第3話 洗礼と日常

もう日も落ち始めていたがスノウ達雑用組は早歩きのレンネルに宿舎まで連れていかれ、宿舎の中に通路にある扉の前で待たされる。

 レンネルが扉を叩くと中から男が出てきた。大柄で頭が禿げ上がったオヤジ、酒場にでもいそうな風貌だ。


 「なんだ、レンネルか。」


 その男はそう言うとレンネルの後ろに立っているスノウ達を見て「ああ」と得心する。


 「前のが来てからもう一月も経ってたのか…忘れてた」

 「ロデク!!困りますよ?広間に来てくれなければ…おかげで無駄に私がここに来なければならなかったんですからね!!」

 「悪かったって…作業の計画を練るのに忙しかったもんでな…ほら…あとは預かるからよ」


 ロデクは頭を掻きながらレンネルに謝罪する。レンネルは「任せましたよ!」と言ってせわしなく去っていった。

 

 ロデクは宿舎の中を案内する。といっても雑用組は大部屋で寝泊まりするだけであったのですぐに済んだ。


 大部屋に着くと何人かがこちらにやってくる。


 「まず、俺がお前らの監督官のロデクだ。こっちが班長達だ。俺は各班長に指示を出し班長はお前らに指示をだす。お前らは班長に従い何かあれば報告する。すると班長は俺に報告するってわけだ…わかったか?」

 

 彼はスノウ達新人を班に振り分ける。


 「何か聞きたいことがあれば自分とこの班長に聞け」


 もう言うことは無いと言わんばかりにロデクは去っていった。


 



 スノウが入った班では自己紹介が行われていた。

 班長はアレックという純朴そうな男だった。

 話もそこそこ夜も更けてきたので皆眠りにつく。

 大部屋の中では班に分かれて場所つくりそれぞれ好き勝手に眠るようだ。

 広間で別れた兵士たちはまた別の場所で寝るようだ。


 スノウは横になって今日のことを思い返す。


 この砦……谷を塞ぐようにして建っていた。

 この谷は切り立った崖が多く、この砦が建っている場所以外では通ることのできる道はなさそうだった。他に谷を越える場所がないのだろうか。

 ないのだとしたらこの砦の向こう側からくる奴らは必然的にここを通ろうとする。だからそれを防いでいる。本当にそれだけだろうか?


 兵士や傭兵達……強そうなやつばかりだった。だがあれに新人兵士たちはついていけるのか?彼らは剣すらまともに振ったことがなさそうだったが…

 彼らには鍬や鋤の方が合ってそうだ…

 うまい話には危険も大きい。あの魔獣達相手に一体どれほど戦えるのだろうか…


 司令官のシアという男……奇妙な奴だった。彼は俺と話すと言っていたが何を話すのだろう?

 俺が犯した罪を笑うのだろうか…それとも怒るのだろうか。

 いずれにしろ俺に拒否権はない。会って、奴を見極めるだけだ…





 深夜、何事かとスノウは飛び起きた。

 原因は鐘の音だ。ひっきりなしに鐘が鳴っている。周りを見ると皆目を覚ましていた。

 だがアレック達班長は落ち着いていた。

 アレックはしばらく耳を澄ませ、様子を見るとなんでもない、大丈夫だと言い再び横になる。

 これがなんでもないわけがないと聞けば魔物の襲撃だと言う。


 「ここじゃいつものことさ…無理にでも体を休めておくんだ」


 皆慣れているのか再び横になる中でスノウ達新人は戸惑いを隠せない。

 人の足音がバタバタと響き、男達の悲鳴や怒号が飛び交う。さらには獣のようなうなり声や咆哮も聞こえる。

 結局スノウは、その晩恐ろしくて全くと言っていいほど眠れなかった。

 

 



 翌日から新たな日常が始まった。

 

 朝起きると素早く朝食をとって仕事を始める。

 飯は朝と夜の二回であったが量はそれなりにあり、肉も食べることができた。今ままでに受けてきた奴隷や囚人としての待遇と比べれば、天と地ほどの差だ。


 スノウ達に与えられた仕事は砦の補修で、砦のあちこちに散見される破壊された壁などを修繕する仕事だった。

 アレックの指示に従っていれば問題なく、むしろそれ以外のことを考える余裕はなかった。しかし多くの壁や地面に染み付いた血痕はこの砦にある血の歴史を感じさせた。


 稀に監督官のロデクが様子を見に来て、どうだこうだと指示を出した。

 

 肉体労働はつらかったが、スノウを苦しめたのは集団での生活だった。

 同じ班に、スノウの少し前にここへ来たアーチという男がいる。

 アーチは背も小さく猫背で瘦せっぽちな野郎だったがスノウに対しては先輩面をして誰も見ていない所は高圧的になり、命令したり仕事を押し付けてきたりした。

 スノウは問題を起こしたくなかった為、渋々それに従っていた。


 面倒な奴に目をつけられた。

 こういう奴はどこにでもいる…

 下にはでかい態度で上には媚を打ってへりくだっているクズ。

 




 スノウが仕事をしていると、鐘が鳴りだした。

 慌てて作業を止め、屋内に逃げ込む。

 奴らが来る。

 魔物はこちらの都合など気にも留めない。飯を食っている時、寝ている時、いつでも襲ってきた。

 その度に鐘が鳴った。この鐘を聞くと恐怖で体が硬直してしまう。

 兵士たちが走って向かうのが見えた。


 彼らが戦うのを何度か目にした。

 槍や剣を振り回し、敵と戦う。

 敵は魔獣や小鬼が多いようだった。

 奴らは生命力が強かった。

 兵士たちが何人も槍を突き刺しても、なかなか死ななかった。

 傷を負っても狂ったように暴れ、一人でも多く道ずれにしようとする。

 最後の一匹まで暴れ狂った。


 ここに来て七日経ったが、その間にも何人も死んだ。中には兵士ではないやつもいた。

 そして彼らの死体を片付けた。惨い死に方だった。目を抉られ、内臓をまき散らされて殺された男、顔の原型を留めていない男。

 吐きながら燃やした。土に埋める訳にはいかないと言われた。そんなことをしたら墓穴はいくつあっても足りないから…


 戦う役目を担う兵士たちを見る。

 外の修練上で何人かが新人たちを鍛えている。

 一方で自由に行動する兵士たちもいた。

 彼らは楽しんでいた。今回はどれだけ稼いだ、あいつは強かったと軽口を言い合う。


 彼らは明日死ぬかもしれないのに、なぜあそこまで気楽にいられるのか。

 わからない…怖くないのか、死ぬことが。

 俺は怖い。死にたくない…

 ここを生きて出る…

 耐えて、耐えて、耐え抜いて、ここを生きて出るんだ…


 スノウは心にそう誓った。

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