第16話 両雄激突
両者が叫び声や咆哮を上げ次々と走り出す。
怒声、罵声、意味を成さない言葉、人間のものとは思えないような叫び。
味方が壁上から弓を放つが、その強靭な体表に弾かれ効果は薄い。
精々、小鬼達が少し減る程度のものだ。
スノウも在らん限りの声を叫ぶ。もはや自分でもなんと言っているのかわからない。だが、そうでもしないとこの空気に押しつぶされそうになる。
「乱戦になるぞ!!俺から離れすぎるな!!」
レナードがスノウ達の肩を引き寄せて耳元で叫んだ。
スノウ達はレナードの目を見て頭を大きく縦に振る。この状況だとこうした方が分かり易いだろう。
「スノウ!!周りの雑魚は任せる!!グレイグは司祭の援護!!」
簡潔で分かり易い指示を出し、レナードは迫る鬼達の前に立つ。
スノウは震える膝を叩いて叱咤する。
戦争というものを甘く見ていた。
周囲から聞こえる地鳴りのように響く足音と咆哮、男達が出す獣ような叫び。
身体から噴き出る熱気と狂気。
この異常な空間に視界がぐらぐらと歪む。
戦場における自分の存在の何とちっぽけなものか。
自分一人が逃げても結果は変わらないのではないかと、弱気な方向へ考えが行きそうになる。
両者がぶつかり、兵士たちが宙へ飛ぶ。
スノウ達の先頭に立つレナードが突撃してきた鬼を受け流し、中へ切り込む。
後続から次々と鬼が押し寄せる。
戦場はあっという間に敵味方が入り乱れた。
俺にできることをやるんだ……!
この乱戦の中、青い鬼は他の味方に任せ、小鬼達に狙いを絞るスノウ。
倒れてくる鬼達や味方に足がもつれそうになりながらも動き出す。
レナード達の位置を確認し、その周囲を周りながら小鬼たちをを倒していく。
司祭はいつものごとく奇声をあげ新しく新調した大きめのメイスを勢いよく振り回す。
メイスは鬼の足先を捉え鬼の体が傾いた。
司祭はそのまま落ちた頭を横から思い切り叩いた。
この攻撃には流石の鬼も倒れ込む。しかし、しぶとくもがくその鬼に何度も何度も狂ったようにメイスを叩きつける司祭。
辺りには赤い体液が散乱した。
奇声を上げる司祭の高音はよく周りに響き目立った。
注目を浴びる司祭を囮に、グレイグとレナードは横から引き寄せられた鬼達を奇襲した。
グレイグは素早い動きで鬼達の急所や下半身を斬りつけ、敵を翻弄する。
それを振り払おうと味方もろとも暴れ回る鬼たちは動きが遅い。
そこにレナードが魔力を込めた一撃を与え、鬼を地に沈めた。
同じように、兵士たちは自分がこなせる役割を理解し、陽動、撹乱、そして止めといった役割に分かれ次々と敵を倒していく。
兵士たちの連携は見事だったが、如何せん敵の数が多かった。
兵士たちは暴力に殴られ、倒れたところを踏み潰されてその数を減らしていく。
少しずつ均衡が傾いていた。
戦場を走るスノウは大量の小鬼達を相手にしていた。
スノウにも役割があるように、敵である小鬼たちも使命があった。
それすなわち、勝てそうな相手を殺すこと。
小鬼達はこちらを見ていない敵に背後から奇襲したり、自分たちでも勝てそうな奴を襲う。
青鬼を相手にしている兵士たちからすれば、この小さな魔物が周りでうろちょろされていると目の前の相手に集中できない。
小鬼達は兵士が不利と見るや否や飛びついてくる。
これによって殺される兵士は多かった。
スノウはそれをさせないために戦場を走る。多くの小鬼達を引き連れて。
小鬼達からしてみると、スノウはもう少しで殺せそうな敵。喜んで味方についていく。
スノウは自分についてくる小鬼達が多くなると、攻撃に転じ少し数を減らす。
減らしすぎても増えすぎてもいけない。
青鬼に目をつけられると、すぐさま逃げる。
味方もスノウがしていることをわかっているのか、それを援護して引き受けてくれた。
小鬼を相手にしていた新兵達は段々とその数を減らしていっていたが、スノウがそれを何とか持ち堪えさせていた。
兵士の中でも精鋭の戦士達は、その驚くべき身体能力と継戦能力で己の力を遺憾無く発揮させ鬼を倒し続けていた。
彼らは疲労を感じるどころか、戦闘が長引くにつれその身体のキレは増していく。
ハイネは一本の矢のように戦場を駆ける。その手には新しい斧槍を持ち、穂先がわずかに煌めく。
刺突が鬼の喉元を捉えた。攻撃に重きをおくハイネの斧槍は鬼の硬い皮膚を突き破り、鬼を地に沈める。
そのハイネに鬼達が囲むように襲う。
それを見たハイネが斧槍を横に薙ぎ払うと、穂先に小石や砂が穂先に追従するように浮遊し、扇状に撒かれる。
ハイネの持つ斧槍の穂先は魔道具として『岩の鎧』の能力を擬似的に再現するものだった。
砂を纏い鬼を倒して回るハイネ。
「ウォルぅ!!まだくたばるんじゃねぇぞ!!」
相棒のウォルターに向かって叫ぶその顔は野生的な笑みが浮かんでいた。
そんな中一人の兵士が鬼を倒した。だが鬼の身体から剣を引き抜いたその顔は熱に浮かされたように上気し、目は血走っている。
その様子のおかしな兵士は万能感に満たされていた。
身体からは力が溢れ、今なら何だってできそうな気がしていた。
その兵士が目を付けたのは敵の大将、白髪鬼。何とも幸運なことに、道が開けているではないか。
雄叫びをあげ白髪鬼に斬りかかる兵士。
だが気がつくと彼の頭は身体と分離していた。
大狼のような魔物に騎乗したまま白髪鬼はシアだけを見据えていた。
白髪鬼の頭の中には今しがた剣を振った相手のことなどもうない。
頭を無くした兵士の体は、死を受け入れられないのか、ふらふらと歩く。
白髪鬼の前まできたそれは、側に控えていた彼を守っていた一匹によって薙ぎ払われ、遠くに飛んだ。
仲間がやられたのを見て、兵士たちが駆け寄ろうとすると、親衛隊の紫鬼達が前にでてそれを阻む。
精鋭の兵士たちによって数を減らしていた鬼たちだったが、彼らの投入によって戦況は再び鬼に傾こうとしていた。
この事態についにシアが動いた。
シアはふらりと戦場をまるで庭を散歩するかの如く歩き出す。
途中、鬼達が彼に殺到するが、シアが腕を一振りすると、その身体が分たれた。
斬撃は見えないほど疾く、大きい。
シアもまた、白髪鬼だけを見つめる。
両者の間に空間ができていた。
皆戦いながらもそれを見守る。
大狼の魔物が唸り、シアに飛びかかる。
シアも駆ける。大地が小さく爆ぜた。
シアはまず大太刀による魔力を込めた斬撃を飛ばした。
強力だが、格下相手にしか通用しないため、様子見程度。
斬撃は白髪鬼を狙ったものではなく、騎獣である大狼が本命。
白髪鬼は大狼を操りその斬撃を片手で持った黒い大剣で容易く弾き飛ばす。
シアはその勢いのまま、ぶつかるように大太刀を振り下ろした。
それを受けてたつ白髪鬼。
互いの得物が甲高い大きな音を立ててぶつかった。
シアと白髪鬼が顔を突き合わせた。
鍔迫り合いは一瞬で、シアはすぐに後ろへ下がる。
だがその際に下から払うような素早い一振りがあった。
それは白髪鬼自身には届かない攻撃であったため反応が遅れる。
シアが放った斬撃は、大狼の首元を裂いた。
徐々に崩れ落ちる大狼に白髪鬼はその背中を降りる。
死にゆく大狼には一瞥もくれない。
お互いが同じ条件になり、再度相対する。
今度はお互いが間合いを測るようにジリジリと円を描いて近づいていく。
突如シアが無造作に接近。
白髪鬼はそれに対し肩から振り下ろす斬撃を放つが、シアはそれを剣先で優しく受け流す。
白髪鬼は受け流されたのを意に介さず、そのまま次の攻撃につなげる。
息を注ぐ暇も与えないその攻撃はまるで暴風。
他の者が近づくようなら細切れにされてしまうような攻撃。
だがシアは大太刀を用いてそれを巧みに受け流し、紙一重で避けて見せた。
シアは大ぶりな攻撃に隙を見て斬りつけてはいるが、白髪鬼の強靭な皮膚を傷つけることはできない。
当たらない攻撃にイラついたのか、白髪鬼は身体を押し付けるように前へ出る。
シアはそれに対して後ろに下がった。
それを見て笑みを浮かべるのは白髪鬼。
種族としての基礎的な膂力の差があると感じてのことだった。
つまり、単純な力比べならこちらに分がある、ということ。
再び前へ出る白髪鬼。
予想通りシアがそれを嫌がるように後ろに下がる。
だが突然そこでシアは前に出た。
シアの顔は冷静そのもの。
疑問を覚えた白髪鬼だが、好機と見て力押しをしようと圧力をかける。
防御のために出された大太刀を捉え、そのまま力をかけ押し潰そうとする。
だがまたもやスルリと躱され、その浮いた身体にシアの斬撃が襲った。
喉元を狙った鋭い斬撃。完全に仕留めにかかる一撃だった。
事実その斬撃は吸い込まれるように白髪鬼の喉元に入った。
だが当たる直前に白髪鬼は身体を捻るようにして回避行動を行った。
そのまま転がるように距離をとる白髪鬼。
手で抑えている喉からは赤い血が滴り落ちる。浅い傷ではなかった。
通常ならばそのまま死に至るほどの傷。だがこの魔物は普通ではない。
手で喉を抑えたまま立ち上がりシアを睨む白髪鬼。
その目には怒りと憎しみが溢れ、心には屈辱があった。
これまで見せたことがないほどの怒りを滲ませた白髪鬼。
抑えていた手を下に下ろす。傷はすでに塞がっていた。
「ガァアアアアアアアア!!!!」
初めての咆哮を上げる。
完膚なきまでに相手を叩きのめすという強い意志。
シアもそれを受け、見に纏う空気を変える。
ここからが正念場と見た。
驚くべき速度で飛びかかる白髪鬼。地面が弾けた。
シアはそれを躱しながら斬りつけようとする。
だが白髪鬼は空いた片方の手でシアに掴みかかる。
シアはそうはさせまいと攻撃を変え、その手を斬り飛ばそうとするが、もう片方の黒い大剣がシアを襲う。
「チッ」
シアは大剣を防御せざるを得なかった。
白髪鬼の腕がシアの肩を掴む。
強靭なシアの身体を握り潰さんと握力がかかる。
爪が肉に食い込み、肉が裂ける。
そのまま両者はもつれるようにして転がった。
白髪鬼は掴んだシアを絶対に離さないと力を込める。
シアが身体を横に回転させて弾けるように飛んだ。
両者が離れる。
白髪鬼が掴んでいるはずの左手を見ると、手首から切断されていた。
その左手はいまだにシアの肩に食い込んでいた。
シアも無傷とはいかず、掴まれた肩は肉が裂け、白髪鬼の腕を切断する代償に脇腹に大剣による傷を負っていた。
抉れた頬はもつれた際の白髪鬼の角によるものだろうか。
掴まれたままの左手はガッチリとシアの肩を掴んでおり直ぐには離せそうもない。
しかしこの一度の攻防によって既に差はつき始めていた。
シアの技術に白髪鬼の力が及んでいない。
シア自身も力だけの相手には負けないと確信していた。
捨て身の攻撃は脅威だったが、それを防ぎ切った今、勝敗は時間の問題だった。
お互いに見合う。
白髪鬼もまたそれを感じていたのか、次なる一手を繰り出した。
シアと距離を取り、周りに何かを叫ぶ。
その声に動き出したのは白髪鬼の周りを固めていた紫色の鬼達だった。
突如今戦っていた兵士たちを無視し、鬼を引き連れ砦へと向かう。
乱戦の中、砦を突破しようとする動き。
白髪鬼に技はなかったが、知恵はあった。
シアはそれを防ごうとするが、白髪鬼がシアを妨害する。
シアは白髪鬼を相手にしながらも、合間に斬撃を飛ばし、防ごうとする。
シアによって時間を稼ぎ半分の突破を防いだ。
精鋭の戦士達がその紫鬼の前に立ち塞がる。
だがもう半分の紫鬼がいる。
駆けつけたクリスとジェイルが二匹を止めた。
しかし最後の一匹、捻れた角の悪鬼が手下の鬼を連れ、壁を破壊し内部へと入っていった。
白髪鬼は笑いながらシアに迫る。
シアを足止めするかのような、殺気のない、いやらしい攻撃。
シアはそれを受け止め、叫んだ。
「レナード!!」
鬼の身体に剣を突き刺していたレナードがシアを見る。
白髪鬼との戦いはレナードも見ていた。
そして砦を抜けていったやつのことも。
シアが何かを言う。
レナードには聞こえなかったが、口の動きでわかった。
『いけ』
レナードはシアと一瞬の間だけ視線で会話する。
なぜ俺に言ったのか、それでいいのか、他のやつじゃなくていいのか。
思うことは山ほどあったが、即決断しなければならない。
そしてレナードは仲間を呼ぶ。
グレイグと司祭を呼び、一瞬迷ってスノウを呼ぶ。
今は彼らしかいなかった。
「ついてこい!!」
スノウ達は何のことかわからなかったが、走るレナードにとにかくついていく。
砦の中に入ると、そこには破壊の後があった。
死体がある。頭や身体が果実のように潰れている。
破壊と死体は外門の方へと続いている。
レナードは走りながら説明をする。
「突破した鬼がいる。正確な数は分からんが四、五匹程度。そいつらの対応を俺たちだけでやる。裂ける人数は多くない。援軍は期待するな」
矢継ぎ早に要点を伝えるレナードにスノウは息を飲む。
危険な任務だ。
「いいか、抜けたやつらの中に一際強いやつがいる。そいつは俺がやる。お前らは他の鬼をやれ」
レナードはそう言ってスノウの方を見た。
「スノウ。お前には少し酷な任務かもしれん。引き返すなら今だぞ」
スノウは黙り込む。
それは実力が及ばないということだ。
ここでスノウが戻っても彼は責めはしないだろう。
だがレナードはそれでもスノウに来いと言ってくれた。
それは信頼からだろうか、それとも戦力として見てくれたのだろうか。
「いくよ。俺」
なぜそう返事をしたのかは分からない。
戦場の熱に当てられたのか、それとも義理からか。
分からない。だが、レナードを死なせたくなかった。
助けになるのならそうしたかった。
レナードはスノウの覚悟を決めた顔を見て感謝した。
おそらくこの戦い容易ではないだろうと感じていた。苦戦の予感だ。
相手の実力は高い。
特に、あの大きな鬼、捻れた角が特徴の悪鬼と命名された鬼。強力な個体だ。
レナードはこの戦争で感じていたことを考える。
鬼達は脅威には違いない。だがはっきり言って雑魚だ。
仮に俺たちが死んだとしても、シアがいる。
あいつがいる限り砦を越えることはできない。
白髪鬼は命令を出していた。
つまりそれをやるだけの知能はあった。
負ける戦を仕掛けるとは思えない。
斥候をやたら出していたのも気になる。
こちらの戦力を図るためか、他に何かを探っていたのか。
どれだけ数をかけたところで、強大な個には勝てやしない、それがこの世界で生きるものの常識だ。やつが戦うことを生業とする戦士であれば尚更だ。
さっきのあの命令こそ、やつの本命かもしれない。
自らを囮にして部下を突破させる作戦。
なぜ魔物が襲ってくるのかは長年の謎だ。
彼らは吸い寄せられるようにやってくる。
魔物は人間を食べないことはないが、殺しはする。
それこそが魔物の目的ではないか、というのは長いこと言われてきた。
仮に砦がなければ、山を降りた魔物達は多くの人を惨殺していくだろう。
それはこの国の歴史が証明していた。
この国の軍隊ではいかに魔素が薄く力が弱っている鬼とはいえ、あの規模の魔力を持つ鬼を止めることは容易ではない。
それほどまでに通常の鬼と人の力には体力、筋力に差があった。
ゆえにこの砦の重要性は計り知れないものがあった。
「あれを止めなければ大惨事になっちまう」
レナードはそう零し、鬼を追う。
日は既に落ち、月明かりだけが彼らを照らした。
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