一番大事な言葉を大きな声で

 私達の間で、桜の花びらがひらひらと舞う。私よりもずっとずっと背が伸びて、声だってびっくりするぐらいに低くなっちゃって…だけど、私へ向けてくれていた笑顔は、あの頃と全然変わっていなかった。

「転校するんだったら、住所くらい教えてくれたって良かったのに」

 あの頃と同じように、なんとなく一緒に校舎へ向かって歩きながら、彼は早速そんなことを言う。

「私も、後からそう思ったんだぁ」

 私もそう言って、苦笑いした。嫌われるのが怖い、なんて、ただその気持ちで一杯一杯になっちゃって、連絡先を教える、なんて簡単なことにすら気付かなかった。

「これから、よろしく。あ、これ。俺のケータイ番号」

「うん!」

 そうやって交換したケータイの電話番号は、だけどそれから一年近く経ったバレンタインの日になっても、私のほうから使えなかったし、彼のほうから私へ連絡が来ることもなかったけれど、

『私のほうは、ずっとずっと、好きだったんだもん』

 離れてしまって、本当に後悔した。彼のほうは、今は他に好きな人が…他の学校にカノジョだっているかもしれない。

 …だけど。

『もう、あんな気持ちを繰り返さないように』

 あの頃とは違うんだから。私はだから勇気を振り絞って、彼の前にもう一度立つんだ。

「…小西君」

 あの頃みたいに、気安く「したのなまえ」ではもう呼べない。苗字で呼ぶのも、ものすごく勇気が要った。

「何? どうしたの?」

 席に座ってクラスメイトと話していた彼が、ゆっくり振り向く。

 そして私は、一生懸命頑張った手作りチョコへ、これも自分でラッピングした小さな箱を渡して言う。


「…あげるっ!」


 どうか、あの時と同じように受け取ってくれますように。

 彼の返事を待つ時間が、とても長く感じられる。差し出した手が嫌でも震えて、顔にたちまち血が上るのが分かった。

 そしたら、

「…ありがとう」

 彼は笑ってそれを受けとってくれた。

 私はだけど、もうそこで自分の席には帰らない。だってあの頃とは違うもの。彼にどうしても言いたかったことが

 あるから、

「あの、あのね。私はずっと小西君のこと」

「ストップ。もうちょっと時間をくれたら、俺から言うつもりだったのに」

 言いかけた私をさえぎって、小西君はまたそこで笑った。

「ほれ、お前らはどっか行け」

「やれやれ」

「しっかりやれよ!」

 冷やかすクラスメイトをおっぱらって、彼はもう一度私を、今度は真剣な顔で見つめる。

「そこからは俺が言うから、ね?」

 そして彼は、私が1番欲しかった言葉をくれた。


 それから。

「さ、『麻衣』、帰ろう」

「うん!」

 あの頃と同じように私達は手をつないで、一緒に学校から帰る。あの頃と同じように、つまんない話も学校の話も…色んな話を一杯しながら。

 だけど、

『ちょっとだけ違うよね』

 うん、あの頃と同じように戻れたと思っていた私達、今はちょっとだけ違う。

 あの頃は言えなくて、言わなくても通じるだろうと思っていたあの言葉、一番好きな人へ、一番大事な言葉を大きな声で、いつだって私から言えるから。

「ねえ、今ここで言っちゃっていいかな?」

 新しい私の家の前まで送ってきてくれた彼へ、そこで立ち止まって私は笑った。

「何を?」

 笑うと、クシャっとした「悪ガキ」みたいな顔になる彼へ、私は少し背伸びをして、

「越朗君、大好き」

 囁いた耳元が、一瞬で真っ赤になる。それを見て、私は思わずクスクス笑う。



 FIN~

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