第14話 強者唯一人何を思う

 ここ最近レナードの姿が見えなかったが、それにはある理由があった。

 『岩の鎧』を討伐した三日前、レナードは休息もそこそこにシアから呼び出されていた。

 向かったレナードの前にはシア、クリス、ジェイルがいた。いずれもこの砦においての核となる人物達である。


 「レナード、名付きの討伐ご苦労と言いたいがすぐに調査に向かってほしい。『岩の鎧』の痕跡を辿ってどこから奴が来たのか調べてくれ。期間は多くても五日程度、人数はお前を入れて四人だ。いずれも経験のあるやつにしろ」


 「……わかった。すぐに発つ」


 それだけ言ってレナードは身を翻して部屋を出る。

 呼び出された時点で何を言われるかはおおよその予想はついていた。それに今回が初めてと言うわけでもない。だが人選は慎重にする必要がある。楽な任務ではない。

 レナードは早速声をかけに向かう。この任務は速さが求められていた。谷の奥の環境は変わりやすい。


 「アステル!今調査の任務を頼まれたんだが、いけるか?」


 アステルと呼ばれた男は肩までの黒髪に神経質そうな顔。体格は中肉中背、腰には細剣を差す。全体的にどことなく暗い、陰鬱な雰囲気を持つ。

 アステルはレナード似た万能型の剣士。レナードと違うのは味方の援護に秀でており、目立ちにくい立ち回りを得意とする。影の薄さを本人は嫌っているが、その技術と経験豊富さは味方にすれば頼りになる戦士だ。


 「はぁ……。地味な任務だとすぐ俺だ……」

 「おし、んじゃ門のとこに集合な!」


 アステルは不満タラタラだが、それはいつものことなのでレナードは気にしない。彼はやるときはやってくれる。だからこそ信頼できる戦士だった。


 「テリー!ケイン!仕事だ」


 テリーとケインはどちらもやや小柄な体格で、テリーの方が大きい。元は盗賊や暗殺業などを生業としていた。短剣や弓、暗器などを武器とする。

 この二人は強力な力はないが、隠密や斥候を得意としている。二人とも谷の奥、迷界への探索も経験豊富だ。


 「お呼びだぜ、ケイン」

 「レナードが呼ぶってことはそう言うことだ」


 二人とも何の用かわかっているのかすぐに準備へ取り掛かる。

 レナードはそれを見届けて、自身も準備するために自室へ戻る。

 レナードは最小限の装備に、その上から灰色の外套を着て部屋を出る。

 そして門へ向かう前にスノウ達がいつもいる場所に寄ると、剣を振っていたスノウたちに話しかけた。


 「ちょっと任務で数日ここを離れる。俺がいない間に死ぬんじゃないぞ」


 スノウはポカンとレナードを見た。

 彼の服装はいつもと違い、外行きの装備だ。


 「あ、うん」


 反射的にそう返したスノウにレナードは軽く手を振って去る。

 それから少しして、レナードは数人の仲間と共に谷の奥へと消えていったのだった。



 「帰ってきたみたいだぞ」


 グレイグがスノウの元へきてそう言った。

 スノウは門のところまで見にいく。

 レナードが出発してから三日あまりが経っていた。

 スノウは遠巻きに丁度帰ってきたところのレナード達を見る。


 随分と疲れているみたいだ……。


 久々に見たレナードは今まで見たことがないほど余裕のない顔をしていた。荒んでいると言うのだろうか、妙に張り詰めた空気が彼らの周りにはあった。

 レナードは一緒にいた仲間達と別れ、ジェイルと共に足早に砦の中へと向かう。


 レナードは三日ぶりにシアの前に立った。

 この部屋には前回と同じ顔ぶれが並んでいる。


 「まあ、座れや」


 ジェイルは疲弊し切っているであろうレナードに座るように促す。

 それにレナードは周りを気にした様子もなく椅子にどっかりと座り息をついた。


 「報告せよ」


 クリスが報告を求める。

 レナードは前屈みになり、ゆっくりと何があったのかを語りだす。


 「……まず、俺たちは監視塔の奴らに話を聞きに行った」



 レナードは仲間達と共に、まず迷界の入り口付近に立っている監視塔に向かった。

 谷は奥に進むにつれて段々と広がるような構造になっており、奥に進もうとするとすぐに森にぶつかる。

 監視塔は森が始まる場所、入り口近くにあった。

 塔と言っても見てわかるような建造物ではなく、周囲に溶け込むように崖の上に建てられたものだ。

 そこには常駐している兵士たちがいる。

 笛を軽く鳴らし、合図を出してこちらがきたことを伝えた。


 「ここだ、レナード。やはりきたか」


 少し離れた茂みから顔を出す男。顔を塗料で塗り、迷彩を施した外套を羽織っている。


 「生きてたか。何のために来たかわかるよな、フェイス」

 「……ああ、付近を調べたがやはり奴は北の方から来たようだ。痕跡を辿るのは容易だが気を付けろ、どうも森の様子がおかしい。それにここ最近鬼共の斥候をよく見かける。奥で何か起こっているに違いない」


 フェイスはゆっくりと頷き、警告する。

 この男がそう言うのだから何かが起こっているのは間違いない。

 フェイスは長くこの監視塔の頭を任されている。

 それだけに谷の奥で起こっている何かを調査しなければならない。


 「礼を言うぜ、フェイス」


 そう言ってレナードは仲間と共に森を進む。

 フェイスは彼らを見届けると、森に溶けて消えた。


 森と言っても木々だけでなく岩山や崖が彼らを阻む。それに加え道なき道を行くのは至難の業だ。

 しかしそこで彼らの鍛えられた肉体と経験の豊富さが役に立った。

 斥候役を務めるケインは前を先行して『岩の鎧』と魔物の痕跡を見つける。今回は魔物とは極力戦うつもりはない。避けられるのなら可能な限り避けたいという思惑。

 次にレナードとアステル。この二人が戦力の中核を担う。

 最後尾にテリー。攻撃範囲の広さ、不意打ちなどのサポートだ。またケインと交代で斥候を務める。

 一行はケインの先導に従って森の中を進む。

 すぐにケインは岩山に擦り付けられた跡を見つけた。散らばった破片を見る。


 「多分これだ」


 辺りを捜索するとすぐに『岩の鎧』の足跡が見つかった。進む方向は合っているようだ。

 彼らは頷き合って調査を再開する。

 途中、ケインがサッと手を上げ静止の合図を出す。

 それに従って後続のレナード達は身をかがめた。

 少し待つと鬼達が歩いてきた。斥候の定番の組み合わせである鬼と小鬼たちだ。

 静かにやり過ごし彼らが通り過ぎるのを待ってから再び歩き出す。

 そんなことが何度か続いた。


 彼らは休憩、食事は最低限にして歩いた。睡眠は一切取ることはない。

 これこそがこの谷を探索するのに必要不可欠であるとも言えた。

 彼らは常に周りに気を配り、神経を尖らせている。

 睡眠はどうしても無防備になってしまうため、その恐怖からか身体が寝ることを拒否してしまう。

 迷界は魔力が濃い。彼らはそれを吸収することで肉体の疲労を抑えられてはいるが、心の疲労だけはどうにもできなかった。

 そしてこの森には彼らにとって脅威となる魔物達が大勢潜んでいる。それに加え、この迷界が持つ何とも言えない不気味で強烈な存在感。それが彼らの心に重くのしかかり疲弊させていくのだった。


 一行はさらに奥へと進むと隆起した小高い丘に出た。丘の反対側は抉れた崖になっており、そこに地下へと続く裂け目があった。


 「レナード見ろ。あそこに奴が通った跡がある」


 ケインが指差したのはその裂け目の入り口付近。見ると確かに岩を擦った形跡がある。


 「これ以上は危険だな……」


 レナードは素早く決断し引き返そうとした。これ以上は裂け目の中に入らなければならなくなる。そこまでは調査できないという判断だ。


 「待て!!何か聞こえる!!」


 ケインは息を潜めて声を荒らげた。

 レナード達は素早く身を隠すと、裂け目の奥からくぐもった咆哮が聞こえた。

 しばらくすると、裂け目から大きな塊が転がるようにして飛び出した。

 その塊は鬼と黒豹が絡まりあった姿で、お互いは相手の息の根を止めるべく激しく組み合っている。

 どちらも大きな体躯をしており両者の力は拮抗していた。

 互いにもつれたまま地面を転がり、やがて鬼の方が手を黒豹の口の中に突っ込む。

 黒豹はその手を噛みちぎらんと力を込めるが鬼の腕が強靭だったのかそれは叶わず、そのまま一息に鬼が黒豹の舌を引っこ抜いた。

 自身の血と黒豹の血を浴びながら鬼が空に咆哮を上げる。周囲の空気がビリビリと揺れた。

 それを聞いてか、裂け目からゾロゾロと鬼達が湧いてきた。


 「……こりゃまずいな」


 レナードは思わずそうこぼす。

 レナードが驚いたのは鬼の数だ。見えるだけでも百はいる。それに加えて黒豹と戦っていた捻れた角が特徴的な大きな鬼。皮膚が紫がかっている。なかなかお目にかかれる奴ではない。

 鬼というのは一番低い小鬼が緑、そこから成長するにつれて青色に近づいていく。

 さらに成長すると青から段々と赤色になっていくという。

 砦に来るのは多くが緑から青色の鬼。紫以上は迷界の中でしか確認されていない。

 だが不幸はさらに続いた。

 裂け目からさらに紫色の鬼が複数出てきた。数は4体程だろうか。

 しかしレナードの目を引いたのはそれではなかった。

 大きな狼のような魔物に騎乗している赤い鬼。周りと比べると人の体格に近いほど小柄。細身に長い白髪。知性的な顔立ち。明らかに周りと毛色が違った。紫の鬼達がそいつの周囲を囲むように固めている。

 出てきた白髪の赤鬼は静かに捻れた角をもつ鬼の前に騎獣を進める。

 「捻れた角」は先程までの興奮が嘘のように白髪の赤鬼の前に傅いた。

 白髪の赤鬼はそれにただ頷く。


 やべえ……!あいつはやべぇぞ……!


 レナードはまずいと思いつつもその姿から目が離せない。白髪の赤鬼には奇妙な引力があった。

 その時、ふと、白髪の赤鬼が顔を上げる。そしてレナード達がいる方を見た。

 レナード達に鳥肌が立つ。


 「撤退!!」


 レナードは直ぐに指示を出す。それを聞くまでもなく仲間達は全速力で走り出していた。


 「クソがっ!!なんだっ!!ありゃっ!!」


 走りながら愚痴るテリー。

 

 「俺にいうなっ!!ボケッ!!」


 ケインがすかさずそう返す。

 背後で大きな咆哮が聞こえる。


 「だがこれではっきりしたっ」

 「俺たちが死ぬことがかっ?」

 

 走りながらも嫌味を言うアステル。

 だが欲しかった情報は手に入った。あとはこれを生きて持って帰るだけだ。


 「ケイン!ある程度距離を稼いだら迂回しろ!真っ直ぐ着いてこられたらまずい。時間を稼ぐんだ」


 おそらく鬼の軍勢は遠からず砦に来るだろう。今は少しでも時間を稼がなければ……。

 そうレナードは決意し背後から迫ってくる死の気配を振り払おうと足を早めた。



 「……それで命からがら逃げ帰ったってわけだ」


 レナードはシア達に語り、柔らかい椅子に背を預け目を瞑り大きく息をつく。

 言うべきことは全て言った。あとは彼次第だ。

 ジェイルもクリスもじっとシアの言葉を待つ。

 彼こそがこの砦の最大戦力であり最高指揮官。シアの命令が今必要とされていた。


 「……総力戦になるだろう。クリス、非戦闘員にも武装の通達をだせ。男も女もだ。ジェイル、その時まで兵士の損耗は避けろ。特に向こうの大きな戦力に対抗できる者はな。乱戦時の対応も確認しろ。砦内部まで侵入される可能性が高い」


 シアは淡々と指示を出す。


 「ハッ」「おう」


 クリスとジェイルはそれぞれ応え、部屋を出る。

 部屋にはシアとレナードだけになった。

 少しだけ沈黙が流れた。


 「……あんたの出番もあるぜ」


 レナードの脳裏にはあの白髪の赤い鬼の姿があった。

 底知れぬ力を感じた。あれに対抗できるのはシアだけだろうという確信があった。


 「……そうだな」


 シアは窓から谷の奥を見つめながら静かにただ一言、そう返した。



 鬼の軍勢が迫っていることなど知りもしないスノウは門まで来ていた。谷の奥に通じる内門ではなく逆側の外門だ。

 外門からは次々と物資や奴隷達が運び込まれてくる。僅かだが傭兵達も共に来ていた。

 スノウにとっては懐かしい行商隊だった。彼らは月に一度商品を運んでくる。

 行商隊長のホッファが例のごとく迎えたジェイルに嬉しそうに話しかける。


 「お久しぶりですジェイル!」

 「ああ」

 「どうかされましたか?」

 「いや、まあちょっとな」


 言葉を濁したジェイルを訝しみつつも、ホッファはシアへの報告に向かった。

 物資が運ばれ、奴隷達が広間に移動していくのをスノウは複雑な気持ちで眺める。


 逆の立場になっちまうとはな……。


 やがてホッファが戻ってきた。

 彼に用があったスノウは彼の近くに歩み寄った。


 「……あの、ホッファさん」

 「……んん?……おお!スノウくん!スノウくんですね!!よかったぁ!生きていて!心配していたんですよ!」

 「あ……あの……お礼を言いたくて」


 スノウを見て直ぐに気付いたホッファ。

 スノウが言う礼とは治療に関するものだった。

 犯罪者として奴隷になり砦行きの檻に入れられた時、スノウは瀕死の重症だった。それをホッファが見かねて傷の治療をして命を繋ぎ止めてくれたのだった。


 「そんな御礼だなんて!!当然です。まあ打算がなかったとは言いませんがね。それにシア様に死体など届けられません!!」


 スノウはホッファの正直な言葉に優しさを感じた。暗に恩を感じる必要はないと言ってくれているのだ。


 「それでも、ありがとうございます。あなたのおかげで、まだ生きてます」


 ホッファは目の前の少年と青年の境目にいる男を見る。

 ほんの一ヶ月前はぼろぼろで目の中の光を無くした少年。

 あの時は直ぐに死んでしまうだろうと思ったものだ。

 だが今はどうだろう。この過酷な場所で懸命に生き足掻いているではないか。

 身体は一人の戦士へと変わりつつあり、纏う魔力も力強い。

 ホッファはそんな彼の中に商機を感じた。


 「ほほほ。ではあなたがもっとお金を稼げるようになったら、その時はご贔屓にしてください。それと私に敬語は必要ありませんよ。これからあなたはお客様なんですから」


 商人らしい物言いのホッファにスノウは苦笑する。

 それから二人は少しの間談笑した。

 やがて時間になるとホッファは行商隊を率いて再び山下へと帰っていった。


 外の広場に戻ったスノウは兵士たちを眺める。

 頭の中は先程ホッファに言われたことを考えていた。


 「シア様のご様子が少しおかしいように思いました。……どうもピリピリとしているようです。……思い返せばジェイルも変でしたし。スノウさん、気をつけて。あれは絶対何かありましたよ」


 砦に何もない日はないが、シアが気にしているとなれば話は別だ。何もなければそれに越したことはないが。

 スノウが眺める兵士たちの中で、彼と同時期にきた兵士はもう半分にも満たない数になっていた。

 気がつけば、スノウが来てから一月が経っていた。

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