第2話 国境の砦

 門をくぐり砦の中へと進む。すぐに広い中庭に出た。

 男は辺りを見渡す。砦内部は驚くほど広かった。

 外からはわからなかったが、隣接する山の斜面を掘り、中をくり抜くようにして空間を拡張している。

 砦にいる者たちを見ると、よく働いているようにも見えた。

 中でも目立ったのが武装した者達で、品定めするようにこちらを見ている。



 一行が到着すると武装した連中の中から一人の男がやってきて、行商隊の長に話しかける。

 

 「待ってたぞ、ホッファ。道中は問題なかったか?」

 「お久しぶりです、ジェイル。いつもの通りですよ。もちろん、荷は問題ありません」


 そう言って二人は二言、三言話すと、商隊の長であるホッファが部下達に指示を出し、荷はすぐに運ばれていく。

 檻に入っている者達も外に出された。


 「お前達はこっちだ」


 ジェイルと言われた男がこちらに向かって言うのでぞろぞろと列をなして進む。

 男もそれに続いていると、強面の男が後ろから声をかける。


 「あのジェイルって野郎、相当できるな」


 釣られてジェイルという男の背中をみると、筋骨たくましく、背もなかなかにでかい。威圧感もある。だが強面の男はそれ以上の何かを感じたようだ。


 「あいつだけじゃねえ、あそこにいた連中もなかなかのもんだ」


 あんたも負けてないように思えるよ、熊男さん。


 強面の男が立つと、予想以上に縦にも横にもでかく、まるで熊のようだったので男は思わず心の中でそう呟いた。

 


 男達が案内された場所は屋内にある大きな広間だった。天井も高く、動線も多い。この砦の中心のようだった。

 そこで奴隷たちは整列させられたが、重罪人である男達は目の届きやすい左前に配置される。

 奴隷たちの周りには武装した兵士達が目を光らせ、何かあれば即座に対応できるようにしている。


 ジェイルは広間に着くと大きな声でこちらに説明する。


 「ようし、では始めに言っておく。ここでは真面目に働く者には飯がでる。故に飢え死にすることはない!!だが怠け者や犯罪行為を働いた者に食わす飯はない!!そいつには罰が与えられる。厳しい罰だ。そのことを忘れるな!!」


 ジェイルは一旦そこで止め、彼らに考える時間を与えた。

 

 さらに彼は続ける。


 「この後仕事を振り分けられるわけだが、その中で逃げることのできる機会があるかもしれない。だがそれはお勧めできん。お前達ではこの山を下りることはできんだろう」


 彼らの頭の中に道中のことが思い返された。

 ここに来るまでに三日はかかった。あの恐ろしい魔獣共に目をつけられれば一巻の終わりだ。仮にどうにかやつらから逃げ切れたとしてもその先には山賊達の領域。人気のない道を見張って略奪にいそしんでいる。彼らに捕まれば売られるか、なぶり殺しにされるのがオチだ。逃走はどう考えても現実的でなく自殺行為だろう。


 ジェイルは一同を見渡し自分がどういう意味で言っているかが伝わったと確認すると、こう締めくくった。


 「よし!、ではこれよりこの砦の司令官であるシア・ユグリス閣下からお前たちにご挨拶がある!!」


 ジェイルはそう言うと正面にある壇上の方を向いた。それを合図にしてか、正面右の廊下から供を連れた身なりのいい軍服の男がやってきた。

 彼は壇上に上がりこちらを見る。美しく、整った顔をしている。彼の美しさは見るものを惹きつけるような美しさだ。

 背は高く、近くにいるジェイルと比べても見劣りしない。体格は細めだろうか。


 「私がこの国境線の砦の司令官であるシア・ユグリスだ。長話をする時間はないので端的に言おう。諸君らの多くは罪を犯したからここにきた。だがここでは皆平等だ、罪を犯した者もそうでない者も。私にも畏まった言葉は必要ない」


 芯のあるよく通る声でシアは言う。

 それを聞いた男はひどく驚いた。彼は着飾っているわけではなかったが立ち振る舞いや言動から高貴なる血筋の者、すなわち貴族であるということがすぐに分かった。

 この国の一般的な認識として貴族達は高慢で平民たちをいつも見下し、自分たちと同列に語ろうとはしない。だが彼はここでは皆平等に扱い、かしこまった言葉も必要もないと言う。


 「私が諸君らに求めることは三つだ。問題を起こさないこと、与えられた仕事をすること。そして……無駄死にしないこと、それだけだ。それだけを守ればこの砦においての最低限度の生活は保障しよう」


 シアはそう言い終えると、後のことは頼む、と連れてきた者に託し広間を後にした。


 男はシアの言った意味を考える。最初の二つは理解できる、だが最後のは?わざわざ言うってことはここではそれが起こりうるってことなのか…?嫌な予感がした……。





 「私はこの砦の人員の管理を任せられている労働管理官のレンネルと申します」


 後を任せられたのはレンネルという文官風の男だった。仕切りに髪を撫でつけている。


 「先ほど閣下が仰ったことの詳細をお伝えします。まず……」

 そこで彼が言うことには、


 閣下の命令には可能な限り従うこと。

 拒否する場合は罰金を払うこと。

 犯罪をした者は罰が与えられる。

 屋内において許可された者以外は武器を持つことを禁ずる。

 仕事が振り分けられたあと少人数の班に入れられ、班長の指示に従う。

 仕事は昼と夜の交代制。


 驚くべきことにわずかだが給金も出るという。さらに一年間ここで労役を務めれば奴隷から解放され、帰ることができるという。

 

 思いのほかまともな内容だったことから皆真面目に聞いていた。もっとひどい扱いをされると思っていたのだ。

  

 「これより振り分けを始めますが、その前に……」


 レンネルはそこで周りの兵士たちに合図し、奴隷たちの手枷を順に外させる。

 重罪人である男達も例外ではなかった。首輪もそれに繋がれた鎖も外された。驚くほど身体が軽くなる。


 「これより先は皆平等に扱います。先ほど述べたことを守るように」


 それと…とレンネルは続ける。

 

 「仕事を割り当てる前に志願兵を募ります」


 なんのことはないとサラリと告げたが、男には場の空気が変わったのがわかった。


 「志願兵についてですがここでは特に大事です。危険が伴いますが給金は多く、食事、怪我の治療などは優先的に受けられます。また働き次第ではさらに多くの報酬を得られます」


 

 

 罠だ、これは。危険な罠。甘い蜜で虫を誘う花のごとき誘惑だった。そしてこれが本題だったのだと、これがこの砦が危険な場所といわれる所以なのだということを確信した。

 誰が志願するものか、と男は心の中で叫ぶ。誰だって死にたくはない、危険なマネはできるだけしたくないはずだ。そんなことをする奴は怖いもの知らずか、異常者だけだ……。

 

 ところが男の予想に反して希望者は予想以上に多かった。

 俺も俺もと次々に志願していく。中には女や戦えそうにない者もいた。


 どうしてだ…ここに来る時に襲ってきた魔獣を見ていないのか…?あの鋭い牙と爪、血に飢えた朱く光った眼…。やつらが相手なら武器を持っていたって戦うのはごめんだ……。

 



 男は知らなかった。彼らがなぜ奴隷になったのかを。

 皆このまま帰ったところで金も仕事もない、寝床にも困る者ばかりだった。だから罪を犯した。大抵は盗み…パンや小銭だった。自ら進んで奴隷となった者もいた。


 危険だが金が稼げる場所。彼らはそう唆されてこの場所に連れてこられた者ばかりだった。唆したのはこの国の役人。この砦には人員が必要だった。だが国は育てた兵を失うのを恐れた為、代わりに奴隷を用いた。そうした複雑な背景がこの砦にはあった。


 少し違う事情が違う者達もいた。


 熊男たち重罪人。


 彼らは根っからの反社会的な存在で。金や暴力で支配された裏の世界の住人達だった。それに目を付けたこの国は定期的に、実力があり国に不都合な者を集め厄介払い兼戦力として送り込んだ。彼らは最初から闘うために此処へ来ていた。この場所ではそれしかできないといってもよかった。


 最後に傭兵たち。彼らは金で動く。自らの実力で戦場で生きる者達には稼げる場所が必要だった。どこからか噂を聞きつけ金を稼ぎに此処にやってきた。




 彼らはジェイルに連れられて行った。

 残ったのは二十にも満たない数。気弱そうな者、華奢でやせ細った者、年寄、そして檻の中にいた男。

 

 「なああんた、俺は兵役と聞いていたが強制じゃないのか?」


 重罪人の中で残ったのは自分だけだったため思わず尋ねる。


 レンネルがこちらを一瞥し、

 「あなたですか……」

 と書類をめくり確認する。フムフムと頷き


 「強制はしませんよ、ええ。ですがあなたには……いえ、後日閣下からお話があるということですのでその時にお聞きすればよろしいかと」


 そう言った後、最後にこう付け足した。

 

 「スノウさん」


 聞きなれたはずの名前。それなのに久しぶりにその名前を聞き、頭の中が殴られたような衝撃が走る。


 スノウ、俺の名前。俺にはこの体と名前と記憶しかない。家も、家族も、失った。


 何もできなかった哀れな男。

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