第11話 『岩の鎧』

 対峙する『岩の鎧』と名付けられた魔物と砦が誇る精鋭の戦士たち。

 『岩の鎧』は傷こそ負っているものの、いずれも致命傷には至らず、一度は全放出した岩石も再度周囲から吸収することによって元の姿を取り戻していた。


 戦士達は決定打を決めきれずにはいたが、一人も欠けることなく生存している。

 これまでお互いは相手の強さを見定めるための攻撃をしていた。


 手札の多さという面においては戦士達は有利であったが、『岩の鎧』には一撃があった。

 この巨体の質量による攻撃をまともに喰らえばそれだけでこちらは戦闘不能になる可能性が高い。だからこそジェイルは味方の消耗を極力減らすために多い人数で敵の力を測り、消耗させようとしていた。しかしお互いある程度の手札を見せたことにより戦況の変化を感じ取る。


 対するの『岩の鎧』はじっくりと敵を観察する。

 この小さき者たちは思った以上にすばしっこく、鋭いトゲを持ち油断ならない。前回の己はただ衝動に突き動かされた未熟な存在だったが今は違う。己に油断はなく、この内なる衝動にも自我を保つ余裕があった。その上で的確に敵の急所を突いてやろう。

 

 小さき者の中にも色々ある。強いやつ、弱いやつ……。そして、殺せそうなやつだ。


 『岩の鎧』は突如跳躍し、身体を丸める。これまで見せていた防御するように身体を丸めるのではなく、縦に頭と尻尾を咥えるようにして、そのまま相手を轢き殺さんと回転してきた。

 この巨大な質量攻撃に戦士達は横っ飛びに転がるようにして回避して見せたが、『岩の鎧』は突然手足を広げ、回避の動きに入っていた一人の戦士に襲いかかる。

 これこそが本命の狙いであった。『岩の鎧』はあらかじめ獲物に狙いを定め、わざと場を荒らす攻撃をすることで隙をついたのだった。

 一人の戦士が不意を突かれ上から覆い被される。体勢を崩しての回避であった為『岩の鎧』の前足を避けられず押さえつけられる。そして『岩の鎧』は素早く獲物に噛み付く。手にした剣で必死に抵抗するが、すぐに男の絶叫が響き渡った。『岩の鎧』は満足げに顔を上げペロリと口を舐める。


 ジェイルは舌打ちをする。


 クソッ。弱いところを突かれた……。こいつ思ったよりよく見てやがる……。


 安全策を取ったところが裏目に出た。とはいえ、今死んだ男はこの砦の兵士の中でも精鋭。大型魔物とやり合った経験のなさからか、相手の力を見誤ったからか、死んだ今となってはわかるはずもない。

 ジェイルはこれを重く見ていた。敵が勢い付くのを恐れたからだ。

 すぐに味方を下げるべく指笛を吹き、手信号で合図を出す。少人数で対処に切り替えるという合図だった。

 素早く味方が下がろうとする中、『岩の鎧』は敵が逃げに入ったことを感じ取り、そうはさせまいと攻勢を強める。

 背中の岩を飛ばし分断させようとするが、ウォルターがそれを大楯で受け止める。その瞬間『岩の鎧』の眼前にはハイネが迫っていた。

 前屈みになっていた『岩の鎧』の頭を狙ったハイネの矢のような攻撃は間一髪のところで避けられはしたが、それでも『岩の鎧』の腹部に深々と刺さった。


 『岩の鎧』が苦悶の声をあげる。この一撃によって忌々しい記憶が蘇った。


 この二匹の小さき者たちは以前にもやられた事がある。


 以前『岩の鎧』の喉元に深い傷を負わせた一撃だ。素早くハイネを振り払った『岩の鎧』は憎しみの眼でハイネとウォルターを睨み唸る。

 ハイネは上気した顔で受けて立つ。


 「こっからが本番だ!!!」


 両者は終わりが近いことを感じていた。ここからが力を出し切るところだと。

 ジェイルは残した精鋭中の精鋭で『岩の鎧』に挑む。

 ジェイル、レナード、ウォルター、ハイネ。それから『怪物』のマグドラ、『影』のアステル。今砦にいる兵士たちの中で最も実力も経験も兼ね備えた者たち。


 『岩の鎧』は相手を見る。もはや敵に穴はなく、自らも小さくない傷を負った。勝利のための道筋を素早く計算する。

 

 ジェイルとウォルター、ハイネ、マグドラが仕掛ける。彼らは単純に力による攻撃に秀でた戦士だった。

 ハイネはいつものごとく先頭を切って矢のように突進。単純だが疾く、その軌道は標的に向かって追尾する。相棒であるウォルターとの位置をお互い常に把握し、一つの生き物のように戦う。

 『岩の鎧』は尻尾でなぎ払うが、ハイネはグネグネと上下に軌道を変えてそれを避け、ウォルターは前進しながらそれを受け流す。ハイネは相手の機動力を奪うべく『岩の鎧』の足の根本を傷つけた。

 『岩の鎧』はたまらず防御の体勢を取るが、そこにジェイルとマグドラが迫る。

 ジェイルは魔力を込めた大剣でもって岩ごと切断し皮膚を裂く。マグドラは先端に角がついた大槌を振りかぶり横からその膂力でもって殴りかかった。岩が砕け散り、『岩の鎧』の身体にめり込む。

 防御が崩れた『岩の鎧』にレナードとアステルがさらに追撃を与えた。二人は『岩の鎧』の目や傷を負った場所を重点的に切りつけ追い詰める動きをする。

 『岩の鎧』はこの猛攻撃に暴れ回ることで対抗しようとするがジェイルとマグドラの大きな一撃によってそれを減衰させられ、止められていた。


 完全に仕留めにかかるこの一連の攻撃は圧倒的に見えて実の所危険な賭けでもあった。

 ジェイル達はこの攻撃で体力も魔力も急激に消耗しており、長引けば長引くほど不利になっていく。だからこそできれば使いたくはない手だった。


 これで仕留めきれなかったらどうなるかわからねえ!!


 焦る内心を表面には出さず攻撃するジェイルだったが、思いのほか『岩の鎧』の防御は硬かった。

 纏う岩石を剥がしていくが、岩石が張り付く皮膚が金属の様になっており、それがさらに硬く、身体を丸め防御の弱い場所を隠している『岩の鎧』に思うような有効打が入らない。

 加えてジェイル達は嫌な魔力の高まりを感じていた。


 『岩の鎧』中心で魔力が渦巻いている……。


 ギリギリまで攻撃を続けるジェイルたちだったが、更なる魔力の高まりにたまらず距離をとる。その瞬間、『岩の鎧』の中で渦巻いていた魔力が爆発した。


 爆発した魔力は物理的な空気の衝撃では伝わらなかったが、それを見ていたスノウにも魔力を通して確かに届き、身体が後ろに飛ばされた。だというのに建物には被害がない。これこそが魔力の衝撃だった。

 スノウが起き上がると眼前には小さな嵐が発生していた。


 『岩の鎧』は体内の魔力を解き放ち周囲の岩を操る。それに影響されてか、砂埃も中に舞い、『岩の鎧』を中心に渦を巻くように滞留している。

 これこそが『岩の鎧』の奥の手だった。怒りのあまり牙を剥いて立ち上がる『岩の鎧』。

この強力な攻撃によって吹き飛ばされたであろう小さき者たちだが、『岩の鎧』に油断はなかった。この攻撃で死んでいるのならもっと早くに決着はついている。

 自身を守るように周囲の岩石を加速させ空間を削り取るように前進するが、小さき者達はそれを突き破って次々と出てくる。


 「なかなか楽しかったぜ、お前」


 そう語りかけたジェイル。

 気力も体力もかなり消耗しているはずだが、その身体からは魔力が爛々と猛っていた。

 その手に持った大剣を構え迫るジェイル達に『岩の鎧』は岩嵐の中の空間を収縮させて身を守る。

 ジェイル達は嵐の中心こそが最も安全だと直感的に考え、『岩の鎧』に密着し、身体を登る。

 『岩の鎧』は引き剥がそうと身体を動かすがジェイル達は巧みにそれを躱した。その隙にマグドラとレナードが足を崩す。たまらず『岩の鎧』は倒れ込む。これによって岩嵐の収縮は止まり元の間隔へと戻る。

 魔力を消耗し、追い詰められていることを悟った『岩の鎧』は最後の賭けへ出る。

 一気に岩嵐を収縮させ自身ごと飲み込む。ジェイル達は間一髪のところで岩嵐の中心から離脱する。

 岩嵐は次第に小さくなっていく。岩嵐が収まると、そこには岩石の残骸しか残っていない。

 『岩の鎧』は一体どこへいったのか。ジェイルにはわかっていた。ニヤリと笑みを浮かべる。


 「さあ、あとは頼んだぜ」



 岩嵐によって姿を眩ませた『岩の鎧』は谷の奥へと逃げていた。生き残ったものこそが勝者である、これが『岩の鎧』が辿り着いた真理だった。


 最低限の使命も果たした。またこれを生き残り力を蓄えねば。そうすればもっと強い存在へと至る事ができる。


 憎しみを力へ変え、再戦を決意する『岩の鎧』だったが逃走する方向に何かがいた。


 「よぉ、待ってたぜぇ」


 谷の奥へと続く道にはハイネとウォルターがいた。

 二人は追い詰められた『岩の鎧』が逃走する場合を考え、逃げ道を封鎖するように待ち伏せを敷いていたのだった。

 『岩の鎧』は一瞬の逡巡の後、牙を剥き突進する。二人程度なら突破できると考えてのことだった。

 迫る『岩の鎧』にハイネは静かに語りかける。


 「なあ……、覚えてるか……?前に似たような事があった……」


 大きな口で食い破ろうとする『岩の鎧』に対し、ウォルターがその巨体からは想像もつかない速さで下へ潜り込み大楯でもって下から上へ『岩の鎧』の顎をかちあげた。

 ハイネはそれを知っていたかのように膝を曲げ大きく力をためていた。そしてウォルターが『岩の鎧』の顎をかちあげたのと同時に斧槍を構え飛び上がる。

 ハイネの攻撃は吸い込まれるように『岩の鎧』の顎を下から突き上げ、その穂先は脳へと達た。


 今度こそお前を殺してやるよっ……!!


 勢いそのまま流れるように倒れた『岩の鎧』は手足をバタバタと暴れさせる。とっくに意識などなくなっているはずだが、まるで身体が死ぬことを拒んでいるかの様だった。

 ハイネは血だらけになりながらグリグリと斧槍をねじ込み静止させようとするが、結局完全に『岩の鎧』が動かなくなったのはジェイル達が来てからのことだった。



 「終わったのか……」


 ジェイルが『岩の鎧』死体を運搬するためにスノウ達を呼ぶ。

 戦闘を見守っていた人々は恐る恐る歩き出す。


 恐ろしい光景だった。

 巨大な魔物が繰り出す攻撃はそのどれもがまともに当たれば即死級の攻撃。

 『岩の鎧』の魔法はいずれも理解できない神秘で圧倒的な力。

 スノウがとりわけ驚いたのは『岩の鎧』の知能だった。相手を観察し、不利と見ればいかなる手段を使っても逃走するその姿は獣のそれではない。


 こんな奴らがまだまだいるってのかよ……。


 いつの日か自分もその舞台に立たねばならないかもしれないと考えると嫌になりそうだ。

 スノウも運搬のために歩き出そうとすると隣にいた老人がスノウとは逆の方向、つまり砦の中に戻ろうとしていた。


 「おい、じいさん。……結局あんた誰なんだ?」


 スノウがそう言うと老人はこちらを振り返って言う。


 「おお、これは失礼。私はヨル、魔物を記録する役目を担っております。興味があれば地下にある記録庫に来なされ。私はいつもそこにおります故」


 ペコリと頭を下げ去っていくヨル。


 「おい、行こうぜ」


 グレイグに呼ばれ駆け足で向かうスノウ。

 機会があれば行こうと決め、まずは『岩の鎧』を運搬するためにジェイル達の元へと急ぐのであった。

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