貴方を悩ませたくない

 だけど、他に好きな女の子がいる貴方を悩ませたくない。憎まれ口を叩いているけれど、貴方が優しいのは知っているから、私が貴方を好きだというと、きっと貴方は困るだろう。

 だから、表面上は私も平気なフリをして、三ヶ月。

「もうすぐ花火大会だねえ」

 大学受験にもいよいよ本腰を入れなくちゃならない。生徒会の仕事もそろそろ引継ぎばかりになって、それでもやっぱり忙しくて、いつも帰るのが遅くなる。

 夏の日は長いから、六時になってもまだ明るいけれど、

「独りで帰れるよ。心配しないで」

「馬鹿、お前だって女だろ?」

 そんな時、私の隣にいる貴方はいつだって私を送っていってくれたんだ。今もそう。

 それはこの二年半、ずっと変わらない光景で、これからも変わらないでいられると思っていたけれど…

『中途半端に優しいヤツ』

 だから私みたいなのにも期待をかけられるんだって、私は思わず苦笑した。

「ところでお前、花火大会、行くの?」

「ま…行ってもいいかなぁ。でも、短大の推薦が取れないと辛いなあ」

 一回り背の高い貴方を見上げて、

「アタマがいいと、色々便利だねえ」

「はは、そうだろ、そうだろ」

「こら、調子に乗るなって」

「ははは」

「…ふっ。あははは」

 いつもこんな調子で笑いあっていた。3年間、楽しくて楽しくて…それが貴方のおかげだったって分かった時には

 遅かったんだなぁ。

「ここまででいいか? 気をつけて帰りなよ」

「はは、私に手を出してくる男なんていないってば」

「そりゃそうだ」

「何を!?」

 私が殴る真似をして突き出したゲンコツを、貴方の大きな手のひらが受け止める。

 そこでやっぱり笑い合いになって、アタシ達は手を振る。

 …ああ、つなぎたかったな。いつかつなぎあってどこかを歩きたかった、その手と。

『ねえ、秋山』

 背の高い貴方の後姿を見送りながら、視界がぼやけた。

『貴方の好きな女の子は…背も高くて頭も良くて、茶道部の大和撫子で、立ち居振舞いってヤツにも上品さみたいなのがあって…私とは正反対だよねえ』

 家の階段を上がりながら、心の中で貴方に話しかけて、

『苦しいな』

 思わず、胸の辺りを鷲づかみにしてた。


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