第7話 新兵スノウ

 金を稼ぐために兵士になることを決断したスノウ。

 身一つでやってきたスノウに荷物なんてものはなかったが、班長であるアレックや監督官のロデクには一言言っておこうと宿舎に戻る。


 監督官室にいたロデクは「そうか、わかった」とだけ言った。おそらくままあることなのだろう。

 その後ちょうど昼休憩をしていたアレックに異動することを告げるとひどく心配してくれた。彼もまたたくさんの死を見てきたひとりであるからスノウがこれからどういう戦いをするのかよく分かっていた。


 彼らに別れを告げ、逆方向にある兵士宿舎へと向かう。

 兵士宿舎では新兵らしき集団が訓練をしており、普通の兵士たちは思い思いの時間を過ごしている。

 宿舎に着いてどうしたらいいか迷っていると声をかけてくる男がいる。


 「ようやくきたな」


 ジェイルだ。どういうことかと疑問に思っていると顔に出ていたのか返してくる。


 「そろそろくるだろうと思っていたんだよ、クリスから聞いてたしな」


 そういうことなら話が早い。しかしジェイルは一体何者なのだろうか。見たところ重要な立場のように思えた。


 「その、あなたは、結構偉い?」

 「やめろよ、そんな気持ち悪い。普通にしろ、普通に。俺は一応この砦の防衛隊長をやっている。よろしくな」


 なるほど彼は兵士たちのまとめ役というわけだ。隊長というからには実力も抜きん出ているのだろう。


 「俺は、どうすればいい?」

 「こっちにも班があってな、新人は一応入る決まりだ。一人の方がやりやすかったりするから断ることもできるが、入った方がいいな。いざって時に助けてもらえん」


 特に新しく入った時はな、丁寧に教えてくれるジェイル。

 これまで喧嘩だってしたことのないスノウはもちろん班に入ることを選択した。今は少しでも情報が欲しい。


 「実はお前が入る班はすでに決めてあるんだ。丁度空きが出た班でな」

 「お前は問題児だからな、どこでもと言うわけにもいかん」


 散々な物言いをするジェイルにスノウは心外だとかぶりを振った。



 スノウが案内されたのは一つの部屋だった。前にいた大部屋ではなく四人部屋で各々寝台もあった。

 その部屋に三人の男がいた。


 寝転がっているのはこの砦に来る時に会った熊のような体格の男。

 祈りを捧げているのは同じ檻にいた黒い外套を頭から被った怪しげな男。

 そして最後は短い金髪の知らない男だ。眠っているのか目を閉じている。


 ジェイルは入り口に立つと声をかける。


 「レナード、起きろ」


 寝ていた男は呼びかけにパチリと目を開け、返事をした。


 「うん?……ジェイルの旦那か」

 「新入りだ、面倒見てやれ」


 レナードと呼ばれた男はジェイルの突然の命令にも嫌な顔一つしなかった。


 「へえ、珍しくまともそうな奴じゃないか」

 「残念だがこいつらと同じ枠だ」


 おそらく重罪人枠だと言っているのだろう。


 「ひでえよ……、俺ばっかよお」

 「お前、そうは言うが特に何もしてないだろう」


 へへ、とレナードは鼻を擦る。じゃあ、頼んだぞ、とジェイルは去っていった。

 部屋が静かになると、レナードがスノウに声をかけた。


 「よお、さっきはああ言ったが気にすんなよ、みんな何かしら脛に傷抱えてんんだ」


 スノウは何も言えなかったが嫌な気分ではなかった。

 スノウは改めてレナードという男を見る。

 年齢は二十代くらいか。整った顔立ちで背も高い、平均的な体格だが鍛えられた身体で身体には所々金属の鎧をつけている。手には鞘に入った長剣を持つ。

 軽い物言いをしているが、人に好かれそうな男だ。ジェイルも彼を信用している様に見えた。


 「よし、新人も入ったし自己紹介と行こうぜ。俺はレナード、お前らの面倒を見る、と言ってもいちいち何か言うつもりはねえしあれこれ指示も出さねえ、自分で考えて行動しろ。聞きたいことがあったら聞け、以上!」


 そう言って次を促す。


 「また会ったな坊主、俺あグレイグってんだ。早速やらかしたそうじゃねえか、お前さんといると退屈しなさそうだ」


 いつの間にか起き上がっていた熊男改めグレイグが言う。

 グレイグは大柄な体格で野生的な顔立ちをしている。年齢はわかりずらい。粗野な印象を受けるがその目はとても知性的だ。

 大きな外套を纏っており何を武器としているのかはわからない。


 次に祈っている男が祈りの体勢のまま喋った。


 「求道者エレンシアはこう仰いました、魔物どもの血を神に捧げよ。さすれば神は応えん。さあ、共に血を流しましょう」


 なんとも言えずスノウが固まっているのを見てレナードが助け舟を出す。


 「こいつはいつもこんな調子だ。俺たちは司祭様って呼んでる。いちいち気にしてたら疲れるぜ」


 はあ、と曖昧な返事をするスノウ。

 司祭様と呼ばれた男。若く柔和な顔立ちで身体の線は細い。くすんだ金髪が身に纏った黒い外套から覗いた。腰にはメイスが吊り下げられている。


 次は自分の番だ。


 「俺は、スノウ。金を稼ぐために来た。そして金を稼いでさっさとここから出たい」


 そうだ。こんなクソッタレな場所はもうたくさんだ。


 「そいつはわかりやすい。んじゃあ自己紹介も終わったし、お前が早々におっ死んじまわないように俺が一肌脱いでやろう」


 まずは得物だな、そう言ってレナードはスノウを案内する。

 奇妙な者ばかりの班に入ったが、ここではそれが頼もしく思えた。彼らは皆こんな場所でも自分らしく生きていると思ったから。



 新兵となったスノウは彼の新しく所属することになった班の班長であるレナードに連れられ、鍛冶場まで来ていた。

 奥からは規則正しく金属を叩く音がいくつも聞こえる。軽く奥を覗いた様子ではだいぶ広いようだ。

 受付らしき場所には誰もいなかったのでレナードにどうするのか聞いてみる。


 「奥にいるんじゃないか?」

 「ここで待っときゃすぐくる。それに素人が作業場に入らない方がいい。嫌われるぜ」


 そう言うものかと思っていると彼の言う通りすぐに人が来た。若い人懐っこそうな男だ。


 「どうしたのレナード。もう新しいのがいるの?」

 「いや、今日はこっちの新入りを頼みにな」


 ふーん、とその男は呟き、スノウから距離を置いて周りから観察する。

 なんだか妙に恥ずかしい気持ちになったスノウだったが、観察を終えた男は握手を求めてきた。


 「俺はジャン。よろしくな」


 そう言って差し出された手をスノウが握ろうとすると素早い動きで手を掴まれた。


 「なるほどね……、ふんふん」


 掴まれたジャンの手はその人懐っこい見かけと違い黒ずんでゴツゴツした職人の手だった。

 手の平にはその人の人生が宿ると言われている。おそらくスノウがこれまで剣を握ったことがないのが分かったのだろうか、彼はそう言って奥に引っ込み、一本の剣を持ってきた。


 「これがいいよ、初めてでも使いやすい。君に丁度いいんじゃないかな」


 差し出された剣をスノウは恐る恐る受け取ると、思っていた以上の重さに驚いた。

 前日魔物に使った際は無我夢中で気づかなかったが剣とはこうも重いものなのかと改めて認識させられる。


 その後新兵用に支給される革鎧とナイフも受け取った。体に鎧を合わせるために着込むと染み付いた臭いが鼻をつく。汗の臭いだけではなく、血の匂いもした。

 ジャンにそのことを伝えると、


 「そりゃそうさ、前の持ち主は死んだんだからね。そんな鎧だけどないよりはましだよ」


 と言われてしまう。

 加えて木の盾ももらい、これで新兵としての装備が揃ったことになる。


 「最初は死なないことが肝心だぜ」


 うまく扱えるか不安だが、スノウは戦うことに関しては全くの素人なので、素直に助言に従うことにした。



 ジャンに礼を言い彼と別れた二人は宿舎前の広場へと戻ってきていた。

 広場にはスノウと同じような装備をした新兵たちが素振りや模擬戦といった訓練をしている。

 広場の隅にいくレナード、その彼に着いていく。


 「ほら、構えろよ」


 レナードは着くなりそう言ってきた。


 「お前さんみたいな剣すら握ったことのない奴に今更基礎から始めるには時間がなさすぎる。ものにするまでに死んじまうのがオチだ。俺が教えるのはとにかく実践、それで自分に間合いだとか型だとかを見つけることだな。あとは……そうだな、空いた時間はここの奴らを観察したり模擬戦を頼め。こいつらの中にはそこそこできるやつもいる。何か学べることもあるかもな」


 確かに……、俺が学びたいのは剣術ではない。生き残るための術だ。今更一から基礎を教えてもらってもレナードの言った通り基礎ができる前に死ぬ可能性は高い。


 「何にせよとにかく経験だ。まあすぐにはできないかもしれんがな。ほらやるぞ、打ち込んでこい」


 心の準備ができておらずあまり気乗りしないスノウだったが、渋々剣と盾を構えて斬りかかろうとする。と、そこであることに気づいた。


 「これ真剣だけど……」


 こういうのって木剣だとか刃引きしたものでやるんじゃないのか?


 「そんなこと見りゃわかる。こい」

 「でも…」


 万が一を恐れるスノウにレナードは不敵に笑った。


 「お前じゃ俺に傷一つ付けれんさ」


 そこまで言うのなら、とスノウは気を取り直し、恐る恐るだがとりあえず斬りかかってみる。

 刃はレナードに届くか届かないかといった所であったが届きそうな瞬間レナードの長剣が生き物のように動きスノウの剣を絡め取る。

 スノウは剣を持っていた手ごと体を持っていかれ体制を崩した。

 その隙をつきレナードは剣の平でスノウの脇腹を打ちつけた。


 「なんだぁ?そのへっぴり腰は。殺す気でこい」


 痛みにうめくスノウを見下ろすレナードは立つように促す。

 スノウは同じ失敗はしまいと、今度はフェイントをかけるようにして牽制する。

 しかしレナードはそんなものには見向きもせずにスノウを見ている。


 「そんなものに引っかかる馬鹿がいるか」


 イマイチ攻めっ気のないスノウにレナードはならばと待ち一転攻勢にうって出る。

 襲いかかるレナード、その一撃目をスノウは盾を構えて対処しようとする。しかし来ると予測した場所には攻撃が来ず、盾で視界が狭まったところで足に激痛が走った。


 「もう一度」


 一旦引いたレナードはスノウにそう告げると返答も待たずに一拍を置いてさらに攻撃してきた。

 慌てて盾を構えるスノウだったが目の前にいるはずの相手の姿をすぐに見失って背中をしたたかに打ちつけられた。


 「体で覚えろ」


 そんなことが何度か続くと、流石にスノウにも怒りの感情が湧いてきた。

 打たれてレナードが引いた瞬間に攻勢に出るスノウ。身体を前に出してがむしゃらに剣を振り回して攻撃する。


 何度もやられたままでいると思うなよ!!もうお前なんて知ったことか!!


 しかしスノウの突然の玉砕覚悟の攻撃にもレナードは冷静に対処する。それどころかそれを予測していたのか軽くいなしてみせた。


 「いいぞ。その意気だ」


 本気の攻撃で体力を使ったのか意気絶え絶えのスノウにレナードはニヤリと笑みを浮かべて言う。


 「まずは己を知り、それから敵を知るべし。ほら、まだまだいくぞ。疲れた時こそ踏ん張りどきだ」


 そうやってしばらくの間、広場の一角で打ち合う音が響いていた。最も、多くはスノウがレナードに叩かれた音であったが……。



 「最後の力は奴らにとっておけ」


 レナードは倒れ伏したスノウに声をかける。


 「言うのが……、遅い……」


 スノウ……、人と戦うのと魔物と戦うのは全く別物なんだ。ここでどれだけ訓練を積んでも実戦に勝るものはない。そのことをよく覚えておけ。


 レナードは最後にそう忠告するのを忘れはしなかった。


 そうやってしばしの間スノウが休憩していると、鐘の音が辺りに響く。

 もうすっかりこの鐘の音にも慣れてしまったスノウは焦ることなく腹が減った……、などと呑気に考えていた。

 

 異常こそが日常となりそれを当たり前と受け入れていく男。少しずつ変化していく心。しかし本人がそれに気づくことはない……。

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