第17話 夜の明暗

 砦を抜けた悪鬼を追うスノウ達。

 その追跡にグレイグが力を発揮した。

 グレイグは夜目が効くのか暗闇でも森の中で足跡や悪鬼が残した痕跡を目ざとく見つけ出し、正確に後を追う。

 谷に吹き込む風がひどく鬱陶しい。

 山道はグネグネと曲がりくねった道が多いが、悪鬼は山麓の先にある街まで一直線に向かっている。

 鬼達にはここから遠く離れた人間の匂いがわかるというのだろうか。

 痕跡を追うスノウ達は崖に突き当たる。

 鬼達は直進を諦め、この場所から方向転換をしたようだ。


 「近くなっとるぞ」


 グレイグは足跡の匂いを嗅ぎ、耳をすます。

 スノウは崖側に生えている一本の木を見る。

 鬼が握ったのか、幹が潰れている。


 崖伝いに再び追跡を再開すると、狼のような遠吠えがいくつも聞こえる。

 魔狼の縄張りに入ったのだろうか。

 それともこの遠吠えは鬼達に対するものか。

 一行がさらに進むと倒れている魔狼を見つけた。

 木に叩きつけられたのか、魔狼はぐったりとしている。

 グレイグは魔狼に近づくが、魔狼は息が浅くこちらを横目に見るだけで動こうとはしない。

 息絶えるのも時間の問題だった。 

 グレイグはレナードを見て頷き、慎重に歩を進める。

 奥へ進むにつれて鬼に殺されたであろう魔狼の死体は増えていく。


 やがて視界が開けた場所に出る。

 そこには五体の鬼。

 その中でも一際目立つのが紫色の皮膚をした捻れた角を持つ鬼、悪鬼だ。

 悪鬼は襲ってきた魔狼の首を掴み片手で持ち上げている。

 魔狼は前足で必死に抵抗しているが、すでに弱々しい。

 悪鬼は魔狼を地面に叩きつけ、思い切り踏みつける。

 さらに何度も足を踏みつけた後、顔を上げ咆哮を上げる。

 まるで自分の強さを見せつけるように。


 レナードは手を挙げスノウ達を静止させる。

 こちらにまだ気が付いていない悪鬼。

 レナードは素早く作戦を練る。


 「いいか、あいつの相手は俺がする」


 息を潜めレナードが言う。


 「お前らは各々一体ずつだ。森の中で戦え。こっちも不利だが相手の方がやりずらいだろう。……スノウ、倒せなくていい、時間を稼げ」


 スノウは頷くが、そんな気はさらさらなかった。

 殺せるようなら殺すと殺気立っていた。

 各自鬼を釣り出すべく配置につく。

 レナードは森の中に身を隠し静かに迂回する。

 二体を相手にしなければならず、なおかつ相手は強力だ。

 奇襲によって少しでも有利を取りたい。

 茂みに隠れ息を潜めるスノウ達だったが、そこで悪鬼は何かを感じ取った。

 周囲を警戒するように顔を振る。

 スノウ達は風下にいるはずだが、悪鬼は鼻をスンスンと鳴らす。


 レナードはここで決断する。

 少し離れた場所に待機する司祭に手で指示を出した。

 司祭が一人、前へ出る。

 メイスを地面に引きずりながら鬼たちの方へ進む。

 悪鬼は仲間の鬼の方を見て顎をしゃくり、行けと指示を出す。

 スノウとグレイグもそれぞれ別の場所から姿を現した。


 悪鬼以外の鬼達がそれを迎撃するために前へ出ようとすると、悪鬼がその内の一体の肩を掴み引き留める。

 自分の護衛としてだろうか、油断していない。

 司祭が突撃と共に放つ奇声を皮切りにスノウの戦いが始まった。

 最早周りを見る余裕はなかった。

 すでに目は暗闇に慣れ、月明かりが眩しく感じる。

 自らを殺気十分に睨む鬼を目の前にして、スノウは心臓が爆発するように高鳴る。

 いつもの小鬼とは違う。

 腕が掠るだけで戦闘不能になるかもしれないという緊迫感。

 何度も味方が鬼と戦う姿を目にして、自分が戦うイメージを作り上げていた。

 だがどうだ、今まさに鬼が自分の前に立っているだけでそのイメージは脆くも崩れ去り、そこにはちっぽけで弱い自分しか残っていない。

 スノウの怯えや弱気を感じたか、鬼が強気に前に出てくる。


 「う……クソッ」


 思わず後ずさるスノウだが、恐怖で足がすくみ、もつれて転ぶ。

 鬼はスノウを押し潰さんと両手を振り下ろす。

 目の前に迫る死に、転がって回避する。

 なんという情けない姿であろうか、スノウは一つ死を回避したことにより、我に返る。


 ちくしょうっ!!また俺はこんなことを……。落ち着け!相手をよく見ろ!


 起き上がったスノウはそう自分に言い聞かせながら、相手を見る。

 動きは大ぶりで、そこまで速くはない。

 間合いを意識しつつ立ち回ればそう簡単にやられはしない……はずだ。

 スノウは気負いすぎて、すでに息が荒い。

 自分を落ち着かせるように何度も深呼吸する。

 レナードの作戦を思い出す。

 それぞれ引き離して対処すること。

 鬼が腕を振り攻撃してくる。

 スノウは距離を保ったまま逃げに徹する。

 森の中ならこっちが有利だ。

 何度も腕を振り回した鬼は業を煮やしたのか身体ごとぶつかってきた。

 スノウはそれを横っ飛びに回避。

 木々が音を立てて折れる。

 大きな隙が生まれるのを待っていたスノウはさらに剣で後ろから斬りつけた。

 だが鬼の皮膚は硬く、刃は軽く跡をつけるだけ。


 クソッ……、硬え!!


 予想していたより遥かに硬い皮膚。

 スノウの力ではこの防御を越えられない。

 ならば弱いところを突くと、皮膚の薄い場所や顔を狙う。

 回避したところでカウンターの突きを浴びせていく。

 それを繰り返していくうちに、少しずつよりギリギリのところで攻撃を避け、動きの無駄をなくしていくスノウ。

 鬼に傷を与えていくが、スノウの神経もすり減っていく。

 そしてついに限界を迎えた。


 あっ


 剣が皮膚に弾かれた。

 攻撃を無理矢理通そうとしたのが原因だった。

 油断から生まれた隙。

 鬼はそれを逃すまいとスノウを狙い、腕を振りかぶる。

 鬼の腕が迫る。

 腰が浮いているスノウはそれを剣で防御することしかできなかった。

 衝撃がスノウを襲い、車で跳ねられたようにスノウの身体が吹き飛んだ。

 そして同時にスノウの意識も飛んだ。



 スノウを相手にしていた鬼は敵を見る。

 ちょろちょろと鬱陶しかった敵は倒れたまま動かない。

 さっきのは満足のいく攻撃だった。

 手応えを十分に感じて、鬼はニンマリと笑みを浮かべる。

 だが油断はしない。

 まだ生きているかもしれないと、とどめを刺すべく沈黙した敵に近づく。

 しかしそこで咆哮を聞いた。

 我らの長の声だ。

 怒りを感じる。

 苦戦しているのだろうか。

 

 長を助けなければ。


 そう思い長の元へ向かう鬼。

 そこでふと先程の敵のことを思い出す。

 チラリとその敵を振り返ると、動いた様子はない。

 それを確認した鬼は安心して長の元へ向かった。



 レナードは隠れて悪鬼を見ていた。

 悪鬼はスノウ達三人に意識がいっている。

 始めはまだいないか警戒していたが、戦いが始まるとそちらを見ている。

 護衛として置いたもう一体も仲間に危険があればそちらに向かおうというように少し前に出た。

 レナードはそれを見て、茂みからこっそりと出る。

 息を殺し少しずつ後ろから忍び寄る。

 初撃で悪鬼の力を削ぎたかった。

 あと少しで攻撃できる、という距離に入った時、悪鬼がこちらの方に顔を動かそうとした。

 レナードはそれに合わせ走る。

 一気に剣に魔力を込め一撃を与えるべく飛び上がる。


 いけるっ!!


 レナードは攻撃が当たると確信した。

 悪鬼がレナードを視認した時、レナードは既に剣を頭の上に振り上げていた。

 悪鬼は咄嗟に護衛の首根っこを掴み、引き寄せて盾にする。

 レナードの剣が護衛の首元から腹まで埋まる。

 レナードの一撃は護衛の鬼を絶命させるにとどまった。

 悪鬼は間一髪のところで生きていた。

 あと少し気づくのが遅れていれば軽くはない傷を負っていた。

 そう考えたところで怒りが湧いてくる。

 自分を奇襲してきた相手を睨み、歯を剥く。

 たった今まで仲間だったものを投げ捨てる。

 そして特大の咆哮を上げた。


 レナードは悪鬼の予想外の行動に悪態をつく。

 味方を盾にしたのは完全に想定外だった。

 そこまでするやつだと見抜けなかった自分を恥じた。


 やはりこいつは相当厄介な野郎だ。


 初めて見た時からそう思っていた。

 暴力的で自己中心的、そう思ったからこそ「悪鬼」と名付けた。

 敵でも味方でも相手にすると面倒な類だ。

 怒りのままに襲いかかる悪鬼。

 ここでレナードにとって幸運なことは悪鬼がなんの得物も持っていないことだ。

 鬼が持つのは棍棒や粗末な大剣。

 それ自体は大したものではないが、鬼の膂力で奮われるそれは威力も攻撃範囲も非常に脅威。

 一方で肉体のみの攻撃ならば、破壊力はあるが十分に付け入る隙はあると考える。

 悪鬼の攻撃をヒラリと躱し、隙を伺う。

 時間はかかりそうだが、なんとかなりそうだ。

 レナードは横目で地形を見る。

 近くは崖になっており、下は急斜面。

 利用したいが、悪鬼による攻撃は地面を揺らす。

 足元が崩壊すれば元も子もない。

 できれば近づきたくないと意識して動く。

 仲間がどうなっているのかも気がかりだ。

 そこで悪鬼の攻撃が止む。

 攻撃があたらないことにイラついている。

 こちらを睨む悪鬼。

 どうしようか考えているようだ。

 レナードとしてもこの状況は困る。

 こちらから仕掛けるのは危険が高かった。

 そのまま見合う両者。


 このこう着状態にこちらに向かってくる影があった。

 その正体は一体の鬼。

 この援軍に悪鬼は喜び、レナードは悲しむ。

 それはつまり誰かがやられたということ。

 それが誰かも確認できぬまま敵の攻撃は苛烈さを増す。

 交互に繰り出される攻撃。

 必然的にレナードの運動量はより大きく、より細かくなる。

 弱い方の鬼を先に排除したいレナードだが、悪鬼もそれをわかっているのか自らを盾に味方を守る。

 守られた鬼は悪鬼を尊敬の眼差しで見つめる。


 騙されやがって!!こいつはいざという時平気でお前を生贄に捧げるやつだぞ!!


 思わずそう言いたくなるレナード。

 連続で繰り出される攻撃に、苦しいレナードは少しずつ下がらざるを得ない。


 レナードと悪鬼は崖際にじりじりと近付いていた。

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