第4話 サムライソウル
戦場である風月川に来てから三日が経つ夕方。
川を挟み大葉軍の陣営の灯が見える。
炊き出しか、煙も所々上がっている。
三日前にこの地に到着した時、折尾陣営は大きく沸き立った。
意識が無かった当主が突然戦場に現れたのだから士気が上がるのは当然だろう。
逆に言えば士気が落ちていたとも言える。
戦況は睨み合いと聞いていたが、実際は違った。
俺が目覚めた調度その頃に、突如動きがあったという。
南に位置する森の中に陣を張っていた折尾軍・
大鹿は決して弱くない。むしろ乱戦に強い切れ者だった。その大鹿がゲリラ戦法で落とされるとは正直驚いた。
到着早々その話を聞かされ、南の森の警戒をしつつも総大将・村上大治郎を呼び出して、話をした。
村上はこのまま相手からの動きを待ち、迎え撃つ形で全面衝突をして戦を動かす気だという。
それではこのまま大鹿の様に奇襲各個撃破で削り取られてしまう。
戦力差も無きに等しい物になってしまう。
三日待って敵方に動きが無ければこちらから動くべしと伝えた。
つまり、このまま朝まで動きが無いならば懸かりの号令を発するのである。
戦力差有利の状態で慎重に相手の出方を伺うのも勿論良いが、敵の計略を待つのは愚かだ。
ただ一つ気になるのは、大鹿隊を撃滅したゲリラ部隊だ。
伝令によれば、そのゲリラ部隊は『
彼らは独自の神を崇め、独自の戒律の元に苛烈な荒行に励んでいるという。その荒行は絶え間なく死人が出る程で、生き延びたものだけが真の信徒だと認められるらしい。その真の信徒達は荒行の成果なのか、そこらの無頼者達よりも相当腕が立ち、技自慢の流浪の剣術・兵法家でさえも恐れをなし逃げ出すという。
周辺諸国では度々問題になり、危険視されてきた存在である。
「まさか山ノ目が大葉につくとは。何を餌にしたんじゃ。」
神妙な顔をする秋田が横にいた。
「秋田よ、どう思う。大鹿の三千だ、百や二百ではない。その山ノ目とか云う奴らは一体どれ程の軍勢なのだ。」
得体が知れない山ノ目の存在に不安がぬぐい切れない。
このまま開戦の檄を飛ばしても、そのような得体のしれない軍勢が紛れているのでは素直に正面から当たるのは気が引ける。
「見た者の話によれば、まるで忍びの様な術を使うとか。木々から土から草の根から続々沸いてきたとの事。」
なるほど、正にゲリラ特殊部隊。
この世界での戦ではゲリラ戦法で一網打尽にする戦法など、まだ邪道でもありナンセンス。
正々堂々戦うと言う事が当たり前とされているので、大半の人間にその様な不意打ちの様な発想そのものが無い。そんな事続けられたら壊滅しかねない。
しかし、それでもこの正面に広がる平地での戦になれば奇を衒った作戦などは出来ない筈。このままいけるか・・・・。
明日の朝には全軍を動かすつもりではある。しかしまだ敵方が不気味だ。
そもそもこれだけの兵力差が出るのは敵方も分かっていた筈。
特別な策があって挑んできたか、若しくは大葉昌義は本物の馬鹿か・・。
最初は勢いで仕掛けてきたものかと思ったので村上に任せたが、よくよく考えたら何かがおかしい。
やはり探りを入れよう。
「秋田よ、今から物見を出せ。大鹿がやられた南の森と北にある山の尾根。それと風月川の向こう岸にある本陣に紛れさせろ。明日の朝までには帰って来させるんだ。いいな。深追いは禁物、時間厳守だ。」
どの様な策があったとしても、今現在の兵力はこちらが二万七千、あちらが二万。
明日の早朝に両翼から波状攻撃で攻め入れる。
慎重で生真面目な村上がそこまで大胆に全軍を動かすとは敵も思ってはいないだろう。
ただ、僅かでもいい。敵の企みは欠片でも掴んでおきたい。
「御意。北と南、そして前線の陣の三つの部隊に分けて全軍出撃前には戻らせるように手配しまする。」
秋田は駆けて行った。
その後、明朝の攻め入りの作戦と段取りを会議で家臣達に伝え、それぞれの動きを確認しあった。
「さて、何か分かればいいのだけれど・・・。」
とりあえず寝なければいけない。
明朝から戦いが始まる。
いくら数が勝っていても不安要素がある以上、スピードが大切になってくる。俺が先陣切って駆けようではないか。
自分の為に作って貰った寝床に身を填めた。
こうやって目をつぶっていると明日の戦の事と同時に、あのロルバン大陸の事が頭をよぎる。
夢なんかじゃない、記憶が明確過ぎる。
あのレッドホッパーと歩いていた川沿いの道。
風の匂い。
焼いた鳥の味。
イノシシにアタックされた時の痛み。
全て現実であった。
また戻ることはあるのだろうか。
二日間しか一緒にいる事がなかったのに、レッドホッパーの安否が気になる。
夢だとするならば、今夜戦の前に、ロルバン大陸の夢の続きが見たいものだ。。。
落ち着き始めた時、辺りが騒がしい事に気付いた。
明朝の全軍前進の準備を敵に気取られない様に、いつもの様に振舞えと言い付けていたとは言え、これは騒がしすぎる。
文句のひとつでも言ってやろう。
起き上がろうとしたその瞬間、秋田の声が遠くから聞こえてくる。
「御館様!起きてくだされ!敵襲でございます!」
それと同時に寝床に掛けてあった幕が倒された。
「賊かっ!」
やってやる。今の俺は折尾虎居。
人を斬る経験も記憶も身体が覚えている。
枕元に置いてあった刀を手に持ち、瞬時に抜く。
目に付いた敵影が一つ。
独りだと?
忍の者か。
刀を正眼の構えに添えたその瞬間、違和感に気付いた。
賊の身に付けている甲冑、身に付けている小物、全てが折尾勢の物だ。
なるほど、向こうが先にこちらの陣に忍ばせていたのか。
大葉昌義、侮れない奴だ。
しかし、この修羅の国にこれだけの手勢で奇襲など通用しない。
ここは当主であるこの俺が、手軽にこの賊を討ち取れば、周りもより士気が上がるだろう。
カウンターで一撃かと、じりじりと相手の目を見る。目を見て驚愕した。黒目が無い?
白目を向いたままこちらに対峙している。
違う。敵の忍じゃない。
こいつは、
こいつは、敵に討たれた筈の大鹿だ!
気付いた瞬間、緞帳を捲り上げて続々と味方が乗り込んできた。
「おのれ賊め。ここまでじゃっ!」
それぞれが刀を構えている。
しかし程なくして各々が気付いた。
それが大鹿である事に。
「おぬし、大鹿か!」
武者の一人が叫んだ。
俺は声を上げる。
「大鹿は正気を失っている。尋常ではない。油断するな!」
大鹿は白目のまま槍を構えていた。
身体がゆらゆらと不気味に揺れている。
しかし呼吸の様なものが感じられない。
思い浮かぶのはそう、まるでゾンビだ。
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
「ひ、ひぃぃぃぃ、化け物だぁ!」
「大勢来たぞっ!なんだこいつらはぁっ!」
周りの兵共が騒いでいる。
大鹿の他にも乗り込んできた者がいるらしい。
大鹿を囲んでいる武者達がその声に気を取られた瞬間、大鹿は不気味な音を発しながら、槍を突き立て俺に突っ込んできた。
「ガ、ガァァァァァァァッ!」
こいつ、やっぱりやる気か。
大鹿は物凄い勢いの突きを放つ。
間合いは完璧、大鹿が得意とする必殺の突きだ。
しかし、俺には見える。
俺はその槍を刀で右にいなすと同時に、そのまま身体を回転させる、通常の回転とは違う。
相手の突きの力をそのまま利用した超高速反転だ。
上半身をかがめ、そのまま元の向きに戻る時、刀を下から上に切り上げる。
ドン。
軽い衝撃音と共に、突きを放っていた大鹿の右腕を上腕あたりから断ち切る。
返す刀で今度は袈裟懸けに大鹿の左肩から右胸に掛けて一刀両断した。
「折尾一刀流、
許せ大鹿。生半可な攻撃ではお前を止めることは出来ない。瞬時にそう判断した。
大鹿はそのまま前に突っ伏した。
「御館様、お見事です!」
「御館様の剣技、いつ見ても凄まじい。」
周りの武者達が囃し立てる中、我に帰るように声が漏れ出す。
「御館様、この大鹿。乱心なされたのでござりましょうか?」
「御館様!あの大鹿の様相は如何された模様か?」
俺は答えられない。
「皆の衆。俺にもまだ事態は分からないが、大鹿は正気ではなかった、最初から敵方に寝返っていたのかもしれん。」
その場にいた者は全員が口を閉じる。
この折尾家、修羅の国においてその様な謀反など前例が無いからだ。
すると 、まだ周りが騒がしい事を思い出す。
「ひぃぃぃ!」
足軽の一人が四つん這いで這い上がってきた。
「大鹿隊三千が来た!全員もののけだぁ!」
顔に恐怖の色が溢れ出ている。
「奴ら、斬っても斬っても死なねぇっ!助けてくれぇっ!」
今足軽が言い放った事を瞬時に処理できる人間がこの場にどれ程居るだろうか。
俺はすぐさまゾンビを連想した。
まさか嘘だろ。
全員薬か何かで正気を奪われているだけで、痛みや出血等も薬の力で抑えられているだけかもしれない。
それとも強烈なマインドコントロールの様なものでは無いか?
ズンッ
その時、四つん這いになって叫んでいた足軽の背中に刀が立つ。
「はぐぅぅっ!」
声にならない声を捻り出しながら足軽は絶命した。
刀を突き刺した者、それは大鹿隊の甲冑を身に付けた男であった。
しかし、問題はもうそこではない。
その男は顔が半分抉れていた、剥き出しになった歯茎、こぼれた眼球、皮一枚でぶら下がっている顔の皮膚、よく見たら身体中に無数の矢が刺さっている。
残った片方の目も大鹿同様白目であった。
「なんじゃこいつは!」
その場にいた一同は声を上げ狼狽えた。
普通であるなら死んでいる程の手傷を負っているのに、立ち歩きしかも武器まで振るっているのだ。
「御館様を守れぃーっ!」
武者共は一同にその片目の男に切りかかる。
一撃、二撃、三撃。
武者達は入れ替わながらり片目の男の背中と胴、そして刀を持つ左腕を切り付けた。
武者達は男の武者を伺う。殺った筈だ。
片目の男は動かずそのまま固まっている。
全員が沈黙し、おかしいと思った瞬間。
「がぁぁぁぁぁぁ!」
片目の男は切られて千切れそうな左手を右手で押さえながら前進した。そのスピードは錯乱した人間とは思えない程正確で、速かった。
目の前にいた、たった今攻撃を繰り出して油断している武者の一人に斬りかかったのだ。
鈍い斬撃音と共に武者の首が飛んだ。
片目の男はその瞬間横に飛ぶ、次は別の武者の前に移動したのだ。
しかしその武者の反応は速かった。
片目の男が前に来た瞬間に、刀を片目の腹に突き立てたのだ。
更に突き立てた刀をそのまま横になぎ、振り切った。
びしょしょしょ・・
生々しい音と共に片目の男の腸が地面に散らばった。
その武者は刀を下げ、片目男に手を合わせる。
「同胞よ許せよ。」
片目男は倒れる。
と、上手くは行かない。
片目男は再び動き出し、目の前で手を合わせている武者の首を呆気なくはねたのだ。
それの様子に周りが叫び出した。
「こ、これはっ!なぜ死なんのだっ!」
すると一人の武者が瞬時に刀を抜き、片目男の顔目掛けて刀を突き立てた。
その瞬間、片目男はやっと動きを止めた。
片目は見開いたままであった。
その場にいた全ての者が、狼狽して息が上がっている。得体の知れない事柄に混乱し始めている。
すると今度は俺の背後から声がした。
ハッと振り向くと、地面に落ちている大鹿の上半身、正確には胸から上だけが片手で這って蠢いていた。
「ひ、ひぃぃぃぃいっ!」
流石の武者達もこの光景に情けない声をあげる。
間違いない。ゾンビの様な物だ。
一体何が起きている!?
俺は咄嗟に胸から上だけになって這っている大鹿の顔に刀を突き立てる。
間もなくして大鹿の動きは止まった。
そして確信を持って声を放った。
「皆の衆!このもののけ共は顔、頭が弱点!恐るるに足らず!」
浮き足立っていた武者達や、ゾンビと応戦していた足軽達は訳が分からないまま頷く。
しかし、甲冑や兜を着て武器を振るう相手にピンポイントで顔や頭を狙うなど、余程の手練でないと無理だ。
それが出来るのは今この辺りに何人いると言うのか。
俺は緞帳をなぎ倒し、外の様子を伺う。
辺りはまるで地獄絵図の様だった。
ゾンビと化した大鹿隊の者共が、陣内に押し寄せている。
切っても死なない軍勢に兵達は怯え、為す術なく斬られていた。
中には事尽きた兵を貪り食っているゾンビまでいる。
逃げる者。果敢に立ち向かい食われる者。
手を合わせて祈る者。咽び泣く者。
もはや戦場とは思えない惨状だった。
地鳴りのような音が聞こえる。
その音が感じられる南の方角を反射的に見やると、生い茂った木々から続々と大鹿隊の歩く骸が出てきている。
つまりまだまだ三千のゾンビが控えていると言うのだ。
何より恐ろしいのは普通のゾンビと違い、動きに目的が見られる事。どこか統率が取れている。
大鹿がピンポイントで俺の所に来たのも意図を感じる。
何者かが操作している状況なのか。
遠くから秋田の声が聞こえる。
「御館様!こやつら、人ではございませぬ!」
秋田はもう敵の弱点に気付いている様で、ゾンビの首をはね、時には顔を突き、撃退に成功している。
流石だ。
「秋田!間もなくもののけ三千が押し寄せてくるぞ!一旦退かねば!」
流石にこの状況、退く以外に選択肢は無い。
間違いなく全滅する。
そう判断した瞬間。
夜の黒い空から、無数の風切り音が鳴る。
大量の花火でも挙げられた様に。
全員が何も見えない夜の闇空を見上げたその瞬間。
まるでスコールが降り出したかの様に矢が降り掛かってきた。
ビュビュビュビュビュビュ
凄まじい風切り音と共に、目の前の空気が全て矢に変わる。
俺は咄嗟に刀を頭上で高速回転させ、矢を弾く。
周りの武者達は目に頭に矢を喰らい、絶命してゆく。
蠢くゾンビ共も頭に矢が刺さった者は倒れ、そうでないゾンビ共は身体中に刺さった矢を気にもせず襲ってくる。
ドスッ
矢の一本が俺の左肩に刺さる。
しまった!一瞬油断した。
病み上がりで感が鈍っているのか、まるで初陣での立ち回りのように身体が鈍い。
これはまずいぞ。このままでは軍も呆気なく壊滅する上に、俺までゾンビの餌だ。
「秋田っ。生きているか!」
もはや方角を見失い、全方位に向かって叫んだ。
秋田は矢の切れ間を掻い潜り、近くまで走ってきた。
「御館様!秋田はここに!」
「よもやこの様な事が起きるとは・・・・。」
秋田は俺の背中に背を預けるようにして立つ。
「秋田よ、これは想定外だ。総大将の村上は今どこにいる。」
左肩に刺さった矢を抜かずに折り、痛みに耐える。
「御館様!矢を受けられてしまったのですか!?」
「あぁ、お方様に殺される!」
ゾンビの大軍や雨のような矢よりも、今ここにいない時を恐れるとは、どこまで時を恐れているのだろうか。というか俺の心配は?
俺はそのまま続けた、
「とにかくこのままでは総崩れだ。いや、もう我が軍は壊滅と見た方がいい。生き残りを統べて全軍退かせよう。」
死なない兵と統率の取れた弓の斉射、これではまともな戦にはならない。今は各々が生き残る事を考えて動かなければいけないだろう。
その時、死人の大鹿隊の尖兵がこちらに辿り着いてきた。数は数えていられない、後ろにごまんといる。
「秋田!撤退戦だ。戦線から離脱する!」
ゾンビと化した大鹿隊の尖兵、数人の顔に刀を突き刺
す。秋田も同じ様にこなす。
しかし、どこまで持つのか。
その時遠くから声が聞こえた。
「おぉ!虎居の旦那!秋田のおっさん!生きとりましたか!」
秋田はすぐさま反応した。
「この声は、迅平か!?」
声の方を見やると、同じく大鹿の尖兵の首を連続ではね回している男がいた。刀が鞘から出ている様に見えないが、鍔と切羽が当たる音がする度に、ゾンビの首が飛ぶ。
間違いない。折尾家随一の居合の使い手、
迅平は家臣の中でも数少ない、折尾一刀流の居合の型、折尾一刀流、
迅平は目の前の数人の首を飛ばした後、転がるようにこちらに来た。
「虎居の旦那。こりゃ一体どうなってんで?」
半ば抗議してくる様に言う。
「俺に聞くな、大葉の奴が怪しい術師でも連れて来ているのかもしれん。とにかくここは退却だ。」
すかさず迅平は、
「虎居の旦那、矢傷が!あぁ!こりゃ時の姐さんに殺されちまう!」
迅平はゾンビと対峙している時よりも明らかに狼狽えていた。
全くどいつもこいつも、俺は時よりも目の前のゾンビが怖いのだが・・・・。
「虎居の旦那。ここから北の方に林を抜ける道がありやす。村上の旦那はそこから一旦退くと言ってやしたが、その前に虎居の旦那を探すって言うておりやした。」
迅平も俺を探していたか。
「俺も村上にならいその退路に向かおう。迅平、村上に合図を遅れ。」
そう告げると迅平は腰にぶら下げた巾着袋から何やら道具を取り出し、仕掛けを作り出した。
その間もゾンビと化した死兵を秋田と俺で仕留める。
「出来やした!打ちます。」
迅平が言うやいなや、ロケット花火の様な物が打ち上がる。上空で乾いた破裂音と共に閃光が輝く。
「これで虎居の旦那がここから退く事が皆に伝わる筈、さっさとここからトンズラしましょう。」
迅平は得意気に言った。
「この様に全面撤退とは、無念じゃ!」
秋田の形相は鬼のようになっていた。
三人で北に向かって駆けようとしたその時、強烈な風切り音と共に凄まじい衝撃が走った。
ドン!
何が起きたか分からない。だが身体に何かが衝突した。
背中に鉄球を食らったかのような痛みが走る。
「ぐはぁぁぁぁっ!」
後ろを確認しようとそたが、痛みと衝撃でバランスを崩す。
地面に倒れ込んでしまった。
身体のすぐ側にはゾンビが横たわっていた。
遠くを見ると一段と大きい個体がいる。
あれはもしや・・・ 。
秋田が駆け寄る。
「御館様!大丈夫ですか!」
「おいおい、味方をこっちに投げ飛ばしている奴がいますぜ!」
迅平の指さす方向にいる大きなゾンビがこちらに他のゾンビを投げかけてきているではないか。
「あれは大鹿の所にいる力自慢の
飛んでくるゾンビを躱しながら退路を探る。
その間にも飛んできたゾンビが立ち上がり、その攻撃を捌いているとまた別のが飛んでくる。
たちまち囲まれてしまった。
万事休すか、身体のダメージも疲労もやばい。
さっきの衝撃で刀まで折れてしまった。
これはやばいぞ。
お気楽そうな迅平も流石に、
「あぁ、こいつはやべぇ・・・。」
と呟く。
秋田は周りのゾンビを刀を構えて睨みつけている。
「御館様、せめて御館様だけでも・・・。」
じりじりとゾンビとの間合いを量る。
武器もない。手傷も負い。囲まれる。
これは流石に逃げることもままならない。
そして追い打ちをかける様に、またあの雨のような音が聞こえだした。
「また矢の雨だ!迅平!御館様を守れ!」
秋田が叫ぶ。
迅平はその瞬間、刀を抜き秋田と共に俺の前に立つ。
ダメだ、これは、
三人とも死ぬ!
こんな訳の分からないまま死んでたまるか!
俺は死にたくない!
死ぬ訳にはいかない!
俺は生き抜きたい!
そう強く念じた時。
周りの空気が変わった。
全ての風景の色がワントーン落ちたように暗くなる。
そして時間が止まったかのように静かになった。
目の前の秋田も迅平も、周りのゾンビも止まっている様に見える。
しかし、俺も動けない。
俺の精神だけが働いているようだ。
そしてその時、天から声が聞こえた。
「変化のない事を願うのは、大変な事でしょう?」
「そう、死なない事も変化のない事、あなたはそれを望んだのです。」
声は続く。
「しかし、何事も変化するのが世の常、諸行無常、盛者必衰。変わらない事などありえない。」
「もし、本当に変化を拒むのであれば、それ相応の力が必要なのです。」
俺は意識下で問いかける。
「何だ?変わらない事の何がいけない?」
声は響いた。
「あなたは今まで、変わらない事を望んできましたね。しかし、変わらない事と言うのは実は受け身ではなく、攻めなのです。究極の主導権を持つものだけが、変わらない事を選択出来るのです。」
「あなたにはその力が今まで無かった。」
俺は声を絞り出す。
「何者だ。何が言いたい!」
天の声は更に続ける。
「あなたは絶対的な選択権と主導権を握らなければいけない。もっと願うのです。そしてあなたが思いつくままに実現させれば良いのです。あなたが見聞きし、得たものを。思いつくままに。」
俺は呟く。
「絶対的な主導権。主導権があってこそ、変わらないでいられる。」
「今俺が思いつくもの。」
頭によぎるものがあった。
何故それをしようとしたのかわからない。
次の瞬間、時が動き出した。
水に潜っていて顔を上げた瞬間の様だった。
矢の音が近付いてきた。同時に目の前を囲むゾンビ共が飛びかかってくる。
咄嗟に右手を天に掲げる。
掲げた腕全体にピリピリと刺激を感じた。
刺激は振動に変わり、瞬く間に衝撃に変わる。
衝撃は掲げた右手の上に、紫色に輝く魔法陣を描いていた。
魔法陣から強烈な衝撃波と風が巻き起こり始める。
思い付いたもの。
それは。
俺は叫ぶ。
「
イニシアチブに憧れて 葉月まどか @sizumablue
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