そう信じてた

「麻衣ちゃん。帰ろー」

 それからは、毎日のように越朗君のほうから帰り道を誘ってくれるようになったっけ。彼が私を呼ぶのも、「渡辺」っていう苗字の呼び捨てじゃなくて、いつの間にか下の名前になっていて、

「うん!」

 照れくさかったけれど、そのこともほんのちょっぴり嬉しい。<下校デート>のお誘いを、もちろん私が断わるわけが無かったから、私もいつだって大きく頷いていた。

 お互いに小さかったから、『好き』だなんて言葉、多分二人とも言えなかった。

 だけど、言わなくても分かってる。そう信じてた。

 学校の帰り道、同じ道を帰る友達やクラスメイトに冷やかされながら、それでもつないだ手を放さなかった彼と、これからも同じ小学校に通って、中学校も同じで…

 今一緒に歩いてる<とうげこうの道>みたいに、ずっとずっと、同じ道を歩くんだって。

 だけど、

「麻衣ちゃん」

 ある日、お母さんは突然言った。

「四年生になる前に、お引越しするから。今の学校にはさよならしなきゃ…ごめんね」

 …お父さんの転勤で、住んでいた市から遠くへ行かなきゃならなくなったんだって。

「どうしたの? 麻衣ちゃん、最近おかしいよ?」

「…なんでもない」

 だけど、越朗君には、終業式の日までそのことを言えなかった。

『離れ離れになっちゃうなんて』

 いつもみたいに、私の家の前で「バイバイ」をして、家の中に駆け込んで…机に突っ伏して泣くのが、その一ヶ月の間に日課になってしまった。

「渡辺さんが、転校します」

 終業式の日、先生が私を、同じ高さの教壇へ上げてくれて言った時、ちらっと彼の席を見たら、彼はものすごくびっくりしたみたいに、大きな目を丸くしていた。

 バレンタインから一ヶ月ちょっと。ホワイトデーのお返しは来なかったけれど、ただ彼と手をつないでる、それだけで十分満足していたのに、その日だけは「いつもみたいに」手をつないで帰ることが出来ないで、

 学校が終わるチャイムが鳴るのと同時に、私は私の席を立って、逃げるみたいに家へ走って帰ったのだ。


 彼に面と向かって、さよならを言うのが怖かった。さよならって言って、もしかしたら嫌われてしまうんじゃないかって、

 胸が潰れてしまいそうだった。

 今、考えてみたらバカみたいに思えるけれど、それでもあの頃の私は、なによりも彼に嫌われるのが一番怖かったから。

 だけどそれから七年。住んでいた県へ戻ってきた私に、

「あれ? ひょっとして渡辺さんじゃない?」

 高校の入学式の時、校庭に貼り出されたクラス分けの表示を見上げていたら、彼のほうから気づいて声をかけてきてくれて、

 本当にびっくりした。

「…小西君?」

 だけど私の<したのなまえ>は彼はもう呼ばない。当たり前かもしれないけれど、それをちょっぴり寂しく思いながら、だけどそれ以上に懐かしくて、私も彼の名前を恐る恐る呼んだ。

「ああ、やっぱり!」

 すると彼は本当に嬉しそうに叫んで、それから照れたみたいに笑って…片手を上げて頭をかいた。

「そうじゃないかな、って思ったんだ。だって渡辺さん、全然変わってない」

「小西君だって」

「同じクラスになったねえ。奇遇だな」

「ホントだねえ」

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