第40話 緊急会談

 ウィリアの北にある森を住処とする山賊の討伐任務を受けたスノウ達。

 町の近郊でレナードは一芝居打ち、その際に逃走した下っ端の案内で山賊の拠点、ならず者の町に到着した。


 地図上にも存在しない、隠された町。

 税を徴収されることもない。

 あらゆる非合法なことが許される場所。


 そんなならず者の町は大きな崖に足場があり、高い場所にある岩肌をくり抜いて作った部屋いくつもあるのが特徴的。

 崖下の平地は広くはないが、木で作られた小さな建物がひしめき合い、立体的に空間を使っている。


 この町には奴隷や盗品と思われる品を扱った売買が盛んに行われている。

 男達あちこちで酒を飲み、女を抱き、賭博をし、一部では薬に溺れる者も。

 あちこちで喧嘩が起き、死体も無造作に捨てられている。

 命をかけた決闘に人々は狂ったように金を賭けている。

 ここでは殺し合いでさえも娯楽になっていた。


 彼らにとってはまさに山賊の王国。

 その様子を上から見下ろす男達。

 ゆったりとした椅子に座り、女を侍らせている。

 彼らはこの王国でも上位の者であろう。

 


 そんな町の中を堂々と歩いて進むスノウ達。

 山賊達は見慣れない顔に視線を向けてくるが、グレイグの悪人顔を見て、また新顔がきた、といった視線が多く気にしていない様子。

 絡まれると面倒なので小柄で女のマナは外套を深く被り顔を隠す。


 すれ違いざまにスリの手が伸びてくるが、ウィリアの町と違い遠慮なく殴り倒す。

 鈍い音を立てて男が転がるが、そんな騒ぎも日常茶飯事なのか誰も気に留めない。


 すでに日暮れ近い空の色。

 普通なら皆家に帰り出す頃合いだが、この町の男達はお構いなしに騒いでいる。

 むしろこれからが彼らの時間なのだろう。


 崖下にある広場に到着するスノウ達。

 目の前にある崖の大きな横穴には木でできた門があり、限られた人間しか中に入れない造りになっている。

 先程スノウ達が追っていたすきっ歯がこの門を潜ったのが遠目から見えた。


 「見ない顔だな?新顔か?」


 上から声がしたので見上げると、ベランダからこちらを見る男が。

 岩肌をくり抜いた横穴の丁度二階の位置にある場所で、煙草を片手に手すりにもたれかかりながらこちらを見下ろす。

 撫で付けた黒髪に鋭い目つき。黒い毛皮でできた肩掛けを羽織っている姿がこの男の地位の高さを感じさせる。


 質問に返事を返さないこちら。


 「警戒心が強いのは悪いことじゃねえ。そこそこできるみたいだが、新入りは下積みからが基本だ。それでもいいってんなら歓迎するぜ。……ん?」


 こちらの態度に気を悪くした風もなくそう言ってくる。

 だがそこで逃げ込んだすきっ歯が登場。

 必死の形相で男に訴える。


 「フレドの親分……!!あいつらだ……!あいつらが仲間を殺した……!俺もやられそうに……!」


 そのまま抱きつくのではないかという勢いで男に唾を飛ばすすきっ歯。

 だが男は冷めた目でそれを見つめる。


 「うるせえっ!!てめえが弱えからやられんだっ!!カスがっ!!」


 フレドと呼ばれた男二階から屋内へ姿を消す。

 屋内からは鈍い音がいくつも聞こえ、やがてすきっ歯の許しをこう声は聞こえなくなる。


 「ふー……。悪かったな。話を遮っちまって」


 再び姿を見せたフレド。

 拳をさすりながら息を整えている。


 「だが今の報告に気になることがあったな……。うちの仲間を一人殺したとか」

 「こっちもやられそうになったんでな……。よくあることだ」


 頭として堂々と答えるグレイグ。

 後悔している様子もないのがポイントだろう。


 「確かにな。よくあることだ……。やっちまったもんはしょうがねえ。だが殺されたのはウチの者だ。つまり、ウチにとって大事な……資産……って事になる。なら落とし前はきっちりつけてもらわねぇとなぁ?」


 煙草を持った手をこちらに突きつけて言ってくるフレド。

 死んだ男のことなどどうでも良い癖にこちらに押し付けがましく金銭を要求してくる。

 ずる賢いことに頭の回る男。


 「どうした?フレド」

 「おおコバルト。ちょいとばかしこの新顔相手に正当な要求をしてただけだ」

 「新顔?」


 フレドは屋内の方を向いて男と会話する。

 会話の相手が例の砦から逃亡した男だろう。


 コバルトがベランダから顔を出してこちらを見る。

 肩まである茶髪に少しキザっぽい顔立ち。


 「!!!!」


 コバルトの顔がこちらを見た途端驚愕の表情に変わる。


 「あ、ああ……」

 「どうした?」


 身体を引き攣らせ狼狽えるコバルト。

 彼の視線の先にはレナードがいた。


 「よお!コバルト!久しぶりだな!良いところに住んでるじゃねえか」

 

 レナードは旧友に久しぶりに会ったという感じで話しかける。


 「なんだ?お前の知り合いか……?」

 「う、う……」


 フレドは二人を交互に見比べるがコバルトの反応を見るにどうも悪い意味の知り合いのようだと感づく。


 「……何モンだ?おめえら……。どうやらただの新顔じゃあねえな?」


 フレドから見たコバルトは軟派な男だがその実力は確かなもの。

 口がうまく巧みに相手を騙し、己の力で頭目の地位まで登ってきた男。

 自分と共に何度も危険な目に遭い、窮地をくぐり抜けてきた。

 生半可な事では怯みはしない。

 その男がここまで動揺するとは。

 よっぽど目の前の相手に対して嫌な思い出でもあるのか。

 警戒心がグッと引き上げられる。


 剣呑な雰囲気。

 周囲にいたごろつき共も異変を察知して集まってくる。

 スノウ達を取り囲むようにして威圧し、成り行きを見守る。


 「答えろぉ!!テメエら何モンだぁ!!」


 声を張り上げこちらを萎縮させるように怒鳴るフレド。


 「砦だ……」

 「あん?」

 「騒がしいな。何事だ」


 か細い声で呟くコバルトに聞き返すフレド。

 その時新しい声が聞こえてきた。

 低く威厳のある声。

 ごろつきどもが一斉に道を開ける。


 道の先から男が歩いてくる。

 周りを屈強な護衛で固め、我が物顔で歩く男。

 左右を刈り上げた黒髪に顎髭を生やし、深く皺が刻まれた威厳のある顔。

 半開きのまぶたから覗く鋭い目つきがこちらを睨んでいる。

 黒い毛皮に身を包み、指には大きな宝石のついた指輪がいくつも見える。

 あらゆるところに付けられた装飾品の輝きが男の持つ財力を顕示している。


 「……なんだお前らは?誰の町で騒いでるのか分かってるんだろうな?」


 偉そうな男は護衛を間に挟み早速脅してくる。

 相手を萎縮させるような視線。

 権力のあるもの特有の低く轟くような声。

 見えない圧力がのしかかってくるような気さえする。


 「ああ、お前は知ってるぜ……。『強欲』のタイラーだな」


 レナードがタイラーと呼ぶ男。少し出た腹が年季を感じさせる。


 「ふん……。そう呼ばれていたこともあった気がするな……」

 「叔父貴っ!!こいつら砦のモンだ!!」


 フレドがコバルトから聞き出したのかそう叫ぶ。


 「ほう……。事実かね……?」


 レナードは想像に任せると言った風な仕草をする。


 「……そう言うことなら無碍にするわけにもいかんな。中に入って話をしようじゃないか」

 「いや、話はすぐに済む」


 門の中へ入るように促してくるが、レナードはそれを拒否。

 逃げ場の限られる屋内を嫌ったのか。

 タイラーは少し考えるように顎を撫で付け、護衛の中でも特に体躯の大きい一人に耳打ちをする。

 護衛は近くから椅子と机を持ってきて広場の中心に設置。


 「腰が悪くてね。座って話そう」

 「気が利くねぇ」


 着席を促すタイラー。

 レナードは少し上から目線でそれに応えた。

 足を組んで余裕の表情のレナードに対し、タイラーは半開きの目のまま表情を崩さない。


 スノウ達にも椅子が用意されるが、遠慮しておく。

 殺し合いがいつ始まってもおかしくなかった。


 「二人も降りてこい。いつまでもそこにいるんじゃない。客人に失礼だ」


 タイラーは上から見下ろしている二人もこちらに来させる。

 コバルトの心底嫌そうな表情が印象的だった。


 相対する二名。

 こうして砦と山賊、急遽始まることとなった会談。

 周囲は固唾を飲んでその行方を見守る。

 だがその結末はどう転んでも殺し合いにしかならないことをスノウは知っている。

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