今度は
そして俺達は二人で街を歩く。恋人たちがしているように、腕を組んで、しゃれた喫茶店に入ってお茶を飲んで、ボーリング場へ入って俺の顔に彼女のボーリングの玉がぶつかって…
「もうこんな時間じゃない。いいの?」
「いいんだよ。今日はさ。友達の家に泊まるって言ってある」
もうすぐイブの夜も終わる、午後11時半。川へ戻ろうと言った彼女を送りながら、俺は言った。
「そうか、じゃあさ。もう少しだけ一緒にいてくれる?」
「もちろんだよ」
「…ありがとう」
川へ戻って、ベンチへ腰掛ける。自販機で買ったホットコーヒーを差し出すと、彼女は大事そうにそれを受け取った。
その途端、ちらほら雪が降り始めた。
「雪だ」
「だねえ」
俺が空を見上げていると、隣で缶コーヒーを握り締めていた彼女の肩が、細かく震え始める。
「どうしたの? こないだからなんだかおかしいよ」
俺が慌ててその肩を抱くと、
「人間になったらね」
彼女は涙をこぼしながら、笑顔で俺を見上げて言った。
「私達、泡になるんだ」
俺は返す言葉を知らないまま、彼女を抱き締めていた。
…小さい頃、一度だけ読んだ「人魚姫」の話。あれは『お話』じゃなかったのか。
「だからね、だから…」
震える彼女の体を強く抱き締める。彼女も俺の背中に手を回す。
「ちょっとだけでも人間になって、貴方と…過ごしたかったの」
…だからもう少しだけ側にいてくれ、そう言って、彼女は泣きじゃくる。
俺はどうしても気の利いた言葉を言えず、ただ彼女を抱き締めていた。
町のほうで、車のクラクションの音がかすかに響いているのだけが聞こえていて、やがて、
「時間になっちゃった」
彼女がぽつりと言った。俺は思わず彼女の顔を見る。やっぱり涙をこぼしながら笑顔のまま、彼女は続けた。
「ありがとう。メリー・クリスマス」
どこかで静かに、クリスマスを告げる鐘が鳴っている。
彼女の体は一瞬だけ光り輝いて、そして…
ぱさり、と、乾いた音を立てて、服がベンチに落ちた。
そんな、切なくて悲しくて…だけど素敵だったイブが終わると、翌日のクリスマスは県大会。
なんとかベスト3に残ることが出来たけど、俺の目はやっぱり彼女を探している。
いつかどこかで会えるんじゃないか。馬鹿馬鹿しいけど、そんな思いが消えなくて、そして、
「やっほー。はじめまして。木内君! ずっと見せてもらってたけど、君、強いのねえ。なーんちゃって」
「君は…」
選手控え室へ向かう途中、見覚えのある女の子が俺に声をかけてきた。
「あ、私、氷川優海っていうの。良かったら一緒にロードワークしない?」
…今度は、一緒にね。
そしてひょいっと背伸びをして、彼女は俺の耳に口を近づけ、囁く。
その瞳は、いたずら小僧のように笑って、驚いて間抜けな顔をした俺を映している。
FIN~
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