今度さ
背後からかかった前田さんの声に、思わず私は後ろを振り返る。その瞬間、私の手からひょい、と彼はチョコレートを取った。
「これ…チョコレート?」
「か、返しなさいよ!」
ああ、もうダメだ。きっと今、私の顔は真っ赤になってる。涙ぐんでしまって、高く差し上げられた黒井君の手から
それを取り返そうとしたんだけど、彼ってばこういう時にだけ、
「何でそんな素早いんだよ、このっ!」
「だ、だって」
取り返そうとして、つい格闘していたら、彼は苦笑して、
「試験管みたい。もらっていい? 南さんが作ってくれたんだろ?」
「…うん」
そこで、私の動きも止まってしまった。
「だけどさ…それ、取れなくなっちゃったんだ」
そうだ。昨日私は黒井君のイメージにぴったりな抜き型を探して、なんでだか試験管みたいなのを選んでたんだ。
私にしては上手く出来たんじゃないかって思えて、チョコレートを流し入れて固まるまで待って、さて取ろう、って時に、固まりすぎたのかなんだか知らないけど、叩いても叩いても取れなくなった…。
まさか型をぶっつぶすわけにも、あっためたら取れるだろうけど溶けてしまうから、そんなわけにもいかないだろうし、
「だから、さ…」
「いいよ。ちょっとだけあっためて食べる。そしたら取れるって。ありがとうな」
「……」
私は何も言えずにうつむいたまま、頷く。すると、
「そんなのより、こっちのチョコのがいいですよ! ほら、見てください。綺麗にラッピングして」
「前田さん」
前田さんの言葉に、私もびっくりするぐらいに、黒井君は厳しい声で言った。
「僕の欲しいのは、市販のより、南さんが作ってくれたこのチョコなんだよ」
ああ、もうダメだ。
嬉しさの種類が違っても涙って出るんだなあ。私は俯いたまま、目からポロポロ涙を出しまくった。
「わ、なんで? ごめんごめんっ! 泣かないで!」
黒井君が慌てて差し出してくれた白いハンカチで、拭っても拭っても涙と鼻水は出てきて…。
「やっほ!」
「やあ」
それからも、私の科学室への訪問は続いた。日差しもどんどん暖かくなって、
「春だねえ」
「そうだねえ」
黒井君と私が挨拶を交わすと、前田さんはむくれたような顔をして目を逸らしてしまう。
それへ苦笑して、
「はい、差し入れ」
私は黒井君の席の隣へ座って、購買で買ってきたクリームパンを差し出すのだ。
そしたら、
「、一緒にどこかへ行く?」
「え?」
にっこり笑ってさらっと言うもんだから、その意味が一瞬、理解できなかった。
黒井君はクスクス笑って、
「空いてたら、でいいんだ。一緒にデートなんてしてみる?」
…彼の瞳に、目を丸くしたまま顔を赤くした私が映ってる。
FIN~
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