…あげるっ!
一生懸命作ったチョコレート
覚えていてくれてるかな。受け取ってくれるかな。
私はドキドキしながら、友達と話をしている彼の机の前に行く。
ぶきっちょかもしれないけど、一生懸命作ったチョコレート。
ラッピングだって、自分でしたんだよ。
「…小西、君」
声をかけると、彼は驚いた顔をして、それから笑って私を見上げる。
ああ、初めて渡したあの時と、その笑顔は全然変わってなくて。
小さい頃から頭も良くて、とっても優しい男の子だった。
だけど隣同士の席になるまで、私は彼のことを全然意識していなかった。
だから、そんな彼が私へ何くれとなく話しかけてきてくれたり、私が消しゴムを忘れたりすると、さりげなく自分のを貸してくれたりするのを…それがしょっちゅうだから…ただの親切だと思っていたけれど。
「越朗君」
8年前、肩よりも少し長いくらいに髪の毛を伸ばしていて、小さかった私が彼の名を呼ぶ。
いつの間にか、彼の姿を見るだけで、ドキドキするほど好きになっていた。
教室で、他の男子とふざけていた彼は、ふとその手をとめて、きょとんとした顔で私を見る。
彼の頬が少しだけ赤くなっていたと、その様子を見ていた友達は後で私に教えてくれた。
私の手には、昨日お菓子屋さんで買ったペロリンチョコとイチゴアポロ。
初めて男の子に渡すのだと言うと、お店のおばさんは「まあ」なんて言ってクスクス笑いながら、それでも綺麗にラッピングしてくれた。
冷やかされて恥ずかしい思いをするのは嫌だから、他の子にバレないように、先生に余計な告げ口をされて怒られないように、私なりに一杯一杯の注意を払って、私はそれを学校に持ってきたのだ。
朝の道、立春だから、もう春なんだって言うけれど、2月半ばはまだまだ寒くて、息を吐いたらそれが白く濁って、
「…用意してきたんだ。えへへ」
「わー、頑張ってね。うふふ」
いつも一緒に登校している友達同志でそんな会話をしながら、学校へ来たんだもん。
『頑張る。受け取ってくれなくても泣かないもん』
昼休みの後の<お掃除>の時間。私は勇気を振り絞って、他の男子とふざけている彼の側へ近寄っていった。
「越朗君。あのね」
ふざけて友達に振り上げていた箒を宙で止めて、彼は振り向く。その箒は、なんとなく下ろされる。
私は大きく息を吸い込んで、
「…あげるっ!」
それだけを言って、彼の手にチョコレートを押しつけて、後も見ないで自分の席に戻る。
背中で、他の男の子達が彼を冷やかしている声が聞こえて、
「渡してきたんだー。きゃっ」
「うん、渡してきたー。えへへ」
その様子を見守っていた友達も、自分のことみたいにはしゃぐのへ、私も顔を真っ赤にしながら照れて笑った。
本当に、ドキドキした。あれだけドキドキしたのは『じんせいはつ』かもしれない。
ありったけの勇気を振り絞ったのに、彼の名前を呼ぶ時は、他の人にも聞こえてしまうんじゃないかって思ったくらい、ドキドキしていたんだもの。
越朗君は私のチョコレートを握り締めて、他の男子に冷やかされながら、これ以上無いってほど顔が緩んでたんだと、そのことも後でその友達から聞いた。
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