第20話 スノウが戦士になった日

 スノウが目を開けると、視界が揺れていた。

 視界の先にはグレイグが歩いている姿。

 山を登っているのか。


 「あれ」

 「おっ、目ぇ覚めたか」


 スノウがそう零すと前からレナードの声が。

 目線を横に写すとレナードの横顔が見える。

 スノウはレナードに背負われていることをようやく理解した。


 「俺……生きてる……」

 「……そうだな、生きてる」

 「ワハハ、大金星じゃねえか!!」

 「疲れました……」


 仲間達の声に胸が熱くなった。


 「あいつは……?」


 悪鬼のことだ。

 死闘だった。だが、最後辺りはよく覚えていない。

 とにかく夢中で、ただただ必死だった。

 首を斬ったのはぼんやりと覚えている。

 ただそれでも生きていたのではないか、そう感じさせるほどの敵だった。


 「死んだ。……お前がやったんだ。覚えてないか?」

 「あんまり……。あいつは……、すごいやつだった……。追い詰めても、追い詰めても、諦めなくて……」


 肩越しに話しかけるレナード。

 スノウの言葉には迫力があった。

 あの悪鬼を何度も追い詰めた?まだ剣を握って一ヶ月のスノウが?

 にわかに信じられるものではない。

 素人が一流の戦士でさえ手こずるような強力な魔物を倒すなんて。

 人に話せば笑われるに違いない。

 だがレナードは見て、そして感じた。

 この背中にいる男の強さを。

 この男が生き延びたのは、幸運があったにせよ偶然ではない。

 確かに悪鬼は落下によって弱っていた可能性は高いだろう。

 だがこの男もまた浅くない怪我を負ったはずだ。

 贔屓目に見ても勝てる見込みはなかった。

 なのにどうしてか、この男は悪鬼を倒した。

 何かがあった。

 何かが変わった。

 それが何なのかはわからないが、それは確かにこの男の、スノウの力によるものだった。

 スノウが悪鬼を倒した、それだけは間違いない。


 「大丈夫か?」

 「……だめだ、身体が動かない。……感覚もない」


 スノウは不安そうに言う。

 勝ったのに怪我が原因で死にました、なんてのはよくある話。


 「あの鬼相手にして生きてんだ、儲けもんだぜ!」

 「ハハ……、そうかな」

 「まあ、真面目な話、それだけ喋れるんなら大丈夫だろう。一応先生に見せとくか」


 楽観的なグレイグに相槌をうつ。

 レナードは不安そうなスノウを安心させるようにそう言った。

 やがてスノウは見覚えのある光景に差しかかった。

 砦が近いようだ。


 「もうすぐ砦につきますよ、ほら」


 司祭も砦が近いことに気が付いたのか足早に急かしてくる。

 砦の戦いはどうなったのだろうか。

 今頃そんなことを考える。

 戦っていたのはスノウたちだけではない。

 戦士達は生きているのか、シアは?



 砦が見えてきた。煙の匂いがする。火が焚かれている様だ。

 門は出た時のまま、開いている。

 門をくぐるスノウ達。

 人がいる。兵士ではない。後始末に奔走しているようだ。

 奥に進むと、破壊の跡が。人と鬼の死体も見える。

 戦場となった谷側の門前につくと、兵士たちの姿が見えた。

 ハイネやウォルター、アステルなどといった面々はさすがと言うべきか、死闘の中でも生き残っているようだ。

 皆一様に座り込んでいる。

 いつもの様におどけたり、冗談を言っている者は誰一人いない。

 誰もが静かに、口を開くことなくあちこちで炊かれた火を見つめている。

 火には鬼の死体が、兵士たちの死体がくべられていた。

 多くの犠牲が出ていた。

 それ以上に鬼の屍もあった。

 中央に一人、シアが立っている。その前には白髪鬼の屍。

 白髪鬼の身体は無数の切り傷があった。さらに欠損した部位もいくつか。

 首がゴロリと転がっている。その顔は虚空を睨んでいる。

 レナードがスノウを背負ったまま、シアに近づく。

 シアは白髪鬼の方を向いたまま、わずかにこちらに顔を向けて一言、こういった。


 「よくやった」


 スノウはそれにあんまりじゃないか、と思ったが、レナードはそうは思わなかった様だ。

 レナードはシアに軽く目礼すると、きびすを返して座れるところがないか探した。


 「おっと、そうだ。スノウを先生に見せないと」


 グレイグと司祭に休むように言ってから、レナードはスノウを医師の元へと背負っていく。

 砦にある診療所に行くと、中に入りきらない怪我人が外でうめいている。


 「先生!!こいつを見てやってくれ!!」


 レナードはスノウを下ろし、白衣を着た黒髪の女性に声をかける。

 年齢は三十から四十ほどだろうか。心なしか知性的な顔立ちに見えるのは医師だと聞いているからかもしれない。

 先生が近づいてくると、白衣は血塗れだった。火の灯りしかないのでわからなかった。

 彼女はスノウにガンを飛ばすように見てくる。

 それから容赦無くスノウの顔を掴み、角度を変えて睨む。


 「どこが悪いんだ?」

 「……あの、身体が動かないのと、感覚が、なくて」


 遠慮なくスノウの身体を触り、観察する。


 「レナード!!!こんなもん連れてくんな!!!私は忙しいんだぞ!!!頭でもとれたら持ってこい!!!」

 「わ、わかったわかった。すみませんね……」


 先生はスノウの背中をバチーンと叩き、レナードにキレた。

 レナードは両手で彼女を抑え、素早くスノウを背負い退散した。


 「だってよ、よかったな!」

 「ほんとかよ……」


 肩越しにレナードが言う。

 

 「先生がそう言うなら大丈夫だろ、多分」


 ヤブじゃないよな……。


 「あの人はリサ先生っつってな。王都ではすごい医者だった、らしい」

 「……そんな人がなんでわざわざ?」

 「さあ?」


 話ながら戻っていくレナードとスノウをリサは見ていた。

 スノウという男に命に別状はないと判断したのは真実だ。

 しかし異常がないわけではない。


 むしろ全てが異常。


 それが彼女の見解。

 スノウの中の魔力は驚くべき速度で彼の身体を治している。

 そこに彼女がこれまで医者として培ってきた知識も、技術も必要ではない。

 何とも馬鹿げた力だ。

 その力を何とか利用できないものか、とここに来たが未だ先は見えない。

 彼女が魔力を持った兵士を診る時、もう手の施しようがないか、兵士が自力で再生するか、ほとんどがその二択。

 医療が否定される様な、そんなジレンマと彼女は人知れず闘っていた。


 グレイグと司祭が座っている場所に戻ってきたレナードはスノウを下ろし、柱にもたれかけさせ、自身も座り込む。

 スノウ達は篝火を見つめる。

 スノウは自然と皆がどういう気持ちかわかった。

 生きていることを噛み締め、死者を悼む。

 ただ静かに火を見つめ、感傷にひたる。

 スノウはまた一つ大きな試練を乗り越えた。

 かつての、闘うことを知らなかった男はもういない。

 闘うことを恐れる新兵も、もういない。

 その顔は、戦士の顔つき。

 スノウは今日、一人の戦士になったのだ。


 まだ彼の物語はまだ始まったばかり……。




******


 一人の男が歩いている。

 周囲には鉄を打つ音が規則正しいリズムでいくつも響いている。

 炉の熱気がこもり、火花が舞う。

 鍛冶場を歩く男はズンズンと奥に向かい、やがて大きな仕事場に着いた。

 そこには大きな男がいた。大きすぎるほど。

 髪も髭も伸び放題。太い腕に、体格に見合ったゴツゴツした手。

 その手に握られた大きな金槌が熱せられた金属を叩く。

 男は、レナードはそれをしばらくの間黙って見続けた。


 「……なんの用だ、レナード。この前打ってやったばかりだろう」


 しばらくして、仕事がひと段落したのか、身体をレナードに向け聞いてくる。

 スノウが聞けば、低く恐ろしい声音、頑固ジジイみたい、と言うだろうか。

 レナードは腰に差した二本の剣の内の一本を取り出す。

 それはレナードが愛用していた長剣。悪鬼との一戦以来使っていない。


 「どう思う?」


 レナードの問いにすぐには答えず、大男、この砦どころかこの国で一番の腕を持つ鍛治師、ジャンの父親であるブランドンは渡された長剣を鞘から抜き、眺める。

 そしておもむろに長剣を金床の上に置き、金槌で軽く二、三回叩いた。

 すると長剣はあっさりと刀身半ばから折れてしまった。


 「お前がやったもんじゃねえな?」


 割れた刀身の芯を覗き見ながら言う。

 聞いてはいるが、自分の言葉に絶対の自信があった。

 なぜなら武器を鍛えることにおいて、自分に比肩するものはいないから。

 たとえシアであっても、己が作る武器のことは一番自分が知っている。

 シアと大太刀もレナードの長剣も、ブランドンが鍛えたもの。


 「誰がやった」

 「俺んとこに新しくきたやつだ」

 「いいのがきたじゃねえか」


 レナードの含み笑いに何かを感じる。


 何か隠してやがるな?


 ブランドンはそう思いながらもそれを言うことはない。

 そいつを見ればわかることだ。

 それにしてもこの折れた長剣、気がかりなことがある。


 「魔力で芯が焼けてやがるな……。妙な使い方しやがる。……どうやった?」

 「さあ?見てないんだなこれが」


 肩をすくめるレナード。

 替わりにこちらに何かを投げた。


 「……鬼の角か。なかなかのもんだ」


 ブランドンはその角から魔力の残滓を感じ取る。レナードのものではない。

 フンと鼻を鳴らすブランドン。


 「興味が出たようで何よりだ。……んじゃ新しいの鍛えといてくれ、弟子が作るのも悪くはないんだがおやっさんと比べちまうとね」


 レナードは腰に差したもう一本の長剣の鞘を軽く叩いて言う。


 「当たり前だ。誰にもの言ってやがる」


 ブランドンに剣を打ってもらうためならばいくらでも金貨を積む、と言う人はいくらでもいる。

 だが、彼は人を選ぶ。


 『相応しい者に相応しい物を』


 これこそが彼の理念であり、目標でもある。

 レナードには彼が十分に実力を発揮できるだけの物を。

 シアの大太刀にはブランドンの持つ全てを注いだ。

 この砦には彼の力を十分に発揮できるほどの人物が集まってくる。


 「用件はこれだけだ。邪魔したな」


 ブランドンは帰っていくレナードに声をかける。


 「その男はどうした?」


 その男に会って俺が剣を打つに値する奴か見てみたい。

 レナードは片方の口の端を上げ背を向ける。

 そして去り際に片手を振りこう言った。


 「近いうちにあんたのとこへくる」

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