第42話 敵を焼く火

 レナードによる度重なる挑発、山賊達は遂にその怒りをスノウ達に向ける。


 「殺せええええええええ!!!!!」


 山賊の一人が背中を向けたレナードに絶叫と共に攻撃。

 レナードは背中に目があるかのようにその攻撃を避け、スルスルと敵の間を縫っていく。

 敵の注目を集める中、跳躍。未だ抜刀はしていない。

 軽い身のこなしで複数の山賊を足場にして高いところへ登り、かかってこいと挑発。

 対抗して登る山賊たちを蹴落とし、ダメージを与えたところで別の高所へ。

 そうやって器用にこの密集した建物の間を渡り歩き、適当に敵を釣る。

 山賊達はムキになって彼を追おうと躍起になった。


 こういう場合敵の勢いを削いではいけない。

 勝てないと分かると諦めてしまうからだ。

 狩る側の時は相手は周りが見えなくなり、注意が疎かになる。そこが狙い目。


 ある程度相手が分散したところで、突如反転し、抜刀。

 追うのに必死になっていた山賊達は慌てる間もなく命を散らす。

 何度かそれを続けると、彼らはレナードを諦め、別の獲物のところへ行く。


 気がつけばレナードはいとも容易く山賊達から逃れていた。

 先の広場では未だ部下達が奮闘している。

 それを見下ろし、微笑むレナード。


 この戦争は可愛い部下達のためのもの。自分は目立つつもりはない。

 舞台は整えてやった。あとは主役たちに譲ろう。


 「楽しめ。そして奴らに力を見せつけろ」


 ここで死ぬようならそれまでのこと。

 砦の戦士は一騎当千の強者でなければならない。

 例え化け物と罵られようとも、我らは前に進むのだ。


 ああ、誇りある戦士達よ。その圧倒的な力で、我らの武勇を知らしめろ。

 彼らがもう二度と反抗することのないように。



 絶叫、雄叫び、怒声。

 周囲の山賊達が我先にと武器を手に迫る。

 頭目のタイラーやフレドが敵に埋もれ後退していくのが見えた。


 最初に狙われたレナードが敵の攻撃を避け、人混みに埋もれ視界から消える。

 そうなると当然、敵の注目を浴びるのはスノウ達四人。

 戦闘が始まった段階で、味方同士自然と背中を合わせていた。

 一人ずつそれぞれの方向を担当。 



 司祭が狂喜乱舞しながらメイスを振り回す。

 当初は腰に差すほどの大きさだった得物はすでに背中に背負うほどまでに大きな武具に変わっていた。

 か細い体躯から繰り出される攻撃はその先端がかすっただけでも敵の体を横に動かし戦列を乱す。

 一撃一撃が大きく、重く、速い。

 直撃すれば頭は果実のように弾け、身体は内臓が破裂。

 運が良ければ即死し、運が悪ければ自らの潰れた手足を見てショック死してしまう。


 「アハ、アハハ、アハハハハ」


 狂気の笑い声を上げながら、傷を負いながらも多勢に怯むことなく猛撃する姿は敵に畏怖と恐怖を与え、相手にしたくないと思わせた。


 「んふ。あれぇ?どこですかぁ?」


 周囲から敵の姿が消えたのに気づいた司祭。

 血の滴るメイスを引き摺りながら歩き出す。

 彼は新たな供物を探して森の中へ消えていった。



 グレイグは短剣を投擲して敵を牽制。

 投擲された短剣は敵の喉を正確に穿った。

 直剣はまだ抜いていない。

 密集した空間ではやりずらいと感じた彼は両手でそれぞれ短剣を逆手に持ち、二刀の構え。

 周りの環境を利用しながら華麗に立ち回る。

 囲まれた時は襲ってきた敵を肉の盾にし、相手が躊躇っている隙に包囲を突破。

 身体に隠している短剣は非常に多いが、まだ夜は長い。

 時には死んだ敵の武器を拾い投擲し再利用。手持ちの消耗を抑える。


 町を抜けた彼は森の中に身を隠す。

 闇の中で獲物を捕捉し、各個撃破していく暗殺スタイルに切り替える。

 静かに、正確に、確実に。

 それが彼のやり方だった。



 小柄で華奢なマナは敵からすると弱そうと見えたのか、向かってくる敵も多い。

 彼女は開幕抜刀し横長に空中を一閃。刃筋は青白い軌跡を描く。

 速い動作のせいで外套がずれ顔が露わになる。

 頭の後ろで結った長髪が跳ねた。


 「女だ!!女がいるぞお!!!」


 喜色を浮かべ迫る男達。

 彼らからすれば女とは虐げる者。

 幼さの残る整った顔立ちのマナを我先にと物にしようとする。


 「!!!!」


 しかし何かが彼らを阻む。

 突然切断される身体、首。先走った男達の異様な死体が転がる。

 男達は急停止。原因を探る。

 手に持った武器をそっと前に出すと空中で何かに当たり弾かれる。


 「……?」


 息を飲み冷や汗を流す山賊達。

 理解できない何かが目の前にあった。


 彼らには知る由のないことだったが、マナが空中に一閃した時に発した青白い軌跡は魔力を含んで空中に滞留し続けていた。

 それが見えない物体となって刃を受け止め、肉を刻む。

 魔力を知覚できない敵には無類の強さを発揮する超絶技巧。


 崩月流秘技、白波一閃。


 斬撃が白波のようにその場に残ることから名付けられた技。

 崩月流の真髄はその技術だけにあらず。

 剣の技と己の魔、それにその両方を受け止めることのできる魔道具としての性質を持つ武具が揃って初めて真価を発揮する。

 魔力を用いた技は崩月流の免許皆伝かつ直系、もしくはそれに値するとされたもののみに口伝される秘匿。

 その技が今世では初めて人前に披露された。


 彼女の刀による軌跡は美しく、そして力強い。

 魔力を持たない敵には知覚不可能な攻撃は敵を寄せ付けず、終始圧倒。

 狩るものから狩られるものへ。

 逃げ出す敵をこちらから猛追し、仕留めていく。


 「ちょっと早かったかな……」


 過剰に敵を恐れさせてしまったことで向こうから来てくれなくなってしまったと反省。

 放たれた矢を避けながらどうするか思考する。


 背後の町中では未だ喧騒が聞こえる。

 誰が原因なのかはわかっていた。

 スノウだ。

 助けに行くべきか。


 「うーん……」

 「くっ、来るなあっ!!」


 矢を放った男に駆け寄り斬り込む。

 背中を向け倒れる敵。

 すでに今処した男のことは頭の中にはない。


 止めとこう。


 レナードは一人で行った。ということはそうしろと言っているようなもの。

 それに横取りは良くない。

 スノウのことだ、きっと自分でなんとかしたいと思うだろう。

 彼女よりも強いスノウに山賊達が勝てる道理はない。

 マナはそう考え、一人森の中へ入り狩りを続ける。


 スノウの強さは彼女が一番よく知っていた。

 


 目の前にいる山賊達の一人にこちらから飛びかかる。

 スノウは押される前にこちらから押す判断。

 トドメを刺そうとするが、周囲からの反撃で止む無く飛び退く。


 動きを止めるとやられる、そう考えて周囲に目を走らせる。

 山賊達は統一感のない装備。しかしそれだけに手に持った武器の種類は多い。

 人が密集した窮屈な空間では敵も思うように武器を振り回せない。

 必然的に攻撃は突きか縦に振り下ろす剣戟に。

 スノウは剣を大振り振り回して、こちらに近づけさせないようなポーズをとる。


 だがそれがまずかった。

 消極的な行動は敵からすれば弱気に捉えられ狙い目にされる。

 他の三人から人が流れ、集まってくる。


 山賊の一人が背後から突撃、その攻撃を脇で抱え片手で首筋に刃を当てる。

 敵は首から血を流しながらも逆にこちらに掴みかかる。


 「ごろぜぇっ!!」


 執念からくる叫び。

 ただでは死なないという気迫。

 死力を尽くした物凄い力。振り解くのに手間取る。

 命懸けの拘束にチャンスと見たか突撃してくる山賊達。

 力で無理矢理攻撃を捌こうとするが、全てとはいかない。

 死角からの攻撃に気付けず、刺突をくらう。


 激痛に振り向くと歓喜の表情を浮かべた敵の顔が。

 やってやったぞ、という顔。


 敵の攻撃は骨に阻まれ浅めに刺さる。

 致命傷ではないが痛いものは痛い。

 怒りがスノウを支配する。


 全てを放り捨て、一瞬の間でその男の顔を片手で掴む。

 そのまま短距離を疾走、周りからの攻撃されるが、それを厭わず掴んだ顔面を柱に叩きつけた。


 「アガッ!!」


 顔の穴という穴から血が噴き出る。男はおそらく絶命。

 手を通して頭蓋が軋んだのがわかった。

 衝撃で木製の柱が折れ、屋根がぐらつく。


 敵が再び迫る中、スノウは別の柱を揺らす。

 屋根が崩れ落ち、山賊達は崩壊に巻き込まれる。

 命を奪うほどではないが、時間稼ぎには十分。


 怯んだ敵中に飛び込み、力任せに暴れる。

 少なくない傷を負うが、包囲を無理矢理突破。

 このままではまずいと考え、場所を移動する。


 思考を加速させ、どうすれば乗り切れるか冷静に考える。


 どれだけ敵が多くても一度に相手するのは四、五人ってとこだ。

 それならこちらに有利な場所、細い路地のような場所で戦えば勝てる。


 スノウは動き続けながら後ろにいる敵の数を確認。

 少ないと見たら反転、わずかな間に敵を片付ける。

 他の敵が追いついてくると再び逃走、そして反転、それを繰り返す。

 だがとにかく数が多い。

 どこからこんな大勢が出てくるのか。


 「こっちだ!!上にいるぞ!!」

 「おう!!」


 町の中を走るスノウを山賊達が追う。

 彼らにしてみれば、スノウは恐るべき相手ではない。

 少なくない傷も負っている、まさに勝てる相手。

 声を掛け合い、逐一場所を報告する。

 彼らはまるで目の前に人参を吊り下げられた馬のようにやる気を出していた。


 自分たちが有利と見ると、彼らは頭を使い出す。

 待ち伏せして弓を射ったり、罠を仕掛け出す。


 弓はさほど問題ではないスノウだったが、投網は避けきれなかった。

 投擲された網を斬ろうとするが、すでに血糊でべったりの剣は斬れ味がない。

 動きが制限され、それをチャンスと見た敵達がスノウを殺さんと迫る。


 「死ぃねえええええ!!!!」


 不幸なことにその時放たれた矢が刺さり、その衝撃で息が止まる。

 振りかぶる敵。

 スノウは剣を両手で握り、網を被ったまま無理矢理刺突。

 転びながらも相手を刺す。


 剣を刺している男が発狂して暴れ回り、スノウの頭を引っ掻く。


 「ぐうううううう」


 剣を捻りトドメを刺そうとするが、なかなか死なない男。

 スノウは剣を離し腰の短剣を抜く。

 獣のような咆哮を上げながら敵を滅多刺しにして殺す。

 

 そこに群がった山賊達は仲間を助けようとスノウを激しく殴打。

 スノウは身体を丸め耐えるしかない。


 「へ、へへ。やったぜ」


 動きを止めたスノウに虫の息だと勘違いした。

 剣を叩きつけた者もいたが、刃はボロボロで裂傷を与えることはできていない。


 スノウは驚くほど冷静に、そしてこっそり身体の内側に抱えて見えないようにしていた縄を短剣で切る。

 そして死んだことを確認するために敵が近づいたところで、突然起き上がり縄から抜け出す。


 自由になった身体。眼前の敵を睨むスノウ。

 目の前の男が気圧されたように後退。


 「死ね」


 一瞬で男に迫り、短剣で喉元を刺す。

 怯えた目で何かを言いながら男は死んだ。


 遠巻きにスノウを伺う山賊達。

 スノウはそれを見ながら短剣をしまい、剣を拾う。

 血糊がベッタリとついた刃を死体の布で拭う。


 息が苦しい、身体中が痛い、もう嫌だ。


 息荒く立ち尽くす。

 なぜ毎回のごとく後悔しているのに戦ってしまうのか、俺は。


 「腰抜けどもが!!俺がやってやる!!」


 また一人挑戦者が。

 大きなナタのような武器を持った大柄な男。

 鼻息荒く得物を振り回す。


 「うおっ!!」


 短剣を投げて怯ませる。気勢を削ぐための攻撃。

 怯んだのを見逃さず斬りかかる。

 防御したが、その上から無理矢理叩く。


 「あっ、あっ……」


 力で押さえつけられ、刃はすでに身体に埋まっている。

 信じられないようなものを見る目でこちらを見る男。

 崩れ落ちる男を冷めた目で見下ろす。


 もう何人殺したか。

 数を数える暇もない。


 痛みと苦しみで身体が悲鳴をあげる。

 だというのに身体は次の戦いに備えている。

 

 「足りねえ……。足りねえよ……」


 満たされない。

 まだ、心が満ちない。


 スノウは一人嘆く。


 すでにボロボロのスノウ。

 山賊達も追い詰められていた。

 しかし彼らのズタズタになったプライドが、そして傷を負ったスノウが戦いをやめさせなかった。

 あと少し、あと少しでこいつを殺せる。

 それが彼らを誘う。


 山賊達はせめて一矢報いてやりたいと、一人の男に戦力を集中させ始めていた。

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