第4話 急展開

 同僚であるアーチのスノウに対する態度は日に日に悪くなっていった。

 嫌がらせや、恫喝、命令…

 スノウの我慢も限界に近づいていた。

 


 その日、遂にスノウは反抗にでる。

 仕事を押し付けてきたアーチに、胸倉を掴み、凄む。


 「おい、いい加減にしろよ、てめえ……黙って従っていればいい気になりやがって……」


 アーチは突然反抗してきたスノウに驚く。

 アーチにとってスノウは何を考えているのか分からない男だったが、何を言っても黙っているため、日ごろの鬱憤を晴らすにはいい相手だった。

 その相手が突然自分に牙を剥いてきた。


 「お、おい……なんだよ急に……マジになりやがって……ほんの冗談じゃねえか」

 

 ヘラヘラと笑うアーチだったが、こっちが本気なのを感づくとすぐに、降ろせよ!と言って手を乱暴に振りほどく。

 スノウはアーチの目を見る。どうやら効果はあったようだ、そう確信するとスノウはすっきりした気持ちで作業に戻る。


 やはり言いたい時は言ったほうがいいな。


 だがスノウの背中をアーチは暗い目で見つめていた。小さな体にどす黒い感情が宿っていた…



 その日からスノウはアーチに対して遠慮することをやめた。

 距離感を探るため、冗談めかした会話をしてくるアーチ。だがスノウはそれを相手にしなかった。

 

 アーチの中に芽生えた黒い感情が大きくなり、それが欲望となる…



 ある時、スノウは足場の悪い高所で作業していると、急に背中が押され、あわや大怪我という場面があった。押したのはアーチだった。

 またある時は、魔物の襲撃時に扉を締め出され、間一髪のところもあった。

 そんなことが数回続いた。

 

 「悪い悪い、見てなかった」


 アーチはその度にわざとじゃない、気づかなかったと謝るが、こうも同じようなことが続けば、わざとであるのは明白だ。

 スノウは班長であるアレックに報告するべきか悩む。だが報告して問題がこじれることを恐れ、できるだけ当事者たちで解決しようと決断する。


 翌日、作業が終わり、アーチと二人きりで話す機会が訪れる。


スノウは切り出す。


 「なあアーチ、お前は俺にどうして欲しいんだ?言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」


 いつも浮かべているニヤついた顔からスッっとアーチの顔が変わった。


 「つい最近来たばっかりの新人風情がでかい顔していい気になりやがって……ああ?俺に敬意を払え!!ここのことを何も知らねえ癖に!!」


 アーチの内に溜まっていたものが一気に吹き上がる。


 「お前みたいなのはどこにでもいるな……こっちが下手にでるとすぐ勘違いをしてつけあがる……。もういい、このことはアレックに報告する」


 これ以上は無理だ…


 もともと期待したわけではなかったが、アーチとの和解が失敗に終わったことを悟ったスノウは上に判断を委ねることにした。

 だがアーチの目に暗い火が灯る。

 彼はどこからか入手したナイフを懐から取り出し構える。


 「ふざけるな!俺をなめやがって!どいつもこいつも…」


 スノウはアーチが凶器を持ち出してきたことに驚きつつも、いい機会だと考えた。


 ここを切り抜ければ、こいつはもう終わりだ…


 だがアーチは思いもよらない行動を起こした。

 彼はニヤリとこちらを見るとナイフを自分の腕に突き立てた。

 突然の出来事に動けないスノウ。


 アーチは動けないスノウを尻目に、叫ぶ。


 「助けてくれ!!スノウに刺された!!殺される!!」


 駆け出すアーチ。叫びながら周囲に助けを求める。

 スノウはそれを止めようとするが、事態は既に大きくなりすぎていた。

 何事か、と集まる人々。そして血を流すアーチを見てただ事じゃないと判断し、兵士を呼ぶ。


 集まってきた兵士たちに拘束されるスノウ。当然抗議する。


 俺じゃない。あいつだ。あいつの自作自演だ!




 

 騒動の後二人はそれぞれ事情聴取されていた。

 所持を許されていない凶器を持ち出してのこの事件。

 両者共に身の潔白を主張する。


 どちらかが嘘をついている…


 だがロデクにはどちらが嘘をついているかおおよそわかっていた。

 嘘をついているのはアーチだろう。奴は「前科」がある。しかし、スノウにも責はあった。


 「なぜ報告しなかった。一人でどうにかできるとでも?その結果がこれだ……アレックに報告しておけば今回のことは起きなかったかもしれないぞ?」


 スノウはそう言われ、何も答えることができない。


 こんなことになるなんて誰が予想できる?起こそうと思ってこうなったわけじゃない。誰だって問題は起こしたくないに決まっている…


 ロデクは非情にも判決を下した。


 「両者に罰を与える」


 この砦で諍いを起こした者には罰が与えられる。それがここの決まりだ。


 



 二人はそれぞれ牢の中にいた。

 牢に放り込まれ兵士が去ると、すぐにアーチは壁越しに罵ってくる。


 「お前のせいだ!なんで俺まで牢に入れられなきゃならないんだ!畜生!あいつの時はうまくいったのに…」


 あいつ?その言葉に引っかかりを感じるスノウ。


 「てめえ、前にもこんなことをやったのか?」


 壁越しにアーチは怪しく笑う。


 「クヒヒヒヒ……前はうまくいったのによ…あいつ、俺のことを見下しやがって…雑魚の癖によ、だから嵌めてやったんだ。そしたらあいつ、泣き喚いてたぜぇ!!」

 「……そいつはどうなった?」

 「死んだよ、へへ、無様にな」


 前にも同じようなことをやって気に入らない奴を殺したのか…、道理で手慣れていると思った。

 胸糞悪い話だったが、どうしても聞きたいことがあった。


 「なぜそれを俺に話すんだ?」


 俺に話せばどうなるのか想像できるだろうに…


 それは、とアーチは言う。


 「お前も死ぬからだよ」


 自棄になったようにアーチは不気味に笑う。


 死ぬと言われ、かえってスノウは冷静になった。


 死ぬ、つまり罰とは死を伴う危険なものだと予想できる。

 だが処刑ではない。殺すつもりならその場で首をはねればいいだけだ。だがそうはしなかった。つまり罰は死ではない?

 それなら、まだ生き残れる可能性はある。


 「ならお前も死ぬ。先にお前が死ぬのを見届けてから死んでやる」



 罰は両者に与えられる。ならば、最後までしぶとく生きてやる。

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