第43話 燃え上がれ炎

 ならず者達が集まる町で始まった戦争。

 たった五人を相手に多くの山賊が命を落としていった。


 夜の闇に僅かに灯る明かりがスノウを照らす。

 仲間の姿は見えないが、山賊達の様子を見るにやられたということはなさそうだ。


 歩いていると、闇の中から突如姿を現して襲ってくる山賊。

 それを流れるように処理していく。

 無駄に力を入れる必要はない。

 敵の力を利用する。

 多くの人間を殺したことで、より効率的に処理できるように。

 まるで敵の方から死にに来ているような錯覚さえ感じる。


 未だ大勢の山賊達が相手だが、始めのように我先にと押し寄せて囲んでくる動きではなくなった。

 勝てそうだと意気込んでスノウを襲うが、あと一押しが決まらず死んでいく仲間。

 多くの戦いと犠牲の中で彼らはこの相手を殺すことはできないと、ようやく理解し始める。

 自然と実力のない者は息を潜め、こちらを遠巻きに伺う。

 直接戦いを挑んでくるわけではないが、ハイエナのようにチャンスを待つ。


 スノウに挑みかかってくるのは彼ら山賊達の中でも腕に自信のある男たちになっていた。

 敵のレベルが一段階上がり、簡単に倒せるわけではなくなる。

 力に秀でた者、初見殺しの癖技を使う者、技を使う者、と様々。

 それでも一対一ならばこちらが圧倒できる。

 だが相手が二人、三人となるとこちらも少し考えて戦う必要があった。


 さらに周囲から時折放たれる矢。

 油断していると見ると攻撃してくる。

 今まさに放たれた矢をスノウは掴み取った。

 研ぎ澄まされた感覚。

 常人にはできない芸当を容易くこなす。


 スノウに逃げるつもりはない。

 挑んでくるのなら皆殺しにする覚悟。

 最初はそうではなかった。逃げることも考えていた。

 敵の戦力と自分の力を冷静に見ると圧倒的にこちらが不利。

 物量で責められると危険。

 しかしそれを乗り越えると話は変わってくる。

 勝ちの目が出てくる。


 暗い町の中を歩くスノウ。

 彼の通った跡には死体のみ。



 前方で火が次々と焚かれ、浮かび上がる人影。

 多くの人間がスノウを狙って弓を向ける。


 「動くな!武器を捨てて投降しろ!そうすれば命だけは助けてやる!」


 そう呼びかけてくるのは頭目の一人、フレド。


 「この町にはもうお前しか残ってねえぞ!お前は仲間に見捨てられたんだよ!」


 そんなことはわかっている。

 こちらがなぜ戦争を仕掛けたのか、説明したとしてもその理由を理解できるはずもない。

 必死に投降を訴えてくるフレドが少し滑稽だった。


 「お前が誰だかは知らん……。だがもう十分だろう?諦めろ……」


 願望の入り混じった言葉。

 もう終わりにしたいというのは本当のことだろう。

 だが命を助けるというのは嘘。

 スノウには遠くからでもフレドの顔がよく見える。

 こちらを睨みつける目。

 必ず息の根を止めてやるという目だ。


 火に照らされた町を進むスノウ。

 フレドはそれを心底理解できないという顔。


 「何故だ……。何故戦う……?何がお前をそこまで駆り立てる……!俺たちに何の恨みがあるんだ……!」


 フレドにとって戦うことは生きるための手段。

 相手を出し抜き、蹴落として、簒奪する。そのために時には戦うこともある。

 しかし可能ならば避ける。

 当然だ。死んでしまえば何も残らない。

 リスクにリターンが見合わない。

 暴力は最後の手段。それが常識。


 スノウも生きるために戦っている。

 自身も命懸けの戦闘は怖い。

 なのに何故戦うのか、はっきりしたことは自分でもよくわかっていない。

 わかっているのは、心が、魂がそれを求めているから。

 それだけははっきりとわかる。

 現に今、スノウの心は満ちている。

 狂おしいほどまでに生を実感している。


 引くつもりのないスノウに、フレドは部下に攻撃の指示を出す。

 自らの組織の部下。

 集められるだけの数を集めた。


 彼にも怒りがあった。

 はらわたが煮え繰り返るほどの怒り。

 今更引き下がることはできない。


 スノウに向けて一斉に矢が放たれる。

 横に走り、小さな小屋の中に飛び込む。

 この雑多な町、遮蔽は多い。


 「見ろ!奴だって無敵じゃねえ!矢が怖いんだ!」


 フレドの言い分は正しい。

 あれだけの矢が当たればスノウとて死ぬ。


 降り注ぐ矢の中、スノウは敵の配置を確認。

 屋上に射手、そしてフレドを守るように固める山賊兵。

 槍を持った兵が並び、盾と片手剣を持った護衛がフレドを守る。

 これまでと違い組織力を感じさせる相手。

 どこから崩すか。

 戦略を素早く練るスノウ。

 

 屋内から移動、遮蔽を使いながら近づいていく。

 斉射が来るが、連続では来ない。

 練度が低く、段々と疎らになっていく。


 「射てっ!!殺せっ!!」


 まず狙うは弓兵。

 屋根に駆け上がり迫る。

 弓兵は暗がりから近づいてくるスノウに手も足も出ず地に落ちる。


 広範囲に配置された弓兵だが、夜の闇がスノウを味方した。

 姿を消したスノウを目で追えず、次々と死んでいく弓兵。

 離れた場所にいた弓兵は凄まじいスピードで投擲された短剣に気づくことができない。

 額に短剣が刺さったまま、絶命し落ちていく弓兵。

 衝撃で松明を落とし、火がついた。


 火は木製の足場や建物をゆっくりと燃やしていく。

 だが他の者は戦闘に夢中で余裕がなく気づけない。

 延焼対策や、消火をする者などいない。


 粗方弓兵を処理したところで一度姿を消す。

 フレドを横から狙う。

 スノウは罠を警戒していたが、同士討ちを避けるためか罠が見られない。


 「動くな!!奴はまだ生きてるぞ!!」


 及び腰の部下を叱咤するフレド。

 スノウはその隊列を崩すように横から仕掛ける。

 槍兵は正面には強いが、横からは弱いと見てのこと。

 襲ってくるスノウに気付いて慌てて方向転換するが、間に合わない。

 混乱している隊列に突っ込み、かき乱す。

 矛先をかちあげて一人を斬り捨てる。

 槍兵は味方を気にしてかうまく動けていない。

 向けられる槍を掴み、切り落として圧倒。

 転がる死体の数が増えていく。


 いつの間にか火は燃え広がり、明るくなった町。


 盾を構え怯えた表情の部下と守られているフレドがよく見える。


 「この……化け物め……!」

 

 フレドから口を突いて出る言葉。


 目の前の敵は身体に矢が刺さり、傷を負い、ボロボロな状態。

 今にも死にそうな見た目。

 だというのに妙な迫力と引力。

 恐ろしい敵に吸い寄せられるように目が離せないでいる。

 フレド達はこの目の前にいるたった一人の男に気圧されていた。



 スノウとフレドの様子を上から見物しているのはこの町の王、タイラー。

 彼は勢いの増す火の手に気付き逃げる準備をしていた。

 その原因となった男を苦々しい顔で眺める。


 異常な男だ。

 これは個人の有していい力ではない。

 認められるわけがない。

 たった五人に我らが敗北を喫したなどとは。


 タイラーの知る限り、どんな英雄でも数の暴力には勝てないものだ。

 それをあんな誰とも知れない若造が成そうとしている事実。


 タイラーは後ろに控えている傭兵達に指示を出す。


 「準備しろ。フレドの奴は死んでも構わん」


 その言葉に数人の傭兵達が動き出す。

 高い金で雇っている傭兵。

 いずれも頭ひとつ抜けた実力者。

 砦の兵士を倒せるのならばもはや彼らしかいない。


 「ダズ、お前は私を守れ」

 「へい」


 タイラーは大男を一人連れ、部屋を後にする。



 相対するスノウとフレド。

 護衛の男が先走る。


 「う、うおおおおおお」

 「っ!!待てっ!!」


 勇気からくるものではない。恐怖から動かされた男。

 フレドの静止も届かず前に出る。


 スノウは剣を避け盾側へと回る。

 攻撃を仕掛けるフェイント。

 思わず盾で防御してしまう敵。

 視界の遮られた所で低く屈んで足を斬りつける。


 盾があると思わずそれに頼ってしまうものだ。

 相手の心理を突いた攻撃。


 仲間が一人やられると、それに釣られ距離を詰めてくる護衛達。

 助けようと思ってのことだろうが、もう遅い。

 倒れたところにとどめを刺す。


 「死ねぇ!!このバケモンがぁ!!」


 盾で圧をかけてくるが、正面からは相手にせず横から攻める。

 押し付けられる盾に手をかけ、無理矢理引き剥がす。

 盾を捨て剣で応戦してくるが、そうなってはこちらには勝てない。

 剣を弾き袈裟斬り。


 あっという間に二人やられ、遂に護衛が逃げ出した。


 「逃げるんじゃねぇ!!戦わねぇか!!」


 フレドが必死に呼びかけるが、彼らも心の底から忠実なわけではない。

 フレドの金と権力、力をあてにした見せかけだけの忠誠。

 自分の命があってこその忠誠。

 誰だって負ける戦いは避けたかった。


 火の手は勢いを増し、隠れていた山賊達も右往左往。

 次々と炙り出され、逃走していく。


 残ったのはスノウとフレド、その二人。

 ゆっくりと歩いて迫るスノウに、フレドは知らずと後退り。


 「お前は戦わないのか。口だけだな」

 「クッ……、この野郎……!」


 フレドは反抗の言葉を口にする。

 だがそう言いながらも目は周囲を探り、生き延びる手立てを考えている。


 見せかけの言葉、見せかけの態度、そして見せかけの味方。

 この男は薄っぺらい。

 嘘で塗り固められた男。


 「逃げるなよ」

 「くるなああああああ!!」


 喚くだけで向かってこないフレドに苛立ち、さっさと終わらせようとスノウが近づく。

 だがそこでスノウの足が止まる。

 背後に新手の気配。


 「べ、ベルク兄弟!!」


 フレドの歓喜の叫び。

 助かったという声音。

 強力な援軍だろうか。


 振り向くスノウ。

 フレドを逃さないように注意を払う。


 しかしフレドの意に反してベルク兄弟と言われた二人はこちらに近寄ってくる気配がない。

 ただこちらを見ているだけ。

 まるで早く終わるのを待っているかのよう。


 「な、なあ……。叔父貴に言われて来たんだろ……?早く助けてくれ……」


 フレドが確認するが、何の応答もない。


 「嘘だ……、嘘だっ!!くそうっ!!ちくしょう!!」


 フレドは信じたくないという様子。

 彼らは自分を助けない。

 つまりタイラーはフレドを見捨てた。


 ベルク兄弟はスノウに用がある。

 そして邪魔者は一人だけ。


 スノウはフレドに向き直る。

 みっともなく涙を流しているフレド。

 その顔には絶望があった。


 「何でだ……?なんでこうなる……?お前のせいだ……。お前が!!」


 ようやく剣を抜き挑んでくる。

 強い憎しみを感じる目。

 己の不幸は全てスノウが原因だとでも言うような視線。


 スノウは攻撃を避けず敢えて受ける。

 後に控えたベルク兄弟に手の内を晒さないように動いていた。


 剣を受けた感じ、フレドは弱くはない。

 だがスノウには及ぶはずもない。

 たった一撃で飛ばされ、後退するフレド。


 勝てない。


 その言葉がフレドを支配した。


 逃げ道を探すフレド。

 炎に囲まれた場所。逃げ道はない。

 だが弱気な心が、本来なら到底いけるはずのない場所に光明を見出す。

 偽りの光明。死へ至る道。


 フレドは僅かに炎が弱いところを突破しようと飛び込む。

 最後の望みをかけた逃走。

 この男の本質。


 そこに燃え上がる炎。

 焼けた木材が倒れ、押しつぶされるフレド。


 「ぎ、ギャアアアアア!!!!」


 炎の中から聞こえる断末魔の声。


 フレドは炎に身を焼かれ、最期を迎えた。

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