第34話 牙を剥く生き餌
八足と名付けられた魔物を狩るために討伐隊が組まれた。
その内の一人であるスノウは仲間と共に迷界へと向かう。
危険な任務であることに変わりはないが、迷界に入るまでの道中は気楽な雰囲気。
八足が迷界の出入り口付近で陣取っているため、絶対ではないが魔物が来ることはないからである。
迷界と砦の間にできた障害物の除去。それこそが今回の任務。
隊長であるフェイスは寡黙な男だが、他は違う。
気楽な様子で雑談する。
「おうスノウ!組むのは初めてだな!頼むぜ!」
マグドラはそう言ってスノウの背中を物凄い力で叩きながら大声で笑う。
衝撃で返事を返せないが、それを気にした様子もない。
見た目通りの豪快な男。
「へへっ、まあ今回は楽な方だよな」
「おう。可哀想な奴もいるが」
「おいおい、あいつは自分で言い出したんだぞ」
「それが可哀想ってんだよ。頭の方がな」
「「あっひゃっひゃっひゃっひゃ」」
テリーとケインはスノウをからかう。
一番危険な役割を自ら進んで申し出たスノウがおかしいらしい。
「そう言ってやるな。誰かがやらないと悪いんだからよ」
「わかってるって。ただ俺ならもういっちょ報酬を上げてたぜ」
「そうだそうだ。交渉ってやつがわかってねぇんだからよ。もったいねぇ」
レナードが諌めるが、二人なりの意見があったらしい。
「なるほど……」
スノウはそういうあり方もあったのか、と感心する。
もしかしたらジェイルもわかっていたのかもしれない。
誰もやりたがらないが、スノウなら自分から言い出すに違いないと。
「なんだあ?金なんぞいくらでも稼げるだろうが」
「マグドラの旦那、これはいつもこき使われてる俺たちのせめてもの抵抗ってやつですよ」
「そうか?嫌なら断れ!」
皮肉でも言いたげに口を歪めるケインだが、マグドラには通じないとみて言い返さない。
意外に苦労人のテリーとケイン。
隠密系の人間はいつだって地味で退屈で目立たない仕事ばかり。
それを筋肉で全てを解決してきた男は説明してもわかるまい。
「それにしてもなぜあんなところにいるんだろう?」
場の空気を感じ取り話を変えるスノウ。
「んなこと知るかよ。めんどくせえだけだ」
「こういう手合いは追い詰められると何するかわからんぜ。生存本能が強い魔物は逃げに入られると厄介だ」
「二人の言う通りだ。それにどこから来たのかも気になる」
彼らなりに考えていたようだが、どちらにしろやってみなくてはわからない。
「作戦は成功するのかな……」
「んなことはお前次第だろうがよ」
「死んでもカタキは取ってやらねえぞ」
これからその重要な役割を果たす人間に向かってひどい言いよう。
励ましているのか、本音なのか。本心から言っていそうだ。
「戦闘に時間はかけないぞ。手早くやる」
レナードは今回の戦いを短期決戦と見た。
罠にかかれば勝負は一瞬で決まる。
スノウは迷界に入るまで作戦を反芻。
囮、待ち伏せ、攻撃……。
敵がどういう攻撃を仕掛けてくるのか想像する。
「あっやべ、忘れてた……」
脳内で敵を追い詰めた時、思い出したことがあって思わず声が出る。
前を行く全員が振り返りスノウを見る。嫌そうな顔で。
「おいおいおい……。その言い方は嫌な予感しかしねぇよ……」
「言えよ。早く言え。俺が死んだらお前を呪ってやるからな」
まだ何も言っていないのにテリーとケインは非難。
「んで、何を思い出したんだ?」
「いや、俺が見たことある元の生き物は追い詰められると墨を吐くんだ……。八足もそれに近いことをするかもしれない……」
スノウが言っているのはタコ墨のこと。
八足が窮地に陥ればより凶悪な攻撃として似たようなことを行うかもしれないという危惧。
「うーん。まあ言わないよりかはマシだな」
「へっそんなことかよ……。脅かしやがって」
対する二人の反応は思ったほど酷くはない。
それどころかあまり気にしてない様子。
「どんな生物も奥の手は隠しておくもんだ、スノウ。臨機応変にやろう」
結局は出たとこ勝負というわけか。
作戦が必ずうまくいく保証もない。
そのためにフェイスが待機する形となっている。
*
討伐隊はついに迷界の前まできた。
ああ、また来てしまった……。
スノウは心の中で愚痴る。
一方の隊の面々はピタリと雑談をやめ、仕事モードの顔つき。
彼らの切り替えの速さに驚き、自身も覚悟を決める。
足を前に進め迷界へ侵入。
魔力がのしかかるように重く感じる。
二度目の迷界、前回ほどの衝撃ではないが、それでも強烈な圧迫感。
追い詰められたような緊張感から己の感覚が広がっていくのがわかる。
フェイスは口で何かを打ち鳴らしたような音を出し、隠された監視塔にいる仲間に合図を出すと、すぐに似た音で返答してきた。
「行くぞ」
討伐隊は森の中を進む。
森の中はいつにも増して静まり返っている。
風で頭上の葉がざわめく音のみが聞こえる。
魔物がいないのがわかっているのでズンズンと無遠慮に進む。
仮に魔物が襲ってきてもこのメンツなら苦戦はしないだろうが。
ある程度進んだところで先頭を行くフェイスが止まる。
「この先の開けた所で待ち伏せる」
先を見ると少し開けた空間が。
葉に覆われた空から少しだけ真ん中に光が差している。
地面を見るとスノウが剣で付けた線が僅かに残っている。
ここはスノウが八足と最後に会った場所。
あの線が奴がこれ以上こちら側に来れないという境界。
ここからがスノウの出番。生き餌となって八足を誘い出す囮役。
「じゃあ、行ってくる」
「死ぬなよ!ワッハッハ」
マグドラは若干小さめの声で言うがそれでも大きい。
フェイスが待ち伏せのための指示を出し、各々が待機場所に向かい出す。
「暴れてこい」
ニヤリとそう言ってスノウを励まし、自分も隠れるレナード。
それに頷きを返し、スノウも一人先へ進む。
準備はできた。あとは俺が役割を果たすのみ。
一人になったスノウ。
生き餌として、警戒もせず音をたてて森の中を縫うように進む。
囮役とは言うが、自身はそんなつもりなど毛頭ない。
機会があればあれば一人でもやる気概。
敵はどこにいるのか気にした所でわからないため、自分の感覚に従い行動する。
自分から見つける必要はない。
向こうから見つけてくれる。
歩いていると、突如毛が逆立つように寒気が走った。
しかし身体はまだ命の危険を感じてはいない。まだその時ではない。
見られている。奴がこちらを見ている。
間違いない、この近くにいる。
今人間は自分一人しかいない。
自分を見ているのは、八足だけ。
奴には人間の表情などわかりはしないと、スノウの顔が歓喜に歪む。
他人には決して見せられない、狂気を孕んだ不気味な笑み。
来い、来い、来い……早く……!
待ち望んでいた瞬間が迫り、身体が、心が震え出す。
体内の魔力が溢れんばかりに胎動し、爆発しそうになるのを必死で抑える。
本能で身体が動く。
前へ転がりながら剣を振り何かを弾く。
攻撃は視界外からのもの。
いつの間にか背後に忍び寄った八足がスノウの上下左右、それと背後から刺してくる。
手加減なし、一撃必殺の奇襲だった。
前転で距離を取ったスノウは背後にある宙に浮いた二つの目玉と目が合う。
「よぉ……」
瞳を輝かせ、笑みを浮かべ話しかけるスノウ。
旧友と会えたような懐かしさ。
対する八足はそれに応えず、素早く飛び上がり姿を消す。
見失ったが近くでこちらを見ており、再び奇襲の機会を伺っている。
魔石の粉末は使うつもりはない。
姿を消せないとわかれば敵を警戒させてしまう可能性もある。
スノウは動きながら警戒。
姿勢を低く、剣は構えない。
だらりと剣をぶら下げ、自然体。強いて言うのなら獣の構えといったところか。
再び攻撃の気配。
弾くか避けるか、どちらにするべきか。
身体で飛びかかってくる気配。これは避ける。
絡みつかれ、近接戦になればこちらが圧倒的不利。
次は足が伸びてくる攻撃。これは迎撃。
遅れて逆方向からの気配。生意気にもフェイントをかけてきた。やむを得ず回避。
足が伸びてスノウの首元に絡みつく。
ざらざらした表面が皮膚を削る。
「オラアアアア!!!!」
地に足を踏ん張りなんとか斬り取る。
身体についたタコ足を投げ捨てる。
八足がいくつもの足を叩きつけてくる。
身体の裏側が見えた。迷彩はあまり意味がないと見て取ったのか。
スノウは身を翻しながら距離を取る。
八足は二本の足で立ち、まるで人間のような二足歩行で迫りながら攻撃してきた。
スノウは間合いを維持しながら移動。こちらからは仕掛けない。
近寄らせまいとタコ足を切りつける。
だがここでスノウの動きが鈍る。タコ足の麻痺毒の影響だった。
チャンスと見たのか八足の猛攻。
全てを凌ぎきれないスノウは遂に捕らえられてしまう。
絡みつくタコ足。
貫こうとしてくるタコ足をなんとか剣の腹で防ぐ。
ならばそのまま捕食しようという八足。
ガバリと口を露出させる。
絶体絶命のスノウ。だがここで不敵にも笑った。
「阿呆が」
突如飛んでくる無数の球。
八足の身体に当たり粉を撒き散らす。
同時に隠れていたマグドラとレナードが飛びかかる。
いつの間にか待ち伏せ場所に誘導されていた八足。
この奇襲に慌てて逃げようとするが、それを引き止める者が一人。
逃がさないとばかりにスノウが一本の足を掴み引き寄せる。
さらに引き寄せたタコ足を剣で突き刺し一瞬地に縫い留めた。
二人の奇襲は八足が防御した足を二本切断。
残りのタコ足を動かして応戦するが、赤や黄色に着色された足はよく見えた。
スノウよりさらに強力な戦士の剣戟は硬いタコ足を物ともせず斬り落としていく。
スノウも反転し攻撃に加わる。
タコ足を掻い潜りながら距離を詰める。今なら潜り込んでも怖くはない。
八足は命の危険を感じたのか、ここで奥の手を切る。
頭の裏にある部分から黒い煙を噴射し、跳躍。
下にいた三人は煙を吸い込み咳き込む。
目に染みる、ピリピリとしたガス。
おそらく麻痺毒と同様の効果のもの。
距離をとって範囲から離れる。
跳び上がり逃げようとしていた八足だが、そこに追撃する別の人影が。
テリーとケイン、その二人が待機していた枝から順に飛び掛かる。
空中で斬りつけ妨害、そして八足を足場に再び木の枝に。軽業士のような芸当。
たまらず落下する八足。
ケインも張り付いたまま落ちるが、落ちる直前に離れクルクルと周りながら着地。
落下した八足に滞留するガスの中を無呼吸で突破してきたのがマグドラ。
目を閉じているが、魔石の粉が目標になった。
大剣による全身全霊の一撃、八足はなす術もなくそれを受ける。
タコ足を斬り飛ばされながら宙を舞う八足。
身体は傷付き、タコ足残り三本。死ぬのも時間の問題だった。
八足は残りの命の使い方を考え出す。
なぜこうなったのか、誰のせいなのか。
目玉が一人の男を見据える。
怒りが、憎しみがこの魔物を支配する。
八足が猛攻を仕掛ける。その標的はスノウ。
他の一切を無視した猛攻。捨て身の攻撃。
八足が自分だけを狙っていると察したスノウは境界へと走る。
緊急時の安全策。それがここで役に立った。
八足はその境界に差し掛かった時、ピタリ動きを止める。
「来いよ……。何ビビってんだ……?」
わかっていて挑発するスノウ。八足はこの境界より先に進むのが怖いのだ。
それを乗り越えてこい、俺を殺したくないのか?と訴える。
ワナワナと身を震わせる八足。
言葉は分からずとも屈辱と怒りは感じていたようだった。
後ろからレナード達が迫る。怒れる魔物は決断した。
八足は境界を越え口で噛み付くようにのしかかる。
横っ飛びに回避するスノウ。タコ足が短いところを狙って避ける。
そして八足が再びこちらに向いた時、変化が起こった。
目が赤い。
赤く輝いている。
八足が進むことを躊躇っていた境界は赤目になる境目だった。
こいつはそれをわかっていた。
赤目になった八足はより凶暴に暴れ出す。
身体をがむしゃらに振り回してとにかく暴れる。
しかしレナード達の攻撃の前にタコ足は無惨にも切断されていった。
タコ足が一本になった八足はここで再び黒煙を噴射。
視界が妨害される。だが先ほどよりは薄い。そこまでの量はなかったか。
一瞬の妨害、それを活かして八足はスノウに飛びかかった。
命をかけた、最後の攻撃。
まず迫るのが残る一本のタコ足による攻撃。
それが唐突に横へスライド。
細い何かがタコ足に刺さったのが僅かに見えた。
おそらくフェイスによるフォローだろうと予測する。
最後の攻撃は巨大な口によるもの。
小さな棘のような歯がいくつも見える。
逃げるつもりはなかった。受けて立つ、だからこそ意味がある。
怒りでどうにかなっているのは目の前の魔物だけではない。スノウもそうだった。
お前は俺が殺す!!
両手で剣を持ち、あえて自分から口の中に飛び込む。
そしてスノウの姿は八足の口内へと消えた。
のたうち回る八足をレナード達が囲む。
トドメを刺そうと伺う彼らだったが、唐突に八足の目と目の間から刃が生え動きを止める。
刃はそのまま八足を上に引き裂いていき、中から粘液まみれのスノウが出てくる。
「ウエー、きったねえ……」
八足の粘液でベトベトのスノウを見て声を上げて笑うレナードたち。
歯で少し傷ついたが、大した傷ではない。
戦いは終わった。
待ち伏せ場所まできた時点で勝負は決まっていたのかもしれない。
今回の戦いはまさに狩り。
情報戦で勝ち、こちらの土俵に引き込んだ戦い。
相手のことがわからなければ敵の方が有利だった。
木の影からフェイスとテリーも出てくる。
「すぐに他の魔物達も帰ってくる。さっさとずらかろう」
「こいつはどうする?」
返事を待たずにマグドラが残ったタコ足を引っ張って持って帰り出す。
「なあ!こいつ食えんのか!?」
「知らないけど、加熱はしような……?」
このゲテモノを食べようとするマグドラにスノウは一応言っておいた。
元がタコだから食べれないこともない、かもしれない。
「レナード、こんなもの見つけたんだけど……」
「ん?」
スノウはレナードにあるものを投げる。
それは指輪。八足の体内にあったものだった。
見たことのない紋章が付いている。
「これは……。フェイス!見ろよ!」
「……なるほど」
フェイスもそれを見て何かわかった風なことを言う。
「んでなんなんだよ」
「……ヤクトレリアのもんだ。あとは帰って話す。これはとりあえず俺が持っておく。ジェイルに渡さなきゃならん」
「……わかった」
問答はそこまでにして、今は帰還を急ぐ。
迷界の出入り口にいるであろうジェイル達と合流するのが先決。
スノウはマグドラに引き摺られている死んだ八足の目を見る。
その目を見つめる瞳は先ほどまであれほど強く輝いていたものではない。
いつもの暗い瞳。さっきまでとはまるで別人。
興味がない玩具を見つめるような眼差し。
スノウの復讐が終わった時、さっきまで怨敵だったものはもうただの肉塊だった。そこには何の感情もない。
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