第8話 憤怒の獣

 魔物の襲撃を知らせる鐘の音が響き渡る中、スノウは兵士としての仕事を果たすために砦門へ向かった。

 砦門の前には既に多くの兵士たちが集まっており、隊長であるジェイルが大声で指示を出している。スノウもそれを聞くために近くへ寄る。


 「物見の報告によると今回の敵は鬼どもだ。先遣隊も確認できたから新人たちも準備しておけ!!」


 ジェイルの指示に新兵たちは装備を改めて確認しだす。スノウもそれに倣い装備を確認していたが、疑問に思ったことがあったのでレナードに近づく。


 「レナードたちがいれば俺たち新兵なんて必要ないんじゃないか?」


 強いやつが戦えばもっと安全に済む。必要のない死人を出してまで戦うことはないように思える。


 「数が必要なのさ、この戦争にはな。ここじゃひっきりなしに魔物が襲ってくるてんで、俺たちが全て相手してたんじゃ流石に頭数が足りねえ。適材適所って言葉がある。雑魚はお前ら新兵に相手してもらう。んで俺たちは新兵じゃ手に負えない奴の相手をする、そこでお前らは金を稼いで俺たちは無駄な消耗を避けることができる、そういう仕組みさ」


 何だかうまく言いくるめられた気もするが理屈は通っている。それに自分にも機会が必要だ。スノウは無理矢理納得した。


 「いざとなりゃ俺らも加勢してやるからよ、とりあえず目の前の敵に集中しとけばいい」


 自分の実力に合った敵と戦えるのならとりあえず安心だ。その言葉をどこまで信じることができるのかは置いといて。


 「でもレナードたちでも手に負えないような魔物とかが出たらどうするんだ?」


 魔物や兵士たちの強い弱いというのはいまいちピンとこないスノウだが、これだけは聞いておきたかった。もし伝説に聞く龍のような強大な相手が襲ってきたらどうするのだろうか。


 「そう言う奴は稀に出てくる。その時は全員で対処する。不思議なもんで、強え奴は孤立してるんだ。力があるからなのか群れる必要がないのかもな。ただそいつらは魔素の薄い場所ではあまり来たがらない」


 何やら聞き慣れない単語が出てきたがあまり起こることではなさそうだ。


 「それでも勝てなかったら?」

 「うちの大将が出る」


 大将?そんな人いたかな……。


 「シアだよ。あいつさ」

 「戦えるんだ」

 「俺たちは口だけの奴の命令に従ったりしない。あいつが強いから従っている」


 スノウはそう言うレナードの横顔に、彼が抱える何かを垣間見た。


 「そういえば執務室に行った時やたらでかい剣を見た」


 スノウの脳裏に執務室で見た机に立てかけられた曲刀が思い浮かぶ。


 「ああ、もう見たのか。あいつは強えぞ。あれで魔物をばっさりだ」


 シアがあの曲刀を振り回す姿が想像していると、辺りが騒がしくなってきた。雑談を止め、スノウも配置につくために早足で移動した。



 遠くから見えてきたのは小鬼の群れだった。

 黒っぽい緑色の皮膚をしており上背はスノウたちの腰程度で、顔はくしゃりとして醜悪で、目と鼻と口が大きい。

 手には彼らが作ったのかどこかで拾ったのかわからないが、粗末な石斧や槍、棍棒を各々手にしている。

 彼らは小柄ではあるが数は多いので油断は出来なさそうだ。


 小鬼たちの後ろに大きな鬼が一匹いた。

 小鬼たちを統率している存在のようだった。

 大きな鬼は太く青い血管のようなものが所々浮き出ており、その体躯は筋骨隆々でスノウが間近で見たのなら見上げるほどでかいだろう。

 武器は持っていないが殴られれば人などひとたまりもないことは明らかだ。


 魔物たちが近づいてきたのを見てジェイルが指示を出す。


 「新人は小鬼共の相手だ!!後ろの一匹はどいつがやる?」


 後ろを振り返り他の兵士たちに問う。


 「俺だ!!」


 レナードが一番に叫んだ。


 「ほう、珍しいな」

 「うちの新人にいいところを見せたくてね」


 「よし、いいだろう」とジェイルが答えてレナードがスノウの近くにくる。


 「口だけの野郎には誰も従ってくれないよな」


 レナードはスノウを横目に見て片目をつむって見せた。

 スノウはレナードの気遣いに心が温かくなる。同時に彼を頼もしく思う。

 信頼を得るためには時には自らが身体を張って示す必要がある。レナードがそのことをよくわかっていた。


 魔物たちは奇声をあげ迫る。レナードはその中でもスノウに聞こえるように声を張る。


 「小鬼は落ち着いて対処すればただの雑魚だ!気張れよ!」


 そして一つ付け足す。


 「魔狼を倒した時のことを忘れるな、躊躇すればやられるのはお前だ!」


 スノウはそれを聞き、その時どう思っていたのかを思い出そうとした。

 

 よく覚えていないけど、とにかく無我夢中でなりふり構わずだった気がする……。



 戦いの火蓋が切って落とされた。小鬼たちと新兵たちが衝突する。

 数は小鬼たちの方がこちらの二倍ほど多い。

 スノウたちは陣形などは組まずに並んで迎え撃つ。


 盾を構えるスノウに小鬼たちが迫る。甲高い声がひどく耳障りだ。

 槍持ちの味方が小鬼たちに向かって突き入れる。

 敵にも槍はあるが、体格の差、得物の長さはこちらに利がある。

 スノウは槍を掻い潜ってきた小鬼に対処する。

 小鬼は思ったよりも素早く、突撃の勢いのままに攻撃を仕掛けてきた。

 一匹の小鬼の棍棒による攻撃を盾で受ける。

 衝撃はあったが、十分耐えれる力だった。


 よし……!この程度なら……!


 攻撃を盾で受けた後、もう一方の手に持つ片手剣で反撃するが、怯んだ衝撃で動作が遅くなり避けられてしまった。

 スノウの心に焦りが生まれる。


 もたもたしてると囲まれちまう……!足を動かさないと……。


 相手を殺せないと見るや正面の小鬼は次の獲物に向かって突撃していった。

 小鬼たちの突撃によってスノウたちは飲まれ、混戦となっていた。

 始めは武器のリーチの差によって有利であったスノウたちではあったが混戦となると小さく素早い小鬼たちの方が利があった。


 スノウは槍を振り回す味方と距離をとり、とにかく死なないように、小鬼たちに狙われないように立ち回ろうとする。

 それは味方を餌にする非道な行為ではあったが、今のスノウは必死なあまりそんなことを考える余裕はなかった。

 小鬼たちに囲まれた味方の一人が四方八方から攻撃され、崩れ落ちていくのを見たスノウは好機とばかりに後ろから一匹の小鬼に剣を突き入れる。

 

 やったっ……!


 一匹仕留めたと喜ぶスノウ。だがそれも束の間、その小鬼はまだ息を失っていなかった。

 瀕死の小鬼は最後の力を振り絞り、奇声を上げながら暴れ回る。

 それに驚いたスノウは小鬼に振り回されながらも剣を抜いて下がった。

 瀕死の小鬼の最後の絶叫はまるで「こいつを殺せ!!」といわんばかりに周囲に響き、それを聞いた他の小鬼たちは一斉に次の獲物をスノウへと定めた。


 まずいっ……!!


 小鬼を一息で仕留めきれなかったことを後悔した時にはもう遅かった。

 スノウの正面から四匹の小鬼が飛びかかってくる。

 それに対処しきれずに盾を構え剣で牽制しながらジリジリと下がるスノウ。

 防戦一方となるスノウに対し、小鬼たちは好機とみて俄然激しく攻撃してくる。

 スノウには小鬼たちが喜びで笑っているように見えた。


 『殺せ!!』『殺せ!!』


 そんな声が聞こえてくるようだった。

 防戦一方のスノウだったが、打撲や切り傷ばかりで何とか致命傷は負わずに済んでいた。しかし、突如太ももに激痛が走る。

 後ろを見るとさらにもう二匹の小鬼がおり、その中の一匹の持つ小さな槍がスノウの太ももに刺さっていた。

 痛みで硬直するスノウに小鬼たちはさらに追撃の手を強める。

 たまらずスノウは声を上げながら転がって逃げる。

 スノウは手を振り回し近寄る鬼たちを牽制しながら逃げる。そして必死に周囲に助けを求めた。


 「助けてくれ!!誰か!!」


 恐怖に染まったスノウは必死に周囲を見る。誰でもいいからこの小鬼たちをなすりつけたかった。自分だけは助かりたかった。しかし、自らは助けにはいかなかったが……。


 味方の新兵たちを見る。誰もが劣勢だ。賢いものは複数人で固まって対処している。自分を救ってくれるとは思えない。

 レナードを見る。中央ででかい鬼と戦っている。鬼が拳をものすごい勢いで振り回しているがレナードには当たっていない。逆に隙をついて斬りつけている。周りはその余波を受けないように不自然なほど空いている。あんなところに行ったら逆に危険だ。


 頼みの綱のジェイルたちを見た。彼らは戦闘には参加していない。彼らなら俺を助ける力がある!!


 「こっちだ!!助けてくれ!!」


 叫ぶスノウだったが、ジェイルたちは何の反応もしない。驚くほど冷めた目でこちらを見ていた。


 何故……!?どうして助けてくれない!?


 スノウは絶望する。

 逃げ回るスノウは疲れで足が鈍り、追いつかれる。小鬼たちは足の鈍くなったスノウを囲もうと迫る。

 必死で逃げ回っているスノウだったが、助けがないという絶望的な状況に段々と怒りが湧いてきていた。


 どうしてこうなった……?何故助けてくれない……?何故俺はこうも弱い……?


 スノウは助けてくれない味方に怒りを感じるが、それ以上にひどく情けなく、弱く、味方を餌に自分だけ助かろうとしている自分に猛烈に腹が立っていた。

 この苛立ちは何が原因なのか、どこにぶつけたらいいのか。

 その答えを目の前の醜悪な生物に求める。


 お前らのせいだ……。

 

 やり場のない怒りを小鬼たちにぶつけるスノウ。目の前が怒りのせいか赤く染まった。


 ぶっ殺してやるっ!!!!


 スノウは突如一匹の小鬼に飛びかかり包囲を抜ける。

 他の小鬼に殴られ、刺されるのも構わず盾で無理矢理殴り倒し、剣を小鬼へ突き入れ、捻る。小鬼は身体をびくりとさせ絶命した。

 スノウはチラリと盾を見る。


 邪魔だ……。こんなものっ!!


 それを小鬼たちの方へ適当に投げつけ怯ませる。


 こんなものがあったからっ……!守ることなんて考えたんだ!!!


 再び槍と棍棒がスノウを襲う。

 スノウは乱暴にそれを横凪にして払うがすり抜けた槍が腕の肉を抉る。

 だが、スノウはその痛みを無視して槍を空いた片手で掴み、引き寄せる。

 引き寄せられた小鬼の身体が泳いだところを首筋から剣で斬った。剣は小鬼の体の中ほどで止まったが命を奪うには十分だった。

 埋まった剣身を小鬼の体に足を掛け、そのまま引き抜いたスノウは怒りそのままに歯を剥き出しにして次の標的へ移る。


 なぜか呆けたようにこちらを見る小鬼に剣を両手で持ち左から叩きつけるスノウ。剣は小鬼の右腕を切断しそのまま内臓まで達して、崩れるように小鬼は倒れた。


 そこからスノウは一歩踏み込み、返す刀でもう一匹の小鬼の首を叩き斬る。刃は首を切断とまではいかなかったが、首の骨をおられた小鬼は身体を痙攣させそのまま起き上がることはなかった。


 そこまでされて残りの小鬼たちはようやく反撃しようと怒りの奇声を上げ飛びかかってくる。

 スノウは小鬼たちの攻撃を意に介さず、一匹の小鬼へ覆い被さるように飛びかかり、倒れたところでその上から何度も叩きつけるように斬りつける。


 最後の一匹が同族を守ろうと背後から飛びかかった。

 最早武器も持たずにスノウの背に爪を立てなりふり構わず攻撃してくる。

 スノウはそれを片手で引き剥がし、地面へ叩きつけ容赦無く踏み潰す。そして剣を逆手に持ち両手でもって突き立てた。


 怒りに支配されたスノウは他の味方と戦闘中の小鬼たちに背後から斬りかかって強襲し、時には敵の武器の上から何度も剣を叩きつけ、狂ったように殺して回った。



 スノウが我に返ったのは無意識に避けていた中央のでかい鬼が倒れた時だった。

 心臓の音がやけに大きく聞こえ、身体はひどく気怠い。周りを見るとレナードが鬼を倒しており、小鬼たちもそれほど残っていないようだ。


 しかし、そこで静観していた兵士たちが動き出した。

 彼らの視線を辿ると谷の奥から新たな鬼たちが姿を表していた。小鬼たちの姿はなく、全てがレナードが戦っていた鬼の姿に近い。こちらが本隊のようだ。

 それを見てジェイルは素早く指示を出す。


 「新兵は下がれ」


 先程のはただの威力偵察、こちらが本命だ。スノウはまだ彼らとは並んで戦うことはできない。

 疲れ切ったスノウは素直に下がる。


 スノウにとっては長い戦闘だったが、実際のところ戦闘時間は短いものだった。

 特別なことなど何もない、この砦のいつもの日常。


 二回目の衝突はさらに大きいものだったが、疲れ切って壁に背を預けずるずると座り込むスノウに彼らのことを気にする余裕はなかった……。

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