第3話 御館様

暗闇だ。また体の感覚が無い。このロルバン大陸とやらに来た時と同じだ。

戻れるという事なのか?今度こそ死んだのか?

この世界での二日間はなんだったのだろう。

光と音もないこの感覚。どうなるかわからない中、思考だけがゆっくりと流れている。

夢にしてはリアルだし、切り替わりがくっきりしすぎているんだよなぁ。


また10秒程待つ。




声が聞こえてくる。

女性の声?

レッドホッパーの声か?

いや違う。

聞きなれない声だ。





『あなたは死なせない。』


女性の声。


「俺は死んでいるのか?」

聞かずにはいられない。


『確かにあなたにはまだ死という概念が存在する。しかし、死んではいません。生きています。』



「死んでいないなら、これは一体何なんだ、何が起きているんだ?」


『死なせません。ただ得るのです。そして望むのです。変化を。』


「いやいや、マジで何を言っているのか分からない。」


『さぁ、まずあなたに最初に必要な物はここにあります。』

『お行きなさい。』



「おい!ちょっと、まてよ!」

つい乱暴な口調になってしまう。俺は苛ついているのか?


すると間もなくまた身体の感覚が戻ってくる感じがした。

「一体何だっていうんだ!」



---------------



「くっそっ!!!!」

体を起こす。

起きた?寝ていたのか?


ここは?どこだ?


畳?布団?家の中?



古い屋敷の様だ。しかもきちんと布団で寝ていたらしい。

どうなっているんだ?

ここは日本か。

グームベアーは!?


「御屋形様、お目覚めになられましたか!?お加減は如何でしょうか?」

横に正座している女性がいた。


御屋形様?

一体どうなっているんだ?俺は今、赤いグームベアーに不意打ちを食らいそうになっていた筈だ。

何故こんなところで寝ていたのだ?夢だったのか?いや、ではここも夢なのか?

訳が分からない・・・・。


「君は誰だ?」

正座している女性に聞く。


「御屋形様・・。まだ意識が曖昧なのですね・・・。あぁ、お労しい・・・・。」

女性はおろろと涙ぐむ。


「私はお屋敷の女中のなかです。ずっと御屋形様のお身体の具合を案じておりました。」



御屋形様、女中。布団。畳。


今度の夢は日本のどこかの時代か。

この女性の髪形や服装を見るに、ここは戦国時代か?

そこで御屋形様と呼ばれるという事は、俺はもしかして戦国武将と言う訳か。

異国の奴隷の次は武将ですか。

変化を何より嫌う俺に対する最大限の嫌がらせだ。


仲はいそいそと立ち上がりながら、

「御屋形様がお目覚めになられた折、秋田様にお伝えしてまいります。」

と言い、つつつと滑るように部屋を出て行ってしまった。

呼び止めようとするも、

「ぐぅ、何だこれは。ひどい頭痛がする・・・・。」

割れるように頭が痛い。


酷い頭痛と共に頭の中に駆け巡る物があった。

凄まじい勢いで流れる映画の様な映像。文章と数字。とてつもない情報量だ。

把握しきれていない筈なのに全てが記憶となってゆく。しかしこれは俺の知らない記憶だ。

これは、この御屋形様の記憶なのか。

生まれてから今までの記憶がパズルのように頭の中で構築されてゆく。

先ほどここにいた、なかという女性の記憶もある。

ここがどこなのか、どういう時代なのか。

次第に理解できた。


数分間考える。

整理するとこうだ。


ここは日本ではない日本の様な国。

そして俺が知る戦国時代ではない、だが戦国時代に似た時代。

俺は折尾家おりおけの当主である事。隣国であり、大国である大葉家おおばけと戦争状態である事。

そして、我が折尾家の家宝である刀の納刀式を行い、そこで突然意識を失ってしまい記憶はそこまでとなっている。

俺の意識と、御屋形様であるこの折尾虎居おりおとらいの記憶が完全に融合した。


どういうことだろうか。

オリオトライと読みが同じ?先ほどまでいたロルバン大陸はどこへいったのだろう。

レッドホッパーはどうなったのか。

この折尾が見ていた夢だったのだろうか。

すると文具店での毎日もこの折尾の夢だったのか。


いや違うぞ。この文化レベルで両方の夢を見るには知識が明らかに足りない。

どの世界でも、俺は確かにいた。

俺は生きていた。


「なんだってんだ。全く。」

悪態をつく。

なんで俺がこんな目にあうんだろうか。



程なくして遠くから声が聞こえた。

誰かが走ってくる様だ。


「御館様!虎居様!とらいさまぁっ!」


仲が出ていった襖が勢いよく開かれる。

出てきたのは中年男性。

いかつい顔にちょび髭を生やし、目がギョロりと光る顔つき。

あぁ、知っている。先程の記憶の中にもいる。

筆頭家老の秋田大膳あきただいぜんだ。

秋田は息を切らし、今にも泣きそうに顔面がくしゃくしゃになっている。



俺は構わずに定着した記憶を辿り、気になっている事を聞く。

「秋田よ。単刀直入に聞こう。俺はどれくらい寝ていたか。そして隣国大葉家との情勢はどうか。」



秋田はハッとして居直り、その場で跪き頭を垂れて答える。

「はっ。御館様は納刀式で倒れられ、今日まで三日お眠りになられていました。目を覚まされてこの秋田、感無量、誠に安心致しました。」

秋田は鼻が赤くなっている。声も震え、感激しているのを必死に押えている様だった。

続けて言った。


「大葉の軍勢は現在東に位置する大徳山だいとくやまに布陣し、依然睨み合いが続いております。」

「西の海から敵が来るとは思えません。北の上松城うえまつじょうには我が倅の秋田宗影あきたむねかげ 、そして南の三会城みえじょうには大杉景虎おおすぎかげとらを配置し、守りを固めております。」

「尚、東の本決戦場にも、布陣は完了しております。」


この大葉家は、我が折尾領地の東隣にある国で、父の代から折尾家にちょっかいを出してきている。

そして近年、先代・大葉秋昌おおばあきまさが病死し、家督を継いだ大葉昌義おおばまさよしが権力を握ってからは事態は急変。

突然周辺諸国を蹂躙し、破竹の勢いでそれらの領地を奪って国土を拡大させている。我が折尾領は修羅の国と呼ばれる程、武辺に優れた配下が居るおかげで、現在に至るまで領地を荒らされてはいなかった。

しかし、周辺国がことごとく大葉家に降伏し、今や逆らう国は折尾家のみとなってしまっていた。

領土を拡大した大葉家は三日月の様な形になり、折尾領を半ば取り囲むような状態になっていた。

そして遂に昨今、大葉家から全面戦争の宣戦布告を受けたと言う訳だ。

それを受け、家督を継いだ俺は折尾家代々伝わる宝刀を継承する為の儀式をしていた。その時何故か意識を失ったと言う事だ。



「御館様。今はお身体に触ります。村上を総大将に総勢三万の軍勢で迎え撃つ準備が整っております。木っ端共の小競り合いはそこかしらに見られるものの、大局は未だ動じておりませぬ。ゆっくりと静養なさり、果報を待ちましょうぞ。」

秋田は落ち着いて語る。


「あぁ、そうだったな。村上か。あいつは大丈夫なのか。」


村上大治郎むらかみだいじろう。家臣の中でも最も慎重派であり、それでいながら武も長けると言う誰もが一目置く名将だ。

しかし、俺から見れば今ひとつ決断力に欠ける部分が目立つ。

今回の総大将を経て一皮剥けてくれないかと、密かに期待を込めて任命したのだ。


「いや、納刀式が終わった以上、俺も戦場に向かう。まずは身体を動かそうか。」

布団から立ち上がる。


「御館様!いけません!流石の御館様でも病み上がりで戦場など、お方様に拙者が殺されてしまいます!」

秋田は恐怖と戦慄が入り交じった表情で叫ぶ。



「あぁ、あいつか。俺も怒られるだろうな。」

あいつ、お方様。

俺の正妻だ。

あいつは確かに怖い。怒ると手が付けられない上に、家中の家臣は俺よりもこの「お方様」の言う事をよく聞く。



だだだだだだだっ


「あなた様ぁ!目を覚まされたのですね!」


噂をすればだ。

正妻・ときが部屋に駆け込んできた。


一心不乱に駆け込んできた時は、そのままジャンプしてきた。

いや。ジャンプじゃない。ヘッドスライディング。

いや違う、これはスーパー頭突き。



ゴスっ!

「へぶぉぉぉぉぉ!」


時は文字通り頭から飛んできた。

その頭はちょうど俺の腹にめり込んだ。

息が詰まる。完璧に入った。


「あなた様ぁ!ときは心配していたのです!よかったぁ!本当に良かったぁ!」


時はそのまま抱きついてきて、顔を俺の胸にグリグリと擦り付けてきた。

可愛いヤツめ。


グリグリ。グリグリ。

グリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリ。



ぐぉぉぉぉぉっ、痛い!


いや、熱い!!摩擦で俺の胸がぁぁぁぁぁ!


「時っっ。分かったっ。分かったから一旦離れなさいっ!」

俺は半ば強引にときの肩を持ち、胸から離した。

摩擦と涙で顔が真っ赤っかになっていた。

痛くないのだろうか。

時は俯いたままそっと口を開く。

「おい秋田よ。仲から虎居さまがお目覚めになられた事を聞いて、何故わらわを呼ばずに1人で来たのじゃ?貴様、抜け駆けとは良い度胸じゃ。そこになおれ。」

そのままふと俯いたまま懐に手を伸ばす。

そこからは見事な装飾がされた懐刀が出てきた。

「秋田よ。言い残すことはあるかの?」

目が座っている。


秋田は目を白目にして、

「お方様!どうかご勘弁を!小生も御館様が心配でござりますれば!御館様に何かあれば、いの一番に腹を斬る所存!その覚悟の現れと思い、何卒この通り!」


秋田は潰れたカエルのように平伏している。


見ていられないので助け舟を出した。

「まぁ時よ、秋田も先に時が来ていると思っていたんだろ。勘弁してやれ。」


時は座った目からパッっと表情を変える。

満面の笑みを振りまいた。

「御館様がそう仰せならば、時は秋田を許します。」

すっと澄み渡るような黒く大きな瞳。

長く絹のような美しく黒く光る髪。

左目尻の下に小さなほくろがあり、そこがまた色気がある。


城下を歩いているだけで、お方様はまるで天女様ではないかと庶民から言われている程の美貌の持ち主であった。蓬莱の天女、折尾にありと近隣諸国で噂になっている。

その苛烈極まりない性格を知るのは一部の家臣のみである。


ちょうど良い。戦場に出ようという意思を今ここで伝えてしまおう。

「おい。時よ。実はな・・・」

「ダメです。」


時は被せるように否定してきた。

何故か満面の笑みで。

俺はまだ何も言っていない。

少し怖い。


「あなた様の言いたいことは分かりますわ。戦場に行かせろと仰せになるのでしょう?なりませぬ。」


見透かされているか。

「しかし、俺が任命したとはいえ村上の大将っぷりをな?ほら、見てみたいじゃないか。なぁ秋田よ。」

秋田を見る。


秋田は平伏したまま微動だにせず、音も出さない。

虫かこいつは。


時は悲しそうな顔で続ける。

「あなた様がいくら古今無双の武者であっても、三日も伏していたのです。何かあってからでは遅いのです。せめて三日は養生しなければお身体も動かぬのではないですか?」



確かにそうだ、空腹のせいなのか若干目眩も覚える。

そうだ、何か食わねば。腹が減っては何とやらだ。


「そうだな。まずは腹が減った。何か食うもんをくれ。」


時は嬉しそうに答える。

「はい。是非そうして下さいな。」

そして大きく手を二回拍手する。

「仲さん、御膳の支度を。わらわも手伝います。」


襖の向こうから返事が聞こえてくる。

「はい。ただいま。」


「あなた様の好きな物をたっぷり拵えて参りますので、しばしお待ちを、そして時を沢山褒めて下さいまし。」

時はそう言い、満面の笑みで部屋を去っていった。


秋田はまだ床と一体化したままである。


「おい。秋田。いつまでそうしている。まだ聞きたいことがある。」


秋田はときが居なくなった事を確認する様に、恐る恐る周りを見回してから、虫のような小さい声で言った。

「はい 、何でございましょう?」


俺は呆れながら聞く。

「我が折尾軍は三万と言ったな。敵方の手勢はどれくらいなのだ。」


「今朝方来た伝令の話によりますと、敵総大将は当主の昌義。軍勢二万と聞いておりまする。我が方優勢でござりますれば。」


なるほど、若干優勢か。しかしそんな差は地の利や策でいくらでもひっくり返る。もう少し兵力差に余裕があると踏んで村上を総大将にしたのだが。早計だったかもしれない。

こちらの総大将が村上であるという事は敵も承知だろう。

とすれば、慎重過ぎで生真面目な村上相手に、敵は恐らく奇策で振り回してくるのは予想がつく。やはり俺が姿を見せなければ危ういかもしれない。


「秋田よ、飯を食ったら身体を動かす。その後今夜、皆が寝静まったら出立する。分かったな?敵の総大将は当主の昌義なのだろう?奴が出てきたならば俺も出なければ武門の恥。異論は許さん。」


秋田はなんとも言えぬ表情をしたあと、全てを諦めたかのように唇を噛み締める。

「承知仕りました。支度をして参ります。」


俺は念を押す。

「あ、時にバレないように。2人とも縛り上げられる。脚も切り落とされるかもしれんぞ。」

大袈裟すぎる様に聞こえるが、それくらい恐ろしい事が起きる気がする。


秋田はまた恐怖の色を出し

「ひっっ。承知!!」

と虫のような声を出し、走っていった。




さて、とりあえずこの戦は勝っておかなければ。領民の為にも。

色々と頭の中を整理するのはその後にしよう。


時との食事を済まし、稽古場で木刀を握る。

「不思議な物だな。」

思わず感心が口から漏れた。

折尾虎居としての記憶とともに、身のこなしや剣術の動き全てを身体が覚えている。

本当に記憶の中の技術が使える、折尾一刀流おりおいっとうりゅう、四つの基本の型から派生される無頼の剣技。

どうやらこの実力は本物のようである。



ますます分からん。戦に集中しなければいけないのに、頭に浮かぶのはあの不思議な世界。ロルバン大陸での2日間の事、それと元いた世界の事だ。

あれからどうなったのだろう。

俺はあの赤いグームベアーに殺されたのだろうか。

レッドホッパーとあの旅人4人は無事なのだろうか。

元いた世界では?バイクはどうなったんだろうか。

もう何日も無断欠勤している事になっているのか。

疑問が多すぎる。


どっちにしろ今の現実ではない、深く考えても仕方がないだろう。

しかし妙に気になってしまう。


いや、ダメだな。とりあえず今は戦の事だけ考えよう。


----------




そして深夜。秋田と城門で落ち合う。

今のうちに出発だ。


そういえば・・・

「秋田よ、家宝の刀はどうした?折角なのであれを持っていきたい。」

どうせなら格好良い刀触りたい。。


「う、あ、あれはそのぉ・・・。」

秋田は歯切れ悪く続ける。

「御館様が倒れる騒動の中、刀だけが消えてしまって、今城内総出で捜索中でございます。この秋田一生の不覚!戦が終わる頃には必ず見つけて見せます。お許しを!」


マジか。家宝だぞ。

まぁ、刀一本で怒鳴り散らす程でもないし、そもそもその刀があっても、今の俺のややこしい悩みを解決してくれるとは思えないのでどうでもよかった。

「いや、いいさ。見付けたら教えてくれ。」



秋田はホッとし、

「何と寛大なお心でござるか!お方様とは大違いじゃ!」

何故か泣いている。


「よし、秋田。行くぞ。目指すは東の戦場。風月川ふうげつがわっ!」


「はっ!何処までも御屋形様にお供しまする!」

秋田は先程ときのビビっていた姿とは正反対だ。

顔も戦う武者の顔になっている。心強い。



今回は馬にもちゃんと乗れるようだ。

あの時のように振り落とされる様な気がしない。


夜空を見上げたら、ここには月は一つだけ。

ロルバン大陸の三つの月は見当たらない。

違う世界・・・か。





さて、ここから戦場までは馬脚でこれまた2日かかる。

急がなければ・・・。



妙な胸騒ぎがするんだ。








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