第21話 考えるな、感じろ

 スノウは目の前にいるキノコの様な化け物に斬りかかる。

 キノコは胞子を散らしながら倒れた。


 「なあ、こいつ燃やしたらだめなのか?」


 近くにいるグレイグに声をかける。


 「ダメだ。前にそうしたら爆発して面倒なことになったらしい」

 「でも司祭様を見てみろよ」


 司祭は無言で倒れたキノコを何度も殴っている。

 キノコからは叩くたびに汁が散り、傘から胞子が噴き上げる。

 それを見たグレイグは肩をすくめて何も言わない。

 スノウ達はのんびりと会話をしているように見えるが、このキノコの様な魔物は見た目以上に危険だ。

 見た目はでかく太いキノコで、胴体の様な柄からは手の様なキノコが二本生えている。

 それがのそのそと歩いてくるのだから不気味なことこの上ない。

 攻撃は胞子を飛ばすのみだが、それが厄介だ。

 胞子を吸い込むと身体の中にキノコが生えたり、皮膚を突き破って生えてくる。

 そのため胞子を飛ばされる前に、できるだけ一撃で仕留めるか、胞子を吸い込まないことが求められる。

 スノウは愛用の片手半剣を斜めに一振りし、キノコを裂く。

 倒れたキノコを見て、一つ息を吐く。


 「おい!!こっちに胞子が飛ぶからやめろ!!」


 なおもドムドムと音を立てて殴る司祭に怒る。

 司祭はしょんぼりと殴るのをやめた。

 この魔物が向こう側から来てくれたからよかったが、本来は待ち伏せするタイプだろう。

 森の中や洞窟で気がついたら囲まれ、胞子を飛ばされたら非常に厄介だ。

 谷からやってくる魔物の中にはこのような完全に初見殺しをしてくる魔物もいた。

 ちなみにこのでかいキノコ達は足が遅いため、鐘がなってからやってくるまでかなり待たされたので兵士達も苛立っていた。


 「ようやく終わりか」

 「水を浴びて火にあたるのを忘れるなよ」

 「わかってる」


 身体に付着した胞子を取り除くため、剣を鞘に収め井戸へと向かうスノウ。

 すでに新兵は卒業したため、解体に付き合う必要もない。

 ただそれでも初見の魔物は倒したあと、構造を確認するために必ず解体を行う。

 学ぶべきことはまだまだあった。

 それが死なないために必要なことだ。

 井戸には胞子を浴びた兵士たちが集まり水を浴びている。

 彼らが去ると、スノウ達も装備を外し上着を脱いで頭から水を被る。

 冷たい地下水が熱くなった身体を冷やす。

 スノウの身体は以前と比べ一段と引き締まり、筋肉もついていた。

 背も少し伸びただろうか。

 頭を一振りして水を飛ばし素早く服を着込み、装備を身につけていく。

 あとは火にあたれば胞子の心配はないはず。


 スノウの装備を見ると、大幅に更新されていることがわかる。

 防具は全て自分用に作ってもらったものだが、相変わらずの革製で軽装。

 ただ魔物皮でできていることから防御力はある。

 急所周辺の防備にとどめているのは魔物相手には意味のないことがあるから。

 魔物の強力な一撃の前には防具も意味をなさないこともあるため、スノウは素早さ重視、回避重視の装備にしている。

 要は死ななければなんとかなるという気概。

 武器は主に片手半剣。これも以前のものと違い、特注のもの。

 剣身は少し長めにしてあり、重さもそれなりにあるが、力の増したスノウには片手で振り回せる。

 何よりも重要なのが、魔力を通せること。

 この片手半剣には悪鬼の角が素材に使われていた。

 魔物を素材に作られた剣は魔剣というべきだろうか。

 この剣を作ったのは鍛治師ブランドン。この国一番の鍛治師と言われる男。

 スノウはブランドンに初めて会いにいった時の事を思い出す。



 悪鬼を倒してから数日が経って、魔物が再び姿を現すようになったある日、スノウには悩みがあった。


 「まただ……」


 嘆くスノウの手には折れた剣。

 戦闘を終え、剣の手入れをしようと鞘から取り出し刃を研ごうとするスノウ。

 そこで嫌な感じがしたので軽く剣身を叩いてみると半ばから折れてしまった。

 実のところこの現象初めてではない。もう三本はダメにしていた。

 スノウはすぐに唯一の鍛治師の知り合いであるジャンの元へ行く。

 

 「悪いジャン、また折れてしまった」

 「あらら、これでもダメだったか」


 ジャンは再三にわたるスノウの報告に怒ることなく応じてくれる。


 「……もう君に合う剣はないね」

 「そうか……」


 ジャンの言葉に落ち込むスノウ。


 「フフフ……落ち込む必要はないさ」

 「なんとかなるのか?」


 ジャンの含みのある言い方に希望を感じる。


 「なければ作ればいいのさ。ほら、ついといで」


 ジャンはそう言ってスノウに着いてくるように促す。

 彼は鍛冶場の中を進んでいく。

 鍛冶場の中は炉の熱気が篭り、鍛治師達が金属を打ちつける音や男達の声がそこら中響いている。

 さらに奥に進むとそこには大きな炉があった。

 凄まじい熱気に顔が熱くなる。

 そこに男がいた。


 すげえ見た目だな……。ほんとに人間か……?


 スノウの目線の先にいた男は、砦の誰よりも大きな体格で、髪と髭が伸び放題、太く逞しい腕にはこれまた大きな金槌が握られている。


 「親父、お客さんだよ!!」


 ジャンはその男の前に立つとそう言い、スノウに別れを告げ戻っていった。


 親父……。


 信じられない顔をして目を剥くスノウをよそに鍛治師ブランドンがこちらを向く。

 見た目からは想像できない思慮深い眼差し。

 ブランドンはじっとスノウを見る。


 こいつがレナードのやつが言っていたやつだな?

 

 スノウの体つき、重心、そして体内の魔力を見てそう判断した。

 まだ新人だと言う。確かに目の前の男が纏う空気は熟練の戦士がもつそれではない。

 しかし身体はいつ何時何があっても対処できるように低く構えている。

 異常なほどの警戒感に、拙い身のこなし。

 まるで獣だ。

 この不自然で奇妙な戦士はこの砦特有の環境によるものだ。

 スノウのように砦に来てから戦士として目覚める者が稀にいる。

 そういった戦士は急成長した身体能力に心や技術が追いついていない。

 結果としてスノウのような戦士ができあがる場合がある。


 だがそれでもここまでにはならねえな。


 スノウの持つ戦士としての不安定さはブランドンを驚かせた。

 実際に見るまでは悪鬼を倒したとは信じられないだろう。

 だが棚にある悪鬼の角がスノウがきた時から反応している。

 スノウを主人として認めている。

 それはつまりスノウが悪鬼を倒したという証拠になる。

 加えてスノウの持つ魔力。

 ブランドンはシアやレナードとは違った目線で魔力を見ることができた。

 彼から見てスノウの魔力は煌々と渦を巻くように光を放っているのが見えた。

 底知れない、陰と陽が混じった渦。

 彼がスノウの魔力を見ることができるのはスノウがまだ魔力を制御できていないから。

 もうそろそろ自分の魔力を認識し始める頃だろう。


 「今持ってるのをよこせ」


 唐突にそう言われスノウは黙って壊れた剣を鞘ごと差し出す。

 低く、重みのある声。

 いきなりこんなことを言うのだから典型的な頑固で職人気質だろうとあたりをつける。

 必要最低限のことだけしか言わないブランドンは渡された剣を鞘から抜いてじっくりと眺める。


 悪くない作品だ。少なくとも外じゃ一人でやっていける。

 恐らく弟子の誰かの作品だろう。


 しかしそれだけでは足りない。

 剣がスノウの魔力に耐えられていない。

 恐らく無意識のうちに剣に魔力を流したか。

 それに耐えきれずに内側から脆くなっている。


 「それで、どんなのが欲しい」


 その問いにスノウは少し考える。

 しかし言わないという選択肢はなかった。


 「基本はそのままで、もう少し長めのがいい。拳半分ほど。持ち手は両手でも持てるように。滑らないように皮張り。鍔もそのままな感じで、全体的にもう少し重くてもいい」


 出し惜しみはしない。自分も命をかけている。


 「フン、いいだろう」


 ブランドンはそう言って無造作に挿してある剣のうちから一本の長剣を取り出す。

 それを金床に乗せ、持っている金槌を軽く三回叩いた。

 それだけで火花が散る。緑色の火花だった。

 スノウは彼が見た事以上の何かをしたのを感じた。


 「三日後の朝に取りに来い」


 その長剣をスノウに渡しながら言う。

 受け取りながら無言で頷く。

 鍛治のことは全く知らないが、かなり速いんじゃないかと思った。


 「ありがとう」

 

 素直に礼を言って帰ろうとすると声をかけられる。


 「お前、名前は?」

 「……スノウ」

 「覚えておこう」


 よくわからないがよかった、とスノウは入り口に戻る。

 ジャンに礼を言うと驚かれた。

 

 「名前聞かれたんだ!?よかったね」

 「親父が興味を持つ人は少ないから」


 鍛治師ブランドンにとって生きることは鉄を打つこと。

 食事をするよりも、寝ることよりも、それが何よりも重要なことだ。

 砦の奥にある彼専用の鍛冶場で、今日も金属を叩く音が響く。

 彼こそが魔に魅入られた鍛治師、神業の名匠。



 ブランドンの作った剣は驚くほどスノウの手にしっくりときた。

 剣は不自然な壊れ方をすることはなくなり、ものもいいとなれば愛着も湧く。

 毎日の手入れも丁寧になるというものだ。

 スノウの装備はそれだけではない。

 予備の武器というものだろうか、短剣を身体のあちこちに隠している。

 これらの使い道は多岐にわたり、片手半剣を無くした時や牽制のための投擲などかゆとこに手が届く。

 武器防具全て合わせてなかなかの金がかかった。

 今までに貯めた金をほとんど使った。

 だが後悔はない。

 命あっての物種だ。


 最近のスノウはといえば、グレイグ、司祭と共に戦うことが多い。

 レナードは様子を見て加勢してくれる。

 新兵達が減ってくると、スノウは積極的にそちらの応援に行く。

 身体は成長し、力もついたが、まだまだ学ぶべきことも多い。

 剣の腕は伸び悩み、これ以上どうすればいいのかわからなくなる時がある。

 技術を自分のものにするには時間と試行錯誤が必要だった。


 そんなスノウを悩ませるものがもう一つあった。

 最近は常に魔力のことを考えている。

 ブランドンに剣を作ってもらってから少しして、ようやく自分の中の魔力を感じられるようになった。

 気づいた時はこれがそうかと驚いたものだが、それよりももっと驚くことが。

 それは谷の奥から感じるとてつもない魔力。

 その魔力が威圧感となってスノウを狂わせた。

 なんといえばいいのか、頭の中で常に聞きたくない騒音が響いているような、そんな感覚にスノウは苦しんだ。

 無視したいのにできないその威圧感を無理矢理追い出すために、常に身体を動かしていた。

 レナードやグレイグに助言を求めたが、どうすることもできず、ただ慣れるしかないとのこと。

 結局無視できるようになるまでひと月あまりを要した。

 魔力を感知できるようになってからすることは魔力を自分の意思で使うこと。

 自分の中にある魔力を操るのはまだできていない。

 しかし不思議と戦闘になるといつの間にか使えていた、なんてことがよくあった。

 考えれば使えず、考えなければ使えている。

 全くどうしようもないものだが、結局のところ毎日魔力を使えるように練習あるのみだ。


 強くなったと思ったら、すぐにそうではないと思い知らされる。

 他人から見れば、俺は強くなれているのだろうか。


 既に季節は一つ過ぎ、夏になっていた。

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