第12話 素晴らしきかな戦士達の世界
討伐された『岩の鎧』は隣接されている解体所の外まで運ばれた。中には大きすぎて入れなかったためである。
早速、専門の男達が解体に取り掛かるが巨体の上に厚く硬質な皮に苦戦したが、切り傷の跡から刃を入れ皮を剥いでいく。
解体が進んでいくと、『岩の鎧』の身体から大きな魔石が出てきた。周囲がざわつく。これだけの魔石はそうそうお目にかかれるものではない。
さらに、身体の中からあるものが発見され、解体所の親方アルバスが声を上げた。
「ハイネおるか!!」
ハイネは流石に疲れている様子ではあったが、解体の様子を眺めていた。
「ここだよ、おやっさん」
そう応えたハイネにアルバスは鋭く光る物を放った。
ハイネはそれを手にして眺める。
「……へぇ〜、面白いじゃん」
ハイネが手にしていたのは槍の穂先の部分だった。
これは『岩の鎧』が最初に現れた時にハイネがその身体の中に残した一部。
以前、『岩の鎧』を仕留めようと繰り出した槍は喉の下あたりに逸れ、槍が半ばから折れたものが身体の中に残っていたようだ。
長い間『岩の鎧』の体内にあった穂先には『岩の鎧』の魔力が宿っていた。それはかつての所有者であるハイネによく馴染んだ。
「こりゃあいい拾いもんだ」
ハイネはご機嫌な様子でそれを手の中で弄ぶ。
「ウォル、あんたも何かもらいなよ」
隣にいたウォルターはコクリと静かに頷く。
結果的に、ウォルターは『岩の鎧』が岩を操っていたと思われる背中の最も硬いであろう部分を選んだ。それは金属の様に光沢を放つ。
『岩の鎧』は次々と解体されていき、取り出された、素材は鍛冶場へと運ばれていく。
スノウはレナードの隣に座って疑問を呈した。
「ああいうのって王様に献上とかしないのか?」
「あまりもんで大丈夫だ。わかりゃしねえさ」
スノウがわからないのを察してかレナードが続ける。
「王都にいる奴らはあれを使いこなせやしない、たとえ魔力を持っていてもな。……こういう素材ってのは不思議なもんで使い手を選ぶのさ。もっとわかりやすく言えば、こいつを倒した奴が一番うまく使える。あとはシアみたいなこいつを雑魚扱いできるような突出したやつ。……尤も、シアなら使うまでもないだろうがな」
魔力というのはスノウが考えるものよりもだいぶめんどくさいものらしい。
……俺が想像していた魔力ってのは、もっと使いやすい物だ。呪文一つで使えたり、もっと密接に生活の中に結びついているものだと思ってた。……けどそうじゃなかった。転生して、魔法があると知ってから必死に魔法を求めたが……見つからなくて……諦めた。この世界の魔法や魔力と言われるものはすごく人を選ぶ様だな……。
俺の中にも魔力があるらしい。
らしい、というのはスノウ自身は魔力を知覚できていないからだ。
しかし、この砦にきてから身体がおかしなことになっていることには流石に気がついていた。
まず、傷の治りが異常に早いこと。
スノウがこの砦に来るきっかけとなった事件によってできた身体の傷は、死に至るほどのものだった。しかし、介護のおかげもあって持ち直してはいたが、それでも完治までには程遠いものであったが、それもいつの間にか傷跡さえ残っているものの治っている。
魔物達との戦闘によって負った多くの傷も気がつけば出血は止まり、完治していた。
さらに疲労の回復力も異常に速く、睡眠時間も僅かで支障はない。
この場所は常人には明らかに過酷な環境のはずだが、スノウが一応の適応をしていけているのは魔力のおかげと言わざるを得なかった。
これだけを見ると魔力ってのはいいことずくめだが、そんな都合のいい話があるか?よくよく考えると何度も死にそうな目にあったからとも言えなくもない……。それはデメリットと言えるだろうか……。
だが、いつ魔力が俺の中にできたのかは知らないが、使えるものならなんだって使ってやるさ……。
『岩の鎧』を討伐したその日は、珍しく他の魔物の襲撃はなかった。
*
襲ってくる魔物の中でも一番多いのが鬼たちだ。大きい鬼から小さい鬼まで大きさは様々ではあるが、スノウが相手をするのは比較的小さい鬼たちだった。
スノウがこの砦に来てまだそれほど日数は経っていないが、それでも鬼達による襲撃は多かった。
次に多いのが魔狼などの獣系の魔物で、稀に骸骨兵や昆虫の様な見た目をした魔物もいた。
この日の朝も小鬼たちを相手にするスノウ。
少しずつではあるが、戦闘中に周りを見る余裕もできてきた。仲間とうまく数を分散させて当たる。
仲間達の中でも強い弱いがある。背中を預けるには危険な仲間もいた。
スノウ自身も自分が生き残るためになりふり構わず振る舞ったことは記憶に新しい。
だからそれを責めるつもりはなかった。その仲間を信じた自分の責任だ、そう考えるようになった。
そうすることによって、敵だけでなく味方もよく観察することも重要だと気づいたスノウは味方がそれぞれどの程度までできるのか、今余裕はあるのかを確認しながら戦う。
そうやって味方同士が理解し合うことで、ならば自分はどうすればいいのか、どこまでやるのかを考える。
スノウはいつの間にか新兵達の間では抜きん出て討伐数が多くなっていた。それは彼の攻撃的なスタイルからくるものでもあったし、強くなりたいという焦りからくるものでもあった。
スノウは目の前の敵を見る。
小鬼の突き出してきた槍を半身になって躱し、距離を詰めてすり抜けざまに下から手首を切りつけた。
それに怯んだ小鬼の背後にそのまま素早く周り、首を刎ねる。
小鬼とはいえ狂気に満ちた様な攻撃は脅威ではあったが、いずれも向こう見ずに突進してくるため対策はしやすい。
レナードや傭兵上がりの戦士達の攻撃に比べれば遅く、鋭さもない。
目の前のそれを素早く処理したスノウは次の獲物へと狙いを定める。周囲の小鬼に囲まれないように絶えず足を動かし、位置を調整する。
度重なる実戦で、スノウにも間合いという概念ができていた。攻撃が届かない、もしくは攻撃があっても対応できる距離を保って戦う。
命のかかった戦場で、スノウの感覚は急激に研ぎ澄まされていく。
手に持っている片手半剣は体格の違いも相まって小鬼達に対してリーチという点で大いに頼りになるものだった。
結局、この戦場で襲ってきた小鬼達の約半分をスノウが倒していた。
スノウの中で何かが変わり始めていた。
*
戦闘を終え、スノウは身体の熱を冷ます様に壁に体を預け剣を肩に座り休んでいると、目の前に誰かが立った。
スノウが顔を上げると、そこには先の戦いで活躍したハイネと呼ばれる女が。
顔立ちは美しいが、短気で勝ち気な性格が顔に出ている。茶髪は頭の後ろでまとめ、男好きする肢体を見せつけるような軽装備で手には斧槍を持っている。
そんな彼女の突然の訪問に、特に面識もなく、話しもしたこともないスノウは思わず身構える。
「よぉ、見てたぜぇ〜、調子良さそうじゃねぇか、期待の新人」
スノウは彼女の表情や言い方に、嫌な予感がした。この言い方はまるで不良がイチャモンをつけてくるような絡み方だ。
「俺にも一つ教えてくれよぉ〜、なぁ」
ここ数日、魔物の襲撃は小規模で出番がなかったハイネは新調した武器を試す機会がなく、鬱憤が溜まっていた。
そこで最近兵士たちの間で一目置かれているスノウに目を付けたのだった。さらに良い事に、スノウの世話役であるレナードは今いない。
「おい、聞いてんのか?コラ」
こちらを向いたまま反応しないスノウに対し、イライラと手にもった斧槍の穂先でスノウの肩のあたりを突く。力加減が適当なのか意図してやっているのかは知らないが穂先が普通に刺さって痛い。
スノウはハイネのダル絡みに嫌になって立ち去ろうとする。
こういうやつは相手にしたら負けだ……。
「悪りぃ悪りぃ、自己紹介がまだだったな。あたしはハイネってんだ、よろしくな」
スノウの反応が芳しくないのか、まだニコニコとした顔で手を出して握手を求めてくる。
「あっ、ちょっと用があるんで……」
それを見ないようにしながらスノウは軽く頭を下げて逃げようとする。
背中を向け、逃げようとしたスノウの肩に手がかかった。
「ぐぁっっ!!!!!!」
スノウがその手を振り払った瞬間、背中に衝撃がかかり、スノウは倒れる。
衝撃の正体はハイネの飛び蹴りだった。
スノウは素早く起き上がってハイネを睨む。
ハイネはニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべている。
異変を感じた周囲の兵士たちがワラワラと寄ってくる。
「なんだなんだ?」「喧嘩か?」
気がつけばスノウとハイネの周りを兵士たちが囲んでいる。スノウは無理矢理包囲を抜けようとするが、押し返される。
「オラ!てめえ玉ついてんのか?かかってこいよ!!」
ハイネはスノウを挑発し、かかってこいと手招きする。
「……俺は意味の無い喧嘩はしない」
争う姿勢を見せないスノウ。
スノウの言いようにハイネは笑みを浮かべた顔を凍らせた。
「スカしてんじゃねぇ!!」
ハイネはスノウの顔を殴る。
スノウは崩れ落ちるが、周囲の男達がそれを支え、再び立たせる。
「やっちまえオラァ」「やり返せっ」「調子乗らせんなぁ!」
周囲が囃し立てるがスノウは睨むだけだ。
「おーう。いい目だ。それを俺にぶつけてみろや」
ハイネが挑発するように頬を前に出す。スノウは顔を背けて目を逸らす。
「いい度胸だ」
そう言って表情を消し再びスノウの顔を殴ったハイネ。
殴られたスノウは周囲にもたれるように倒れる。しかし、頭の中はかなりキレていた。
もうどうなっても知らねえぞっ!このクソ女っ!!
スノウは周囲に起こされたタイミングで猛然と殴りにかかり、拳はハイネの顔を捉えた。
怒りに支配されているスノウはさらに追撃をかけようと彼女を押し倒さんとした。ところがハイネはスルリとスノウをすり抜ける。
「いいねぇ……、これだよ、これ」
ハイネは嬉しそうに目を輝かせ、ニンマリと笑った。スノウのパンチはまるで効いた様子ではない。
回避されたスノウは身を低くして再度彼女に襲いかかる。足を掴もうと突進するがその瞬間視界から彼女の姿は消え、替わりに自身の腹部へ衝撃が走った。
スノウの腹部を捉えたのはハイネの拳で、スノウはヨロヨロと腹を抑えるが、まだ闘争心は萎えていなかった。
痛みを無視して身体を起こし、獣の様にハイネに殴りにかかる。
「ハッハァー!!」
ハイネは笑みを浮かべそれに応え、スノウとの殴り合いを始めた。
スノウは何度も彼女の顔面に拳を入れるが、彼女はまるで応えた様子ではない。ハイネが笑いながらを繰り出してくるパンチは重く、速い。
無我夢中になりながら拳を振り回していたスノウは次第に周囲の喧騒が遠のいていくのを人ごとの様に感じた。
*
「プフェッ!!ゲホッゲホッ!!」
スノウは顔に水がかかり目を覚ました。
目を開けるとグレイグが桶を持っている。
記憶が曖昧なスノウは起き上がると顔をしかめた。
「はっはっは。ひでえ顔だ」
自分では見えないが顔が腫れているし、殴った拳は痛いしで、スノウは思わず愚痴を言う。
「くそっ。あいつ、無茶苦茶だ……」
切った口の中が染みる。口の中を探っていると何かがコロリとした。
思わず吐き出すと、それはスノウの歯だった。
あ、あ、あのクソ女……!
ワナワナと怒りに震えるスノウにグレイグはさらに笑う。
「ヒィヒィ……。まあそう言うな、よかったじゃねえか」
「何が」
「仲間として認められたってことだ」
「あれで!?どういうことだよ……」
「面通しってやつだ。興味のないやつだったりどこの誰とも知れんようなやつとは喧嘩はしねぇもんだ。どんな話よりも殴り合いの喧嘩をしたほうが相手のことがよくわかることもある。ここにいるのはそんな奴ばかりだ」
裏の世界をよく知っているグレイグはおそらくこれまで普通に生きてきたであろうスノウに優しく説明する。
「あんたもやられた?」
「まぁ、昔な」
「司祭様は?」
「あいつは……、どうだろうな、……変人だし」
司祭が奇声をあげ喧嘩する姿を想像して、スノウは痛む頬をさすりながら笑う。きっと誰もやりたがらないだろう。
そこでふと、思い返す。
そういえば本気で喧嘩したことなんて生まれて初めて、生きてて初めてだった……。
怒りはいつの間にか消え、スノウは心なしか晴れやかな気分で空を見上げた。
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