第9話 長い1日の終わり

 うるさかった周囲が急に静かになると、案外目が覚めるものだ。


 スノウはふと目を開ける。いつの間にか少し眠っていたようだ。

 身体を起こそうとすると痛みで身体が強ばる。

 唸りながら壁を支えにして何とか立ち上がり、兵士たちの元へ向かうと、砦門の外には鬼たちの屍が散乱していた。


 兵士たちはこの勝利に喜びの声を上げることはせず、すぐにこの戦いの後処理をすべく動き出す。

 自力で歩けない怪我人は担架で運ばれ、鬼たちを運搬するために台車が持ち込まれ、兵士たちが運び出す。


 討伐された魔物は有用な部分を処理場で解体され、残りは焼却、廃棄される。

 今回の場合、鬼の角や爪、体の中にある魔石は有用な部分、残りは焼却となる。


 スノウは解体に加わるべく、運搬を手伝い処理場へと向かった。

 魔物の解体は新兵にとっては義務とされている。というのも、敵である魔物のことを理解するためだというのが理由だ。

 これを通して魔物の有用な部分を学び、危険な攻撃をある程度予測できる様になる。最も魔物が多い場合もあるので作業人数を増やすという理由もあるが。

 実際、ここにいる兵士たちは皆、一度経験した魔物は一人で解体できる。


 スノウが木の板に乗せた鬼の屍を括り付けた紐で引っ張って運んでいると、前を進む兵士たちが自分がどれだけ活躍したかを言い合っている。


 彼らの様な境地へ至るまで、一体どれほどの戦いを経験しなければならないのだろうか……。果たして俺はそれまで生きていけるだろうか……。



 砦門のすぐそばにある処理場では解体専門の男たちが素早い手つきで作業を始めていた。

 スノウたちは彼らを真似しながら解体作業を始める。


 過去に家畜などの解体を行った経験がある者は比較的飲み込みが早い。

 それでも硬い皮膚に対してどの場所から刃を入れるのか、どの場所に有用な部分があるのかなどはわからないため、時折周りの解体屋の男たちが教えている。


 初心者であるスノウは目の前の獲物にどこから手をつけるべきか分からず、とりあえず解体屋の手捌きを見る。

 男たちは頭から生えた角や爪、そして心臓に近い場所から小さく輝く魔石を取り出した。

 これらは魔力の溜まりやすい部分で、残りは死ぬと共に強度が失われていくのだと教えてくれた。


 この見るからに強力な魔物に見える鬼だが実際にはそうでもないようで、これは弱い方らしい。

 仮に都市部の方でこの鬼が現れたとしたら、骨から内臓まで利用される。しかしこの砦においてはその価値は低い。

 北の砦から流れる素材の価値は高価なものばかり、そうしてブランド力として高まっていった。

 残りは全て焼却され、廃棄される。


 死体と格闘しながらなんとかノルマの一匹を終えたスノウは身体を引き摺るようにして部屋へ戻った。


 思ってたより時間がかかってしまった……。


 部屋には誰もおらず、スノウは彼のために新しく設置してあったと思われる寝台に倒れるようにして眠りについた。今日傷ついた身体のことなど気にする余裕はなかった。そしてその傷から流れていた血がいつの間にか止まっていたことも……。



 空腹で目が覚めた。

 スノウは唸りながら軋む身体を無理矢理起こす。

 どれほど寝たのかわからなかったが外を見れば夕暮れ時のようだ。


 疲労困憊だったので日付が変わってしまうほど眠っていたのではないかと心配になって、隣で装備の手入れをしていたグレイグに確認したが、そんなことはなかったようだ。


 スノウは立ち上がって身体をほぐす。身体が痛むが、動けないほどではない。

 血で汚れた服を脱いで綺麗なものに着替えるスノウ。

 彼の体には生々しい傷跡がいくつも刻まれていた。

 傷を負った場所をさすると、瘡蓋になっており少し痒い。


 そういえば傷をそのままにしているけど大丈夫かな。


 怪我を適当に自分で手当てして放置しているとさらに悪化してしまった、なんてことはよくある話。

 もう少し様子を見て悪化しそうだったら医務室に聞きに行こう、とスノウはそう決める。


 とりあえず空腹に耐えかねていたので宿舎を出て食堂に向かうことにする。

 途中同僚の司祭が何かに祈りを捧げているのを見かけた。が、それはいつものことらしいのでスルーする。

 話をすれば教えを説いてくること間違いなしだ。


 外の広場を通るとレナードが見知らぬ男と話している。

 彼はスノウに気がつくとこちらへ来るよう促した。


 「やっと目を覚ましたか。ちょうどいい、こっちこい」


 レナードはスノウに隣にいる男を紹介する


 「こいつは調達屋のエルカトル。エル、こいつはスノウだ」

 「これはこれは。こちらで商売をさせていただいております、エルカトルと申します。エルと呼んでいただいても結構ですよ。以後、お見知りおきを。適切な代金さえいただければあらゆるものを調達して参りますことを商いとしております」


 調達屋のエルカトルという男は商人らしくずいぶん物腰の柔らかい男。だがこの砦にいるということはおそらく一癖も二癖もある男に違いないとスノウは考えた。


 「まあぼったくるところ以外はいいやつだ」

 「勘違いなさらないようお願いいたしますね。必要経費というやつです」


 調達屋ということはここでは手に入らないものを色々都合してくれるようだ。

 

 「それにしても昼の戦闘じゃよくやったじゃねえか、まあ危なっかしさはあったが」

 「とにかく夢中だったから」

 「エル、こいつは有望株だから目にかけておいて損じゃねえぞ」

 「ほほう」


 エルカトルは覗き込むようにこちらを見る。


 「あなたがそう言うのでしたら期待しておきますよ」


 前から思っていたがレナードはずいぶんと顔が広い。それだけでなく信頼も感じる。

 彼の人柄や実力のわりに気さくなところは多くの人から好かれることだろう。


 「では私はシア閣下の元へ参らねばなりませぬので失礼致しますよ」


 エルカトルはこちらへ一礼すると去っていった。


 「まあそう言うことだ」


 レナードはエルカトルの後ろ姿を見てそう言った後、スノウを見た。


 「盾は持ってないんだな」

 「うん。……持たないことにした」


 スノウは決意のこもった目でレナードを見る。

 盾を持つと自分を守ろうとする。それではよくないと感じたからだ。


 「お前がそう決めたんならそうしろ」


 レナードはスノウの意思を尊重する。結局は自分に合うものは自分で見つけるのが一番良い。

 ここでスノウはお腹を手でさすり空腹を訴える。


 「そういえば腹が減って仕方がなかったんだ」

 「おっ、それは悪いことをしたな。ほら、もう行っていいぞ」


 スノウは食堂へ急ぐ。その背中にレナードが叫ぶ。


 「そうだ!報酬の確認をしとけよ!」



 この砦の良いところはタダで飯がいくらでも食えるところだろう。

 肉を腹に詰め込んだところでスノウはそう思う。飢えないことは非常に重要だ。


 飯がなければ戦はできぬと言うしな……。


 うろ覚えのことわざを心の中で思う。

 しかしこの砦、肉だけはある。何の肉かは考えないようにしている。美味ければいい。

 そして先ほどレナードに言われた報酬を確認するため事務室へと向かった。

 事務の男に問い合わせるとすぐに記録を見せてくれる。


 王国銀貨5枚か……。


 この金額はスノウが稼がなければならない金額としては微々たるものではあるが、平民の1日の稼ぎとしては十分なものだ。ここで労働兵として働いて得た金額とは比べ物にならないほどである。


 この金は記録されているだけで実際に実物を得ることはできない。あくまでそれ相当の、ということになっている。

 この砦では皆金貨や銀貨を持たない。盗難などのいざこざ防止のためにシアがまとめて管理しているということになっている。使用する場合は届け出をしてそれが承認されれば記録から引かれる。


 多くの場合その用途は嗜好品や装備のために使われる。もしくはこの砦を去る時だろうか。

 不正や違反があれば罰金かもしくは例の罰になる。

 全く素晴らしいシステムではあるが、それらはこの砦が生み出せる資産とシアという一個人がいるからこそといえた。

 スノウは彼のことを全く知らないが、おそらくは相当の人物なのだろうということは窺い知れた。


 自らの成果を確認したスノウは鍛冶場に足を向けた。

 数少ない知り合いのジャンを呼んでもらう。


 「やあ、スノウ。どうしたんだい?」


 突然にもかかわらず嫌な顔一つせず迎えてくれるジャンに感謝しつつ思ったことを話す。


 「今日戦闘があって、色々思ったことがあった……。両手で持ちたい時もあったり、片手で振る時もあった。もう少し大きいものがいいかな……、とかも思った」


 うまく言葉にできず、途切れ途切れに話すスノウをジャンはうんうんと相槌を打ちながら聞いてくれる。


 「ちょっと待ってて」


 そういうと中に引っ込んで、少しするといくつか剣を持ってきて机の上に並べた。


 「この中に良さそうなのある?」


 スノウは一つ一つ持って構え、振ったりして感想を言っていく。


 「……これは重すぎる。……これは少し短いかな。……これはまあまあいいな。でも使いずらいかも」


 ジャンはスノウの反応を見て助言する。


 「スノウが気になったのは片手半剣だね。両手でいけるし、今はまだ重いかもしれないけど片手でも振るえる。ただ、中途半端なものだから癖もあるし重心も今のものと違う」

 「……これが良い」


 スノウが選んだ片手半剣は刃渡り1メートルと少しほどだろうか、刀身は細身で重量は1.5kgほどのもの。

 スノウは中途半端な、というところが妙に気に入った。もちろんそれだけでなく、これからの戦い、相手は小さい魔物だけではないだろうという思いもあってのことだ。


 「よし、じゃあこれで決定だね」

 「あー、その……俺、金がない……」

 「はははっ!わかってるよそんなこと。これはあげるよ。というのもね、この剣の前の持ち主は死んじゃったんだ。ここにはそんなものが山ほどある。だから武器は必要な人にあげてるんだ」

 「なるほど」

 「お金を取るのは大体専用の装備を作るときだね。その人に合わせて作るから替えがきかないのさ」


 なんとも親切にしてくれるジャンに礼を言うスノウ。


 「また何かあったらおいでよ」


 スノウはうなずいて新しい剣をとる。するとジャンが咳払いをしたので何事かと彼を見た。


 「我らの使命を知っているかな?」

 「……?」


 『相応しい者に相応しい物を!!』


 ジャンは高らかにそう言った。



 宿舎前の広場に戻ったスノウは新しい剣の調整をしながら、今日のことを思い返していた。

 自分の弱さ、不甲斐なさ、不条理なことへ怒り、その怒りのあまり我を忘れてしまった。しかしそれが結果的に自身の命を救った。


 俺はあまりに弱かった……。心も、覚悟も。

 ジェイルたちは助けてくれてくれなかったが、今ならわかる。あの時の俺は助ける価値もないただのクズだった。


 彼らの見定めるような視線が忘れられない。あれは命をかけることができるのかを見ていた。

 スノウは自らの醜態を反省する。だが恥じることでもないと思った。


 誰だって怖いさ……。あんな怪物に囲まれたんじゃあな。大事なことはまた一つ生き残ったことだ。二度と同じ失敗はしない。


 失敗を糧に進むことを決めたスノウはいてもたってもいられず剣を振り身体を動かす。

 強烈な体験はまた一つスノウを成長させた。



 あたりはすっかりと暗くなっていたが、兵士たちは思い思いの時間を過ごしていた。

 スノウは篝火や松明に照らされた広場で鍛錬に励む兵士たちを見ていた。

 彼らに対して正直に「見ていていいか」と聞くと少し驚いた後、了承してくれる

 傭兵上がりだと言う二人は粗暴な者が多い中、スノウのような者は珍しいようで、初めは居心地の悪さを感じていた。

 しかしスノウの真剣な様子からそれを改めた。


 彼らにとって自らの技術は簡単にひけらかすものではない。それを見せることは自分の弱さを見せることになりかねないからだ。

 だから普段は見せて良いものしか見せない。奥の手は隠しておくものである。

 だがこの場所では敵は主に魔物であり、自分たちがいつ死ぬともわからない現状になるとで、兵士たちの中にはこう考える者も出てくる。


 自分の技術を誰かに残したい、と。そして残す相手はいい奴であればあるほどいい。


 スノウは繰り出される技を見様見真似で真似しようとする。もちろんできるわけはない。

 彼らはそれを横目に見ながら笑みを浮かべかつての自分と重ね合わせる。

 冗談を言いながら武器を振り回し子供のように遊ぶ。と言ってもこれは大真面目でかつ危険な遊びだ。そうやって身体を動かす、その動きの一つ一つに彼らが積み重ねてきた技術が詰まっていた。


 「おらっ!どうだ!これがお前にできるかっ!?」

 「楽勝だぁっ!!」

 「違う違うっ!!こうだっつってんだろっ」


 やがて周りから人が集まり、兵士たちは武器を振り回して互いの技を見せ合った。

 それらは彼らが持つ技術の一端に過ぎなかったがそれでも滅多に見ることのできないものだった。



 夜も更けてきた頃、鐘が鳴る。

 スノウはグレイグに鍛錬に付き合ってもらっていた。


 「さて、仕事の時間だな」


 スノウは頷くと一緒に門まで走る。続々と兵士たちが集まってくる。

 ジェイルがいつものように声を張り上げる。


 「よし、いつもと同じだ!暗くてわからんから臨機応変に対応しろ!」


 スノウは篝火を灯して敵を待つ。

 しばらくして火に照らされて骸骨の姿が浮かんできた。粗末だが武器を持っており、脇には骨でできた犬もいる。

 カタカタと音を鳴らして進む骸骨。


 一体どういう原理だよ!


 そんなことを言ってもしょうがないのが魔法が存在する世界ではあった。

 新兵仲間の一人が叫ぶ。


 「暗いからあまり離れないようにしよう!!」


 スノウはそれに同意する形で灯りがある場所へ引き込むように揃える。


 骸骨兵士の動きは遅そうだ。警戒すべきは犬の方だな……。


 予想通り骸骨犬の方から飛びかかってきた。スノウはそれに対して払い上げるように剣を振り骸骨犬を弾くと、倒れた骸骨犬の骨がいくつか吹き飛んだ。

 骨が欠けもがいている上から首を狙って剣を振り下ろす。頭が吹き飛んだ骸骨犬は流石に動かないようだ。

 そうしている間に、いつの間にか近くにきていた骸骨兵士が槍で突いてきた。

 スノウは片手で槍を掴み、そのままもう片方の手に持った剣で骸骨兵士の頭を叩き飛ばした。


 ……くそっ、やっぱりまだ重いな。


 首を狙った斬撃だったが狙い通りとはいかない。

 骸骨たちは思ったより弱いが、生命力を感じさせないのでやりずらさもあった。

 この暗さと存在感のなさが骸骨たちに味方していた。動きは単調だが予備動作がほとんどないため動きが予測しにくい。

 スノウは気を引き締めてなるべく明るい場所から動かず、迎え撃つようにして骸骨たちを処理していった。


 スノウたちが最後と思われる骸骨を倒すと、地面に散乱した骨が夜の闇へと吸い込まれていく。

 間をおいて現れたのは今まで倒したと思われる骨の集合体。それがいくつかに分かれて現れた。

 カラカラと音をたてて動く骨たち。足や腕、頭もその分だけ多い。戸惑うスノウたちの横をレナードたちが駆け抜ける。


 「骨野郎は倒しがいがないからいけねえなぁ!!さっさと終わらせるぞ!!」


 そう言って骸骨が纏う骨を弾き飛ばしていく。動きは相変わらず遅い。

 グレイグと司祭もそれに参加する。だが、司祭はいつもと様子が違う。いつもは奇声をあげ喜んで参加しているが、今回は気怠げだ。一体どうしたというのだろうか。

 ともあれ彼らの猛攻によって集合体は崩されていき、中心にあった骨を砕くと中から小さな魔石が出てきた。それにより集合体は活動を停止することとなった。


 なんだかおかしな魔物だった。割と楽な方だったのかな?


 骸骨は有用な部分は魔石だけで、それを取られた骸骨はすぐに風化するため解体もなく終わった。


 これでようやく1日が終わった……。


 そう思ったスノウだったが、戦いの興奮が収まらずとても眠れる気がしない。

 他の兵士たちも寝ようとはせずにまたそれぞれの時間を過ごしている。

 スノウは火に照らされる中、先程の反省をしながら剣を振る。

 結局その日、スノウが眠りについたのは朝日が出てからのことだった。

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