第41話 悪党の流儀
ならず者の町に乗り込んだスノウ達。
そこでコバルトという以前砦にいた男に正体をバラされる。
大勢の山賊達に囲まれる中、この町一番の権力者タイラーとレナードの会談が始まった。
「……それで、我々にどうして欲しいんだね?」
先ずそう切り出すタイラー。
彼は若い者にありがちな暴力だけで全てを解決するような馬鹿ではない。
損得を考え、時には譲歩だってする。
暴力は最後の手段だ。
ただしその時はいかなる残忍なことも厭わない。
「実はな……」
レナードは一度そこで切って勿体ぶる。
「フリオ商会と一緒に向こうからこっちへ来る時、お前らの手の者に襲われたんだ。これはどういうことだ?」
山賊に襲われたと主張するレナード。
そしてそれはお前の責任だと言っている。
「……私の知らぬことだ。それは本当か?」
「俺が嘘を吐いてるって言うのか?あ?」
否定するタイラーに対して今にも怒りそうなレナード。
実際にその山賊とやり合ったスノウから言わせればタイラーは知らないのも仕方のないことだろう。
彼にこの山の山賊全てを管理しろというのも無理な話。
それにあの山賊共は後先考えずに行動しようとしていた節がある。
「それが事実だとするならば……、一部の者が、暴走してやったことだ……。私の関与するところではない……。我らは約定を破ってはいない……」
「いないだと?それを判断するのはお前らじゃない、俺たちだ。現に俺らは襲われてんだぞ!」
約定。またこの言葉が出た。
やはり砦と山賊の間にはなんらかの約束事があった。
話から察するにこちらの者を襲わないだとかそういったものだろう。
「どうしろと言うのだ……。金か?いくら欲しい?」
「……金だと!?俺たちが金に困っているように見えるか!?山賊風情が偉そうにしやがって……」
段々とヒートアップしてくるレナード。
これが演技だと言うのだからこの男は恐ろしい。
見ているこちらの方がハラハラしてきた。
「……俺が欲しいのは首だよ。お前ら頭目全員の首だ。それで許してやる」
「無茶苦茶だ……」
通るはずのない要求に呆れて呟く。
話が通じる相手ではないとでも思っているのか。
「無茶苦茶だぁ?お前らも今まで散々無茶苦茶やってきてんだろうがぁ!!」
それを聞き逃さずにキレ出すレナード。
拳を机に叩きつける。
場はまさに一触即発。
周囲から射殺すような視線が突き刺さる。
「なんだぁ?その目は?俺が何か気に触るようなこと言ったか?」
周囲の視線を他所にタイラーを煽るレナード。
「なぁ?」とスノウ達に顔を向けて同意を求めてくる。
目を逸らしたかったが、そうできない雰囲気だった。
完全に悪党のやり方だ。
これではどちらが反社会的勢力なのか分かったものではない。
「チッ、気に入らねえ野郎だ。スカしやがって……。猿山の大将気取りがよ」
わざと大きく舌打ちをしてタイラーを煽りまくる。
タイラーはわかっているのか苦々しい顔だ。
それを止めないのは相手の目的を図りかねているのか。
まさかこの人数で全ての山賊相手に戦争を仕掛けに来たなどとは夢にも思うまい。
彼らの常識ならばそれは自殺行為だからだ。
彼らの頭は耐えているものの、周囲はそうではない。
なぜこいつらを殺さないのか、なぜ言われたままなのか、という声が聞こえてくるよう。
「ん?なんだ?」
全員の注目を一身に浴びているレナードはそんなことを今気づいた、という風にわざとらしく驚く。
「おいおい、これじゃあ俺が弱いものイジメをしているみたいじゃねえか」
「違うよな?」と相対するタイラーに確認。
それさえもわざとらしく、相手の神経を逆撫でしてくるのを忘れない。
タイラーは頭の中で必死に考えていた。
見えすいた挑発だが、目的がわからない。
自分の命を狙っているにしては遅すぎる。機会はいくらでもあったはず。
金が欲しいのかと聞けばそうでもない。
通らないとわかっているのにする要求、金も権力にも興味がない男。
これだから砦の連中は嫌いだ。
人間味がない。
力を持ちながらそれを行使しようとしないのは理解できない。
ここまで言われてはごろつき共も黙ってられないだろう。
殺し合いになればこの命知らずの若造に勝てるか?
ここにいる奴らは馬鹿ばかりだが、腕っぷしだけはある。
中には傭兵として名を馳せたの者だっている。
この人数なら犠牲は出るにしても勝てるはずだ。
となればその後だ。
こいつらに勝てば今まで目の上のたんこぶだった砦の連中に対して有利に働くかもしれない。
こんなしみったれた森の中ではなく、合法的に明るい場所で贅沢な暮らしができるかもしれない。
『強欲』の名を持つこの男は理想の未来を想像する。
人は物事を自分に都合の良いように考えてしまうものだ。
レナードは相手がもはや引き返せない所まで罠にかかっていることを確信。
あとは軽く背中を押してあげるだけ。
「これを見ろよ。良いモンだろ?ブランドンって男が俺のために打ってくれた剣だ」
敢えて腰の長剣を見せびらかすように掲げて見せると、周囲がざわめく。
危険な行為だったが、意外にも咎められなかった。
ブラントンという名前の価値はスノウが思っている以上に重い。
彼は自分の作品に銘をつけたりはしない。
癖や特徴もわざとコロコロと変え、見分けるのは至難の技だ。そのため市場には偽物が数多く出回っている。
彼の真贋を見分ける方法はその作品、つまり武具そのものの価値や品質を理解できないとわからない。
そしてそれをできるものは武具を使いこなせる一流の武芸者ということ。
この長剣がもし本物というならば手に入れるためにいくらでも金を出すという者は多い。
周囲の山賊達は食い入るようにその長剣に見入る。
手に入れれば一生遊んで暮らせるだけの大金が手に入るかもしれない。
「やめろ……!!やめるんだ!!」
ここで声を上げる一人の男。
コバルトだけは挑発に流されずに必死になって訴える。
「だめだ……!!いつも言っているだろう!!こいつらに手を出すな!!」
実は砦との間に密約があるということは常々言われていた。
そのことを教える役目を負っているのは七人の頭目たち。
月に一度砦に向かう行商に手を出さないこと、それ以外ならいい。それこそが辺境伯と山賊達の間で取り決められた約定。
この約定が守られている限り、辺境伯は山賊の存在を認める。
だが彼らはその古い取り決めを守っているとは言えなかった。
しばしば行商は襲われ、その度に撃退していた。
今までその違反を見逃していたのは辺境伯が気にかけていなかっただけにすぎない。
約定の他にもう一つ言われていることがある。
それは砦の兵士に手を出すなということ。
一人一人が恐るべき強さを持った戦士。
彼らの矛先がこちらに向けば、不幸な事になるだろう。
だが彼らがその本当の意味を知っているかと言われればそうではない。
砦の兵士たちは閉じこもってばかりで外には出てこないからである。
彼らからしてみれば、そこまで強いのならもっと贅沢に暮らすはずだ、と考えてしまう。
所詮彼らは山賊、たとえ頭が良くても国の事情までは知る術もなかった。
コバルトの必死の訴えも虚しく、誰も彼の言うことを聞こうとはしない。
彼は頭目の一人だが、頭目の中でもまた序列がある。
そしてここには序列一位であるタイラーがいた。
山賊達は彼の号令を待つばかり。
すでに両者の対立は引き返せない所まで来ていた。
「頼む……、やめてくれ……」
「コバルトの兄貴はビビってんのか」
「そうだ!ここまで言われて黙ってられるか!」
「腰抜けが。見損なったぜ」
山賊達は口々にコバルトを罵る。
舐められたら終わり。
それが悪党の掟。
タイラーもそれに周囲の意見に同調する。
ここは彼の王国。
目の前の男達を無傷で返してしまっては自身の立場も危うくなることは必定。
敵とこちらの数を比較しても、普通に考えれば勝てる勝負。
敵がいくら強いとはいえ、人間なのだ。
搦手で相手を消耗させてしまえば十分に殺せる。
個人では軍隊には勝てない。
誰だってわかること。
レナードは機運の高まりを感じ席を立つ。
周りが身構えるがそれを無視し、スノウ達の方に振り返る。
敵に背を向ける行為。だが彼は余裕の表情。
「今日、最初こいつらと会った所、わかるな?そこで明日の昼まで待つ。それまで各自掃除の時間だ。遠慮はいらねえ」
レナードの目は輝きに満ち溢れ戦意が漲っている。
おそらく自分もそんな目をしているのだろうとスノウは思った。
レナードが言っているのはすきっ歯に出会った廃墟前の岩場だろう。
明日の昼まで、そこで彼は待っている。
「マナ。死ぬなよ?」
「はぁ……、努力します」
彼は新人のマナに話しかける。
マナもこんな事態になるのをなんとなく予測していたのか諦め顔。
彼女もすっかり砦流に染まっていると言える。
マナは対人にはめっぽう強いため、スノウはそこまで気にしていなかった。
「よろしい。後は自由にやれ」
スノウは敵を品定めする。
敵は雑魚だけではない。中には魔力を持っている者や武術をやっている動きの者もいる。
特にあのタイラーという男についている護衛たち。
彼らは油断できない相手だ。
決して楽な戦いにはならない予感。
だからだろうか。身体が熱い。
心臓が暴れ出し、吐息が震える。
血が沸騰しそうな程にに滾り、魔力が灼熱の溶岩のようにうねる。
恐怖と興奮が入り乱れ、おかしくなりそうだ。
こういう時、いつも思うことがある。
俺は狂っているのか?
タイラーは周囲にいる山賊達に視線を彷徨わせ、その中でも今にも飛びかかりそうな男に目を合わせる。
その男と目があった時、頷いて目配せする。
手を出してもいいという許可だった。
男は息を大きく吸い込む。
「殺せええええええええ!!!!!」
絶叫し、飛びかかる。
狂乱の宴が、始まった。
*
背後から聞こえる怒声、悲鳴、叫び。
どさくさに紛れて一人逃げ出す男がいた。
この男、コバルトだけは砦の兵士たちの戦う様を目の前で見てきた男。
彼らの異常性、その一端を垣間見た男。
コバルトは走る、ただただ遠くへ。
この場所から少しでも遠くへ。
自分に言い聞かせるように、自らの正しさを信じたくて、心中を口にする。
「勝てるわけがない……!あいつらはっ……!化け物なんだっ……!」
脳裏に浮かぶのは砦での日々。
毎日のように襲ってくる恐ろしい魔物、それを屠っていく強靭な兵士達。
砦に来たばかりの仲間が死んでいくのをただ怯えて見ていることしかできなかった自分。
常人なら死ぬはずの致命傷を笑い飛ばして魔物に挑む姿。
その傷が驚くべき速度で治っていくのを目の前で見た。
何度も、何度も魔物との殺し合いをする兵士。
彼らは死ぬまで戦い続けることを選ぶのだと、なんとなく思った。
狂っている。
あいつらは戦うことに狂っている。
それを助けるかのように身体は変化し、より強力になっていく。
そんなやつに勝てるだろうか……?
「違うんだよ……!!俺たちとは!!!」
彼らは人間ではない、そう口にするのが、なんだか言ってはいけないような気がして、とてつもなく怖かった。
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