大好きな貴方へ
すると彼女は一瞬目をまん丸にして、怒った顔をして、それからふっとその顔を緩めた。
「…どうぞ」
「え? おい?」
貴方はきょとんとした顔で、私達から離れていく彼女を見送る。
ああ、ほんっと、鈍いヤツ。鈍くて人が自分のことを好きだってことにも気づかなくて、そして…いいヤツ。
「ね、一時間だけでいいんだ」
私は、必死で俯こうとする顔を上げて、貴方を見上げながら言う。
「一時間だけ、私と付き合って?」
「…いいよ」
貴方も、彼女と同じ表情をして、それから優しい目をして笑った。
海面を染めて、花火は何度も上がった。
「綺麗だなあ」
「うん」
一時間だけなんていっても、きっと本当は彼女とずっと一緒に見たかったろう。
なのに、
「喉、渇いたろ? ほら」
なんて、貴方は私に缶ジュースをくれたりする。
ああ、かっこいいなあ…悔しくてたまらないくらい。
「あ、大橋。どうしたんだよ?」
その声に慌てて目をこする。ほんっと、私らしくない。
「ちょっと…うん、花火に感動しただけ」
「とにかく、こっちに」
貴方はさりげなく、私を少し人の少ない砂浜へ連れていく。
ああ、星が綺麗だなあ。
「はい、ハンカチ」
いつも学校でやってるのとおんなじように、貴方は私にハンカチを差し出す。
「要らない…ごめんね」
うん、でもそう。もうそれは受け取れない。
「ごめん」
「なんで?」
そして私がぽつりと言った言葉に、貴方は驚いた顔をする。
「ううん。彼女のこと、頑張ってね」
「あ、ああ…。はは、嫌だな、もう」
アタシが笑顔を作ったら、こいつは照れて頭を掻く。
ああ、これでいい。
そんな貴方だから、好きになったんだ。
…さて。
「私、そろそろ帰る。彼女のとこ、行ってあげなよ」
「え? でもさ。まだ一時間経ってないぜ?」
私が言うと、貴方は少しだけ戸惑いを見せる。
そうだな、ちょっとだけ困らせてやってもいいか。
「ねえ、じゃさ、あっち、向いてよ」
「へ?」
不思議がりながら、それでも貴方は私の言う通りにしてくれた。
その背中に、私はそっと抱きつく。
一瞬だけ、貴方の背中はびくっと動いて、それからじっと動かなくなる。
…この瞬間を、忘れないようにしよう。
「ほら、行きなって!」
うん、もう十分。しばらくして私はいきなりその背中を突き飛ばした。
いてえなあ、なんて苦笑しながら、貴方は屋台のほうへ消えていった。
まだ花火は続いてる…お腹の底へ響いてくるような、大きな大きな音。
そして私は、鳴り続けてる花火の音と、夜空に散ってる綺麗な色へ背中を向けて、家に帰った。
『ありがとう』
心の中で繰り返しそう呟きながら、私は独り。
『ありがとう』
人を好きになるっていうことに気づかせてくれた、大好きな貴方へ。
FIN~
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