは答えない。
戦いの最中に会話をするのは好きではなかった。
それにこれから殺し合うというのに名前など知ったところでどうする?
「へっ、まあいいや。俺はサイラス。……あんたに会えて、よかった」
おかしなことを宣ってくるサイラスと名乗る男。
スノウはそれを聞き流すが、サイラスは感動からの感謝の言葉だった。
世の中にはまだまだ強い奴がいる。
それを目の前のこの男は感じさせてくれた。
相対するだけで感じる、この尋常ではない殺意。
その恐怖を顔に出さないように必死で押さえつけていた。
一体どれほどの敵を屠って来たのか、想像もできない。
血に飢えた獣のような威圧感。冷や汗がじっとりと背中を濡らした。
根無草になって長いが、ここまでのやつは見たことがない。
なるほど、これは山賊どもが手こずる訳だ……。
たった一人の相手にここまでやられるとは信じられなかったが、こうして目の前に立っているとそれも頷ける。
疲れも見せずに戦い続ける異常な戦士。
これを倒すには相当な戦力が必要だろう。
付け入る隙はある。
あるにはあるが、そこに飛び込むには勇気がいった。
相手にしたくはないタイプ。
仕切り直して両者向かい合う。
今度はジリジリと距離を詰める両者。
スノウが前に出る。
突き出される槍を今度は避けない。
剣で受け止め、絡みつくように槍を捉える。
サイラスはそれに対応。
完全に捉えられる前に槍を引いて逃げる。
何度かそうやって駆け引きをしながら打ち合う両者。
カッ、カッ、という音が鳴り響く。
互角にも見える両者だが、サイラスは押されていた。
一撃の恐怖、それがサイラスを焦らせる。
守りに入れば一撃で死ぬという恐れ。
防御したとしても槍ごと切断されてしまうだろう。
それだけの腕力の差を武器を通じて感じる。
スノウの地道な攻撃は相手を威圧するのに十分だった。
こいつ……っ、こんな地味なこともできんのか……っ!
始めの猪のような突撃とは違い、丁寧な攻めを見せるスノウ。
平常時のサイラスならば、冷静に対処することができたかもしれない。
だが、命をかけた戦いではそうはいかない。
命を奪わんとする相手からの激情、それによって恐怖や焦りが生まれ、動きが鈍くなる。
上にいるときは気にもしないが、下にいるとそれが重くのしかかる。
サイラスという男に天才ゆえに今まで感じることのなかった感情が襲う。
「はああああああああ!!!!」
サイラスは裂帛の声を上げ、五月雨突きを放つ。
必死の表情、彼が滅多にすることのない表情。
逃げたい一心からくる攻撃だった。
突然の猛攻に距離をとるスノウ。
敵の意図を計りかねていた。
サイラスも後退し、十分な距離をとる。
襲ってこないスノウを見て大きく息をつく。
彼は気づかなかったが身体が、息が震えていた。
「なあ!!あんた砦から来たんだって!?」
再びの問いに小さく頷くスノウ。
この程度ならすぐにわかることだ。
「そこには、あんたみたいな強え奴がうじゃうじゃいんのか?」
「……俺なんて、下の方だ。もっと強い奴だっている」
答えるか迷ったが、サイラスの真剣な目つきを見て思わず答えてしまった。
時間稼ぎの可能性もあったが、おそらく違う。
この男は汚い手は使わない、そう確信していた。
サイラスは上を見上げ、自らの震える手にようやく気が付く。
震える拳を握りしめ、恐怖を振り払う。
「俺の負けだな……。身体がブルっちまった……。情けねえ……」
俯いた顔を上げると、元の挑戦的な目の輝きを取り戻している。
「ハッ!どうやら俺もまだまだみてえだな!」
サイラスはそう言うと炎に向かって走り出した。
「あばよ!次会ったときは名前を聞かせてくれよな!」
高跳び棒のように槍を使い炎を飛び越えるサイラス。
スノウはそれを呆然と見送ることしかできない。
奇妙な奴だったが、どこか憎めない男、サイラス。
いつの日か彼と再び会うことはあるのだろうか。
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