第39話 とっておきを君に

 休暇一日目で、外の世界には馴染めないと気づいたスノウ達。


 休暇二日目の翌朝、約束通り全員がホッファの屋敷の客間に集合していた。

 彼らにはもう楽しみがない。

 やりたいことはやり尽くし、本当に退屈だった。


 「おはよう。よく眠れたか?」


 レナードは挨拶してくるが、誰も寝ていないので返事はない。

 言外に早く仕事の話しを聞きたがっている。


 「昨日はどうだった?ん?」

 「……」


 苦虫を噛み潰したような顔をするスノウ達。

 レナードには彼らの気持ちは痛いほどよく分かっていた。


 「分かってるって。冗談はこれくらいにして、本題に入るか」


 まあまあと、手でスノウ達を制して本題に入る。


 「昨日この町を治めている町長と話したんだがよ。やはり森に居座っている山賊を減らしてくれって内容だった。この所数が増えてきてるみたいだから間引きして躾けてやらにゃあならん」

 「間引くのか。全滅じゃいかんのか?」


 グレイグの疑問も尤もだ。

 わざわざ残すのには理由があるのだろうか。


 「ああ。全滅つっても広範囲に散らばっているから難しい。それに仮に全滅させたところでどうせすぐ新しいのが居着く事になる。それだったらある程度残して恐怖を刷り込んどこうって話しだ」


 ウィリアにも色々と理由があるのだろう。

 山賊の存在はウィリアにとっても利益になる事があるのかもしれない。


 「それは分かったけど、どうやるんだ?森に入って殺して回るとか?」


 正直言って退屈な任務になりそうだと感じていた。

 前に戦った山賊達はお世辞にも強かったとは言えない。

 こちらが五人なら負ける気もしない。


 「それなんだけどよ。俺も考えたんだ……」


 分かってるという風に頷いて考える仕草をするレナード。


 ここでスノウ、強烈に嫌な予感。

 何かを企んでいるレナード。

 こういう時は碌な目に遭わない。

 死ぬほど楽か死ぬほどきついか、ゼロか一かの二択。


 「スノウ。お前ここにくる時山賊とやり合ったよな。どうだった?」

 「どうだったって……、別に……」

 「なんだ?苦戦したのか?」

 「はぁっ?するわけない」


 その時のことを思い返し鼻で笑うスノウ。

 レナードに見られても恥ずかしくない内容だったはずだ。


 「じゃあ、どうなんだ?」

 「だから楽勝だよ」


 分かってる癖にいちいち確認してくるレナードにイラつくスノウ。

 こんなことは言わなくてもわかるはずだ。

 そんなスノウの様子にレナードはニヤリと笑う。

 言質を取った、という顔だ。


 「そうだよな、お前帰ってきた時物足りねえって顔してたもんな?」

 「……してない」

 「してたぜ。なぁ?」


 周りに同意を求めるレナード。


 「してたぞ」


 同意するグレイグ。司祭とマナはうんうんと頷いて肯定。


 「スノウ、すぐ顔に出るもんね」


 子供っぽく不機嫌になるスノウ。

 自分が気がつかなかった事実を指摘されてムキになっていた。


 「ワハハハハハハ!!わーってるって!そんなお前のために俺がとっておきのを考えてやったからよ!!」

 「いやいいよ……」


 笑いながら肩を何度も叩いてそんなことを宣ってくるレナードに、嫌な予感はさらに高まる。


 「おしっ!決まりだ!準備はできてるな?すぐ出るぞっ!できてねえやつはすぐ支度してこい!」


 レナードはそう言って一人で屋敷を出ていく。

 スノウ達は慌てて自室に戻り外套を被って彼を追う。


 ここからはもう退屈な休暇ではない。いつもの日常だ。

 その予感に知らずと胸は高鳴っていた。



 急いでレナードを追いかけるスノウ達。

 南にある正門で彼に合流し、町を出る。

 歩いて彼に着いて行くが、まあまあな速度。

 今は自分たちだけなので、普通の人間の速度に合わせなくていいため楽だ。


 レナードは町を出てからその周辺をぐるりと周り、北の方へ進む。

 森はウィリアの町を囲むように広く続いているが、近いところには入らないようだ。


 ウィリアの中心にある台地の北には人は住んでいない。

 しかし石の土台や壁など、かつて人がここに住んでいたと思われる残骸が残っていた。


 「昔はここ辺りにも人が住んでいたんだがな、山賊共の餌食だよ」


 廃墟を抜けると、岩場が見えてきた。

 大きな岩の間に道が続いている。

 そこに人間の気配がしていた。

 待ち伏せだ。


 「グレイグ、お前が俺たちの頭だ」

 「俺か?まぁいいけどよ……」


 レナードがグレイグに指示を出す。

 それを聞いてピンときた。

 グレイグといえば凶悪な悪人顔。

 ガタイもいいし威圧感もあり相手も疑わないだろう。

 どうやらレナードは悪党として乗り込むつもりらしい。


 門のような岩場に近づくと、視線を感じる。

 影から伺うようにこちらを見ているが、筒抜け。

 敵の数はそこまででもない。三人程度。


 「止まれ!」


 通ろうとすると、姿を表してきてこちらを止める。


 「何しにきた。こっから先がどういう場所かわかってんだろうなぁ!?」


 大声で威圧してくるが、本人は大した事ない。

 痩せたすきっ歯の男。

 槍を持って武装しているが、脅威にはなりえない。 

 後の高い岩陰に身を隠している二人も弓を持っているが、大した腕前でもないだろう。

 苔脅しの虚勢。こいつらは所詮下っ端に過ぎない悪党。

 

 「俺たちは南の方から来たんだ。ちょいとやらかしてな、わかるだろ?」


 レナードがフレンドリーに近づきながら話しかける。

 それをすきっ歯の男が槍で牽制して止める。


 「近づくんじゃねぇ!!」

 「怒るなよ。俺たちゃ見ての通り傭兵でな、ここなら稼げると聞いてやってきたんだ。……お前らんとこにコバルトって男がいるはずだ。そいつはウチの親分に借りがある。会わせてくれ」


 静かに語りかけるレナード。

 すきっ歯は仲間の方を見る。どうすればいいかわからないという様子。

 仲間の一人が降りてきてコソコソと話し合う。

 丸聞こえの内容。


 どうやら知っている名前が出てきたものだから悩んでいる様子。

 レナードが口にしたコバルトという男は彼らの中でもそこそこに偉い人物のようだ。


 「……わかった、通ってもいい。……だがその前に通行料をよこせ!!」


 すきっ歯は当然という態度で要求。

 自分の後ろには山賊達が付いているからこその強気な発言。

 彼らからしてみれば小遣い稼ぎ程度だったのだろう。


 「ああん?」


 しかしそれは悪手。

 彼の目の前にいるのはただの人ではない。


 「舐めてんのか、てめぇ?」


 通行料の要求に、突然態度を豹変させるレナード。

 ガンを飛ばしてメンチを切る。


 「お、俺にいうんじゃねぇ!!これは掟なんだぞ……!」


 レナードにビビりまくるすきっ歯だが、山賊の掟を言い訳にしてくる。

 だが間違いなく多くがこの男の懐に入る事だろう。


 「ふざけんな!!」


 さらにレナードが動く。

 目にも止まらぬ速さで抜剣しすきっ歯の横にいた男の首を刎ねる。

 高所にいたもう一人が慌てて弓を番えようとするが、時すでに遅し。

 死体が一つ出来上がってしまった。


 なんという手の早さであろうか。

 賊になりきっているレナードは躊躇いもなく手を出した。


 「あ、あわわわわ……」


 お手本のように尻餅をついてビビるすきっ歯。

 彼には速すぎて何も見えなかっただろう。


 「お、お前……何したかわかってんのか……?」

 「お前も死ぬか?」

 「ま、待てっ……!待てったら!!」


 慌てて止めるすきっ歯。

 どうやらようやく話が通じる相手ではないと気づいた様子。


 「わかったっ……!俺が会ってくれるか確認をとってくるっ……!だから待ってくれっ……!なっ……?」

 「いつまで待てばいいんだ?」

 「ふ、二日……、いやっ一日でいい!頼む……!」


 すきっ歯必死の懇願。

 だがこれはおそらく一秒でも速くこの場から去りたいだけだろう。


 レナードはわざとグレイグに近づき確認を取る振りをする。


 「……しょうがねえ。急いでくれ」


 すきっ歯は媚びへつらいながら頷くと、一目散に森へ向かって走っていく。

 その時、一瞬だがこちらを見た。

 場を脱した安堵感と、こちらへの殺意が覗く目。

 仲間を呼んでスノウ達を殺してやろうという目。


 「うーし。あいつが案内役だ」


 先程の態度が嘘のように元へ戻るレナード。

 あのすきっ歯が目的地までの案内役ということか。

 なんとも強引な手口だ。


 スノウ達にとってあのすきっ歯を森の中で追うくらいは簡単なこと。

 早速跡をつけて森へ向かう。


 スノウ達が去った後、その場所には首のない死体と、見つかってないと思い込んでいる弓を持って怯えていた男だけが残されていた。



 「そういえばコバルトって奴はなんなんだ?」


 道中、疑問に思っていたことを聞くスノウ。


 「ああ、砦から逃げた奴だ。こういう時のために見逃してやってた」

 「へぇ……。大丈夫なのか?」


 砦から逃げ出す人間はゼロではない。

 だがいずれも死ぬか、表では生きていけない事になる。

 コバルトという男は近くのゴロツキへと身を落としたようだ。

 腐っても砦にいたということはそれなりに戦えそうではある。


 「大したことはねえ。その程度の野郎ってことだ」


 話しながら追跡する。

 森の中は思ったよりも広く、深い。

 すきっ歯は森の中にある道を進んでいる。

 こちらからするとその遅さに辟易していた。


 道中すきっ歯は出会った仲間に敵が来たと訴える。

 それから少ししてスノウ達が現れ、訝しげに見て近づく。

 それにグレイグが前に出て嘘にまみれた事情を説明。

 ついでに銀貨を弾いて渡す。

 すきっ歯に対する態度とは正反対の対応。


 銀貨を渡された山賊は気分良く道を教えてくれる。

 これだけのことで友好的な、気前のいい仲間だと認識され歓迎された。


 森の奥へと進むと、次第に山賊の姿も増えてきた。

 ここまでくると流石に道もわかる。

 人の手が入った建物や看板が見え、その数も多くなってくる。


 やがて見えてくる町並み。

 町というには雑多な集まり。

 ウィリアとは全く別の様相。


 ここは名前のない町。

 この町を支配するのはならず者達。

 彼らを支配するのは悪党の掟。

 掟を決めるのは七人の頭目。


 そしてならず者の町では強者こそが正義。

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