後編
《白雪氷乃 side》
部下との飲み会を終えた翌日の早朝────私は女子更衣室の中で一人悶絶していた。
と言っても、周りからはただロッカーの整理をしているようにしか見えないが……。でも、内心は全く穏やかじゃなかった。
うぁぁぁああああ……!!昨日の私は一体、何をやっているんだ……!!酒の勢いで告白してしまうなんて……!!
酔っても記憶に残るタイプの私は昨日の出来事を振り返り、『最悪だ……』と嘆く。
この胸に渦巻くのは田太来への申し訳なさと後悔だけだった。
ちょっと酒の力を借りて、田太来との距離を縮める筈が、こんな事になるとは……絶対に幻滅された!ダメな上司だと思われた!嗚呼、最悪だ!
『誰か私を殺してくれ……!』と真剣に願いながら、グッとハンドクリームのチューブを握り締める。
そして、荒ぶる感情を宥めるように一度深呼吸した。
「……とりあえず、田太来に謝りに行くか。酒の席とはいえ、あれはやり過ぎた」
セクハラだと訴えられても文句が言えない行動の数々に、私は内心頭を抱える。
『田太来に嫌われたら、どうしよう?』と不安になりながら、私はメールで呼び出しを掛けた。
あまり使われていない会議室へ向かい、そこで彼のことを待つ。
備え付けの長テーブルに寄り掛かる私は不安でいっぱいになった。
田太来に汚物を見るような目で見られたら、どうすればいいんだ……?いや、悪いのは完全に私なのだが……でも、好きな人に拒絶されるのは色々と堪える。やはり、金か……?慰謝料でも払えばいいのか……!?
混乱するあまり、変な方向へ思考が傾く私はスマホで貯金額を確認する。
『200までは何とか……』と思案する中、コンコンコンッと部屋の扉がノックされた。
「白雪課長、田太来です」
「入れ」
入り乱れる心とは裏腹に冷静に受け答えをする私は緊張しながら、田太来の入室を待つ。
『失礼します』と一声掛けてから、扉を開けた彼は静かに中へ入ってきた。
ん?意外と普通だな……。あんなことがあったのに、全く動じる気配がない。あんまり気にしていないのか……?
至っていつも通りの田太来に内心首を傾げつつ、私は彼の前に立った。
「突然呼び出して、悪かったな。実は昨日のことについて、話したいことが……」
「────あっ、大丈夫ですよ。昨日のことは誰にも言わないので」
わざと私の言葉を遮った田太来はヘラリと愛想笑いを浮かべて、そう言い放った。
まるで彼に突き放されたような印象を受ける私は少しだけ……本当に少しだけ目を見開く。
「白雪課長って、甘え上戸なんですよね?だから、今まで飲み会を避けてきたんでしょう?ちゃんと分かっているので、安心してください。昨日のことは
「!!」
まるでそうするのが当たり前かのように、田太来はニッコリ笑った。
私の立場を気遣って言ってくれたことなのに……なぜだか、とても胸が痛い。『セクハラだ!』と責められるより、無かったことにされる方がずっと辛かった。
違う……そうじゃない。私はそんな言葉を聞きたい訳じゃない……!
「今日から、また
そう言って、さっさと身を翻す田太来はとても遠い存在のように思えた。
『このまま行かせてはいけない!』と本能的に感じ取った私は考えるよりも先に手を伸ばす。
────今、手を伸ばさなければ一生届かない気がしたんだ。
「待て。まだ話は終わっていない」
田太来の手首をしっかり掴んだ私は『勝手に話を進めるな』と一喝した。
クルリとこちらを振り返った彼は何かを隠すように、取って付けたような笑みを顔に貼り付ける。
「何でしょうか?」
感情の起伏が感じられない無機質な声に、私はビクッと肩を揺らした。
田太来は直ぐそこに居る筈なのに、どこまでも遠く感じる。
何となく、仕事以外の話をするのはこれで最後かもしれないと思った。
なら、せめて私の気持ちは伝えたい……気持ち悪いと思われるかもしれないけど、ちゃんと告白はしたい。後悔はしたくないから。
ギュッと田太来の手を強く握る私は告白する覚悟を決めた────が、その前に酒の誤解を解こうと、口を開く。
「田太来、まずは誤解を解かせてくれ。私は────甘え上戸ではない」
誰彼構わず甘える節操なしではないと告げれば、田太来は『へっ?』と変な声を漏らした。
ポカンとした顔で私を見下ろす彼はパチパチと瞬きを繰り返す。
「えっ?でも、昨日めちゃくちゃ甘えて来ませんでしたか……?『行くな』とか『あーんしてくれ』とか……」
具体例を引っ張り出された私は、心の中で『うぅ……!』と唸る。
羞恥心に苛まれる私を他所に、田太来は困惑気味にこちらを見下ろした。
「じゃあ、仮に甘え上戸じゃないとして、昨日のあれは何だったんですか?明らかに酒に酔っていたと思いますけど……」
「……あれは────自分の気持ちに
ハッキリとそう宣言する私は酒が入っていないのに、頬が少しだけ赤くなる。
ポーカーフェイスはいつも通りだが、自分の体温までは操れなかった。
「私は昔から酒に酔うと、気持ちのタガが外れたように感情の赴くまま、行動してしまうんだ。そのせいで何度も失敗してきた。一番酷かったのは取り引き先の上司に『薄毛なんですね』と、うっかり言ってしまったことだな……」
当時のことを振り返る私は『こっぴどく叱られたものだ』と零し、どこか遠い目をする。
身の内に留めた感情すら曝け出す酒はまさに諸刃の剣だった。
「そ、それは大変でしたね……」
困ったように苦笑いする田太来は同情的な眼差しを私に向ける。
先程より、少しだけ彼との距離が縮まったような気がした。
「ああ、私はこの体質のせいで色々悩まされてきた。でも、これだけは言っておく。私は────自分の気持ちに素直になるだけで、甘えたがりになる訳では無い」
「!!」
甘え上戸ではないと再度言い聞かせると、田太来は僅かに目を見開いた。
ほぼ告白と変わらないセリフに、彼は少しだけ頬を赤く染める。満更でもない反応に、まだ手を伸ばせば届くのだと確信した。
私の気持ちを全て包み隠さず、伝えてしまおう。
「何度も言うように私は酒を飲むと、自分の気持ちに素直になってしまう。だから、昨日言ったことは全て私の……」
────本心なんだ。
と続く筈だったセリフは田太来の大きな手に遮られた。手で口を塞がれ、一世一代の告白を阻まれる。
『もしや、拒絶されたのでは……?』と不安になる中、田太来は真っ赤な顔でこちらを見た。
「────シラフでの告白は先にさせてください。こういうのはやっぱり、男が言うべきだと思うんで」
「!!」
恥ずかしそうに……でも、どこか男らしさを感じる強い目で、田太来はこちらを見据えた。
自然と高まる鼓動が私の期待と興奮を表している。互いに熱い視線を送り合う中、田太来は覚悟を決めたように薄い唇を開いた。
「白雪課長……いえ、白雪氷乃さん。俺は貴方のことが好きです。何の取り柄もない人間ですが、良ければ俺と────付き合ってください」
耳まで真っ赤にして、愛の告白を口にする田太来との間にもう距離はなかった。
『嗚呼、やっとその言葉が聞けた』と、幸せを噛み締める私は柄にもなく泣きそうになる。
目に涙を溜める私は溢れ出る恋心に押されるまま、ポーカーフェイスを崩した。
「私も田太来のことが世界一大好きだ。こちらこそ、よろしく頼む」
身に秘めた想いを解き放つように柔らかく微笑む私は喜びのあまり、ポロリと涙を流す。
好きだと全身全霊で伝える私に、田太来は嬉しそうに目を細めると────その大きな腕で私を包み込んだ。暖かい人の温もりとお日様の匂いに、私は笑みを深める。
「あの、白雪さん。一つ言い忘れていましたが────甘えん坊な白雪さんも凄く可愛かったです」
「!?」
「正直、理性を保つのが難しかったです。可愛すぎて、天使かと思いましたよ」
冗談交じりにそう言う田太来は『はははっ』と楽しそうに笑い、密着していた体を少しだけ離す。
愛おしそうにこちらを見つめる彼は私の頬にそっと手を添えた。
「でも、他の人に白雪さんの可愛い姿は見せないで下さいね。お酒も俺の前だけにしてください。甘えん坊で、可愛い白雪さんを見れるのは彼氏の俺だけです」
彼氏特権だと言い切り、ちゃっかり禁酒を言い渡した田太来は悪戯っぽく微笑む。
そんな彼の言葉に、表情に、声に────
【完結】酔った時だけ甘えてくる雪女上司が最高に可愛い あーもんど @almond0801
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